陰の立役者と呼ばれて 作:一般構成員
今回の話はゼータの話を扱っていますので原作小説第五巻のネタバレなどが含まれている可能性がある部分が多分多くあります。
ネタバレなどが気になる方はブラウザバックをおススメ致します。
お気になさらない方はそのままご覧ください。
雪の降る極寒の地、吐く息は全て白い吐息となり、体にも雪が積もっていく。
そんな中、任務でディアボロス教団の施設を調査してる時、その連絡は来た。
「えっと、『ミドガル王国、王都にて緊急事態、手の空いているシャドウガーデン集結せよ』か。そしてこっちがベータからの私専用の連絡で『先ほどの指令はジョーカーによるもの』ね、成る程。一回帰ろうかな?」
私は任務中だけど帰りたくなった。特に手が空いているという訳では無いけれど。
「専用の連絡とはどの様な内容が来たのですか?」
耳聡い部下がこっちに突っ込んできた。
「ん? ウィクトーリアには関係ないよ。
任務を遂行する上では役に立つけどこういう時は邪魔なだけなので、そこそこ優秀な彼女に丸投げする為に私は平気な顔で嘘をついた。
「そうですか? 我らが主の事について申していた様な気がしますが」
「気のせいだよ。そういう事だから一回帰る。後は皆に任せた」
「はぁ、そういう事でしたら」
私は無意識に振りそうになる尻尾を何とか制御して、他のメンバーに任務を押し付けて王都に一回帰る事にした。
別にサボりではない、呼ばれたのは本当だ。
(急いで帰ったら話してる時間ぐらいは作れるかな?)
私はそう思いながら、急いでミドガル王国に帰還する。久しぶりにジョーカーに直接会って話がしたいとそう思いながら。
そして帰りながら私は初めてジョーカーと会った日の事を思い出していた。私を助けてくれた、たった一人の私だけの……。
私は獣人族の金豹族の族長の娘として生まれた。
一族でも優秀だったらしく、そんな私に父様は書物をよく買ってきてくれていた。
私も一族の為にその書物を読んだ。知識が段々と身についてくる実感は心地よいものだった。
一族の皆に愛されていた自信があった。だからその期待に答えたいと思っていた。いつかこの身につけたものが、皆の役に立つとそう信じて。
その平和が崩れ去ったのは私が悪魔憑きになった時だった。
人生一度転落し始めるとそこからは早かった。
治療法を探していた父様は帰ってくるなり、他の一族の者に裏切者呼ばわりされ、私が悪魔憑きだという事を必死に隠していたけど、聖教の司祭を名乗る男が悪魔憑きが居ると村に来て、逃れられない状況にしてきた。
父様はミドガル王国に悪魔憑きを治療している集団が居るという噂を聞いたらしい。そしてその集団の一員の少年と直接会ったらしい。
その少年は治す事は出来ないけど治せる人の下に案内できると言い一緒に途中まで来ていたらしいのだが、途中で邪魔してきた集団を足止めする為に殿を務めた少年とそこで分かれたとの事だった。
その話を父様がしても一族の誰も信じなかった。だけどあの司祭だけは何故か無表情だった。
そしてミドガル王国を目指してその少年と合流するため東に向かえ、それが父様の最後の言葉だった。
私たちは父様の言う通りにミドガル王国を目指し東へ向かった。
私たちを逃がす為に一族の者たちや司祭にたった一人で戦いに挑んだ父様のとても大きな背中は今でも覚えている。
途中、母様が私に弟を託して河で別れた。またいつかミドガル王国で会おうと約束して。
河の中を移動して必死に匂いを消した。追手がどんな奴かは知らなかったけど、それが一番追手を撒く事が出来ると信じていた。
そして暗い森を抜けた私は海に着いた。
書物で読んで知識として知っていた、何処までも広がる揺れる輝く水面。
こんな時じゃなかったら、星空が上下に広がる特有の美しさを感じる事が出来ていたかもしれない。
でも、そんな事を考えている余裕は無かった。
「父様……東には何もありません。ミドガル王国は……例の少年はどこですか。母様……近くに居ないのですか」
悪魔憑きの黒い痣はお腹から始まっていたがもう胸の所まで来ていた。身を引き裂く様な痛みが常にあった。
ずっと歩き続けていたから疲れて脚が棒の様になり、これ以上は歩けそうに無かった。
「渡らないと……海を。まだ……」
――終われない。そう思い半ば這いずるように歩き始めた時だった。
「探しましたよ。一体何処へ行くつもりなのか教えてくれませんか?」
いつの間にか私の前にあの司祭が立ち塞がっていた。
追手が居ないか注意していたはずなのに、全く気配も感じられなかった。
「あ、あぁ……来ないで……」
私は目の前の司祭から少しでも離れようと必死に足を動かし後退る。
しかし司祭はゆっくりと着実に私の方に歩み寄ってくる。足音をわざと大きくしこちらの恐怖心を煽るように寄ってくる。
「さて。ここで問題です。悪魔憑きは何処にいるでしょうか」
司祭は悪魔の様な歪んだ笑みを浮かべながら私に語りかけてきた。
この時私は自分が遊ばれていると分かっていた。でも何も出来なかった。
「こちらの男は違いました」
そう言いながら司祭は私の元に生首を投げてきた。
「と、父様……?」
それは父様の生首だった。血まみれで傷も多く想像を絶するほどの凄惨な最後だったと嫌でも分からされる。家族である私じゃないと分からないであろう程損傷が激しかった。
「こちらの女も違いました」
そう言いながら司祭はまた私の元に生首を投げてきた。
見なくても分かっていたが私は見てしまった。
「か、母様――ッ!」
目を見開いたまま死んでいた。一体最後に何を見せられて殺されたのだろう。
「どうしてこんな事をッ! どうしてぇッ!」
私は二人の生首を拾い集めて、これ以上穢されない様に弟と一緒に抱えた。
「どうして……ですか? 悪魔憑きは浄化しないといけないのですよ。王都では一般的な常識ですよ」
司祭は小馬鹿にした様にクツクツと笑いながら答えてきた。
「そんな事王都だけの話でしょ……私たちには何も関係ない」
「いいえ。悪魔憑きはこの世に存在するだけで罪なのです」
「……罪? そんな事誰が決めたの? 私が今まで読んできた書物にはそんな事書いてなかった」
「誰が決めるか? そんな事我々に決まっているでしょう」
そう言いながら司祭は血まみれの手で私の顔を撫でてきた。
鉄臭く、体液特有の不快なぬめりが気持ち悪かった。
「さぁ、残るは二人です。どちらが悪魔憑きなのでしょうか? 私に教えて下さい」
黒い眼鏡のようなもので目は見えていなかったけど、間違いなくこの司祭は今の状況を愉しんでいた。
私が悪魔憑きだと分かった上でわざわざ聞いてきているのだ。
弟も殺すつもりだろう。腕の中の小さな命を守るように抱きしめる。
「……私が悪魔憑きです。だから弟は殺さないで」
言っても無駄だと分かっていても口が勝手に動いてしまう。
「いい子だ。素直でとてもいい子だ」
そう言い今度は私の頭を撫でてきた。髪の毛にも血が付いた。両親に褒められた綺麗だと言われた白金色の髪は赤黒い血で汚されていった。
「まだ続けられていたのですか?」
「おや? もうそんなに時間が経っていましたか。いけませんね、愉しむとつい時間を忘れてしまう」
司祭の後ろにいつの間にか奇妙なローブの集団が居た。その集団は全員生首を両手に何個も持っていた。
見覚えのある顔もあった。つまりあの生首は全て金豹族のものなのだろう。
「一人残らず始末し、目撃者は全て消しました」
「よろしい、死体によるサンプルは十分だ」
司祭はまたこちらを向いて目線を合わせてきた。
「君は貴重な生きた実験体だ、これから長い付き合いなるだろう。だから自己紹介をしておこうか。私は高位司祭ペトス。そして『ディアボロス教団』のナイト・オブ・ラウンズ次期第十席の者だ」
ディアボロス教団という名前に聞き覚えは無いだろうがと後に付け加えて。司祭ペトスはそう名乗った。
「お、弟は……渡さない」
「健気だね。安心していい悪魔憑きでない子供には用は無いからね」
そう言いながらペトスは鎖を握る。私は絶対に弟を守ると思い必死に抱える。
(誰か助けて……)
周りは敵しかいない状況、全く期待していなかったけど、そう願った。願わずにはいられなかった。
でも願いは届いた。
――その時だった。彼が来てくれたのは。
突然私とペトスの間に一本の剣が突き刺さる。
「成る程、私とした事が少し遊びに夢中になりすぎましたか」
飛んできた剣の先には真夜中に光る銀の様な漆黒のローブを纏い、顔を全て覆う仮面を着けた少年がそこに居た。
「悪い。随分と遅くなった」
だがその姿は少し負傷している様で、既に息遣いも荒い。それでもここに来てくれたみたいだった。
「あれだけの数をもう殺してきたのですか?」
「ああ、かなり足止めされたよ。おかげで移動に魔力を使う羽目になった」
そういう少年はやはりどこか息苦しそうにしている。私が悪魔憑きになる前日と同じ症状に見える。
「それは……君の両親か?」
「え?」
少年は私の抱える頭を見てそう聞いてきた。
「そう、私の両親。私を守ろうとして二人共殺された」
そう答えた瞬間、少年から少しだけ魔力が漏れ出てくる。感情が昂っているのか只々何を為す訳でも無くただ溢れ出ている。
必死に抑えている様だけど上手くいっていない、それに何だか苦しそうだった。
もしかして少年は余り魔力を上手く使えなく、使うと代償がありそうだった。
私でさえそう思ったのだ、目の前のペトスが気づかない訳ない。
「随分と苦しそうですね。感情が不安定になり自身の魔力が制御出来ていませんよ?」
「どうでもいい」
「ほう?」
「どうでもいいんだよ、今の俺の状況なんか」
誰も何も言えなかった。少年の圧がこの場の全員を圧倒していた。
「久しぶりだよ。ここまで胸糞悪い状況に出会うのはッ!」
「そうですか。ただそう戦場で感情に左右される程度ではまだまだ未熟だ」
そうペトスがそう言った途端、周りに居た奇妙なローブの集団が一斉に少年に襲い掛かる。
だが少年は一人一人的確に殺していく。素早い動きで次々に首を刎ね、突き刺し、切り捨てていく。
私は戦いには詳しくないけど動きが洗練されている事は分かった。
相手の攻撃を受け流し、態勢を崩して、その隙に攻撃をする。
単純だけど実際に行うのは難しいはず。でも少年はいとも簡単にやってのけていた。
それも私にペトスが近づこうとすると牽制の為にナイフを投げつけながらだ。
「存外やる様だ。流石は例の集団の二番手の者、だが……」
ペトスの口角が獰猛に吊り上がる。まるで計画か作戦がしっかりと嵌っている様なそんな笑みを浮かべている。
先程から少年の息遣いが段々と荒くなっている。そう言えばここに来た時から既に体力をかなり消費していた様だったけど。
……まさか。
「もしかして彼を消耗させているの?」
「おや? 気づきましたか? 報告によると彼は魔力を使用すると著しく消耗するようでね、数日前から波状攻撃をさせて貰いました」
「数日ってそんなに前から⁉」
「彼は我々に密かに対抗する集団の二番手、トップがどれ程の実力の持ち主なのか分かりませんが、二番手をこのタイミングで処理するのは当然の事。そしてそれを私の手だけで成し遂げた際には私の人生には新たな道が開かれるでしょう」
ですがその代償は随分と高くつきましたけどねとペトスは後に続けていた。
「後はお前だけだな」
いつの間にか少年は奇妙なローブの集団を皆殺しにしていたらしい。
だが少年は見るからに疲弊していた。顔は見えないけど、絶対に苦しい表情をしている筈だ。明らかにペトスの術中に嵌まってしまっていた。
「最終確認だが君は集団の二番手で合っているかな?」
「そうだと言ったら?」
「ここで消しておこうと思ってね」
「やってみろよ」
一瞬の静寂の後、ペトスは鎖を振り回し、少年は剣を再び構えてペトスとの距離を詰める。
まるで生き物のような動きを見せるペトスの鎖。
それを少年は合間を縫って潜り抜けていく。
時に剣で弾き、身体を捻り、立ち止まったり。何本にも見える鎖を全て見切って避けていた。
「凄い」
私は思わずそう呟いていた。
その時ペトスの鎖が大きく弾かれる。
「――ッ!」
「オラァアッ!」
少年がその一瞬を突いて間合いを詰めてそのままの勢いでペトスに蹴りを入れる。
ペトスは大きく後退し、先ほどまで私と少年の間にペトスが居るという立ち位置から、少年が私とペトスの間に来る形になった。
「ふむ。あれだけ消耗させたはずだが、まだこれ程の力が残っているとは、計算を間違えたか?」
ペトスはまだまだ余裕があるようで、蹴られた所に付いた土を払い落しながらそう言った。
「……」
「だが思考力は落ちているようだね。保護対象が居る時の一人での戦闘は慣れていないようだ。君は致命的なミスをしてしまったな」
「……ッ!」
少年は黙っている。何も言わないという事はその通りという事なのだろうか。
「君の戦闘能力は高い部類に入るだろう、このまま続ければ先に倒れるのは私の可能性も十分にありえる。これだけ消耗させてきたにも関わらずだ。しかしそれはあくまでも君と正面切って戦う時の場合だ」
そう言いながらペトスは再度鎖を振るう。狙いは……私?
そう思った瞬間、少年を迂回する形で棘の付いた分銅がこちらに向かってきていた。思わず私は弟を抱きしめながら目を瞑る。
激しい金属音が鳴り響く。それと同時に少年の苦しそうな声も聞こえてきた。
少年が防いでくれていた、だが先ほどとは様子が違った。
どうして? さっきまで簡単に弾いていたのに。やっぱり体力を削られすぎたんじゃ。
「鞭状の武器は遠心力の関係上先端が一番威力が高くなる。君はそれを理解していたから、近距離の交戦距離を保っていた訳だ。しかし今私が狙っているのはそこの小娘。丁度一番威力が出る間合いだ」
「……ひ、卑怯者」
先ほどから、いやずっと前から行われてきたペトスの卑劣な行いに思わず私はそう言った。
「戦いの場において卑怯とは誉め言葉だよ。何しろ勝った者が正義なのだから、君もそう思うだろう?」
「ああ、確かにそうだな。これは俺の経験不足が招いた事態だ、重く受け止めるさ」
「さて君はどうするかな? 私は間合いを詰めてこられてもいい。攻撃される前にあの小娘を叩き潰せるからな」
「どうするかって? 全部凌いでお前を殺すだけだ」
「ハハハハハッ! やってみるがいいッ!」
ペトスはもう一つの鎖を持ち出した。もう片方は棘付き分銅では無く、鎌が先端に付いていた。
「――ッチ! また面倒な武器をッ!」
少年は腰に装備していたもう一つの剣を抜き応戦する。
恐ろしい速度で振るわれるペトスの二本の鎖を少年は先ほどの宣言通りに凌いでいた。
「ほう、思っていたよりもやる様だ」
余裕がある態度を取っているがペトスの顔が曇っていくのが分かる。少年は徐々に鎖を強く弾いていく。
恐らく武器の破壊を狙っているのだろう。ペトスが段々と焦っているのが分かる。
恐らく少年も私もこのままいけば勝てるとそう思っていたと思う。
――
私は視界の端で何かが動いたのに気が付いた。見てみると殺されたと思っていた奇妙なローブの男が一人立ち上がっていた。死体に紛れて少年の鏖殺から逃れていたらしい。
そして私に筒状の何かをこちらに向けていた。
「あ? まだ生きていたのか⁉」
その一瞬ペトスから目を離したのがいけなかったのだろう。
そしてそれに合わせてか破裂音がした。ローブの男が持っていた筒から何かが私に向かって飛んでくる。
少年は何の躊躇いも無く左の剣で先ほど斬り落とされた自分の右腕を突きさし、私に向かって飛んできていた物をその右手をぶつけて防いだ。
飛翔体が当たった少年の右腕は大量の腫瘍が出来た後、盛大に破裂して跡形も無くなってしまった。
その後少年は左の剣を投げてローブの男を完全に殺した。
だがこの一連の動作の時ペトスは一切攻撃の手を緩めていない。だけど私には攻撃が飛んできていない。
今の少年にはさっきまで有った右腕と左の剣が無い状態だ。
ならばどうやって攻撃を凌いでいるのか、簡単な話だった。何一つ凌げていない。
ただ全ての攻撃を己の身体で受け止めてこちらに来ない様にしていた。
棘付きの分銅が当たる度に鈍い肉が潰れる音と骨の砕ける音がする。そして鎌が少年の身体を引き裂き斬り刻んでいく。
血飛沫が散る。辺り一面に、後ろで守られている私にも。
「ああ、クソ。これはマズイな」
少年の苦しそうな声が聞こえる。
「これで終わりですね」
ペトスは棘付き分銅を一度後方に大きく振りなおして、勢いをつけて少年に先端部分を叩きこんだ。
「――ごめん」
最後まで避けようとしなかった少年はそのまま先端部分をまともに受けて、身体がありえない程曲がった状態のまま海の中に落ちていった。
最後に私かそれともここには居ない仲間にか、一言謝ってから。
少年が着けていた仮面が私の元に落ちてくる。
その瞬間、両親の生首を投げつけられた光景と今の光景が重なって見えた。
「ああ、そんな……」
彼は最後まで私を守ろうとしていた。だから殺された。
父様や母様の様に私を守ろうとして死んだ。ただ噂を聞いて、父様との約束を守ろうとして、死んでしまったのだ。
「ふむ、ここまで上手くいくとは」
ペトスは一仕事を終えたとばかりに汗を拭っていた。
「お、お前……今までもそうやって人を殺してきたのかッ!」
「おや、少年に感化されたか? 少し生気が戻ったようですね」
ペトスは何もできない私を嘲笑うように言ってきた。
「それにしてもここまで作戦が上手く行くとは思いませんでしたよ。これも君のおかげですね」
「どういう事?」
「君という餌が居たから彼を一人だけ釣り出すことが出来た。普段は集団で活動する彼を。遠くの地で時間が限られているそんな状況なら確実に一人で先に来ると、そう思ったのですよ」
私は何も出来ずただ利用されていただけだった。
「これで悩みの種が一つ減った、私もラウンズにまた一歩近づいた」
ペトスは悦に浸った表情で空を仰いでいた。
もうすぐ夜が明ける。海の地平線が段々と明るくなってきた。
「さて最後の芽を摘むとしましょう」
そう言いながらペトスは再び鎖を手に持った。
私は分かった。今度こそ弟を殺すつもりだと。――しかしまた攻撃は来なかった。
「――まさか。あれ程嬲って尚立ち上がるか」
ペトスの見る方向を私も見ると、そこには朝日を背に彼が立っていた。
それも水面の上を。まるで水面に立てるのが当たり前だと言うように立っていた。
「うそ、あれだけの怪我で生きていられる訳無いのに」
「たまに居るのだよ。危機的状況下で自然と魔力の制御に完璧に適応する者が」
ペトスは少年を再び倒す為、始めから二本の鎖を持った。
その瞬間彼はペトスの目の前まで移動していた。
「――何ッ!」
そしてそのまま左手でペトスの鳩尾に思いっきり拳を叩きこんだ。
「グボァハァッ!」
ペトスは口の中から色々な物を吐き散らかしながら遥か後方に飛んで行った。
そして彼はゆっくりとこちらに歩いて来る。
「大丈夫か?」
私は初めて今まで守ってくれていた少年の顔をみた。
少し緑がかった黒い髪の赤い目をした目付きの悪い少年だった。
纏っていた黒いローブは殆ど無くなって、下に着ていたボロボロになった軽装の鎧だけ辛うじて残っている状態だった。
明らかに立てている事がおかしいほどの重症だった。
「え、うん。貴方こそ大丈夫? いっぱい怪我してるけど」
「ああ、右腕以外は大体埋めたからその内治る筈。でも右腕だけは何かに阻害されてるのか上手く治せなかったな」
アイツの鎖の効果か? そう言いながら彼の右腕は黒い何かで形作られていく。
「今はこんなものでいいだろ」
彼は満足そうに、今形作ったであろう黒い右手を開いたり閉じたりしていた。
そして次第に色は肌色に変わっていく。
「まさかここまで急激に伸びるとは、想定外ですね」
たった一撃で満身創痍の状態になっていたペトス。全身が既にボロボロでまともに片手も使えそうになさそうだった。
だが残っている片手には赤い錠剤の入った瓶があった。
「余りこの錠剤に頼りたくは無いのですが……そうも言ってられない事態になりましたからね」
そう言いながらペトスは錠剤を飲もうとするが、その瞬間には既に彼の踵が顔の前まで迫っていた。
「成る程、私はここまでですか」
最後にそんなペトスの呟きが聞こえた後、轟音と共に周りに凄まじい量の土煙が巻き起こる。
「うっ」
私は弟と両親の頭を守るように三人を覆い隠す。
煙が晴れるとそこには顎から上が無くなったペトスの死体と、それを見下ろす彼が居た。
ペトスの頭部から足を引き抜き、そして彼は私に近づいてきた。明らかに危険な人物の雰囲気があるが、彼の表情は目付きに似合わず優しいものだった。
そしてそのまま私に左手で触れて何か暖かい魔力を流してくれた。
とても心地いい、父様と母様と一緒に駆けまわった草原を思い出すようなそんな温かみを感じた。
「あれ?」
気が付くと胸の痛みが無くなっていた。そして黒い痣も無くなっていた。父様は彼が治す事が出来ないって言っていたと言ってたけど。
「貴方が悪魔憑きを治してくれたの?」
「さっき魔力制御のコツを掴んだからな、それに治療してきたところを隣でずっと見てきていたし」
「あ、ありがとう」
気が付くと私は涙が出てきて、溢れて止まらなくなっていた。
生き残って安心して、今更両親を失った悲しみが心の奥底から込みあがって来た。
「ずっと気を張ってたんだろ? 泣くのを我慢しなくたっていい」
私は久しぶりに声を上げて情けないぐらいに泣いた。悪魔憑きになってから味わってきた、悲しい事や苦しかった事忘れたい事を全て涙として自分の外に流すように泣いた。
その時は彼の胸を借りてずっと泣いていた。
その間彼はずっと私に謝っていた。ご両親の事、約束したのに間に合わなくってごめんと。
ずっとこの状況が続いていた。
「――これはどういう状況かしら?」
金髪碧眼のエルフの少女が来るまで。
「……あなたは?」
「私はアルファ、そこのボロボロの男の仲間よ」
「えっと、私は――」
「悪いけどあなたの自己紹介は後でいいかしら? 彼の消耗が激しすぎる」
「えっ?」
顔を上げると血の気が無くなっている彼の顔が見えた。既に意識が無いようだった。
そう言えば先ほどから何も喋っていなかった。
全身もよく見ると色々な所から血が流れだしていた。さっき埋めたって言ってたけど、意識が無くなったからそれが無くなったんだ。
その影響で私も彼の血で赤く染まっていた。
そして――ボトッと彼の右腕が落ちた。さっきまで肌色だったけど黒色に戻って落ちてしまった。
「えっ……まさか、そんな、ジョーカー。貴方右腕を……」
アルファと名乗った少女が激しく動揺していた。
仲間が実は右腕を失っていたなんて動揺もするだろう。
気持ちはわかる、だからと言って彼を放してこちらに全て押し付ける形で任せるのは辞めて欲しい。
私の腕の中にまだ生後一年未満の弟が居るのだ!
「あなた彼の右手が何処にあるか知らない⁉ 今ならまだ治せるはずだから!」
私が必死に身体で彼を支えているのに、少女は関係ないとばかりに詰め寄ってくる。残念だけど私は彼女に残酷な真実を告げるしかなかった。
「彼の右腕は斬り落とされた後破裂して跡形も無くなった」
「うそ、そんな……」
「ひとまずは彼を安静に出来る場所に運ばない?」
「そ、そうね。先にそうするべきだったわ、ごめんなさい」
どうやら落ち着いてくれたらしい。
そして私たちは彼を付近にあった大樹の洞に運んだ。子供が三人共すっぽりと入れる大きさだ。
アルファが彼に魔力で治療を始めた。
「改めて自己紹介するけど、私はシャドウガーデンのアルファ。そしてこの死にかけてる男がシャドウガーデンの副リーダーのジョーカーよ」
「ジョーカー」
私は恩人の名前をしっかりと覚える為に復唱した。
「私の名前はリリム、金豹族の族長の娘だったけど……」
「もう生き残った金豹族は貴女とその弟だけね」
そうもう皆居ないのだ。父様も母様も、皆居なくなった。
私はそう思って先ほど埋めた両親の方向を見た。
「私が今まで見てきた悪魔憑きの家族で、助けようと動いていたのは貴女の両親ぐらいよ」
「そうなんだ」
その後ジョーカーが目を覚ますまでアルファと話していた。
「――ッ。ああ、あれ? 何処だここ?」
ずっと寝たきりだったジョーカーが漸く目を覚ました。ずっと寝ていたからこのまま死んでしまうのかと思った。
「やっと目を覚ましたのねジョーカー」
「流石に疲れたな、今回は」
「それで? 私に何か言う事は無い?」
「えーっと、勝手に先に行って悪かった。……それと」
余り反省していない様子でジョーカーはアルファに謝っている。恐らく右手の事を知られていないとでも思っているのだろう。
そしてそのままこちらを見てくる。
「よかった。二人は無事だったか」
私たちの無事を確認してきた。
「そうね、貴方は一人で先に勝手に行ってこの二人を助けれたわ。右腕を代償にしてね」
「……知ってるのか」
「スライムで形作られた手が落ちるまで気づかなかったけどね」
「そっか、気を失った時に落ちたのか」
彼は目を瞑って唸りながら何か考えている。
「なあ、二人共。この事は秘密にしといてくれないか? 特にシドじゃなかったシャドウには」
「何故?」
「相棒が死にかけて更に右腕を失ったとかよくないだろ」
「本当にそれだけ?」
「……こういう事で皆やアイツに心配をかけたくない」
「そう、それが貴方の選択なのね」
「ああ、そういう訳だから……えーっと」
ジョーカーは私の方を見て何か言い淀んでいる、あっそっか、名前をまだ言ってなかった。
「私はリリム。助けてくれてありがとう。だからこの事も黙っておく」
「助かるよリリム」
……名前を呼ばれた時少し心臓の鼓動が早まった気がする。ああ何てことだ、私ってこんなに単純だったのか。
「取り合えず一回拠点まで帰るか。このままだと俺よりも弟君の方が危ないだろうし」
「そうね、貴女も来るでしょ?」
私は直ぐに頷いた。
「勿論ついてくよ」
「そう、なら貴女も私たち『シャドウガーデン』に入るのね」
「……『シャドウガーデン』」
この時に私はシャドウガーデンに入ると決めた。そして新しい名前が私に与えられた『ゼータ』という名前を。
彼らの拠点に帰った後何だか気の合いそうにないワンちゃんが私と弟とジョーカーを見て。子供を作って来たとか騒ぎ出した。
するとジョーカーはその辺にあった肉を瞬時に口に詰め込んで無理やり黙らせていた。私は顔を赤くして固まっていただけだった。
その後一人の少年が来て、ジョーカーを見て少し驚いたような悲しそうな顔をした後、先程のワンちゃんと同じような事を言って顔を殴られていた。
今回もここまで読んで下さりありがとうございます。
そして大変お待たせ致しました。番外編になります!
何と前後編で分かれてしまいました。尚それでも一万字は超えてしまいました、長いですね。三話で長くなったとか言っていたのが懐かしいです。
こちらの前編の内容はシリアスな雰囲気となっていますが、後半は甘めな感じになっているはずです!