──とある場所の山奥にあったという廃病院、そこには少し前から人よけの結界が貼られているらしい。調査から帰ってきた呪術師に身体的な異常は見られなかったが結界内での記憶が欠落していた。
一級術師を1名、補助の術師の1名以上を派遣する。
3人の術師が結界の中へ足を踏み入れる。すると現れたその光景に見上げたままに呆然とする。
「病院か……?」
「城じゃん」
「ふー……これは想定外ですね」
山奥の結界の中にはそれは立派な城が立っていた。
時は遡り浅野と虎杖の2人が映画鑑賞をしていたときのこと。
8月下旬、 夏の暑さもピークを過ぎた頃。俺たちは山にも海にも行かず地下室で次に見る映画を選んでいた。とある三部作を見終えたとき「そういえば」と声を上げてディスクを漁る手を止めたのは虎杖だった。
「伏黒と釘崎、あいつら元気にしてる?」
「元気といえば元気なのかな……? 強くなるのに必死みたいだったし」
五条先生に煽られたのが悔しかったのか伏黒も釘崎も身体作りに体術にかなり熱心に取り組んでいた。真希さんが笑いながら転がしてたのを思い出す。
「おー! じゃあ俺と同じ感じか」
「同じかな、これ」
隣で映画を選んでいる虎杖を見て俺はそう思わずにはいられなかった。
俺たちは今、五条先生によって監禁されている……ような形で訓練を受けている。訓練……訓練だな、うん。
ぬいぐるみを抱えて呪力流しながら映画を見る、たまに五条先生が新しいぬいぐるみを持ってくる。言葉にしてみればその程度のもので、最初はそれなりにハードだったもののいつしか慣れて行ってしまってそれほど苦じゃない。今となっては映画を楽しむ余裕しかない。虎杖もそんな様子で俺たちは普通に映画鑑賞を楽しんでいた。とはいえミミズ人間とか平気で見れるあたり虎杖とは感性では仲良くなれないかもしれないが、これもまた相互理解というものだろう。
最近はもっぱらこちらから学校に通っているのだがまあ何とか生活に支障はない。ときおり虎杖は外に出ていく俺を羨ましそうに見ていることがあるのでそろそろ限界なのではなかろうかというそんな時、とうとう五条先生から虎杖に対して任務の通達が来た。
「説明は後で伊地知に聞いて、先に紹介したいヤツがいるんだ」
そう言って先生は虎杖を連れていった。
「何やってんの勝利も来るんだよ」
俺も連れていかれた。その先で立っていたのはスーツを着た真面目そうながらも独特なゴーグル……グラサン? をした男性だった。
「こちら脱サラ呪術師の七海くんでーす!」
五条先生から軽快に紹介される七海さん、肩を組まれているのが気に入らないのか眉間にシワがよってらっしゃる。何でも一度社会を経験した結果に得た答えはどっちもクソ、それならより向いている方にしようと呪術師として戻ってきたらしい。言動からどっちも心底クソだと思っているようだったため程度に違いはあれども動機としては珍しくとても気が合いそうな大人である。
虎杖のことは認めていないと言うがそれに関しては時間の問題だろう。まともな大人がこんな良い奴見捨てるはずがない。とはいえ互いの性格ゆえなのか噛み合わない同士って感じで先が思いやられる。
「思ってたよりもはやくいい具合なったからね、ちょっと早めに次に移ろうってことで、2人にはこれから七海同伴で任務に行ってもらうよ」
「任務……っし、やるぞ! で、先生その任務って?」
「山奥に突然現れた結界の調査だよ。詳しくは伊地知から聞いて、僕はこのあと用事あるから」
軽く手を振って取り残された男3人、七海さんの号令でとりあえず伊地知さんの元へと向かった。伊地知さんは専属のタクシー運転手のような動作で俺たちを出迎えてくれた。
「資料に書かれている通り今回の調査対象は一週間ほど前から突如として出現し今なお閉じたままであり中身は全くの不明です。帰還した術師は全員その日のうちに帰還するも入ってから出るまでの記憶は無くなっていました」
都会からはなれた視界の開けた広い道を走っているところ伊地知さんから任務の詳細を説明されることになった。
「今回の任務は結界内の情報を持ち帰ること、もしくは結界を解くことです」
「なんか適当じゃない?」
「何も分からないからこその調査任務です。『できる限りやれ』とね。虎杖くん、こういうときは引き際を間違えてはいけませんよ」
七海さんのその言葉は不思議と重かった。同じものを感じたのか悠仁はただ頷くしかできていなかった。
「それにしても記憶を消す呪術ってあるんですか?」
「あるにはありますね」
「え、誰でも使えるんですか」
「割とポピュラーなものですよ記憶の抹消は」
「そんなもんがポピュラーな呪術界隈やばいっすね」
「否定はしませんが、無いと困るのが事実です。呪霊、呪詛師の存在が露呈することは不用意な混乱を招きますし消しておくに越したことはないんですよ。それに呪術の秘匿はお上の意思ですからね」
「へー……虎杖なんでそんな難しい顔してるんだ」
「いや、なーんか忘れてるような……?」
「まさかお前……若年性……?」
「流れは!? 呪術だろ!」
「え、やられた覚えあんの」
「……無いけど」
「おふたりともボケた会話はそこまでにしてください。そろそろ着きますよ」
こうして件の結界が貼られている山の麓で車から出た俺たちはそのまま山の中へと足を踏み入れたのだった。そして冒頭に戻る。
城の存在感に圧倒されたが直ぐに根気を入れ直した悠仁が頬を両手で叩き声を上げる。
「よっし行くぞ!」
「いえ、待ってください」
七海に待ったをかけられたことで盛大にズッコケる虎杖、恨みがましく七海を見上げるが、そのグラサンは結界へと向いていた。七海がそちらに手を伸ばすとまるで水面に触れるような感触と共に普通に通り抜けていた。
「一度私が外に出ます。虎杖くん、念の為私が結界を出たことを確認したら携帯に連絡をお願いします」
「でもナナミン帳て電波通じなくなるんじゃなかった?」
「その呼び方はやめてください。通じない可能性もありますがそれならそれでいいです」
「ならりょーかい」
何やら気になることがあるらしい七海さんと助手の虎杖を後目に俺は城の方を警戒していた。純白の城は山の中においても壮大で威厳がある。どこか懐かしいようなきがするが、どうにも違和感の方が強いみたいだ。
『こっちだよ』
「……? 今声しなかったか?」
異変の共有のため振り返るとそこには誰もいなかった。七海さんは結界の外だとしても悠仁まで外に行った訳では無い。
「虎杖……?」
辺りの木陰に目をやっても誰かが出てくる気配は無い。よく見れば結界の黒すらなくまるでずっと山と森が続いているような風景が辺りを占めていた。しかし不思議と城の方向にある道は開けている。あからさまに誘い込むようだが、なるほど効果的だ。
「行くしかないのか」
なんだかいつかの夜のような寒気を感じて気が進まないが、取れる選択は少なく城へ続く道を進む他なかった。嫌味なほど綺麗に咲く花々には何故か無性に苛立ちを感じて速く離れようと足早に歩を進めた。
◆
──あ、繋がった。え、なんで外にって……あ! そっかナナミン結界から出たから記憶取られちゃったんじゃね」
『……結界そのものに記憶に関わる術をかけるとは、なるほど全ての規制をしない代わりに記憶の持ち出しだけを禁じたのでしょう』
「それ縛りってやつ?」
『そうです。帳に含まれたほとんどの利点を削ぎ落とし付属の効果を最大限高めたのでしょう。ですから削ぎ落とされた帳は外界との通信を完全に断つことができない』
効果とその内訳の大体は推測できたものの七海たちにとっての本命である結界を仕掛けた目的が読めなかった。1人なのか組織なのか、仕掛けの規模がでかい割に無傷で人を返したりする曖昧さがより不気味さに拍車をかけていた。とりあえずの話はついて通話が切れる。
「浅野、ナナミンすぐ戻るって……いねえ」
虎杖の視界では変わらず城が遠くに見える。森も鬱蒼としていて敵の本拠地ですと自ら主張している気さえしてくるほどだ。
「浅野ー? 多分ナナミン切れると超怖いタイプだから早く出てこいよお! 帰ってきちゃうぞぉー!」
「虎杖くん」
「うおっち!」
「何かあったんですか? それに、浅野くんは」
「それがさ、電話してる間に居なくなったんだ」
七海は深くため息を吐いた。そして数秒の沈黙を貫いた後に「私のミスですね」と吐き出した。
「なんで」
「監督責任です。私にはあなた達を見守る責任があった。直ぐに浅野くんを探しましょう」
「探すつったら、やっぱあそこ?」
「……気は進まないですが、ええ、あそこ以外ありえないでしょう」
「しっ、浅野には悪いけどやっと始まった感じ」
「そういうことを本人の前で口にしてはいけませんよ」
「了解」
学生服とスーツ、登山に挑むにはいささか舐めすぎている服装のふたりは浅野を追う形で城へと向かい始めた。