スプラトゥーン3 return to the beginning 作:キール・フェストリー
「────俺は嫌いだ、こういうの」
俺はこれから突入するヤカンの、『時代に流されない「特別」を、大切にしたい』という名前に吐き捨てた。
これに限った話ではないが、オルタナの各ヤカンにはポエムじみた名前がついている。
一見意味不明の言葉選びだが、実際のところヤカンの内部にそっている言葉選びだ。
そして、その言葉選びは嫌でも俺の頭が過去と結びつけてしまい、幻覚幻聴に悩まされるのは今に始まった事ではない。
それから逃げるようにしてヤカンに足を踏み入れた。
パブロ
『ブラシ』と呼ばれる種類のブキで、その軽さから手数の多さと機動力に優れている。
実生活の絵筆から着想を得ており、見た目はそのまま絵筆を10倍程度拡大したようなものだ。
上は司令からの入れ知恵ではあるが、身近な物から発想や使い道を得るというのはジャンクで生きている俺にも通ずるものがあった。
俺は拾ったジャンクを全て売り払ってしまうわけではない。
インフラと安全性から拠点として街を選ぶことが多く、そこで資金を消費しやすいとはいえ、その街から次の街へ行き着くまで対価交換として金が使えないことも多いからだ。
直前にいた砂漠はバンカラ街に近かったから金での交換が成立したが、ナンタイ山以北*1では金が流通していないことから、物々交換の方が成立しやすかった。
……そもそも物々交換が成立するほど人がいない問題はあるが。
その場合、ジャンクを修理して使ったり、ジャンクを組み合わせて騙し騙しの代替を作ったりするほかない。
初めて持ったブキもジャンクを組み合わせて作った、ちょうどこの『パブロ』に似ていた。だからか妙に手になじむ。
俺は懐かしい感覚になりながら入口のダッシュボードを飛んだ。
そのステージはゴールが見えず、1本のベルトコンベアが見えるのみだった。
今までも何度かあった条件達成型ミッションの形式だ。
「ベルトコンベアから流れてくるマトを全部壊せば良いみたい」
司令は明るいながら落ち着いた声でそう言った。
後に1号2号の言葉が続かないのは、2人が今表の仕事に取りかかっているからだ。
パブロで走りベルトコンベアに乗る。
『赤外線センサーに反応あり、コンベアを作動します。後方のヌリヌリ棒に巻き込まれないようご注意ください』
無機質な声はコンベアの作動を告げて、前からマトが迫ってくる。
俺はコンベアを逆走しながらパブロで体当たりや振り回すことでマトを破壊していく。
感覚はジャンクで作ったブキの形がにているからか扱いには困らない。
違いと言えば穂先がインクの付いた毛か、ジャンクで拾ったあらゆる刃物かくらいだ。
「3号、インク残量に気をつけて!」
その勢いでこれがインクを消費するブキだと言うことを忘れ、穂先が乾いてマトを壊せなくなる。
しまった、と声を出す間もなくマトは流されていき、ヌリヌリ棒──敵インクの付いた巨大なローラー──に巻き込まれて壊れた。
『マトを逃したためミッション失敗です』
無機質に失敗を告げ俺の身体が麻痺する。
上から光が射しており僅かながら粉が落ちる。
どういう原理か、そもそも実在したのか「痺れ粉」が作用して身動きが取れなくなったところに滝のような敵インクが流れ込み、限界を超えた俺の身体は爆発した。
スタート地点の
飛沫として広くにインクがまき散らされるのだから、インクの上では意識して潜伏すれば途中で穂先が乾くミスは減らせるだろう。
そう考えて再びセンサーを横切る。
パブロを振ってできたインク溜まりで意識的に補給をはさみながらマトを壊していく。
正確に、迅速に、できる限り落ち着いて。
頭の隅にそれを置いて前方から迫るマトの段差を叩き壊し前に進もうとしたが、司令の声が状況把握を広げる。
「気をつけて、段差に隠れてるみたい!」
その声で先ほど通り過ぎた段差を振り返れば、後ろ側にマトが配置されている事に気づけた。
「本当だ、助かりました」
「最後のマトは固いみたいだよ、踏ん張って!」
これまでより大きなマトが3つほど。奥に有る1つは赤く塗装が施されている。
俺はこれらが今までのものよりも固いことを経験則的に知っているから、散らばったインクだまりで多めに補給を入れた後、力の限りマトにインクを振りかけた。
赤い塗装が緑に染まりかけたとき、穂先が乾いてインク切れの警告灯を点灯したがここで引き下がれはしない。しかし補給の余地もない。
「……強度がどうとか考えていられないな」
マトがある程度インクでふやけている事を願って、パブロの根元金属部分で殴りつけた。
マトは快音を残して砕け、ミッションクリアが認証された。
俺は意識を保ったまま元の場所へ転送された。
これは数少ない条件達成型ミッションの特徴だ。
流れに逆らって走ること。
それはとても勇気のいることだ。
俺にはそんな勇気はなかった。
だから取り返しのつかないことになっただろ?
「……司令」
「どうしたの?」
「時代に流されない特別を大切にしたい……それってどう思います」
「え? あ、さっきのヤカンのタイトル?」
「はい」
何が『どう』なのか、自分で質問を投げかけておいて今更思う。
しかし、俺の色眼鏡がかかって歪んだ感想より、司令の純粋なフィーリングが欲しかった。
「質問を質問で返すのはアレだけど……まず、カトレア君はどう思う?」
「……とても、勇気のいることだと思います。時代に流されないというのは流れに逆らうことだから、白い目で見られたり罵声を浴びせられたりする、そういうものだと」
「……身に覚えがあったりする?」
「多分、司令が想像しているようなものじゃないですけど、あります」
「そっか」
司令の顔はひどく真剣だ。
そういえば、こういう話題を親身に聞いてくれる人はあまりいなかったような気がする。
「とりあえず、カトレア君に何があったかは置いとくね。そういうこと聞きに来たわけじゃないし、話しに来たわけじゃないでしょ?」
「……助かります」
それでいて、程よく入り込まない距離感にいてくれる人は、俺の中で1人しか知らなかった。
「ワタシはね、まさにあれが目標なの。オーダーメイドのギアを作ってるって言ったっけ?」
「聞きました」
「ワタシに、ワタシたちにオーダーメイドギアとかコスプレギアとかを頼んでくる人たちは、どれだけ時間が変わっても譲れない
司令はそういいながら自身のスーツに手を当てる。
ウツホと戦った時にお世話になったスーツに、司令のそういうものが含まれているからこその行動だとわかる。
「だからそういうのは大切にしたいし、大切にしてあげたい。勇気ってより……えっーと、個性? つまりその特別は個性なんだから周りの声とか時代なんて気にしなくて良いって言う感じ、かな?」
「考えとかの意思も?」
「そうだよ、押しつぶす方がつまらないもん」
司令は強い。
「これはこれ、それはそれ」と認める強さを持っている。
意識の外でいつの間にか、もう1人の影と重ねていた。
そう言って左目を押さえる動作に、気付かないくらいには。