陰の立役者と呼ばれて   作:一般構成員

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イータ番外編 唯一無二の興味対象

 

 

 

 小さい金属を叩く音が何度も聞こえてくる。

 昨日はラワガスまで行って色々歩き回ったりして疲れたから研究室で寝ていたが、睡眠を妨げる時計の秒針が動くような小さい音が聞こえてくるので目を開けると、そこにはジョーカーが居て義手を作っていた。

 その両手には作りかけの金属質の義手があり、見本の為かテーブルの上にはスライムの腕が置かれていた。作りかけの義手、見本の右手、今使ってる右手と合計三本の右手が存在している異様な光景に少し笑ってしまった。

 

「ん? ああ悪い。起こしたか」

 

 ジョーカーが起きた私に気が付いて謝って来るが、気にしてないので首を横に振りその意思を伝える。確かに起きてしまったがもう一度寝ればいいだけだから。

 今は夜遅い時間帯で、外からの虫の鳴き声が聞こえてきて夏を感じる。ずっと前、まだ私がイータでは無かった頃はこの様な季節を感じるという事はしなかった。

 私を変えてきた目の前の男、ジョーカー見ながら漠然とどうしてこうなったのかを思い出しながら再び瞼を閉じた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 始めの出会いを振り返るには産まれた家の薄暗い地下室から始めるだろう。

 あの頃はまだエルフの国で自分を産んだ人達と暮らしていた。その頃にはもう悪魔憑きを発症していたが、独学でそれを抑える技術や方法を探していた。

 しかしその様な物は一向に見つからず一緒に住んでる人たちからバレない様にすることで既に手が回らなくなっていた。

 その様な日々が暫く過ぎたある日、部屋の外から私の名前を叫ぶ声が聞こえてくる。やがてその叫び声は私の名前では無く命乞いや悲鳴に変わっていった。

 数人の足音が部屋の前までやって来て重い扉が開かれる。入って来た連中は全て黒ずくめの男達で私を見るなり腕を強引に掴んで部屋から引きずり出された。

 明るい場所に出た事でその男たちが全員返り血の様なものを浴びている事に気が付き、廊下に転がっている人達を見て全ての状況を察した。

 

「コイツ無表情だな」

「自分の状況を理解していないだけだろう。さっさと連れて行こう」

「両親とか全て死んだのに気が付いて無さそうだな」

 

 男たちは口々に私の事を馬鹿にしてくるが私がそれを理解していない訳が無い。気が付いているけどこの反応なだけだ。

 私にとって両親とは自分を産んだ存在、ただそれだけだ。何かの指示に従って研究をしていた両親、その目には私は映っていなかったのは物心ついた時には理解していた。それなのに何故か心に穴が開いたような気がしてしまう。それが私には理解できなかった。

 ここまでされたら流石に自分が悪魔憑きを発症しているとバレていると考えてよさそうだと思ったが、バレた理由が分からなかった。

 

「どうして、私が悪魔憑きだと……分かった?」

 

 疑問に思い明らかに下っ端だと思える連中に聞いてみる。

 

「ああ? 何でってそんな事知らんねぇよ」

「それにしても喋れたんですねコイツ」

 

 馬鹿どもに馬鹿にされたが今の私に出来る事は少ない。

 そんな事を考えていると少し身なりのいい男がやって来て私の前に視線を合わせるようにしゃがみ込む。

 

「教えてやろうか? 何故分かったか」

「知りたい……」

「教団様が家系を調べて行ってるんだよ。それでお嬢さんの家でも発症する可能性があると分かってな、それで調べてみたら」

 

 そう言いながら男は私の首元を指さしてきた。

 

「ビンゴ、大当たりだったって訳だ」

「成る程……」

 

 知りたい事が知れた。だけどただそれだけだった。

 その後は檻に入れられて馬車に積まれて何処かへ運ぶためか移動を開始した。檻の中から家の方向を見ると火の手が上がっており、もう私が生まれた場所は残らないのだろうと理解した。

 

 そうして何日か経った頃何も出来ないので寝ていたら、急に強い魔力を感じて目を覚ました。

 以前からうすうす感づいていたが悪魔憑きは魔力の暴走の結果なのでは無いかと思っていた。そう思い始めたきっかけは発症してから魔力を感じやすくなった事だった。その結果か遠くからやって来る魔力の塊を馬車の連中よりも先に感知出来たのだと思う。

 そうして馬車が突然止まる。先程感じた魔力の反応がそこに居るのが分かった。

 

 話声が聞こえる。片方は何日か聞いていた連中の声で随分と声を荒げている様に聞こえる。もう片方のいま来た方の反応は私と同じぐらいの若い声でまだ子供だと分かり頭の中が疑問符でいっぱいになった。

 

「で? ガキンチョ一人で何が出来るって?」

「いや俺も早く帰らないといけないから死体の処理とか面倒だし、何も見なかった事にして中の悪魔憑きを引き渡してくれるなら殺さずに見逃すけど」

「オイオイ、大人が十人近く居て子供一人で何が出来るんだ? それに見逃すって調子に乗るなよ」

 

 外でそんな会話が聞こえてくるので耳を傾けていたら、一人が馬車に入って来た。

 私を連れ去った連中と同じく黒い装束に身を包んでいたが、違った点は質感や感じる魔力の多さ、そして何より目の前の金髪の獣人の少女も子供だったという事だ。

 一体誰なのか、その魅力的な服の素材は何か聞こうと口を開きかけた時、少女は口元に指を当てて静かにしろとジェスチャーで伝えてきたので渋々黙る。

 それを見た少女は真剣な表情になり、手元に黒い何かで鍵を創り檻を開けた。

 そして私を担いでそのまま森の中に隠れた。そうして馬車の前に陣取っていた子供、こちらは少年だったがその人に何か合図を送っていた。

 

「どうするよ? 本当に見逃すつもりなんだけど」

「調子に乗るなよガキが。オイ、お前らやるぞ」

 

 一人がクロスボウを構え他の連中が剣をそれぞれ抜き戦闘態勢に入る。

 しかし少年は未だに何も持っていない、それどころか武器を帯刀していなかった。どうやって戦うつもりなのかを少し考えたが先程の少女の鍵を創ったのが回答だろうと自己解決した。

 緊張感が辺り一帯に奔る。その時――

 

「リーダー! 積み荷がありません!」

 

 私が運び出された事が連中に気が付かれたらしい。

 

「気が付かれた……」

「大丈夫問題ない、彼なら何の問題も無いよ」

 

 私の呟きに獣人の少女はそう答える。

 

「あーあ、そのまま気が付かずに帰ればよかったのに」

「……やれ」

 

 少年がそう呟いた瞬間、額に青筋を浮かべたリーダー格の男が手を振り下ろし攻撃開始の合図をする。

 それを皮切りにクロスボウが発射され弓弦がしなりボルトが少年に向かって放たれる。少年の右手に瞬時に剣が創られその夜空のように黒い剣がひらめく。

 瞬間空気が唸り声を上げるような音共に金属質特有の甲高い音が鳴り響き、射出されたボルトは少年に当たる前に弾かれて遥か後方に宙を回転しながら落ちて行った。

 

「この距離でクロスボウを見切るか。大した奴だ」

 

 冷静にリーダー格の男は少年を評価し考えを改めたのか剣を構えた。両手で長い直剣を持ち頭の右にそれを構えてまるで剣が角のように見える構えを取っていた。

 

「両手剣術か、珍しいなブシン流でも王都ブシン流でもない使い手って」

 

 リーダー格の男の構えを少年が言い当てる。

 

「リーダーはこの地域で一番強い魔剣士だったんだ勝てる訳無いだろ」

 

 そう言いながら下っ端たちは三人一組になる。リーダーの男、下っ端剣士の三人組が三つ、そしてクロスボウ持ちが二人の合計十二人が少年に戦闘態勢を取っていた。

 

 先程とは違う奴がクロスボウを放ったと同時に少年は動き出して、飛んできたボルトを掴みそれを下っ端剣士の一人に投げつけ一人を早速片づけた。

 その光景を見た下っ端剣士たちの間にどよめきが起き陣形が乱れる。

 

「オイッ! ばらけるな! 各個撃破されるぞ!」

 

 リーダーの男がそう叫ぶが数人が恐怖に負けたのか陣形から飛び出して少年に向かっていく。

 一人が剣を上段から振り下ろすが少年はそれを半身を翻すだけで躱し、後ろに続いていた一人の横を通り過ぎる。その際に撫でるように腹を切っており下っ端の一人は悲鳴をあげながら崩れ落ちた。

 更に後ろに居た下っ端を両腕を斬り落としその手に持っていた武器を蹴り上げて、始めの一人の後頭部に投げつけて始末する。

 十秒もしない内に十二人が八人になった。

 戦いなど全く知らないが私はその光景を見て少年が強い部類に入るのだろうと思った。

 

「役立たず共が、回り込め!」

 

 リーダーの男の指示により一組が少年の後ろに回っていく。それを見た残った正面の二人の下っ端剣士が斬りかかるが、少年は二人の間を転がりぬけてそのまま走ってリーダーの男の場所まで移動する。

 

「――シッ!」

 

 少年は掛け声とともに振り上げられたリーダーの男の鋭い斬り上げを身体を回転させながら避け、ついでと言わんばかりに膝裏を斬りつけ、そのまま通り過ぎる。リーダーの男は片膝を着いて動けなくなる。

 

「クソ!」

 

 リーダーの男が振り返るが少年はそんなリーダーの男に眼もくれずクロスボウ持ち二人の目の前まで到着していた。そして少年はそのまま剣を横に一閃。

 

「ひっ」

 

 短い悲鳴を上げながらクロスボウ持ちの一人の首は血飛沫をを上げながら宙を舞った。

 少年はその頭を失い崩れ落ちる死体から再装填が終わっていたクロスボウを片手に持ちもう一人の射手に躊躇いも無く射ち殺した。

 射手二人を片付け残りは負傷したリーダーの男と五人の下っ端剣士。

 通り過ぎられた下っ端二人の剣士が少年に追いつき斬りかかるが、剣で受ける事もせずに少し身体の軸をずらすだけでその二方向からの攻撃を避け、逆手に持ち替えた剣を後ろに居た剣士一人に突き刺し、そいつが持っていた剣を奪い取り正面の剣士を斬り捨てた。

 地面を滑る様に移動して三人組の剣士たちの中央に潜り込む。そしてそのまま両手に持った剣で残っていた三人を一気に斬り刻んだ。

 切れ味が鈍ったのか拾った方の剣は少年は捨てていた。

 

「全く酷い事をしてくれる。死体の処理がなんとやらとか言っていたのは全部嘘か?」

「いや、あれは紛れも無い本心だ。こんな事をしておいて説得力が無いのは分かってるけど、そもそも俺は余り人を殺したくない」

「嘘をつけ、ならなんでそんなに強い」

「さぁな」

 

 リーダーの男は自分の怪我を治癒したのかノロノロと立ち上がり再び剣を構えた。

 対して少年の動きは軽やかで結果は見えているような物だった。余裕そうな態度で特に変わった構えも取らずにリーダーの男を見据えていた。

 先ほどまでノロノロとした動きをしていたリーダーの男だったが、地面をけり上げて瞬間的に少年との距離を詰め、その両手で持った剣を振り下ろす。

 その剣は地面擦れ擦れを通り砂埃と衝撃を生み出すがリーダーの男は再び構えを戻しており、斬り上げに繋げ攻撃を受け流した少年に一歩近づき蹴りを放つ。

 少年はそれを回転しながら避けその遠心力を利用して斬りかかるが、リーダーの男は剣を定位置に戻しておりそのまま少年の横薙ぎを受け流し肩でタックルをする。

 その攻撃を受けても少年はよろけるどころかそれを利用して距離を取っていた。

 隠れて見ていた私は少年の動きに違和感を感じていた。下っ端を片づけた時の攻撃速度でさっさと終わらせた方がいいのに、どうして相手に合わせて時間をかけて戦っているのか。

 

「わざと、時間をかけてる?」

「どうしてそう思ったの?」

 

 獣人の少女が私の疑問を聞いてくれるらしい。

 

「実力が、拮抗している訳では……無いから」

 

 答えはこれにつきる。

 

「多分だけど動きを確かめてるんじゃないかな、これは私の予想だけど」

「確かめる?」

「今の自分ではどれだけ出来るのかとかそういうの」

 

 戦闘に関してはよく分からないが多分意味がある事なんだろう。

 視線を戻すと少年とリーダーの男が鍔迫り合いをしていた。リーダーの男は両手で体格を活かして上から覆いかぶさるように押しているのに対して、少年は右手だけの片手で受けていた。

 

「このまま叩き潰してやる、その舐めた態度を改めろッ――――ウッ!」

 

 リーダーの男が叫びながら押していたがいつの間にか首元から一本の剣の様なものが生えていた。

 

「何だ? それは、卑怯……だろ」

 

 リーダーの男は少年に向かって怨嗟の籠った恨み言を残してあっけなく死んだ。

 成る程自在に生成できる物質、実に興味深い。

 

「終わったけどそっちはどうだ?」

「とっくに終わってるよ。時間かけすぎ」

「悪い悪い、教団のチルドレン1stの『大剣のゲオルグ』とやらがどれぐらい強いのか確かめておきたくてな」

 

 どうやら本当に手を抜いて戦っていたそうだった。

 そして少年は私の手を取って魔力を流し始めた。首元の痛かった悪魔憑きの症状が見る見るうちに引いていき完治した。

 

「凄い」

「そうでしょ、ジョーカーは凄いよ。少なくともシャドウガーデンでもかなり魔力の扱いが上手い」

「ふーん」

 

 名前とかシャドウガーデンとか魔力の扱いが上手いとかそういうのはどうでもよかった。それよりも知りたい事があった。

 私はすぐ隣に居る獣人の少女の服を引っ張ろうとしたが出来なかったので、指さしながらながら疑問を口にした。

 

「この服の、素材は……何?」

「え? まずそこが気になるの?」

 

 隣で何か言っているがどうでもいい。私は新しく現れた未知の存在に興奮していた。

 

「流石にそれを知りたいなら色々説明とか条件とかあるけど、俺個人としては余りおススメしないんだけど」

 

 驚いていた獣人の少女とは別にジョーカーと呼ばれていた少年は至って冷静に私に対して知るのに必要な事を言って来た。

 

「条件は、全て受け入れる。だから教えて」

「まだ何も言って無いけど」

「それでもいい」

 

 とにかく戦う際にも道具としても防具としても役に立ちそうな新素材を目にした私は条件とか聞かずに二人に付いて行くと決めてしまった。

 ――思えばここでちゃんと話を聞いておいた方がよかったかもしれないけど、今の状況を考えると結局は付いて行っていた気がするので変わらなかったかと思った。

 そうして私は『イータ』という新しい自分の名前と『シャドウガーデン』という居場所を手に入れる事が出来た。

 

 

 

 それからシャドウガーデンのマスターであるシャドウことシドと会ったり、アルファ様を含めた先人たちとも会った。

 暫くは教えて貰ったスライムを研究していたけれど一人でやる事に限界を感じて、それからは状況が変わるまで惰眠をむさぼる日々を過ごしていた。

 

「おいイータ、皆は剣の訓練に出てるのにお前は行かなくていいのか?」

「……興味ない」

「ああ……そう」

 

 ジョーカーが隣に座って聞いてきた。悪魔憑きを治して貰って数日はかなり様子を見てきていたけど、私が余りにも元の家族の事を気にしていなさ過ぎて何故か怒られた。曰く家族は大切にしろと言っていた。

 だけど私も反論してデルタを例に上げて黙って貰った。

 始めは口うるさい人たちのうちの一人という認識だった。助けて貰ったけどそれだけしか繋がりは無いと思っていたからだ。

 呆れたのかそのまま小屋から出て行くジョーカーを見ながら私は再び寝始めた。

 

 ある日マスターがアルファ様に発電の話をしている所を見かけた。所々前も言ったとかそういう言葉が混じっていたから多分これが初めてでは無いのだろうと思った。

 こっそり聞き耳を立てていたけど断片的な情報しか聞けなかったから全ては理解できなかった。それに対して歯がゆい思いをしたので、後日マスターに聞いてみたらふわっとした事を教えてくれた。

 何となくしっかりと分かってい無さそうな認識を受けた。

 ダメもとでジョーカーに聞いてみると。

 

「じゃあ実際に作って確かめるか」

 

 といって割と乗り気で用意を始めてあっという間に実験装置が作られた。

 コイルとかを即興で説明しながら作っていたけど、真剣に聞いていた為か時間が過ぎるのが本当にあっという間だった。

 始めはその発電機を手で回してファンが回るだけというのを作っていたけど、それに湯を沸かし続ける鍋と発電機とくっ付けたタービンを用意して蒸気を利用した発電を作り上げて懇切丁寧に教えてくれた。

 次に聞くときはジョーカーからにしようとこの時から決めた。

 

 次の機会には元素について教えて貰った、以前から何となく重さに疑問を持っていたけど用意してもらった元素表を見て確信した。

 何故鉄球が水銀に浮かぶのかそれは水銀の方が重かったからだ。

 ただ元素表に空きがあるのが気になった。何だか意図的に書いてない様に思えてならない。指摘しても知らないと明らかに嘘をついている表情で答えていたから多分知ってて教えていないだけだと思った。

 ジョーカーのその行動に私は少しだけ傷ついた。ただ私自身なぜ傷ついたのか理由は分からなかった。

 

 後で自分で勝手に調べると重さが変わる物質が存在する事が分かった。

 その事をジョーカー言いながら計算したら空いている部分の92番目に丁度入りそうな物質、銀白色の物質を持って行って報告したら物凄く怒られた上にその物質は没収された。ただそこからは不安定元素もとい放射性物質の存在を話してくれた。

 ジョーカーはそれ以上は知らなかったけど、私もそれ以上は調べなかった。教えてもらう代わりに深く研究しないという約束だったから。曰く使い方を誤ると大惨事になるので止めろとの事。

 性質を考えるとあの熱量は発電機に使えそうだと思ったのだがその後の処理の方法を聞かれた際に答えれなかったからジョーカーとアルファ様から共に却下されてしまった。

 

 そんなある日の事だった。

 好きなように実験をして分からない事や手伝って欲しい事があったらジョーカーを頼り、一緒にやる事が半ば自分の中では当たり前になっていた。

 

 資金は何処から調達してくるのか分からないけど用意してくれる。時々資金繰りの件でガンマに頭を下げて聞きに行ってる光景を見た事がある。組織の副官だからもっと堂々と聞いたらいいのにと思っていた。

 

 私の知りたがっていた科学知識を本に纏めてくれる事もあった。それはベータから上手い纏め方を教わっていたのを見た事がある。別にそこまでしなくても適当に箇条書きでいいのにと思った。

 

 研究で必要な素材があったら存在するなら可能な範囲で持ってきてくれた。その時はゼータを連れて行って二人揃って這う這うの体で帰って来る事もあった。危険な場所に行くなら諦めてもいいのにと思った。

 どうしてそこまでしてくれるのか分からなかった。だから部屋の掃除をしてくれているイプシロンに聞いてみた。

 

「それは多分ジョーカー様はイータの事を心配しているからか、気に入っているか、もしくは一人にさせない様にしているかとかじゃないかしら」

 

 結局イプシロンが言っている事はよく分からなかった。

 

「イータも少しは恩を返した方がいいと思うわよ」

 

 そう言われても何を返したらいいのか分からなかった。ジョーカーが何か好きなモノを知っているか聞いてもイプシロンは知らないと言って役に立たなかった。

 ただゼータに聞いたら分かるのではないかとの事だった。

 そしてゼータに聞いたのだけれど。

 

「自分で調べなよ、そういう事は」

 

 少し不機嫌そうにそう突き返された。何故だ。

 

 そのまま悶々と考え事をしながら研究をしていたからか、はたまた四日間も徹夜で研究をしていたからか、保管してあった薬品をこぼしてしまった。

 何をこぼしたのか落ちていないものを確認していたら足りない毒物がある事が分かった。揮発性の高い猛毒だったと思う。

 

 ……揮発性の高い猛毒?

 

 ハッとしてこぼれた場所を見たけどもう蒸発して液体は残っていなかった。流石に部屋を出ないと不味いと思い出ようとしたが急に足元が覚束なくなり立てなくなって座り込んでしまう。

 その際に他の薬品も倒して何個か落ちて容器が割れてしまった。

 頭が揺れるような感覚に陥る。鼻から何かが垂れる感覚がしたので袖で拭うと血が付いていた。確か早く毒が回る様に血管拡張作用のある奴も混ぜていたっけ、そう思いながら私は座る事も出来なくなって床に伏してしまう。

 薄れゆく意識の中、見覚えのある靴と声が聞こえる中で私は意識を手放してしまった。

 

 次に目が覚めるとそこは外で夕方だった。

 横向きに寝ていたので上を見るとそこにはジョーカーの顔があった。

 

「やっと起きたか。どこかまだ具合が悪い所は無いか?」

 

 少し身体に異常が無いか確認したけど特に無かったので無いと答える。

 

「そうか、あんまり危険な実験はするなよ? 特に徹夜をしてやるのは今後は控えろ」

 

 禁止じゃ無くて控えろと言うだけなんだなと思った。いつもなら禁止しそうなものだけれど。

 それよりもどうやって助けたのか気になったので聞いてみると、私の首元を指で突っついてきながら答え始めた。

 

「首のあたりからスライムを身体の中に入れて毒を取り除いた。血管内の物質や細胞と結合していたけれど、なんやかんや俺も何で出来たのか分からないレベルの操作で分離して回収して身体の中を綺麗にしたんだよ。あれの解毒剤まだ作ってなかっただろ、お陰で死ぬんじゃないかと心配したぞ」

 

成る程と思っていたら風が急に吹いてきて寒いと感じた、特に胸元が。疑問に思って見てみると少しだけはだけていた。

 

「それと何個も落とした奴の中に体質に合わない奴があったんだろうな、アナフィラキシーショックで呼吸困難も引き起こして何気に一回心臓止まってたぞ」

 

 それも全部内側からと魔力による回復で治していったけどと続けていた。

 それでちょっと脱がしてそのまま放置?と聞くと面白いぐらいに慌てていた。

 

「いや、誤解しないで欲しいんだけどさ、止まった心臓を動かすのに右の鎖骨と左わき腹辺りから電気ショックが必要で、さその為の処置でやましい事は何もしてない」

 

 余りにも必死でつい笑ってしまった。

 

「お、ようやくここに来てから笑ってくれたな。状況的や理由で俺は笑えないけど」

 

 漸くこの男、ジョーカーが私によく関わって来てくれていた理由が分かった。ただ普通に笑って居て欲しかっただけみたいだ。そう言えばイプシロンもそうなのだろうか、似た理由で私に気を使っていたのだろうか、今度聞いてみよう。

 

「ここでの暮らしに慣れたか?」

 

 先ほどまでの慌てっぷりは鳴りを潜め、真顔で聞いてきた。

 よく見ると目付きが悪い少年だった。誰かを心配したり積極的に何かをしてこようなんて思いそうにないぐらいに悪人顔。恐らくそこそこ関わった人でないとこの男の本心や実際の人柄は見えてこないだろう。

 人は第一人称が大切だと聞くけど多分ジョーカーは一生この顔で誤解されることの多い人生を送るのだろう。長い人生でそれを隣で見るのも悪くなさそうだ、そう思った。

 今日この日初めて他人の事を少しだけ理解できた気がする。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 朝日が研究室に入って来て目が覚める。

 そのまま顔を上げると義手は完成したのか既に装着しているジョーカーが居た。ジョーカーも座ったまま寝ており暫くは起きそうにない雰囲気だった。

 これは好機だと思い今こそ脳ミソちゅーちゅー君22号を引っ張り出して、ジョーカーの知識を全て知りたいと思った。その証明が済んだら初めて自分がジョーカー本人の事が大切なのか、それとも結局は知っている知識が大切なのかが知れると思った。

 装置を準備していく中で知識が重要なら何故マスターの方シャドウの方に興味を抱かないのか、そして何よりこの装置を使う事に対して何故手がこんなにも震えるのか、それが疑問だった。

 

「……ん? さっきから何をガチャガチャとしてるんだ?」

 

 迷っている間にジョーカーが起きてしまった。結局いつものように使えるタイミングが合っても出来ずに終わってしまう。

 起きたジョーカーには研究道具を直していたと言ってそのまま脳ミソちゅーちゅー君22号をまた元の場所に戻した。

 これを使うのはまたの機会にしよう、そう思った。

 

「これからまた忙しくなるな」

 

 起きたジョーカーはそう言いながら立ち上がる。私としてはつい昨日も忙しかったのだが、色々相手をする事の多いジョーカーは明日もこれからも忙しいのだろう。

 

「機会が、あったら……また話したい」

「いいけど何を聞きたいんだ?」

「出会ってから、一番印象に……残っている事とか」

「面白そうだな」

 

 そう言ってジョーカーは上着を来てそのまま研究室から出て行く、それを私は見送った。

 

 因みに私が出会って一番印象に残っているのは、研究の方が大事ってジョーカーに半分冗談で言ったら半日ほど凹んでアレクサンドリアのシャドウガーデンの本拠点のジョーカーの部屋で、隅っこに三角座りでずっと居た事だ。

 流石に言っていい冗談と悪い冗談の区別がついた悲しくも面白い出来事だったからだ。

 窓の外を見ると朝日が眩しかった。ジョーカーは何故か季節を感じて楽しんでいる節がある。何故なのかは知らないけど研究に行き詰った時外へ出かける様に言われたから、私もそう言うのを気にするようになった。

 無駄な時間……とは思わないけど明らかに影響を受けたと思う。

 それに気が付いたら行動を真似する事もある。理由は分からない。でも悪い気分では無い。

 気が向いたらどうしてこうしてしまうのか聞いてみようと思った。




 今回もここまで読んで下さりありがとうございます!
 何とか7/2に間に合いました。前のゼータの時は後編が間に合わなかったので今回は間に合ってよかったと思っています。

 前回に引き続き本編が全く進んでいませんが次回からはまた戻って本編を進めていきます。次回からブシン祭編が始まります。

 それでは次回も楽しみにして頂けると幸いです。
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