──女は見ていた。
王と慕う男の戦いを、しかし同時に理解出来てしまった。このままでは邪悪の化身に王が敗北してしまうことを。
王の剣技ははやく鋭く力強い。非の打ち所のない完成形であると思えるほどに卓越している。しかし実際の王の真骨頂はそうでは無い。
あのエクスカリバーの力の底は『真人』というそれを相手にはしない。故に聖剣は十全ではなく、王、浅野勝利もまた全力であるものの本気ではなかった。それはエクスカリバーがそのまま宿ってしまった弊害。聖剣どころか浅野勝利の身体にさえもその封印がついて回っていた。
──十三拘束
聖王教会に伝承されているアーサー王の力を封印しているとされるそれは十三の騎士の承認を経ることでやっと真の力が開放される。全ての騎士が死んだ今も尚封印は続いている。聖王教会に形だけ与えられた『ベディヴィエール』という名など鍵にもならない。
「なんでですか」
彼女は流れる涙を止められずにいた。
「なんで我が王の邪魔をするんですか」
聖王教会内で十三拘束に対して意見は様々ある。基本的には王と王の騎士たち円卓で決めたものであるならきっと素晴らしいものであると信じられている。しかしそうだとしても彼女がこの時この瞬間その拘束具を恨めしく思うことを止めるのは無理な話である。
そして王のために忠義を尽くすと誓った彼女の行動を止めることもまた不可能であった。
▼
ツギハギの動きは切り会うごとに洗練されていく。そしてそれは片腕を剣のように変えてからは目覚ましかった。俺の剣を、技をスポンジが水を吸うように吸収していく。このままでは不味いと感じながらも打開策の一つも思いつかなかった。
「楽しいなぁ! 最適最速でお前に追いついて! 切って切って切って!! お前のプライド全部丁寧に切り刻んでから殺してやるよ!」
「随分やかましいじゃないか! そういうのはまともに当ててから言えよ! ツギハギィ!!」
打ち合う剣と飛び交う口撃。俺はツギハギが小細工無しの真っ向勝負だからこそ今のパフォーマンスが成り立っていると見て罠や暗器のような攻撃の線は全て捨てている。そんなことまで考えていては攻撃を捌ききれないというのもあるが、ツギハギが強くなったタイミングと呪術の特性を少しばかり知っていたからだ。おそらくツギハギは縛りゆえに強くなっている。それが適応されるのがどこかは性格には分からないがヤマを張るならあの時の宣言が一番それっぽい。
『おまえに小細工は使わない』
その一言を信じている。相手の言葉を信じるなんて馬鹿らしいが呪術の世界においては案外そうとも限らないということを教わった。ありがとう伏黒。
そして縛りというものを知ることで得た視点、それは聖剣にも適応されていたということだ。基本装備で縛り付きとかどこのドMが考えたのかと文句を言いたくなる。こんなものが無くなればツギハギの縛りだなんだで向上したものをまとめてぶっ飛ばすことが出来るのだから。しかし、問題が無いわけではなかった。
「どうした! 考え事してる暇なんてあんのかよォ!!」
「ッ……!! お前こそその血はなんだよ! 呪霊のくせに人間のフリが上手くなったじゃねえか!!」
まともに受けると拮抗する。カタカタと揺れながらもギリギリのところで俺とツギハギは同程度の力を持っていた。こいつを吹き飛ばすための大技、しかし大技を放つには溜めがいる。そんなのは切り結んでるところに出来るはずがない。手はあっても使えないんじゃまったく意味をなさない。
隙を作るために大きく切り上げ仰け反らせようとも反対の手が瞬時に刃に変わりこちらに超スピードで迫ってくる。それを蹴り上げて距離をとる頃にはツギハギも体勢を立て直して既に迫っている。そんなようなことを何度も繰り返すがまるで息付く暇もなく切りあっていた。
口では調子のいいことをいえてもこのままではいずれ負ける。あと何度か切りあった末には上がり調子の向こうが勝つだろう。死ぬかもしれないという諦観が顔を出しそうになった何度目かの剣の衝突、そこに影が指した。俺に血が降りかかる。ツギハギの片手がその影を貫いて止まっていた。
「……何してんだ」
「ヴ、ゴブッフ、フフ……『私はベディヴィエール』……です」
「何言って……おい、血、、」
静かにこちらを見据える彼女の顔がどんどん血の気が引いていく。それを示すように口からは血が流れ落ちる。胸を貫いていた剣が引き抜かれて彼女が倒れるのを抱き止める。呆気にとられている暇もなく自身の呪力特性を教えて貰っていたため、初めてだが無理やり流し込んだ。傷に手を当てて直接、痛みに呻く声も聞こえないままひたすら止まれと念じていた。
そんな最中でも直感が警鐘を鳴らしている。気配のするほうを見ればツギハギが剣を振り上げていた。彼女を強く抱き片手で剣を構えるが、ツギハギの手が解けた。固めていた縄が解けるように剣は無くなり手にも戻らず全身が泥のような肉塊へと変わっていく。
「お、うよ……うっ、ムダ、です」
彼女は俺の手を止めるように握っていた。力は酷く弱々しい。それもそうだ。彼女の顔は酷く悪化していた。血管が青く浮き上がりそれは全身に回っている。まるで毒が回っているかのようだった。
「『私はベディヴィエール』」
「そんなのどうでも──」
「王、よ……どうか」
彼女狙いが分からない。しかし、剣を向けられても動かなかった少し前の彼女を思い出す。決意が固く、一切の意志を曲げない姿勢を見た。
「『君はベディヴィエール』」
「……ふふ、ありがとうございます。王よ……」
彼女は握っていた俺の手を首に当てた。ここを直せということだろうと判断するとさっきよりも少しだけ聞き取りやすく声を出した。そうしてふらふらと立ち上がり俺の前で膝を着いた。まるでおとぎ話の騎士のように。
「『我が名はベディヴィエール、円卓の騎士の末席たるこの身において、私は──』」
鬱血し始めた手を伸ばして俺の頬に触れると彼女は一言ハッキリと言った。
「──あなたの全てを承認します」
──承認、ベディヴィエール
それは剣の声。エクスカリバーの名を叫ぶときに必ず聞いていたその声が今なぜか聞こえた。触れる彼女の手が徐々に冷たくなっていくのを感じながら俺は彼女のために何も出来ないことを悟った。見つめることしか出来ない俺を見て彼女は優しく微笑んだ。
「嬉しいです。私のために泣いてくれるのですね」
「……俺は──」
「我が王、出来ることなら私は私のままあなたに仕えたかった。私の名を、呼んで欲しかった」
「今からでも呼べる。教えてくれ、名は……」
「───」
小さくか細く、倒れる最後のその瞬間。彼女は呟いた。今更何を言ったところで彼女の耳にそれが届くことは無かった。
▼
術師が死んだ。それによって結界は消え始める。それと同時にこの中で起きた記憶は全て消えるだろう。例外は無く、人も呪霊も差別なく忘れていく。そういうものであるが故に西洋の術師が起こした騒動は何も無かったことになって消えていくだろう。
「忘れる……お前もか? ツギハギ」
「はぁ? 知るわけないだろ」
ツギハギ呪霊、真人は何とか人型に戻ったが少なくない焦りを抱えて浅野と相対していた。
突然解けた手、正確には縛りで押さえつけていたものが破裂したのだ。真人の誓いは図らずも明確な縛りとなってその効力を発揮していた。それにより向上した術式を全て自分の強化に当てていた真人は不本意にも人型から人へと近づいていた。
浅野との斬り合いの中で真人の体は人とほとんど同じ造りへと変わっていたため弱点があり限界があり、そして血が流れていた。ある意味それが縛りとなっておりそのまま順当に行けば真人は勝っていただろう。しかし混入した異物がそれを乱した。ベディヴィエールの存在である。その女は戦いに割って入り図らずも自らを代償に大きな空白を作ることに成功した。
本質的には呪霊のままであった真人の血は人間にとって毒そのものである。それが心臓の間近に入り込みそのまま全身へと流れてしまった。術式によって構成された血が毒として敵の安全を侵した。真人の縛りはそれを許さなかった。
縛りという力は発生した違反行為によって術者にペナルティが課される。真人個人の制約であったためにそれほど重くない罰だったが自身に施していた術式は全て一時的に解除され保っていた形さえも一度は崩れた。ダメージは無く戻そうと思えば戻せる程度だが、この戦いに置いてはこれが明確な敗因となる。
「忘れる前に殺す」
真人はそれでも笑った。自分という生をおびやかす死の存在を前にして心が踊るような気分を味わっていた。呪いはまだ死んではいない。
しかし、だからと言って開いてしまった圧倒的な彼我の差が埋まることは決して有り得なかった。
真人の視界から掻き消えて次の瞬間には目の前に居る。目でとらえきれないほどの神速は武器である剣さえもその域に至る。
「はっやっ!」
腰から肩まで切り上げられるがギリギリで両断を回避した真人は逃げられないと判断し、逆に浅野に近接することを選んだ。自ら死地に飛びこむがごときその所業は功を奏し彼の命を延命させた。
攻撃に剣は使われずただ呪力の籠った打撃が真人の顎に吸い込まれる。首を起点に一回転半し、そのまま裏拳を叩き込まれると既に真人の顔はぐちゃぐちゃに潰れている。
哀れにも王の逆鱗に触れてしまった道化は死の瞬間が訪れるのをただ待つしかない。
「(死ぬ……)」
その感覚のおかげで触れかけている呪術の頂きはしかし圧倒的な障害が立ちはだかっているが故に酷く遠く。手を伸ばしたところで指の先すらも届いていないことを感じていた。
「
そんなことを意に介さない王の必殺が迫っていた。