陰の立役者と呼ばれて 作:一般構成員
アルファによるとシドが俺を呼んでいるらしい。
場所は俺が用意してやったシドいやシャドウ専用のセーフハウスだった。
入ってみると何か色々な高そうな家具が置かれていた。これはフレンチ産か?
「やっと来てくれたんだ。今夜何か知らないけど派手に動くんでしょ?」
「詳しい話は聞いてないのな」
「だって皆教えてくれないじゃん、いっつも僕をさー仲間外れにしてさー」
「仲間外れにはしてないって」
こういうすれ違いって正すべきなのだろうか。
シドは教団の事を全く信じていない。だからアルファやベータがしっかりとシドに説明しても変な感じに認識している。今までもそうだ。
それに皆はシドが何もかも知っていると思っているから報告しない事もある。報告していてもシドがちゃんと聞いていないだけだったりするけど。
だから俺は毎回正すべきか悩むが、結局無駄だと思うから諦めている。
でももしこの先適当な事から始まったこの事がバレたその時は、一緒にアルファ達に怒られてやる。そう決めてある。
「そんな事より夜までにこの家具たちをセッティングしたいんだよね、手伝ってよ」
「はぁ、分かった分かった」
そう言いながら俺も手伝う。
……お互いにシャドウとジョーカーとしての姿でやる事じゃないよな?これ。
「なあ、シドこれらってどうやって集めたんだ? 結構高いものが揃ってるみたいだけど」
「これらはね、シュウからの毎月の仕送りとアレクシアから地べたを這いまわってでも集めた金貨達で買ったものさ」
「ああ、あれか。確か1ポチ10万ゼニーだっけか」
「ポチって言うの止めてよね。ってシュウも知ってるんだねやっぱり」
「知ってるぞ。俺の毎月の仕送りが5ポチだったってのも」
「だからポチって言うの辞めてよ。二股君」
「誰が二股君だ」
ここで他のシャドウガーデンのメンバーも知ってるって言ったらどんな反応するんだろうな。気になるけど止めておこう。
「ねえ、もしよかったらなんだけど毎月の仕送りの金額もう少し増やしてみない?」
「は? 増やすわけないだろ。そのまま犬になってろ」
「急に辛辣過ぎない?」
それに研究費で殆ど持っていかれてるから余り増やしたくないってのが本音だな。
財団の純利益の四割がイータの研究費に消えている現状では割とマジで厳しい。
主に実験とかでやらかしすぎてイータの研究費を全部俺の負担にされたからな。シャドウガーデンの資金はシャドウガーデンからの作成依頼が出た時以外使えなくなった。
この間実施した光速の実験が致命的だった。
理論自体は完璧だと思ったんだけどな、まさか手元が狂って大失敗するとは思ってなかった。
他のも現代のエネルギー事業を何となくでやろうとして複数回失敗したし、やっぱりこういう知識はシドを頼るべきだったかなぁ。謎に知ってたりするし。
この辺りの件にシドは関わっていないけど何もせずに金だけ与えるってのは腹が立つ。俺も今度からアレクシア王女のマネをしてみようか?
「それにしても中々イイものを揃えたな」
「流石シュウ。何だかんだで財団を経営してるだけあって見る目があるね。分かる? この陰の実力者コレクションの素晴らしさ」
「まあ一応分かるけど」
「まずはこのテーブル200年前にエルフの名匠が作った一品もの1200万ゼニー、この椅子は今も続く老舗のアンティーク品。だけど今はもう作られていない物で600万ゼニー!」
「ホントよく貯めたなそんな金額、俺の仕送りなんかこのテーブルの代金で消えてるだろ」
「そこは盗賊狩りやアレクシアからの報酬でね、あと拾った物もあるし」
「拾った物ね、よく言うわ」
俺はそう言いながら幻の名画『モンクの叫び』を見る。でも実際のム〇クの叫びはム〇クの『叫び』が正しかったりする。どうでもいいけど。
……こういうのを見ると時々俺たち以外にも転生者が居そうな気がするんだよな。
最も最近はシドの教えた陰の叡智の影響でベータやガンマにイプシロンが、イータは俺が教えた知識でそれぞれの方向で活躍してるから、転生者が他に居るのかもう判断がつかなくなったけど。
「因みにこのワインはフレンチ南西部ポルトーの物90万ゼニーで、これを注ぐワイングラスもフレンチ、ビトンの物45万ゼニー」
「高いからいい物って訳でもないと思うけどな」
話しているうちに完成した部屋を見渡すと中々センスが悪くないように見える。
陰の実力者の部屋と聞いてもいまいちピンと来ないが、アンティーク品やヴィンテージ品で統一された部屋は中々カッコいい部屋になったと思う。
この部屋を作るために今までシドに仕送りしていたのかと思うと感動が――いや、やっぱり普通に腹立つな。
配置し終えた椅子に座らしてもらう。ちょっとムカついてるから雑にどかっと座る。
「ちょっともう少し丁寧に座ってよ」
「うるさい、俺も出資したからいいだろ」
そう言いながら俺は持参したグラスに持参した酒を注ぐ。
「あれ? それってウイスキー? 何処にそんなのあったの?」
「これはイータに造ってもらったやつで、この世界に出回ってたものじゃないぞ」
「なんだ」
そのまま飲んでみる。うん、味はよく分からない。
まだ前世では未成年の年齢だし味覚が発達してないのかも。
一回飲んで感想をくれって言われたけど……どう伝えようか。
正直によく分からんかったって言うか?でもそんな事言ったらまた気絶するレベルで飲まされそうだな。
あの時は死ぬかと思った。
「それで味はどうなの?」
「前世では酒とか飲んだことないから分からん。――ただ飲んでると雰囲気がいいだろ」
アンティーク品に囲まれる中ウイスキーのストレートを飲む、たぶん様になってるだろ。
ワインもいいかもしれないが個人的にはこのウイスキー特有の琥珀色がこの場に合ってると思う。
「いいね、だいぶシュウも分かってきたね、流石に僕と一番長い間一緒に居るだけはある」
「お前は根本的な所がアホだからな、合わせやすい事も無くも無い」
「ハハハッ、まさか君にもそういう時あるでしょ」
「いやいや、まさかお前だけだってそんなの」
お互いに笑いながら酒を少し飲む。やっぱり全く味覚が発達していないからアルコールの味しか分からん。
これならまだワインの方が味が分かったかもな。
さて薄暗くなってきた所で先に軽くやって貰いたい事を伝えておこうか。
どうせ教団関係の事を言っても信じないから、こっちで軽くアレンジを加えて。
「そうだ、これから何をするか知ってるか?」
「いや? 知らないけど。騎士団がどうのこうのとだけアルファから聞いたよ」
「そうか。じゃあ軽く説明しとくけど、今から王都に蔓延るろくでなし共を一気に叩く予定でな、
シドは俺がシャドウと呼んだ途端、声色に話し方、纏う雰囲気をを変えてきた。
自分の設定に忠実な奴だ。
「ほう、何処だ」
俺は懐から出した地下下水道の地図を広げる。
「この道を降りて地下に入る。そしてここを突き当りまで進む、そしてここでこう曲がってだな」
「ふむ」
「恐らくこの辺りまで来ると何かしらの邪魔が入ると思うから適当に蹴散らしながら進むだけでいいはず」
「なるほど、で期待できる奴は居るのか?」
その質問に一瞬ゼノンが頭に浮かぶが……アイツでは役不足だろうな。
「一人だけ心当たりはあるがそれでもたかが知れてるな」
露骨に残念そうにため息をつくシャドウ。
悪かったな期待してもらっていたところ。
「お前が強すぎるのが原因でそれなりの相手が中々見つからないな」
「そうだな」
「お前を楽しませる事が出来る可能性を秘めた奴は、災厄の魔女とか無法都市の伝説の吸血鬼とかそのあたりだろうな俺が知っている限り」
「ほう、気が向いたら会いに行ってみるか」
「そのあたりは勝手にしてくれ」
他にも何か居た気がしたが忘れたな。何だっけエルフの何とかさん。
「そうだ。地下に多分アレクシア王女が捕まってると思われるから、イイ感じに助けて陰の実力者ムーブを決めてきたらどうだ」
「うむ、考えておこう」
これで大体は伝えきっただろう。……いや、一番重要な事をまだ言ってなかったな。
「言い忘れてたけど、余り建物とかに被害は出すなよ。修復するのはイータを抱えてるクラウン財団なんだからな。お前が行くのは地下だからあまり関係ないかもしれないけど」
「分かった」
「デルタにも同じ事を言っておいたから、もし出来なかったらお前はデルタ以下になるぞ」
「……分かった」
これでよし。
大分暗くなってきたな。もうそろそろ作戦開始の時間だな。
「そろそろベータが来る頃合いか」
「そうだね、じゃあ後は流れに合わせてね」
一瞬シドに戻るシャドウ、窓を開けてカーテンを風で靡かせる。そして入口に背を向ける形で椅子を置きそこに座る。手には勿論さっきのワインがある。
「はいはい、陰の実力者の大掛かりな晴れ舞台しっかりと補佐させて頂きますよ」
そう言ってシャドウが座る椅子の付近で壁を背にもたれ掛かる、こんな感じでいいだろ。
そう言ってから数十秒後、月の隠れた夜に相応しい黒を纏ったベータがドアを開けて入って来た。
……珍しいな窓から入ってこないなんて。
そんなくだらない事を考えているとシャドウが口を開く。
「……時は満ちた……今宵は闇夜に祝福されし陰の世界……」
「はい、月が雲に隠れ黒に染まった今宵はまさに我々に相応しいですね」
一応確認としてどこまで準備が終わったか聞いておくか。
「ベータ進捗はどうだ?」
「はい、準備は全て整いました」
「そうか」
「ジョーカー様の命により、緊急で動かせる人員を招集しましたが、その人数は159人」
「……ほう159人」
シャドウが意味深な雰囲気でベータの報告を聞いてるな。
何かちょっとだけ朝聞いた時より増えてる。追加で招集したのかこの期間で、やるな。
そんな事を思っていたらシャドウが小声で話しかけてきた。
「随分と多いけどアルバイトでも雇ったの?」
「黙って聞いてろ」
ほら小声で俺たちが話すからベータが不安そうな表情になってるだろ。
俺らがコソコソ何かするだけで皆深読みしだすから、毎回申し訳ない気分になる。
「続けてくれベータ」
「は、はい。作戦ですがジョーカー様が言った通りアルファ様が全体の指揮を執り、私が遊撃に。ガンマにはジョーカー様が地下に行った後指揮を執る予定です。デルタは陽動をイプシロンは後方支援、ゼータには自由に動いてもらう予定です。部隊ごとの編成は……」
シャドウがベータの報告を手で制する。……何かあんのか?
「せっかく作戦をジョーカーが考えた所悪いが……」
そう言いながらシャドウは何やら封筒に入っていた手紙をベータに渡す。
何アレ聞いてないんだけど。
「これは……シド・カゲノー名義宛にシャドウ様へと書かれた脅迫状。教団も薄汚い手段を取りますね」
「どんな内容なんだ? 見せてくれベータ」
「どうぞ」
俺は全く知らされていなかった情報を確認する。
何々?……かなり陳腐な脅迫文だな。これのせいで予定を狂わされるのか。
「皆には悪いが作戦の変更を、プレリュードは我が直々に奏でよう」
「はぁ分かった、こっちで変更は伝えておく。好きに動け」
「付いてこいベータ。今宵、世界は我らを知る事になるだろう」
「はいッ!」
シャドウとベータを見送った後俺は一人残っていた。
二人は気づいていたかどうか知らないが直ぐ近くに実はもう一人居た。
「聞いていたか? 作戦が変わった」
「うん聞いてたよ」
そう言いながらゼータが建物の影の中から姿を現す。見事な隠密だな。その辺の奴らなら気配も分かるまい。
「他のメンバーは一ヶ所に居たりするか?」
「うん、皆固まって主かジョーカーの指示を待ってる」
「分かった、二人が開戦の狼煙を上げるまでに作戦の変更を伝えないと。案内してくれ」
「了解、こっちだよ」
ゼータの案内で移動を開始する、時間が無いから急がないとな。
少し移動して皆の所に到着する。
「悪いけど作戦を少し変更する。シャドウが開戦の合図を担当するってベータを連れて行ったからな」
「そう、それで変更点は?」
流石はアルファだ。全く動じずに直ぐに対応してくれる。
「変更点はガンマに全体の指揮を、遊撃予定だったベータが居なくなったからアルファには現場に出て直接指揮を執って欲しい」
「分かったわ」
「かしこまりました」
二人共直ぐに行動を開始してくれる。
「デルタ」
「はいなのです」
「この匂いのする建物の中の奴らなら殺していい、他は殺すな、後建物も壊すな。既に言われてると思うけど守れなかったら今シーズンの下剋上は一切受けないからな」
「がぅ、分かったのです」
「攻撃開始は合図をしてからだぞ」
分かったのですと言いながらデルタは渡した布の匂いを嗅いでそのまま走り去っていった。これだけ言ったから流石に大丈夫だろ。
「イプシロンはそのまま予定に変更なく後方支援にあたってくれ。他のシャドウガーデンの子達の様子を見てやってくれ」
「分かりました、二人共お気を付けて」
イプシロンも配置に付いていった。これで何か他の子達に合ってもイプシロンが面倒を見てくれるだろ。
「さてゼータ、やりたい事を言ってこないって事は、アレクシア王女とか例のミリアって子の場所とか把握してくれてるんだろ?」
「勿論。ジョーカーの為だからね。そのあたりは抜かりないよ」
「助かる」
そう話しているうちにシド達からの合図が夜空に輝く。照明弾の様な魔力の弾だ。
じゃあ今度はこっちの番だな。しっかりと陽動とかの役割をこなさないとな。
そう思いながら懐から一つの端末を取り出す。そうリモコンスイッチだ。よくあるボタンが一つだけついた簡単な感じのアレだ。
それを押す前に膨大な魔力を空に打ち出す。元々月に雲がかかる程曇った空だったが見る見るうちに雲が生成される。あっという間に空が雲で覆われて雨が降り始め雷が鳴り始める。
魔力で局地的な嵐を作るのは難しいが出来ない事は無い。
人類が作ったアーティファクトがこういう事出来るんだ。人力で出来ない道理は無い。
それに降ってくる雨は味方には様々なバフを与える。雨で視界が悪い中シャドウガーデンの黒い姿を捉えるのは難しいはずだ。
そして最後の仕上げとしてスイッチのボタンをポチっとな。
街の至る所で爆発が起きる。勿論関係ない国民を巻き込んだものではなく俺が先に購入しておいた建物だ。
後でより機能的なセーフハウスに改築する予定だったから、陽動ついでに爆破解体させてもらった。
これで混乱に乗じて動きやすくなるだろう。
人に散々壊すなとは言ったけど、俺は陽動の為に建物を爆破した。
デルタやシャドウが暴れだすと被害が無限に増えていくからな。こっちで計算してやらないと後々問題に発展する可能性がある。
「よしじゃあゼータ。そろそろ俺たちも行くか」
「分かった、こっちから行った方が早い」
そう言って案内してくれるゼータについて行く。
急に地上が騒がしくなってきた。
アレクシアは久しぶりに目を覚ました。
この自分が囚われている部屋に来るのはあの白衣を着た変態とその仲間であろう女性のみ。後は同居人の化け物が一匹隣の檻に居るだけだ。
血を抜かれる時と食事を流し込まれる時以外は、四肢を魔力を封じる拘束具で繋がれているアレクシアは何もする事が出来ない。
よって無駄な体力を浪費するぐらいなら寝ていた方がいいのだ。
どうやら地上では激しい戦闘でも繰り広げられているのか、聞こえてくる音も地響きも段々と激しさを増していく。
「ついでにこの辺りの壁も壊れないかしら」
そんな都合のいい事が起きる訳も無いのに思わず呟いてしまう。
すると隣で動く音が聞こえてきた。
「あら、ごめんなさい。起こしてしまったかしら?」
横を見るともう見慣れてしまった醜い化け物が顔を上にして天井を見ていた。
「でもせっかく起きたのならそのままの方がいいと思うわ。きっといい事が起きるはずだから」
何も変化の無いこの部屋で正気を保つためにアレクシアは化け物に声をかける。
決して返事が返ってこないのは分かっているがそれでも声をかけないと、自分が狂ってしまいそうだった。
そんな二人の居る所に例の変態がやってくる。
「クソォ、クソクソクソオオォォォ!」
いつもよりおかしな様子で慌ててここに来た様だ。
「奴らだ奴らがもう来やがった、お終いだぁ」
そのまま研究道具を漁っている。テーブルの上が更に汚くなっていく。
「まだ試作品も完成していないのにクソぉ」
「大人しく騎士団に投降したら? その方がたぶんマシな扱いを受けられると思うわよ」
助けが来たと思ったアレクシアは拘束されているにも関わらず強気な態度をとる。
しかし男の様子はより焦燥していった。
「騎士団? 騎士団なんかじゃない。奴らは恐ろしい……殺されるよりひどい目に……」
「奴ら? 騎士団じゃないの?」
思わず聞いてしまうアレクシア。しかし最悪騎士団でなくてもいいと思っていた。この状況が変わってくれるなら。
「終わりたくないっ、終わりたくない終わりたくない……そうだアレを使おう」
「アレ? どうせろくでもない物なのでしょう? 諦めたら?」
今の状況を下手に悪化されると困ると思ったアレクシアは男にそう忠告するが男はまるで聞いていない様子だった。
いやもう錯乱して何も聞こえていないだけかもしれない。
「試作品ですら無いが、こうなったらやるしかない」
「ちょっと聞いてるの⁉」
アレクシアの言葉を無視して研究員は隣の化け物に何か注射を打つ。
その光景をみてアレクシアは思わずこの先想像できる未来が分かったので男に言う。
「やめた方がいいんじゃない? 試作品ですらないんでしょう?」
だが男はそのまま何かを注入し終わった様で、隣に居た化け物は見る見るうちに膨張していく。だが様子がおかしい、まるでもがき苦しんでいる様だった。
「は、はははっ! 成功していたか! 見せて見ろディアボ――」
男は何かを言い終わる前に肥大化して拘束具から解き放たれた化け物の手によって地面のシミに変えられた。
そして化け物はそのままアレクシアの方を見る。
「これは不味いかしら……」
そして振り払われる化け物の大きな手。アレクシアは咄嗟に身を守ろうとするが四肢が拘束されている。出来る事は知れていた。
そして台座ごと吹き飛ばされるアレクシア。壁に全身を強くぶつけたが奇跡的に目立った外傷は無く、骨も折れていなかった。
「……もしかして助けてくれたのかしら」
そう言いながら化け物が地上に向かって行った事で出来たであろう瓦礫の山を見る。
そしてシミになった男から鍵を取り出し、自分に繋がれた魔力封じの鎖を外す。
そんな事をしていると二人分の足音が聞こえてくる。走っているのかかなり早い速度で近づいてくる。
走ってきていたのは見慣れない格好をした二人組だった。
一人は顔を全て覆った仮面を付けフードを被った漆黒のロングコートを纏った……体格的に男だろうか。
もう一人は顔の上半分だけ仮面で隠した黒いボディスーツを着た獣人の女性だった。
「ッチ、遅かったか」
「だね」
男がどうやら何かに間に合わなかったという感じの事を言っている。
「貴方達は何者なの……?」
「ん? ああ自分で脱出したのか」
コイツ私の場所を把握していたような口振りだ。怪しい。
「まあ第一目標では無いけどご無事で何よりです。アレクシア王女」
「一言多いとか言われたことない?」
「頻繁に言われますね」
人の事を舐めた態度を取りやがって。そうアレクシアが思っているともう一つ足音が聞こえてきた。
「勝手に逃げられては困る」
見慣れたいけ好かない男、ゼノン・グリフィがそこに居た。
「ゼノン……どうして貴方がここに居るのか聞いてもいいかしら?」
そう問いながら近くに落ちていた剣を拾い上げるアレクシア。
「何故って簡単な事さ。ここは私が出資していた男の施設ただそれだけだ」
「なるほどね、やっぱり貴方頭がおかしかったのね」
アレクシアは剣を構える。前も後ろも敵と言う状況。
本当は後ろは敵かどうかはまだ分かっていないけど、敵と思って居たほうがいい。
味方だと思って後ろから斬られるよりはずっとマシだ。
「剣を構えてどうしたんだい? 君の様な凡人の剣では到底私には届かない」
「やってみないと分からないでしょ」
そう言いながら思い出すのは天才の剣、姉のアイリス王女の剣だ。
ずっと見てきた剣だ、一瞬この男の意表を突く事は出来るかもしれない。
そう思っていたアレクシアに声がかけられる。
「アレクシア王女、何も死に急ぐ事は無いでしょう。少なくとも今の貴女ではそこの男にはまだ届かない」
そうまるでその内届く様になる、そう言っているように後ろの仮面の男はそう言った。
……いつの間にか隣に居た獣人の女性は居なくなっていた。何処に行ったのだろうか。
「それにゼノン・グリフィ。俺を無視するのは傲慢すぎるんじゃないか?」
「貴様ら漆黒を纏いし者の噂は聞いているさ。その上でこの態度なのだよ。我々の小さな拠点を潰しまわっているだけの野良犬風情がよく言う」
「誰が何処で何を狩ろうがこっちの勝手だろう」
「いいや、違う。貴様らはまだ教団の主力とは会って居ない。そして教団の主力は今ここに居る。分かるか? 今日が貴様の命日という訳だ。次期ナイツ・オブ・ラウンズ第十二席の力見るがいいッ!」
そう言いながらゼノンは凄まじい速度の突きを繰り出す。今のアレクシアでは目で追うのがやっとな速度だ。
しかしその後金属同士がぶつかり合う甲高い音と同時に暗い下水道の中で火花が散る。
その時アレクシアは信じられないものを見た。
「な、なんだ貴様その手の硬さは⁉」
ゼノンがそう叫ぶ。アレクシアも同じ疑問を抱いていた。
そう仮面の男は右手の人差し指だけでゼノンの素早い突きを防いだのだ。剣先に合わせて、まるで指を指すようなそんな動作で。
「ただ皮膚に少し魔力を込めただけでお前程度の攻撃は通らなくなるという事だけだ」
いや、それでもぶつかった時に金属音が鳴り響くのはおかしいだろうとアレクシアは思ったが、とても言える雰囲気ではなかった。
「そんなバカな話があるかッ!」
そう言いながらゼノンは仮面の男に対して剣を振るう。
振り下ろし、突き、斬りはらい、袈裟斬り、斬り上げ、横薙ぎ等の様々な動作を様々な方向から男に対して振るうが、全て最小限の動作で当たり前の様に弾かれる。
手と剣がぶつかり合うたびに金属音が鳴り響き火花も飛び散る。
そう男は剣すら抜かずにゼノンとやり合っているのだ。そもそもゼノンは同じ土俵にすら立てていない。
男がゼノンの剣を大きく弾いた。今までは最小限の動きで防御していたがここで初めて大きく動いた。
そしてそのまま剣を弾かれて無防備なゼノンの顔面に男は拳を叩きこむ。
「ぐっはあぁぁぁあ」
ゼノンはそのまま大きく吹き飛ばされる。
いけ好かない、気持ち悪いぐらい腹立たしい甘い顔は一撃で酷い状態だった。
「どうした教団の主力なんだろう? 次期ナイツ・オブ・ラウンズ第十二席。ほら――立てよ」
ゼノンの顔が恐怖で歪むのが分かる。男は理由は分からないが相当怒っている様だ。
「安心しろよ、本気は出していない。
「舐めるなよ。その慢心が貴様の敗因だと教えてやる」
そう言いながらゼノンは瓶を取り出す。赤い錠剤が入った瓶だ。
それの蓋を開け錠剤を取り出しゼノンがそれを飲もうとした時、手に持っていた錠剤は瓶ごと無くなっていた。
アレクシアは何が起こったのか分からなかった。
「なッ! いつの間に!」
「今これを使われると困るからな回収させてもらう」
「どうやって取ったんだ⁉」
「必要になったから昔からこういう事を極めていてな。気が付いたらここまで手癖が悪くなった」
男はそう言いながら瓶の蓋を閉じる。
そしてため息をついて心底残念そうに告げる。
「本当はもう少しいたぶってやりたかったが、時間切れだな」
「時間切れ? ……一体何の話だ?」
ゼノンが疑問を口にしたその時、ゼノンの後ろから足音が聞こえてくる。
静まり返った地下下水道の中聞こえてくる。一定のリズムで。コツコツと。
そして音を出していた主は暗闇の中から姿を表す。仮面の男と同じく黒のロングコートを身に纏い、顔は上半分だけ仮面で覆われており、更にフードを深く被っているので顔は下半分だけ見えていた。
少し細身だがしっかりと鍛えられている事が分かる。無駄を削ぎ落した様なその様な雰囲気を纏っていた。
「き、貴様は何者だッ!」
ゼノンがそう問うと男は答える。
「我が名はシャドウ。陰に潜み陰を狩る者」
「遅かったじゃないか?」
仮面の男がそうシャドウに言う。
「待たせたか?」
「ああ、待ってたよ。お前が来るまで王女様の子守をしていたからな」
(子守……子守だって⁉ 私の? ムカつくわね)
アレクシアがそう思っていると仮面の男はシャドウに持っていた瓶を投げ渡す。
「余りにも目の前の男が弱かったらそれを渡してやるといい。きっと面白いものが見れるぞ」
「なるほど、参考にしよう」
そう言うと仮面の男は立ち去ろうとする。
「待てッ! 貴様逃げる気か! 名も名乗らずに!」
振り返った仮面の男は顔は見えないが心底不思議そうな顔をしていただろう。振り返る動作やその後の動作で容易に想像がつく。
「逃げる訳じゃないし、それにどうして今から死ぬ奴にわざわざ名前を教えてやる必要性がある?」
「何だと⁉」
「お前の相手はそこの男だ。俺にはまだやる事が残ってるんでな。だから今日はここまでだ」
そう言って男は立ち去って行く。
だが少し進んで振り返って私に話しかけてきた。
「そうだ、アレクシア王女。お節介かも知れませんが、もしシャドウが剣を使うなら見ておいた方がいい。今後の貴女の成長に繋がる筈だ」
それだけ言って直ぐに見えなくなった。
「どういう意味なのかしら?」
だが私はこの後さっきの言葉の意味を理解することになる。自分が目指していた『凡人の剣』の極地を見る事によって。
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