スプラトゥーン3 return to the beginning   作:キール・フェストリー

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Sink

忘れはしません。

いや、忘れたくても忘れられません。

1年前の8月31日、快晴だったあの日に起きた出来事は、忘れちゃいけないんです。

 

その日は、もう月1回でも帰れれば良くなっていた兄さんが帰ってくると言う日でした。

兄さんが帰ってくる日は決まって母が集会でいなくなる日で、その日も例外なくそうでした。

兄さんはサーモンランに働きに行くタイミングでオートマチック車──オートドライブ車とは違い自動運転ではないがギア変速はやってくれる車──の免許を取得し、帰ってきた後は僕を連れて家の車で開発中のバンカラ街まで走らせまだタワーの外にあったサンカクスで夕飯を食べて、海を見ながら帰るというのが習慣としてありました。

曰く「カトレアと一緒にご飯を食べているときだけは味がするし、海を見ていると心が落ち着く」といって、帰ってきたら必ずしていました。

そしてそれは15のその日でも数少ない楽しみの1つでした。

 

兄さんはいつも通り帰ってくるとさっと車に乗って、僕もついて行くように乗ると兄さんはいつものコースを逆走で走り始めました。

そのときは「いつもコースを変えない兄さんが珍しいことをするな」とだけ思っていました。

でも、違ったのです。

逆走することには、しっかりとした後ろ向きの理由があったんです。

 

兄さんは砂漠地帯を回り込むことでたどり着くいつもの海に着くと、財布や車の鍵を僕に渡して「すぐ戻るから待ってろ」と言い車から出ていきました。

僕はさすがに不審に思って、兄さんが出て行って1分くらいした後、兄さんの後をついて行くことにしました。

もしも、ここで兄さんを待つ選択をしていたなら、今よりも希望は持てていたかもしれません。

もしかしたらカエデ司令たちに会わず親に飼い殺される未来もあったかもしれませんが、少なくとも今よりも暗く淀んで沈むようなことも無かったと思います。

それでも僕はその選択をしたんです、悪い予感がしたから。

そしてその悪い予感は的中しました。

兄さんは上半身半裸の状態で転落防止柵の向こう側にいて、2歩も踏み出せば確実に海に落ちる状態でした。

「兄さん!」

「んなっ、待ってろっていっただろ!?」

「兄さんはそんなとこで何をしてるのさ! 危ないから帰ってきてよ!

そう強く叫んでも兄さんは柵の向こう側から戻ってこないで、ただ黙っているだけでした。

「兄さん、戻ってこないなら今僕がそっちに……」

 

「カトレア、こっちにくるな」

 

「……え?」

兄さんは優しい声色で、だけど確かな拒絶を持ってそう言ったので僕は耳を疑いました。

だって兄さんはいつも前向きだったから、そんなことをしようとして僕まで拒絶するなんて思えなかったんです。

「多分、お前には察しがついているんだろうな。オレが何をしようとしているかなんて、数は少なかったけどそういう小説もあったしな……」

「本気、なの?」

「……オレはいままでやれることをやった、できることはすべてしたつもりだ。だけど状況はよくなるどころか悪化する一方だ」

僕は否定したかった。でも確かにそれは本当にそうで、反論の余地は悔しいけど無くって、黙ることしかできませんでした。

実際、父はもはや蒸発といって差し支えなかったし、母は宗教のカルト化を推し進め男が目に入れば反射的に殴り、母のようにひどい目に遭った女性の弱みにつけ込んで信者を集めて献金を促し、反逆すれば文字通りすべてを吸い尽くす化け物と化していたんですから。

「サーモンランは良かった。いくら報酬が低かったとしても頑張ればクマサンが褒めてくれて、オレを必要としてくれた」

それは兄さんの本音、隠された願望だったんです。

兄さんはその心理でサーモンランに入り浸って働き続けた結果、半年前には当時の最高評価であるたつじんまで上り詰めたと言っていました。

「でもたつじんまで評価を上げきって、現状を振り返って考えちゃったんだよ……俺が働いていることに何の意味がある? って」

「兄さん……」

「働いても働いても働いてもおカネは微々たる量。おカネががあれば母さんとかも心の余裕を取り戻して父さんと話し合ったりするかななんて思ったけれど、それはブランド物に変わってもっとおカネを求める悪魔になった。気に入らなければオレやカトレアを殴るんだ、実の息子なのにな?

兄さんは逆光にさらされ後ろ姿しか見えなかったから、そう言った時の顔がどうなっていたかわかりません。

でも、もう諦めを超えて絶望をしていたのは優しすぎる声からわかるほどでした。

「……はは、そのせいでさ、オレの心も身体もボロボロなんだ。情けないと思わないか?」

「兄さん、待ってよ、そんなこと……!」

「止めないでくれ。これがオレのやりたいことなんだ。海はすべてにこたえるんだ……」

──兄さんッ!

お父さんとお母さんを元に戻す約束は……ごめんな、ダメだった────

 

足を駆け出すと同時に前のほうで地面を蹴る音がする。

少しでも速く足を出そうとする間に兄さんの体制は空中で逆立ちする。

僕の足が地面について次を出そうとするが、兄さんはどんどん海に招かれる。

視界から兄さんが歪んで消える。

まってと口を動かそうとしてその音は激しい水の音にかき消される。

柵に手をかけると同時に水の柱ができて、そこから分離したそれに触れたことで指がやけどする。

それでも構わず下をのぞき込む。

もうすべてが遅い。

水の柱が低くなり、やがて消える。

水面には兄さんの着ていた衣服が浮いていて、それも水を含みながら沈んでいく。

海中から現れた兄さんのタマシイは、僕の目線の高さまで登ると

 

まるでシャボン玉のようにはじけて、光の粒になって、消えた。

 

「……に、にい、兄さんの……うわあああぁぁーーーーーーーーーーーッ!」

 

焼ける思考の中、海にそう叫んでひとしきり泣いた後、兄さんが走らせた車で家に帰りました。

無免許運転だって冷静に考える思考はなく、真っ白の頭で車を走らせました。

それでも一切の事故を起こさず帰ってこれたのは、兄さんが設定していたコースの車通りや人通りが少なかったからだと思います。

とにかく、それは奇跡というほかない状態でした。

 

「あいつ、献金してこないわね」

その翌日、母は兄さんに金をせびろうとして家に兄さんがいないことに気がつきました。

当然です、兄さんはもう家どころかこの世界のどこにもいなくなってしまったんですから。

そのことを伝えるため、何年かぶりに母が家にいる状態でシェルターから出ました。

「母さん」

「何よ、ATMの付属品が今更」

僕が声をかけると母さんは悪態をついてきました。

母さんの思考と、兄さんへの扱いを見ていれば当然ではありましたが。

「兄さん、は……死んだんだ」

「あら、壊れちゃったの、どうして?」

「……サーモンランでの頑張りすぎと、母さんに殴られすぎたのと……いろいろあって虚無感で海に身を、投げて────」

 

「そう……おカネが入らなくなってしまったのは残念だけれども、憎き男がまた一人消えてくれたのはよかったわ」

 

「は……?」

母さんはあまりにも涼しい顔でそんなことをいうから思わず聞き返してしまいました。

「だってそうだもの。おカネを入れてくれるのは良かったけれど、いちいち私のやることに口出ししてくるから邪魔だったのよ、ちょうど良かったわ」

「……正気かよ、仮にも母さんの息子なんだぞ」

「息子だからって何? 男なのが悪いのよ。男なのに純粋な金づるに……奴隷にならなかったあの子がいけないのよ」

その人でなし加減は想像以上でした。

人の死を、それも息子の死を喜んで肯定できるなんてそれこそフィクションだけの話だと思っていたし思いたかったですが、そこには実際しかありませんでした。

「まっいいわ、あいつが壊れたなら次はお前があいつになればいいじゃない。やっと立派なATMになれるんだから嬉しいでしょ?」

……そして、つまり、母は、命を金だとしか見ていなかったのです。

そこで僕は、なにか、最後の支えが壊れました。

 

「おかしい……おかしいじゃないか! そんなのは!」

 

「おかしいって、なにが?」

「人が死んでるんだぞ、兄さんが死んでるんだぞ! どうして悲しむどころか喜んで金の話ができるのさ!?

「言ってるでしょ? 男は女に刃向かうなって。男は傷ついた女のためにすべて尽くすのが当然でしょう」

「当然って……男であれば息子であろうと尽くせと? 刃向かうなら実子であっても死ねと?」

「私は傷つけられたのよ、それくらい当然よ!」

「……もうだめだ、僕はもうついていけない!」

そう言って僕はシェルターに戻ると、最低限の荷物だけをリュックに詰めて逃げることを決意しました。

母とは交渉の余地がなく、兄さんを見殺しにした自分がここにいる資格などないから出て行こうと考えて、後悔のないように小説を通して兄さんとの思い出に浸りました。

兄さんの朗読を思い出しながら精神を落ち着かせ、涙を流しながら怒って、別れを告げようとしてできなくて……

それらを一通りした後、日付の変わる頃に家から逃げました。

 

さがすな わすれろ だいきらいだ』という幼稚な書き置きを残して……

 

「そうやって……そうやって叫んだときの気持ちは……書き置きを残して家を飛び出した時の感情は……言語化できないし、したくもない……!」

自分が四方八方から押しつぶされる感覚にさいなまれながら絞り出した言葉は、聞くに堪えないものだった。

誰も落ち付けだなんてことを言わないのは、もとめるのが無理だとわかっていたんだろうか。

今の俺にそんなことを求められても無理だから、ある意味助かったと思う。

「俺は兄さんを近くで見ておきながら何もできずに見殺しにしてしまった感情なんてそんなものを言語化するのはもはや侮辱の域で心の人殺しをしておいてそんなことは許されないんだ!だから俺は兄さんの生きれなかった分まで呪われてでも生きるしか──────」

 

「ごめんね、ごめんね……そんなつらいこと言わせちゃってごめんね……!」

 

柔らかい感覚に包まれたことで一瞬正気に戻る。

見れば完全に力の入りきった身体を司令が抱きしめている。

「つらかったね、くるしかったよね、ごめんね……」

思考に沈んでいたときには気づかなかったが目からは涙が大量に溢れ出ており、その涙で司令の衣服に染みを作る。

そんなひどい状況なのに引き剥がすことは考えられない。

……ああ、そうか。

 

情けない話だけれど、俺も、兄さんも、本当は親からこれが欲しかったんだ。

欲しかったものが手に入って、すぐに手放せるように人はできていないから。

 

「司令、ごめんなさい。いつの間にか発狂して……」

「謝らないで、きっと誰だって、ワタシだってそうなっちゃう。もう我慢しないで泣いてよ」

司令が優しい声でそう言うから今まで堪えてきたものが決壊して、号哭だけがテントの中に響きわたった。

 

そして、俺は悲しさと優しさに包まれながら夢に沈んだ。




キャラクター紹介

ブラサリア
カトレアの6つ上の兄でイカボーイ。 カトレアにとって信頼できる兄だったが……

名前:ブラサリア
あだ名:ブラスト
享年:22歳
誕生日:3/27
命日:8/31
趣味:読書

カトレアの兄でカトレアとは6歳差の開きがある。
心優しく、他者のためなら努力をおしまず行動できる点からカトレアに尊敬されている。
崩壊した家族を再建しようとハイカラ地方で奔走しながら弟を守ってきたが、精神の限界を迎え1年前に自殺した。
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