「私はベディヴィエール── あなたにお仕えする騎士でございます」
そう名乗った彼女はどこか悲しそうだ。
「何がそんなに悲しいんだ?」
「え、いえ私は別に……」
「……」
「……」
これについてはどうやら一切話す気は無いらしい。ならば王としての時間は終わりだ。そろそろ呪術師に戻らなければならない。もてなしを受けた手前心苦しいが公私は分けたい。この結界をといて任務を終える時がきたんだ。
「ベディヴィエール」
「はい」
「この結界の術師はお前だな?」
「はい、我が王がここへこられた理由も心得ております。如何様な処罰も心して受け入れる所存ですが、願わくばこのままお帰りください」
「そうか」
立ち上がり、俯く彼女に虚空から引き抜いた剣を向ける。
「結界を解け、それでこっちの任務は終わりだ」
「出来ません」
「……なんで」
「話したくありません」
結界術は基本的に術師を殺せば解ける。この結界もそのタイプに相違ないだろう。そして決意を灯した目でこちらを見据える女の意志はおそらく折ることが出来ない。殺すしかないわけだが身動きをとることも無くこちらを見上げているため剣で切るのは容易いだろう。
ここに来てからの僅かな時間、その中で思い起こされるこちらを見る眼差しや行動、好意と善意に溢れたその全てが剣を握る手を鈍らせる。
極めて切り辛い。そして何かが起こっていると漠然と感じているこの感覚がまだ切ってはいけないと断じている。
「何か目的があるんじゃないのか」
「私たちは『聖王教会』聖剣の担い手たる王の玉座となる組織です。そこに目的があるとしたら、我が王よ、今はあなたを迎えることのみです」
「じゃあこの結界もその目的のためか」
「いいえ、いいえ。これは私のわがままでした。ただの身勝手で最低の行いです」
焦れったい。そんなことはどうでもいい。何を求めているのか、何が悲しいのか口に出せばそれで終わりなのに。
「お前自身の目的はなんだ」
「あなたともう一度会うことです。それだけが望みでした。だからあなたが来るまで術師をみな無傷で帰らせました」
「……記憶を消す必要はあったのか」
「こちらの正体が分かってしまえば
「別のナニカが釣れたか……?」
「……ええ、王は察しが良いですね。そのうち、この結界は消えます。王はこのまま仲間とともにお帰りください」
別のナニカ、呪詛師は通常こんな変な所へは訪れないだろう。しかしただ呪霊というのも変だ。
『火山頭の呪霊! たぶんあいつが一番ヤバイ。喋るし領域っていうなんかすげえのももってた!』
地下室で今まであった強い敵勝負をした時の虎杖の言葉を思い出す。敵であったかは怪しいが五条悟という最強のカードを持っていた俺の圧勝だった。
変なところにヒントがあったが、要は火山頭の喋る呪霊。五条先生が言っていた『特級呪霊』今迫っているナニカも他と一線を画す特級の存在と見るのがいいだろう。
「要はそいつを倒せばいいんだろ?」
「そっ、そうですが、そういうことでは……危険なのです。今まで私の仲間たちが戦っていましたが全員たった数度触れられただけで死にました。敵はこちらに向かってきています。数分と経たないうちにここへ来るでしょう。そうなる前にはやく──」
「なるほど、臣下がやられたか。仇討ちだ。尚更王として見過ごせないな」
「バッ、カなんですかあなたはっ!?」
「うおっ急に辞めるじゃん謀反か?」
「そうですよ! 謀反です裏切りです下克上です! もう王じゃないですから帰れバカ殿!」
「ほうそちもなかなか愛いヤツよ」
「かえれっ!!」
なんだか面白くなってきた。俺の実力としては五条先生に「特級くらいはあるんじゃない?」と墨をつけてもらってるから心配ないない。それに既に亡くなったやつは無理だけど、生きてるやつの死を黙って見てるのはなんだか座りが悪い。それもあれほど丁寧で細やかなサービスができる人間はなかなかいないだろうから若干の下心もある。
「……ほんとに帰ってくれないんですか」
「そりゃ色々されてしまったしお礼をしなきゃな」
「そんなの、私は臣下なのです。お礼をされる理由にはなりませんよ」
「バカ言うな、臣下の忠義に応えるのが王だ」
「……分かりました。もう止めはしません」
そう言うと彼女は何かしらの文言を唱えた。
「微力ながら相手をあなたの土壌に引きずり込みます」
「それは有難い。あとは任せろ」
その言葉のあと、彼女は両の手を叩いた。するとすぐに景色が切り替わる。紙芝居の絵が変わるように別の場所へと移動した。遮るものがなく平坦な部屋、部屋と言うには広いそれは闘技場のように円形に作られている。そしてそこには人らしき姿があった。あれが彼女の言う敵ならば特級呪霊という推理は間違っていたということになる。しかし、滲み出る人間の神経を逆撫でするかのような邪悪な気配はそれが人間では無いことを物語っている。その気配に呪霊というのは案外見た目で測れないものだと感心すらしてしまう。
「……君の仕業?」
「そうだ。それでお前……実は呪詛師だったりするか」
「呪詛師……? あはは! 人に見える? 残念外れ。俺は呪霊だよ。そういう君は高専の術師で嘘が下手、これ後ろの子がやったんでしょ」
「そうか呪霊だったか」
「……なんか嬉しそうだね」
「別に特別なことなんかないが、ただメニュー表の写真通りのものが出てきたってだけだ。安心する」
体のあちこちに縫い目のあるツギハギの呪霊はこの例えが分からないのか首を傾げている。
「これだから文明のない呪霊は……」
「それって挑発ってやつ? そんな下らないことしてないで来るなら来なよ。実験も飽きてきたとこなんだ」
「実験……?」
こちらを見据えていた目が笑った。口角を釣り上げ目が怪しく輝いている。しかし宝物を見せるようにこちらに手を開けるのだ。
「人ってどこまで小さく出来るのか、気になったことはない? 答えがこれさ、ほら手のひらに収まるくらいになった!」
気づけば走り出していた。怒りとか嫌悪とか恐怖とか、そんな感情が生まれるよりもはやく感じたのは使命感だった。すぐさまアレを排除しなければならないという本能にも近い脊髄反射だ。
その行動が分かっていたのだろう。人の心を弄ぶように圧縮されていた人が広がり膨れ上がる。まるで呪霊を守る盾のように。
「どうだぁ!? 人は切れ──は?」
全部切った、人も呪霊も。人はせめて安らかに眠れるように一刀で両断する。切り開けられた空間の先にいる心底不快な存在を睨みつける。
「甘いんだよ悪意も策も、ここで死んでけよツギハギ」
縦に切られたツギハギは人間じゃないことを証明するようにこちらを見て笑った。焦りと驚愕がありながら確かな興奮を内在させたその表情がこちらを見る。まだ死んでいない。そう思った時には既に二刀目がツギハギの横腹に近接していた。剣は空を切るようにすんなりと……否、本当に空気だけを切って終えてしまった。切られたのにも関わらずそこから更に分裂して斬撃を避けたのだ。
それによってツギハギの手の内は何となく見えたもののそれは相手の底を知るものでは無く、底が無いことを知るある種の絶望だった。変幻自在の肉体、呪霊ゆえに心臓はなく致命が無い。しかし、勝機がない訳では無い。
縦の分裂は素直にくっついていたが横に関しては肉が伸びるようにして結合していた。断面が素直にくっつくことが出来ないから誤魔化したのだろう。つまり斬撃は効いている。
元の状態に戻ったツギハギはこちらから距離をとった。ならばとこちらも踏み込む。
「ようこそ」
出迎えたの刃の網だった。ツギハギを中心に広がる死の罠が俺を捉えようと後ろを閉じて逃げ道を潰す。
「いいのかよ、そんなに広げて」
「振れなきゃ意味ないだろ!」
呪力を込めて剣を振れば簡単に切れる。しかしそんなことは向こうも分かっているのかこんどは上下左右、全方位埋め尽くすような量の棒がこちらの動きも止めようと一瞬のうちに伸びてくる。凄まじい速さだが、足りない。
「っ……!! 化け物が!」
できるだけ細かく切り捨てる。実際のところどういう原理かは分からないがこの程度で相手の武器が減るかもしれないならやっておくべきだと感じたからだ。実際細すぎる部分はそのまま虫のように辺りに散らばって蠢くだけだった。そして今度こそツギハギは元に戻った。
「ネタ切れか?」
「……いいや、でも考えていたものでおまえに見せられるのはもう無いかな。だから、うん新しく行こう」
直感的にこのまま放っておいたらダメなタイプだと感じた。放っておいたら勝手に盗んで勝手に成長していつの間にか大成功しているような、恐らくそんなタイプ。だから早々に切り捨てる。全力で、ミンチになるまで。だが、向こうも全力だ。傷を作りながらも紙一重で避けられている。攻撃の最中ツギハギは合間を縫うように口を動かし話し始めた。
「俺の術式は無為転変。魂の形を自由に変えられる」
語り始めたのは手の内、そして直ぐに思い当たる呪術において重要なシステムである『縛り』という存在。その中でももっとも簡単で簡易に出来ることこそが『術式の開示』である。手の内を晒すという行為は相手に武器を渡すこととほとんど同義であるが故に縛りは機能し術式の機能を上げる。
「他者も触れさえすれば変えられる。さっきの極小の人間みたいにね。そして自分すらも変えられるんだ。分裂したり網みたいに伸ばしたり棒みたいになったりね。今まで小細工は簡単で有効的だった。だけどおまえには使わない。俺は俺の最適を掴む」
この真人という呪霊は学習する。そこにプライドは無く、嫌悪が無い。それが意味するのは際限のない学習機会があるということだ。呪霊は基本的に人を見ない。それは個人に執着せず平等に殺すという意味であり、同時に個人から学ぶことが無いことを示している。人間もまた嫌悪すべき呪霊に学ぶものは極めて少ない。しかし真人にはおそらくそれがない。人間から生まれた業は極めて知に貪欲であった。
呪術という人が組み上げた体系の中に真人の術式は存在しないかもしれないが、呪術を扱った戦闘技能は確かな糧となる。そこに重なる真人本来のセンスが無意識のうちに選ぶ最適、加えて予想外の産物があった。
「ヴ、おェえ」
拒絶反応によって吐き出された極小の人、十数体のそれが吐き出されると床に落ち爆散する。辺りに血が飛び散り凄惨な事件現場のような血溜まりが出来上がった。真人は意図しない嘔吐の理由が何かを全く理解できなかった。つまり自身が行った儀式に理解が及んでいなかったのだが、しかし理解しないまでも確かな効果を得ており、そして真人は無くなったものに執着しなかった。それゆえ焦りはなくただ自身の変化に集中する。
その事象は「縛り」に対する無意識的な反応である。自ら以外に術式を施すことを禁じたためそれ以前に貯めていた術式を施した存在さえも排除するという選択、その選択は正しく作用し、縛りがより深く徹底されたことでさらなる効力を発揮させた。術式開示による能力の向上のみならず術式の効果を自身の変化だけに縛ることで得られるさらなる向上が成されたことで、真人は限定的に宿儺の指数本分に対抗できる力をえていた。
真人の見た目に目立った変化は無かったが浅野はその事実を理解しないまでも確かに感じ取っていた。
「第2ラウンドだ呪術師」
「成長期かよクソ野郎」