「……推定特級呪詛師ねぇ」
上層部の命令を受け、五条悟は東京から離れ県をまたいでとある町へと向かっていた。任務の内容は呪詛師の討伐、それも『推定特級呪詛師』などと煮え切らない称号をつけられた者が標的だ。大方、特級に頼るための建前と特級という称号を安易には与えたくないがための妥協案だろうと五条は考えている
五条悟が現れて以来呪詛師の数はめっきり減った。ゆえに彼らの生態はわかりやすい。彼らは自身の快楽を満たすために悪辣の限りを尽くす、けれどもそれは自身の安全が保証されているがゆえだ。五条悟というわかりやすい処刑台が用意されている今無闇に行動する間抜けは少ない。
しかし、間抜けが見つかった。それも特大の間抜けだ。
「伊地知、情報は」
「五条さん資料渡しましたよね」
「いいから話して」
「はぁ分かりました。今回の任務は討伐、相手は『推定特級呪詛師』とされる高校生の男の子です。今から2年ほど前に確認され、その後も特級相当の呪力を短いスパンで何度も出力できることが確認されました。被害状況としては土地が少々禿げたことが挙げられます。既に何人かの呪術師が討伐に向かっていますがその全てが返り討ちにあっています。特に負傷、死傷者も出ていませんが帰ってきた方たちは全員戦闘時の記憶が曖昧になっていたため得られた情報もかなり少ないものとなっています。これを知った上層部の要望は呪詛師として討伐するか拘束するかのどちらかとのことです」
「……伊地知、止めて」
接近してくる呪力反応。それに気づいた五条は車から降りて伊地知を先に行かせる。そして姿を見せたのは明確な考えを持って言葉を話すほどの呪霊だった。
「まったく次から次へと……で、君何者」
▼
五条は未登録の特級呪霊との会敵後、それを難なく切り抜けた。しかし呪霊は逃しさらに2体目の特級呪霊も確認したため急遽予定を変更し1日分時間を遅らせて任務に入った。その結果クレーターが1つ増えたらしく上層部から遠回しに文句が飛んできていたが、しかし五条からしたら知ったことではなかった。
そして現在、情報通りに呪詛師の住処へと訪れていた。至って普通のマンションである。
情報によれば呪詛師『
五条は部屋番号を確認しエレベーターで階を上がりまるで友達の家を訪れるかのように淀みなく歩いた。そうして辿り着いた部屋の前で少し考えて普通に呼び鈴を鳴らした。
程なくして「はーい」と間伸びした声が聞こえて扉が開かれる。そうして姿を見せた彼は至って普通の少年だった。五条の教え子である彼らと変わらない子どもであった。とはいえ五条の判断に迷いは無い。呪詛師であるならば殺す、しかし聞く限りただ真にそうである訳では無いと五条は考えていた。
予想していた高さに目がなかったようで下を向いていた彼の顔が少しずつ上がってやっと真っ直ぐに目が合う。
「や、こんにちは」
「……誰?」
「僕は五条悟、君は浅野勝利で間違いないね?」
「……とりあえず中入ります?」
五条の服装は夏に着るにはかなり暑そうであった。そんな浅野の態度を見て五条の中に少しはあった警戒心が肩透かしをくらった。部屋の中、つまり自身のテリトリーに誘い込もうとしていると警戒しようにも五条の目にそんなものは効かない。その目が無害だと結論付けたために、この流れに身を任せて案内される。その間五条はひとつの結論にたどり着いた。
(これは使えるかもしれない)
異名こそ最悪だけれど浅野の人となりはそれほど悪いものじゃない、それこそ教え子の1人である虎杖悠仁と似た物があると感じていた。そして五条にはもうひとつ確証があった。それは彼の『六眼』と呼ばれる特異な目から得た情報を基にしたものである。それは呪力の流れを正確に見抜き術式を見る。それがどこまで見通しているのかは持ち主のみが分かっている。
その持ち主たる五条は浅野勝利に刻まれる術式、剣と呼ぶべき形をした何かを見た。今まで見たことも聞いたこともない術式であるがその動力源は驚くべきことに反転した呪力である。
呪術に関わるものたちが使う呪力とは負の感情から練られる力であり、呪術とは基より他を思う悪しき感情に形を持たせたものに他ならない。だからこそ呪は人を苦しめるほどの力を得る。とはいえ呪術を扱うものの中にはほんのひと握りであるが反転した呪力を扱うものが存在する。
呪う力が裏返るとそれは祝福となる。人に使えばたちまち傷は治り、極めれば魂に近い部分さえ治すことが出来る。反対に魔なる者に使えば極めて強力な武器となる。
実に便利な力であるものの呪力を反転させることが出来るものは極めて少なく、さらにそれを他者に使うことが出来るものとなるとより少ない。使い手の中には術式に流し込むものも存在するが普通に流すよりも呪力の消費が激しくなるというオマケがついてまわる。けれど、五条が見たそれは反転した呪力こそが通常の状態であった。
言うなれば正の感情を食って使う術式だ。
つまり、正の感情などという呪詛師からは程遠い力でクレーターをバカスカ作っているようなやつが悪いやつなわけが無いという理由だった。
だからこそ彼が出した茶も飲むし客をおいてシャワーを浴びたり急に変態扱いして来たりしても五条は怒っていない……多分。
そんなこんなでやはり呪術師として引き込む方が良いかもしれないと考え、そして成功した。金でつられる浅野はかなり俗物的という五条の理解も深まった。
こうして五条はまた1人自分を追う者を得た。素直に追ってくるかはまだ定かでは無いけれど五条にとってはまたひとつ前進出来た気分だ。
それから上層部の嫌そうな声が目に浮かぶようだった。