「────ん、誰だ……?」
ホテル内のレストランでの夕食を終えた俺が、自室で休んでいたところ、ノックの音が部屋に響いた。
最近はノックの音に良い思い出が無いため用心しながらドアへと近付けば、伝わってきた感情でドアの向こうの人物が判明する。
チェーンを外し、鍵を開け、そうしてドアを開いてみれば、俺の予想通りテレジアがそこに立っていた。
……何だろう? 少しムッとしている気がする。
「こんばんは、テレジアさん。どうかしましたか?」
「こんばんは、オーナー。これからのことについてお話があって来たのだけれど……」
「その前に」と彼女は続けて、俺の目をジッと見つめてくる。
「呼び掛けも無しにドアを開けるのは不用心よ。気を付けた方が良いわ」
「はい。でも今回は、テレジアさんだと分かってましたので……。それよりどうぞ入って下さい」
このまま立ち話で済ませるような内容でも無いだろう。
何か言いたげなテレジアが言葉を発するよりも先に、部屋へと招き入れて椅子を引く。
彼女は小さくため息を吐いてから、その椅子へと座った。
何か飲み物も用意しようと思ったのだが、俺の様子で察したのか彼女から「気持ちだけで大丈夫よ。ありがとう」と言われてしまったので、俺の方も、小さいテーブルを挟んで反対側の椅子へと腰掛けた。
「本題……の前に一つ謝罪が有るわ。今日一日、視線を感じる時があったでしょう? 私が頼んで、オーナーの護衛をして貰っていたの。楽しい時間に水を差してしまってごめんなさい」
その謝罪に俺は驚いた。
確かに時折視線を感じることがあったのだが、嫌な感じは含まれておらず、むしろ心配のような感情だったため、誰かが見守ってくれているのだろうと当たりはつけていたのだが……。
「いえ、謝罪は必要ありませんよ。万が一何かが有った時のためだとすれば、むしろ感謝したいくらいです」
「……そうかしら? 少し過保護だったかもしれないと思っていたのだけれど、そう思って貰えるのなら嬉しいわ」
「……ところで、そんなことを言うってことは、『私が気付いたということに、護衛の人は気付いた』ってことですか?」
「ええ、そうよ。AceもScoutもとても優秀なの」
その名前はテレジアとの会話の中で何度も聞いたことが有るものだし、今日のサガとの会話の中でも出て来たものだ。
ロドスの『エリートオペレーター』と呼ばれる人達。
名称にわざわざ『エリート』と付いていることを鑑みれば、相当に優秀な人達であることは想像に難くない。
事実、サガは訓練で一度も勝ったことが無いと言っていた。
……シャイニングやパトリオットなら勝敗はどうなるんだろう? ちょっと見てみたい気もする。
「AceさんやScoutさんにお礼を言わなければいけませんね。会うことは出来ますか?」
「可能だけど明日以降も護衛に入って貰う予定だから、最終日で大丈夫だと思うわ」
まあ都度都度感謝を伝えるのは、相手からすれば手間なのかもしれない。
……あれ? さらっと流してしまったけれど、あと数日の間、完全に自由な外出時間は無いってこと?
安全が保障されるのはありがたいけれど、毎日は……いや、でも明日の予定を考えると護衛は有って損は無いし……。
うーん、午前のモスティマ達との予定は問題無いだろうけど、午後のミュルジスとの予定に関しては……。
──よし、このまま気にしないことにしよう! なるようになるはずだ!
「分かりました。それで、本題の方についてですけれど……」
「……そうね。オーナー、実は────」
────────
────────
「────えーと、ちょっと時間を頂いて良いですか……?」
「構わないわ。オーナーにとって初耳なことも沢山有ったと思うから、ゆっくり考えてちょうだい」
そう言って、テレジアが席を立つ。
そして「私が居ると余計な圧力がかかってしまいそうだから、また明日。……おやすみなさい」という言葉を残し、彼女は部屋を去った。
その背を見送ってから、俺は椅子の背もたれに身体を預けて天井を見上げる。
テレジアの口から語られた内容は、今まで話してきたことよりも大分深くまで踏み込んだものだった。
ロドスの人達──特に親交があったAceさんやScoutさんと話せたことで、具体的な予定や目標が定まったとのこと。
今まで聞いたことや新たに知らされたことを、俺は頭の中で整理する。
・今現在、テレジアが所属していた『バベル』は無く、当時の人員は各地にばらけてしまっている。
・その中の一部の人員と新たに増えた人員を合わせたものが『ロドス・アイランド製薬』として活動している。
・『ロドス・アイランド製薬』のリーダーは『アーミヤ』という女の子で、それを支える形で『ケルシー』と『ドクター』という人達──ゲームの時に居た人達だ──がトップに位置している。
・理念や理想は通じるものがあるが、このままテレジア本人が戻ると『サルカズの女王』という肩書が影響を及ぼし、邪魔をしてしまう可能性が高い。
・出来れば表舞台には立たず、裏方に徹して『ロドス・アイランド製薬』の力になりたい。
・ただロドス本艦に滞在すると多くの人物に気付かれてしまい、結果として内部分裂を起こしてしまう可能性があるため、ノアに滞在させて欲しい。
テレジアの話をまとめるとこんなところだろうか?
俺に関する話も多少はあったのだが、『ノアに滞在させて欲しい』という話の辺りで、頭から飛んでしまった。
テレジア曰く、滞在させてもらう分はちゃんとノアでも働くとのこと。
例えば? と聞けば、彼女は『女王として振る舞った経験や知識や技術を教えてあげられる』と答えてくれた。
…………いや、分かる。
そんなことは有り得ないと思いつつも、考えたことは有った。
それは、俺がノアに戻った際『オーナー』として──『ノアを制御出来る存在』として扱われる可能性。
それはもしかしたら一国の主のような扱いなのかもしれないが、俺にそんな経験は無いし、それに合わせた振る舞いなんて知る由も無い。
王のように振る舞うとか、小学生の頃の妄想みたいだ。大人になってからのソレは考えるだけで恥ずかしさが込み上げてくる。
「……考えることがこれ以上増えるのか」
割と一杯一杯なのだが、今日だけで更に考え事が増えてしまった。
実を言うと、旋律も途中から鳴りっぱなしである。
ノアの住民の状況、俺の種族の件、テレジアのお願い。
どれか一つ取っても大分力が要りそうなのに、それが三つ。それに加えて前々から抱えている問題も、もちろん存在する。
社会人に対処出来る範囲を間違いなく超えているだろう。全部放って逃げ出したくなる。
「…………はぁ」
溜息を吐いても、何かが解決する訳ではない。
……俺が投げ出したら、困る人がとても多いことを知ってしまった。
一歩ずつでも、何とかするしかない。