陰の立役者と呼ばれて   作:一般構成員

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第二十五話 陰の立役者は探求者を追跡したい

 

 

 

 隠されていた扉の中に入ると、視界一杯に広がった景色は何処か見覚えのある場所だった。

 

「ここが……聖域?」

「リンドブルムにあったものとは別物だろうけど、ここも聖域の一種ってところじゃないか? 内部の仕組みは共通点がある様に見えるし」

「もしくはあっちの聖域の元になった別の聖域とかね」

「……成る程」

 

 入って早々に感じた事は前にも感じた嫌な雰囲気で、魔力がまた練るのが難しい。強欲の瞳を使われた学園襲撃以来だな、この感覚は。

 前のリンドブルムの聖域では前もって準備していたから何てことなかったけど。

 魔力が上手く使えるようになってからは結構頼っている部分もあるから、魔力が上手く練れないという事態は正直いい気分では無い。もう既に右手の色が保てなくなってきた。

 

「ジョーカー、もう右手の色を保てなくなってきたの?」

「ああ、練った魔力がそのまま持って行かれる感じだからな、形状は今の所問題ないけど色は……な。もう少し時間をかければ対応出来そうだけど、別に今はそこまで気にする必要も無いし今回はこのままでいいか」

「前にも言ったけど、義手を着けて……それをベースにして、後で上からスライムを……纏わせるだけにした方が……魔力を練るリソースを……他に充てれるから、こういう時に……色に集中できると思うけど」

「そうだな、帰ったら設計図だけでも考えてみるか」

 

 それにしてもこの魔力を練るのが難しくなるというのは面倒だ。

 潜入用の装備を着てきてもよかったけど、街中を歩く事になる可能性もあったから今回は三人共私服の状態だ。

 ゼータの服装を見ると胸元の空いたベージュのタートルネックセーターに、黒のショートパンツの様なものと黒のストッキングと中々似合っている。

 一方でイータは茶色のシャツ?に白衣に黒のスカートパンツだろうか?と似合ってるけどこんな時にも白衣を着るのか?とも思ってしまう。

 

「どうしたの? こっちを見て」

 

 余り長い間見ていたつもりは無かったけどゼータに不思議がられてしまったようだ。

 

「何でもない、ただ二人共似合ってるなって思ってただけだから」

「そう? だとしたら普通に嬉しいけど」

「……うん」

 

 こういう時に何を言ってるんだと思われるかなってちょっと思ったけどそんな事は無かった。

 

「じゃあ気を引き締めて探索をしようか。周囲が古臭いけどミドガル王都に似てるというのにも理由がありそうだな」

「ならあの店が怪しいんじゃないかな?」

 

 周囲を一回見て回って不審な点が無いか確認するつもりだったけど、ゼータが何かこの場所で感じたようだった。

 

「……普通の店にしか……見えないけど?」

「あの店だけミドガルの建築様式じゃないし、現在は別の店だったと思う。別の店というのは時の流れで変わった可能性もあるからアテにならないかもしれないけど」

「ゼータの観察眼は信頼してるからな。今回は任せていいか?」

「分かった、じゃあ行こうか」

 

 そしてゼータが違和感を覚えた店に近づいて入口の扉に触れた瞬間、また別の場所に飛ばされていた。

 

「また……飛ばされた。ここは……資料庫?」

「飛ばされたという事は合っていたみたいだな。助かったよゼータ、俺だとああいう所は気にしないことが多かったから気がつかなかったかも知れないから」

「そう? 役に立ててよかった」

 

 そして同時にこの聖域の仕組みが何となく分かった気がする。

 

「何となくこの聖域の仕組みが見えてきたね」

「そうだな」

「ん……迷路とか知恵比べに……近い感じがする。つまり……頭脳派な私たちが……適任」

 

 二人が何だか自慢げに納得するのを傍目に怪しい資料が無いか調べようとしていた時だった。

 魔物の唸り声が聞こえてきたのは。

 

「うわぁ魔物か。面倒臭いな」

「さながらここを守る番犬って所じゃない? 私やイータは魔力に頼れないからちょっと手こずるかも知れないから三人で連携して――」

「ゼータ、多分それは無理だ。()()()()

「――えっ? あれ? イータが居ない。何処に行ったの?」

 

 俺は連携を提案してきたゼータに対して既にその作戦は実行不可能な事を告げる事しか出来なかった。既にイータは奥で一人、棚に差さっている資料を取らんと手を伸ばしている最中だった。

 

今!? 魔物の排除が先じゃない!?

「戦闘は……二人も居れば……十分。魔物は……任せた」

はぁ!?

 

 そう言ってイータは俺たちが魔物の注意を引いている間に一人で更に資料庫の奥へと進んで行った。

 

「ゼータ」

「何!? もうやるしかないでしょ!」

 

 既に臨戦態勢に入っていたゼータに声を掛けるとイータの単独行動に少し頭に来ているのか若干声を荒げ返事をしてきた。

 まあ普段ならともかく上手く魔力が使えない今の二人の場合はちょっと洒落にならないから分からなくも無いけど。

 

「一応心配だからイータの方に行ってやってくれ。魔物は俺だけで処理しておくから」

 

 そうゼータにイータの方に行くように指示する。実際この程度の魔物なら一人でどうとでも出来るからな。

 

「そう……じゃあ行ってくるけど無茶はしないでよ」

「大丈夫だって心配し過ぎだゼータ」

 

 そう言いながら前方から飛び掛かって来た魔物の頭を掴んでそのまま床に叩きつけて潰す。そしてそのままその魔物の死骸を他の魔物の目の前に見せつけるように投げる。

 

「うん、確かに大丈夫そうだね。じゃあ先にイータに文句を言ってくる」

 

 ゼータはそう言い残してイータの方へ向かっていった。

 そしてゼータが行ったのを皮切りに魔物は複数で襲い掛かって来た。

 

「まあ向かってくるか、ワンチャン逃げ出すかと期待したけど無かったか」

 

 そう一人で呟きながら少しだけスライムを展開し、鞭のように撓らせ一撫でで数匹の魔物の首を斬り落とす。

 魔力が練りにくいから最小限の労力で最大限の効果を発揮させる、そして血飛沫が舞い辺りに飛び散ってしまう。

 

「あっやべ、資料にまで付いてるじゃん」

 

 冷静になって周りを確認すると、切断系の攻撃をすると周りに飛び散りせっかくの資料が台無しになりかねないという事に気が付いた。

 強すぎる打撃も避けた方がいいかもしれない、一番初めに殺した奴の頭部も飛び散らせてしまっていたし。

 

「仕方が無い、格闘で何とかするか」

 

 そうして資料棚を利用して一対多数ではなく一対一になる様に立ち回って捕まえた魔物の首をへし折っていく。周りを汚さずにやるならこの手に限る。

 それを数回繰り返していくうちに周りが静かになった。

 

「こっちは終わったけどそっちはどうだ?」

 

 少し駆け回ったので二人の現在地が分からないので少し大きめの声で呼びかける。

 

「もう終わったよ、後イータが目ぼしい資料を集めておいたって」

 

 少し遠くの場所からゼータの声が聞こえてくる。

 そして声の聞こえた方角へ向かって進んで行くと、資料棚の上に居るイータと魔物を一匹足蹴にしているゼータが居た。

 

「悪い、何か一匹少ないなって思ってたけどこっちに来ていたんだな」

「まあ始めからイータを狙っていたみたいだったから仕方ないと思う」

「そうか」

 

 ゼータとその様なやり取りを終えてからイータと向き合う。

 するとイータは何処か不満げにこちらを見てきていた。

 

「な、何だよ。何か討ち漏らした事でも怒ってんのか?」

「……ジョーカーがもうちょっと……引き付けてくれていたら、さっきの醜態を……ゼータに晒さずに済んだのに」

 

 醜態?何の事やらと思っていると、少し笑いかけたゼータが代わりに説明してくれた。

 

「イータの言ってる醜態は、スライムが使えないから魔物に棚の上から本を振り回していた事だよ。スライムの使えないイータ凄く弱そうだったよ」

「なにそれちょっと見てみたかったな」

 

 俺がそう言った途端本が投げられて飛んできた……が難なく取る。

 

「……ッチ」

「おい舌打ちするな。勝手に先に行ったのはそっちだろ? 幾ら適材適所とは言え先に一言言ってから行ってくれ」

「……前向きに善処する」

 

 ああ、これは改善されないな。まあいいけど。

 

「それで……これが集めた資料」

 

 そうイータが言いながら白衣を広げると数十冊の本が纏まって落ちてくる。

 

「短時間でこれだけ集めたのか」

「一か所に……まとまってた。研究者は……熱中すると、その場を離れるのが……面倒になってくる。だから必要なモノや……重要なモノは、直ぐに取れる……自分の周りに固める」

「まあ……その方が効率的だからな」

「そうなの? 単にズボラなだけじゃ」

「最適化して……効率的な環境を……整えてる」

「ふーん」

 

 イータの言い分を話半分にしか聞いていない様子のゼータ。まあ両方の気持ちが分からない訳では無いから俺からは何とも言えない。

 俺も学生時代の机の上は散らかっている事の方が多かったからなぁ。

 

「何だかイータを見ていると科学者という存在に対して偏見を持っちゃいそう」

「そんな話は……置いておいて。ジョーカーは……これを見て」

 

 そう言うイータから資料を渡されて俺はそのまま読み進めていく。そしてその本に書かれていた内容は――。

 

「『ディアボロスの雫』に関する資料じゃないか。ちゃんと残ってたんだな」

「本当? 私にも見せてくれない?」

 

 ゼータも見たがって来たのでそのまま渡す。

 

「その資料の日付は……もう千年も前。資料を見ると……雫の概要が載っていた」

「ん? それってつまり」

「既に『ディアボロスの雫』の概要はこの頃から確立されていたけど、ネルソンが作り上げたものはこの概要そのままで全く変わっておらず、何の発展も遂げていなかったって事か」

「そう……アイツらは私の想像を、遥かに超える……役立たずの集まりだったって事」

 

 結構辛辣な評価をしている様に聞こえるが実際千年間も研究している筈なのに何の発展もしていないという事にはちょっと驚いた。

 

「製造方法は確立出来ているけどその人物の名前は載っていないね。別の本に書かれていないかな?」

 

 そこから俺たちはイータが集めた資料を手分けして読み進めていった。

 

「この資料にも載っていないなぁ。ジョーカーはどう?」

「俺の方も載ってないなイータはどうだ?」

「『学術都市化計画』この資料が……怪しい」

 

 どうやらイータは当たりを引いていたみたいだった。

 

「……学術都市ラワガスは元々、とある優秀な科学者の……別荘の研究室から始まり、拡大されていった都市みたい。彼は狂気的な程に……好奇心旺盛だったらしく、所謂マッドサイエンティスト……だったみたい。だけど実力は確かで……彼を中心に科学者が集まり始めた」

「へぇー、まるで誰かさんみたいだね」

「ゼータうるさい。……続けるけど技術が発展して都市化。それが……『学術都市ラワガス』になったみたい」

「で、肝心な優秀な科学者とやらの名前は?」

 

 俺が最後にそう問いかけると少し勿体ぶった様子でイータは口を開いた。

 

「『ロード・ラワガス』……学術都市ラワガスの……初代学園長らしい」

「手掛かりが増えたね、もう少し詳しく調べよう」

 

 それから暫く俺たちはラワガスに関わる情報を手当たり次第調べていった。

 

「取り合えず分かった事を纏めるか」

「『ロード・ラワガス』は優秀な科学者として知られたマッドサイエンティストで、更に『学術都市ラワガス』の初代学園長でもあった」

「……そして自分の好奇心の為なら……何にでも手を出し、雫の研究にも……率先して参加」

「そして最後には自分の好奇心の為に何にでも手を出すという点を教団に気に入られ、更に不老の研究に見入られて禁忌の道に脚を踏み入れたと。結局……昔の『ナイツ・オブ・ラウンズ』の第十一席で『強欲』のネルソンの前任者だったと」

「そしてここはラワガスの隠れ家。昔の小さな研究室では手狭になって拡張した別次元の別荘ってところだね」

「簡単に言うと……表向きは天才科学者兼学園長。裏では……教団に組する科学者」

 

 随分と滅茶苦茶な経歴の持ち主だったみたいだ。

 それでこれからどうするつもりなのか聞こうとするとイータが何処か浮かない顔をしていた。

 

「どうしたイータ? 何か気になる点でもあったか?」

「何故……雫を完成させなかったのかが謎。これほどの知識と実力があるなら……もっと早く完成させている筈。それに……ある時期からの資料が全くない、恐らくラワガスに……何かがあったはず」

「確かに。でもここにある資料で分かるのはここまでだな」

 

 何となく三人の間に手詰まり感が漂う。

 

「大扉の解除キーも分かっていないし、他の場所も探そうか」

「ん……賛成」

 

 それから暫く転移を繰り返しながら先へ先へと進んでいると今度は薄暗い洞窟の様な場所に辿り着いた。

 

「一本道……行き止まり?」

「いや、違う。あの壁の隙間から風の流れを感じる」

 

 ゼータがそう言いながら壁の方に近づいて隙間を確認しに行く。

 

「どうだゼータ?」

「狭いけど中に入れるよ、ただかなり低いから頭に気を付けて」

「分かった」

 

 ゼータが先に確認して忠告をしてくれたから低い姿勢を保ちながら進んで行く。

 

「……イテッ」

「さっきゼータが頭に気を付けろって言ってたばかりだろ、頭は大切にしろって」

 

 取り合えずイータがこれ以上頭をぶつけない様にスライムを伸ばしてクッション代わりにして、また打ちかけた際に備えておく。

 そうして無事に隙間を抜けると奥には少し開けた場所が広がっており、洞窟の先は二手に分かれていた。

 

「道が二つ……どっちが正解?」

「さぁまだ分からないけど今度は壁に絵画が飾ってあるね。えーっと赤い猫の絵と――青い……犬の絵? ……またワンちゃんか」

 

 綺麗な額縁に入れられてその二つの絵は飾られていた。近づいてみてみると両方に同じ文字が掘られていた。

 

「絵に同じ文字が彫ってあるな『強き道を進め』だってさ」

「分かりにくいけど……ヒント?」

「恐らくね。『赤い猫』と『青い犬』のどちらが強いかって話でしょ?」

「……変な問題」

 

 イータが問題に対して率直な感想を述べる、実際俺もそう思う。

 そう思っているとおもむろにゼータが腕を組んで自信満々な表情を浮かべる。

 

「この問題の答えは決まってるね」

「……決まってるの?」

 

 若干困惑気味のイータが謎の自信に溢れているゼータに問いかける。

 

「勿論猫だよ! それ以外ありえないね。さあ! 猫の道に進もう!」

「え、えぇ? それ……本当? もう少し考えた方が……いいんじゃ」

 

 ああダメだ多分ゼータの頭の中では犬=デルタ、猫=自分という方程式が成り立っているのだろう。能力の相性はいいけど致命的に性格の相性が悪い二人だし、横から何を言っても無駄な状態かもしれない。

 今のゼータの知能指数は平時の半分以下にまで落ちていそうな感じだ。やんわりと軌道修正をしてあげたいけど――。

 

「この場所は……もう少し頭を使わないと、先へ進めない仕組みだと……思うんだけど」

「大丈夫! 猫が犬ごときに負けないというのは世界の標準かつ共通認識だから!」

 

 根拠の薄い理屈を言い始めてしまうゼータ。相当必死な様子。

 

「猫が犬に負けるという事を……ただゼータが許せないだけなんじゃ」

「いやいや本当だって! 私の調べでは人間の二人に一人は猫が好きらしいし、直接戦ったら猫が必ず勝つっていう論文もあるんだ」

「いや、その論文は流石に聞いたことないぞ」

 

 物凄い不振がっているイータの視線がゼータを襲う。

 つられて俺も訝しむ視線を送ってしまう。

 

「万が一……いや百万が一! あり得ないとは思うけど、例え間違っていたとしてもこの一本道だし、その時は引き返せばいいだけだって!」

 

 イータが俺にも何か言えと言わんばかりの視線を送って来る。

 しかしこうなってしまったゼータに何を言っても無駄な気がするので、肩をすくめて首を振るだけにしておく。

 そして俺たちの反応を見ていたゼータが恥ずかしいのか頬を真っ赤にして叫ぶように言う。

 

「分かった分かった! 正直に言うよ! どんな問題文であれ犬が正解で猫が不正解というのが許せない! こんなの問題製作者の悪意しかないよ!」

 

 正直に自分の気持ちを言ったゼータ、それを見たイータは少し呆れた様子だった。

 

「はぁ……私なりの答えは出てるけど、ゼータがそこまで言うなら……付き合ってもいいけど」

「ジョーカーはどう?」

「俺も別にいいけど」

 

 ただ何となく答えは分かりかねている。炎タイプと水タイプ見たいな考え方だったら分かりやすいけど、多分そんな簡単な話じゃ無いだろうし。

 そしてそのまま俺たちはゼータの圧に若干押されつつ猫の絵が飾ってあった左の道に進んで行った。

 

「結構歩いたけど……何も無い」

「大体そう考え始めた辺りが一番危険だから注意しろよイータ」

「でも体感五分くらい歩いてると思うけど、本当に何もないね。でも道はまだまだ続いているしもっと先かも――」

 

 ゼータが話している間に突然地鳴りと共に地面が崩れた。

 ゼータは瞬時に反応し後ろへ跳んで回避し、俺も同様に後ろへ跳んだが完全に油断していたイータだけが反応出来ていなかった。

 

「あ」

 

 というイータの間の抜けた声が聞こえたと思ったらぽっかりと開いた地面の下、つまり落とし穴という超原始的な罠に引っかかり落ちて行ってしまった。

 

「あ~れ~」

 

 相変わらず危機を感じてい無さそうな気の抜けそうな声を上げながら段々とその音源は離れて行く。

 

「クソッ、だからもう少し警戒しろって言ったんだ」

 

 そう言いながら俺は瞬時に穴に駆け寄ってスライムの糸を伸ばし落下中のイータにくっ付ける。

 

「わ、私がこっちの道に行こうって判断したから……イーターッ! 大丈夫!?」

「私は大丈夫……でもジョーカーのスライムが……段々と解れてるから、急いで引き上げて欲しい」

 

 イータの言う通りこの付近はもう中心に近いのか、それとも伸ばしたスライムが咄嗟に出した物だったから細かったのがいけなかったのか、糸が限界に近い様子だったから急いで引き上げた。

 

「ふぅ……流石に死を感じた」

「上から見てるとそう言う感じには見えなかったけどな」

 

 若干余裕そうに死にかけた報告をしてくるイータ。何でさっきの状態になって尚まだ危機感が無さそうなんだ。

 

「ごめん、さっきまでは冷静じゃ無かった。イータの命が懸かって漸く冷静になれたよ」

「ん……大丈夫。デリケートな問題なのは……理解したから」

 

 そしてその脚で絵画が飾ってあった場所まで戻った。

 

「二択だから犬の絵が正解なのは確かだと思うけど……せめて理由は知っておきたい。イータはさっき答えは出てるって言ってたけど、どういう答えだったの?」

「多分この問いに……何の絵が描かれているのかは……関係ないと思う。重要なのは……色と推測」

「色?」

 

 イータが今回の問いに対する自身の見解を述べていく。

 

「まず……この状況。この暗い洞窟だからこそ……色が判別しにくい様になっている」

「うん、私は暗い場所でもそこそこ見えるけど、普通はそうじゃ無いからね」

 

 そのゼータの発言にイータは頷く。

 

「次に……推測についてだけど、赤は警告色として使用される事が多く、青や緑は安全色として使用される。実際にクラウンが主導で進めた列車事業でも……列車の運転手様に開発した信号機でも……このパターンは採用している」

「そう言えばそうだったね」

 

 列車事業の事に関しては昔俺がこの辺りは口出しした記憶がある。

 

「でも……結局今私が述べたものは……あくまで仮説。でも私は科学者……環境や経験に知識、あらゆる可能性から導いた結論を出すべき。それでダメだったなら……それはそれ、その経験を糧に……次に活かせばいい。そうでしょジョーカー?」

「そうだな」

 

 そう言いながら俺たちは犬の道を進んで行った。

 

「また分かれ道だ。それに絵もまたあるしつまり……業腹だけど正解だったって事かな」

 

 少し不機嫌な様子のゼータ、後で慰めておこう。

 

「……今度は何の絵?」

「これは『トロッコ問題』だな」

「……うん」

 

 絵画には一台のトロッコと分岐した線路が描かれており、線路上にそのまま進んだ先には五人が分岐の先には一人の人がそれぞれ描かれている。よく見るトロッコ問題の絵だった。

 そのままトロッコが進めば死者は五人、線路を切り替えれば死者は一人になる、一人の犠牲で多くの人を救うか、そのまま切り替えずに元の運命に任せるかどうかという感じだ。

 

「簡単には答えは出せそうに無いけど二人はどう見る? 因みに私は何もせずにそのままの状態に任せるけど」

「うん……悪くないと思う、人の考え方は……それぞれ。その上で私は『数』では無く『質』を優先する、仮に私が……ここに居るなら、私が居る方を助けるべき」

 

 イータが真剣な表情でそう言い始める。

 

「成る程、その心は?」

「ジョーカーは余りいい顔を……しないと思うけど、私の知識や才能は……この世界の財産だと自負している。ので、私の命の代わりに……無益な誰かが犠牲になるのは……残念ながら当然……と思ってしまう」

 

 少し申し訳なさそうに眉を落としながらイータはそう言った。

 

「まあ、うん。イータならそう言うだろうなと思っていたけど」

 

 ただ人の考え方や価値観は一朝一夕で変わる事じゃ無いので、イータが申し訳なさそうにしている所は昔に比べると大分丸くなったと思う。

 そこは関わってきた人間として嬉しく思う。

 

「一応……今回は作り手の事も意識している。これまでで分かったけど……ラワガスは私と似ている所がある」

 

 トロッコ問題の難しい所は正解が無いという所だと思う。実際ゼータのそのままの流れに任せるという考え方も、イータの数よりも質を見て判断するという考え方もどちらも正しいと思う。

 

「ラワガス等の優秀な科学者から見た世界ならそうなるって訳ね」

「残念な事に……命の価値は等しくない。優れた知識や才能は……世界の財産。だから私は――」

 

 イータは一旦目を閉じて落ち着いた様子かつ先ほどよりも真剣な表情になり、俺の方を向いてくる。

 

「――私とジョーカーの命が天秤にかかるならば、迷わずに私の命を切り捨てて欲しいと思っている。他人を犠牲にするやり方は……ジョーカーはいい顔をしないと思うけど。自分を切り捨てるという手段は……よく自分自身を犠牲にする方法を……取りがちなジョーカーには……否定できないはず」

 

 俺はイータのその発言に胸を締め付けられるような感覚がしてしまう。

 実際に真っ向から否定する事は出来ないし、イータにもそういう手段を選択肢に入れてしまうほどやって来てしまった事に対して後悔の念が湧いてきたからだ。

 それにもし本当にそう言う場面に陥ったら迷わずに実行してしまいそうだと思える程の覚悟が、イータの表情から発せられていたというのもある。

 そう感じたのを悟られない様に少し息を吐いて自分の感情を落ち着かせる。そして思いっきりイータの額にデコピンをかます。

 

「イテッ」

「馬鹿な事言うなよ、今では俺よりもイータの方が知識も才能もあるんだ。さっき言ってた自分の『質を優先する考え』で自分の安全を先に優先しろ」

 

 強引にでも自分の方が優秀だと思って貰おうと思って命令するように言ってしまう。

 実際俺はイータの方が遥かに賢いと思ってるし、何なら既にデルタを除いた他の七陰が俺よりもずっと賢いんじゃないかとも思っている。

 

「……それでも私よりもジョーカーの方を……優先するべきだと思う。総合的な質で見ると……やっぱりそう思う」

 

 不服そうな表情のイータ、だけど俺だってこういう事は譲れない。

 

「ゼータはどう思う? 私の考え方……軽蔑する?」

「いや、しないね。今の言葉を聞いて、もし同じ様な場面に遭遇したら私も同じ判断をすると思う」

「……ゼータまでもか。俺としては二人がちゃんと生き残ってくれればそれでいいんだけどな。二人共俺を優先して俺が二人を優先したら、誰も生き残らなかったみたいなことになりそうだな」

 

 もしそうなったら笑い事では済まない。

 

「ははっ、なら全員が助かる方法を探さないとね」

「全員が助かる方法は無い事も無いけどな、このトロッコ問題に限った話じゃ」

「えっ?」

 

 俺の言葉に目を丸くして驚くゼータ、そして声にこそ出さなかったが同じ様に驚いた表情をしているイータ。

 

「簡単な話だけど、片側に前輪の部分が入った時にレールを切り替えると、後輪が反対側のレールに進むから結果として列車は横になってそれ以上進めなくなる。まあこの絵程度の距離なら速度によっては両方とも轢き殺してしまいそうだけど」

「ふふっ、何それ。問題を無視してない? 卑怯というか何というかもうそれはただのズルじゃん」

「ただのズルで結構。俺のコードネームは『ジョーカー』だからな。卑怯だろうがズルだろうが何だろうがあらゆる手段を用いるさ」

 

 トランプを用いたカードゲームではジョーカー程面倒臭いカードは無いだろう。ワイルドカード、切り札など様々な効果や言い方がある。

 どういう理由でシドが俺にこういう名前を付けたのか知らないけど、俺が他人の魔力に波長を合わせるのが少しだけ得意なのもこのコードネームによる思い込み(プラシーボ効果)によるものなのだろうか。

 

「ともあれ今回はそんな手段を使わないで、ラワガスの考え方を優先して数よりも質を優先する考えで行こうか」

 

 そう言った途端辺りが光に包まれてまた別の場所に飛ばされた。

 

「ここは資料室? でも前回の場所とは少し違う気がする」

「意思が転移の答えだったのかも」

「成る程」

 

 仮説ではあるけどラワガスと同じ意思、つまり優れた者の至る考えを持つことが先へ進む事への条件だったみたいだ。随分と傲慢な考え方だ。

 そしてそのまま資料を探し求めて読んでいると奇妙な事に気が付いた。

 そう明らかに『ディアボロスの雫』やその過程で必要になっていただろう『王族の血』に関係する資料が減っていたからだ。

 そして代わりに増えていた資料は『魔力の根源』や『魔物の出所』という資料が増えていた。

 そしてイータが持ってきた日記を読むことでその理由も判明した。

 

「解除キーは『私は真実の探求者。無限の知識を追い求める者なり』か。随分とらしい文言な気がするな」

「ラワガスの興味を引いた大扉の先の『何か』というのが気になるね」

「分からない。でも……答えは扉の先にある」

「じゃあ確認しに行こう……ジョーカー? どうしたの戻らないの?」

「いや……すぐに行く」

 

 俺はそう言いながら持っていた本を置いて二人の後に続いた。置いた本のタイトルに後ろ髪を引かれる思いを感じながら。

 何故そう感じるのか、そのタイトルは『別次元の世界への移動に関する考察』というものだったからだ。

 ロード・ラワガス、アンタは不老という定命の者ならば一度は夢見る事よりも、一体何に興味を惹かれたんだ?

 

 そして俺たちは元来た道を引き返して入口まで戻って来た。どうやら入口から元の場所に替えれる仕組みだったらしい。

 

「早速大扉に解除キーを入力したいところだけどいいかな? この場所についての結論を出したりとかしなくても大丈夫?」

「別にしなくても……いいんじゃない? もう何となく……分かってる事だし」

 

 ゼータはイータのその言葉を聞いて大扉に近づく為に歩き始め、イータもそれに続いた。そして――。

 

「さて解除キーは『私は真実の探求者』――」

「『無限の知識を追い求める者なり』……」

 

 二人が解除キーを口にすると大扉がゆっくりと音を立てながら開いてゆく。




 ここまで読んで下さり誠にありがとうございます。
 またお気に入り登録に評価、それに感想とありがとうございます。執筆活動のモチベーションの維持に繋がりますので、とても助かっています。

 そして六月の投稿二回目です。月の半ばで二回目の投稿なので何とかなりそうな気がしてきました。

 そして今回ですが本文が10900文字となっています。投稿寸前で一番票が多かった所に合わせています。今月中はアンケートを締め切るつもりはありませんので、文字数の参考にして頂ければと思っています。
 しれっと脱字をしてしまっているアンケートですが投票して頂けると助かります。

 それでは次回も楽しみにして頂けると幸いです。
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