透明少女な双子の妹が普通科からヒーロー科を目指す話(仮) 作:峰下抄
一回戦、第六試合は常闇くんと八百万さんの対戦、なのだけれど……。
「……控え室行かなきゃ。心操くん、付き添ってくれる?」
「わかった」
基本的に選手は自分の試合前に選手用の控え室で待機することになっている。
控え室にもモニターはあるのでそこで試合は見れる。
見れはするのだが、自分の試合前だ。流石にじっくり見る気にはならない。
第七試合、私の対戦相手は青山くんだ。
かつての仲間と早くも対決することになるとは、なんて。
まあ、さっきの切島くんみたいな相手じゃなくてよかった。まだ勝ち目を見出せる。
「とりあえず、ちょっと着替えます」
と宣言して更衣スペースに入る。クラス用も選手用も控え室自体は男女兼用である。
長袖を脱いで、眼鏡を外す。リボンはそのまま、手袋は……ポケットに入れられるしそのままで。
脱いだ長袖と眼鏡をロッカーに入れてロック。暗証番号を自分で入れるタイプなので
何かあったときのために心操くんにも番号を伝えておく。
「さて……」
モニターでは第六試合の決着が早くも着いていた。
常闇くんの速攻を捌けず、八百万さんの場外負け。
彼の『
八百万さんの個性は万能性を誇るけれど、スピード勝負では分が悪かった。
「って、もう私の番来ちゃうか!?」
なにが「さて」だ。もうちょっと時間があると油断していた。
不意打ち気味に出番を自覚した途端、心臓がばくばくと音を立て始めた。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとする。
(落ち着け……。大丈夫……)
さっきも考えたけれど、くじ運は悪くない。
青山くんにはつけ入る隙がちゃんとある。
派手で威力のある彼の『レーザー』だけれど、長く使うと反動が出る個性なのだ。
制御用のサポートアイテム必須というのも弱点になるかもしれない。
(大丈夫……)
あれだけ心操くんには偉そうなことを言っておいて、自分はこんなにも緊張している。
握りしめた手の震えが中々治まらない。というか、力を込めてるから震えるのか。
「……し、心操くん。ちょっと手を握ってくれますか」
手袋を取って、伸ばしてくれた彼の手を握る。……暖かい。
暖かいということは、緊張で私の手が冷たくなっているということだ。
「情けないなぁ、私……」
思えばここまでの種目、いつも誰かが側に居てくれたのだ。
障害走のときは結局最後まで姉と一緒だったし、騎馬戦はチーム戦で心操くんも一緒だった。
(入試は一人だったから……――って、やめやめ)
ネガティブなことはシャットアウトして、気持ちを青山くん対策に向ける。
そもそも私にやれることは少ない。
やれること『透明』。以上。
1対1だとその透明も、中々有効ではない。
「……やるか。やるしかないな……」
覚悟を決める。
ここに勝てれば、第八試合の勝者と戦える。
つまり、あの爆豪勝己と戦うことになる。
「…………」
可能性としては麗日さんが勝利する確率もあるだろうけれど、ここまでの競技で見せた実力と入試一位の結果は伊達ではない。
(……爆豪くんに比べれば、青山くんはまだ怖くないな)
大変失礼なことを考えていると、ようやく震えが治まっていた。
心操くんにお礼を言って、手を放した。
手袋を着けなおす。まあ、試合開始前後で外すだろうけれど。
さあ、行かなくては。気合いを入れて立ち上がる。
「……言っとくけど、」
と、そこに心操くんが声をかけてきた。
「俺も、普通に緊張しまくったからな?」
「……ありがと!」
最後の一押しを、貰った気がした。
『腰にベルトがあっても変身しねぇぞ! ヒーロー科、青山優雅!
あ、ここはフルネームで呼ぶんだ。
どこに居たのってのは多分透明人間なことと掛かってるんだろうな。エンタメ。
試合開始の前にリボンを解いて、手袋を外し、両方ともポケットに突っ込んだ。
挨拶も交わす。青山くんはおフランスだなぁ。騎馬戦ではお世話になりました。
……などとのんきに構える体で緊張を誤魔化しつつ、試合開始の合図を待った。
『――第七試合、スタート!』
実のところ、緊張の一瞬だった。
何は無くとも身を屈めながらサイドステップで回避行動。
――案の定、「先手必勝!」と青山くんの『ネビルレーザー』が放たれていた。
立っていた場所を閃光が通り過ぎる。
それを見送る余裕はなく、私はそのまま横方向に駆けだす。青山くんに対し弧を描くように。
青山くんは続けてレーザーを撃ってくる。私は必死になって緩急や左右移動を交えて避けていく。
やっぱり、怖い。
彼のレーザーの威力は本来かなり強い。人に向ける以上、当たり前だけど手加減はされているはずだ。不用意に直撃しても、怪我はしても死ぬようなことはないはず。――本当に?
――透明で良かった。強張った表情をさらすことがなくて。
何本目かのレーザーを避けて、ようやく青山くんの方をきちんと観察することができた。
射撃の度におへそを突き出す、思いのほかわかりやすい動きだ。
(このまま粘れば、いけるか……?)
私の避け続けるスタミナと、青山くんのお腹、どっちが持つだろうか。
青山くんは最初こそ速攻撃破を狙って連射していたけれど、中々当たらないことで一射一射を大事にし始めていた。
狙ったところを正確に撃つというのは結構難しいものだけれど、そこは彼自身が持つ個性。練習を重ねてある。
少しでも足取りを緩めると当たってしまいそう、と焦燥感に駆られている自分を自覚する。
(相手を見て、ちゃんと避けろ。私――)
ステップで切り返してなんとかレーザーを躱す。ちょっと服をかすった。
(彼の顔色は……少し悪くなってる……か?)
自信は持てないが、一射一射の発射間隔は長くなっている。
その分、よく狙ってきている。青山くんもどう戦うか考えている。
(フェイントを交えられる前に、こっちが先にしかける――!)
意を決する。
この状況で、相手から少しでも目線を切るのはとても怖かったが背に腹は代えられない。
(やるぞ……――今だっ!)
転がるようにレーザーを避けて、起き上がりながら青山くんが連射体勢ではないのを一瞬だけ確認。
そして私は自分の服に――インナーごと上着に手をかけ、一気に脱ぎ捨てた。
『葉隠の上半身が消えた! 服を脱いだせいで、下半身しか見えねーぜ!』
羞恥心もまとめて投げ捨てる。
これで見た目上の被弾面積は半分だ。
当然、私の身体は変わらずに存在するわけだけれど、狙いを定める青山くんにとってはそうはいかない。
明らかに狙いが下方向にズレる。
だけどまだ足りない。まず靴を脱ぎ、そして、
『下まで脱いだ! 葉隠の姿はもう見えない!』
射撃の隙を見て、さらに脱いだ。
羞恥心は捨てた。捨てたはず。後悔は後からすればいい、ともかく今を大切に。
私がここまでやると思わなかったのか、流石に青山くんもぎょっとした顔になっている。
そしてレーザーを乱射し始めた。どこにいるのかわからない私を狙うに狙えずに。
私は静かに地に伏せて機を窺う。すぐ近くをレーザーがかすめることもあるけれど息を殺してやり過ごした。
「うっ……!」
ついに青山くんが呻いた。レーザーの発射姿勢も崩れている。
好機! と私は立ち上がり、青山くんに向かって駆けだした。
だが、この試合初めて真正面から向き合った青山くんは、――私の方を力強く見返していた。
「――――☆!」
「――――!?」
限界を迎えたのはフェイク!? いや、実際限界は近かったのだろう。
だからこそ、最後の一発分の余力を残して限界になった振りをしたのだ。
足音かそれとも駆けだして舞い上がった地面の埃か、正確な位置はわからないはず。
けれど、私はまっすぐに青山くんに向かって走り出していた。誘導されていた。
青山くんのベルトに光が宿る。
危機感で意識が引き伸ばされスローモーションにそれが見えた。
(直撃は避けないとっ!)
転がって避けようと身を投げ出そうとするも、やはり判断が遅かった。
青山くんのベルトから光が溢れ、レーザー光が――
(――――あれ?)
間違いなく、私の左半身を貫いていた。
少なくとも、その位置をレーザーは通過していった。
(
身体を、何かが通り抜けていく感覚はあった。
けれど恐れていたダメージは受けなかった。
レーザーは光だから? 透明だから?
私の一瞬の困惑をよそに、青山くんのお腹はいよいよ窮地に至ったらしい。
私は体勢を整えて、あらためて青山くんに駆け寄った。もう彼はこちらに注意を払えていなかった。
踏み込んで、力一杯拳を握る。無防備な青山くんの顎を狙って、渾身のアッパーカット――!
『
顎を打ち上げられ、大きく仰け反った青山くんはそのままばったりと倒れた。
残心を取って構えている私の耳に、ミッドナイト先生の青山くんのKO宣告が届く。
「……か、勝てた……」
大きく息を吐いて、それから倒れている青山くんに近寄った。
思いっきり顎を下から殴ったので、もしかしたら舌を噛んでるかもしれないと心配になったのだ。
様子を見るに、お腹の調子のほうが深刻そうだったので一安心。
「葉隠さん、早く服を回収してね」
「は、はいっ!」
私と同じように青山くんの容態を確認していたミッドナイト先生がこっそりと私に囁いた。
そそくさと投げ捨てていた靴と服を拾っていく。流石にこの場では着れない。着るほうが恥ずかしい。
試合後の礼は、青山くんが担架ロボで運ばれていったので流れてしまった。
とりあえず私は先生たちに一礼して、控え室へ戻ろうと舞台を降りる。
「霞ー! おめでとうー!!」「葉隠さんー!」
A組観客席から姉の声と、C組観客席からクラスメイトの声が聞こえたので、掴んだ上着の袖を握って、見えるように手を振って返す。
まだ勝ったという実感は湧かないけれど、えへへ、と顔が崩れてしまう。見えないけど。
小走りになって控え室への出入口へ進み、心操くんからも「おめでとう」とお褒めの言葉を頂いた。
ありがとうと返して、選手控え室の更衣スペースに飛び込んだ。
幸い、次の選手の姿はなかった。
(たぶん、こっちの控え室に来るの、爆豪くんだよねぇ……)
別に噛みつかれるわけはないと思うけれど、友好的な生き物とも思えない。
遭遇したときどうなるか読めない。正直言って怖かった。
(……んー、いや、まあ……)
――会って話をしてみたい、という気持ちもなくはないのだが。怖いけど。
心操くんと連れ立って、再びC組観客席に戻ってきた。
一回戦突破おめでとう、と声を掛けられるも心操くんに比べると大人しめだ。
普通科の星と言えば心操くんで、私はヒーロー科の姉の存在が大きいのだ。
純正の普通科とは違うというか……なんだろう、外様、助っ人外国人枠、
(私が勝ち上がってもなぁ……。やっぱり心操くんに勝ちあがって欲しかった)
私ですらそう思っている。
だって心操くんの個性は強いし、心無い言葉に傷ついたこともあるけれど、それでも真っ直ぐヒーローになりたいと思っているのだ。そんな彼を早くヒーローになるための道に押し上げたい。押し上げたかった。
一方で私は姉のコンパチキャラみたいなものだ。今のところ個性こそ私の方が便利ではあるけれど、それ以外は……ヒーロー科だとあまり求められない学力ぐらい?
(そういえば、青山くんのレーザーのこと、お姉ちゃんに伝えないとな)
思い返すに、レーザー光が身体を通過するあの感覚は初めてのものだった。
個性を消費する、という表現が正しいのかわからないけれど、第六感が刺激されるというか。
かれこれずっと個性伸ばしの方法に難儀している姉にとって、新しい経験が得られる機会になるかもしれない。
『第一回戦、最後の第八試合――』
次の試合の時間になり、私情マシマシの選手紹介をするマイク先生の声が響く。
隣にいるはずの相澤先生は何も言わないのか。それともマイクに乗ってないだけなのか。
麗日さん対爆豪くん。
麗日さんの個性は『無重力』。触れたものの重さを消す個性だ。
それ自体に攻撃力はないけれど、人の体重が消えれば踏ん張れないし、どこまでも飛んでいってしまう。
高いところまで浮かせて落とせば落下で大ダメージだし、最悪死ぬ。
しかし、対爆豪くんだと分が悪い。
なにせ彼は飛べる。第一種目では谷間や地雷原を両手の『爆破』で飛び越えていっている。
個性『爆破』は掌で爆発を起こすものだけれど、彼はかなりその個性を使いこなして繊細な調整を可能にしているのだ。
そして当然だが直接的な攻撃力も高い。見た目通り、腕っぷしも強いそうだ。
(マイク先生がひいきするのも、さもありなん)
判官贔屓というやつだ。見方によっては麗日さんに失礼でもあるけれど、気持ちはわかる。
浮かせたところで決定打にはならないけれど、浮かせなければ勝負にもならないのでは、と私は思っている。
『第八試合――――START!』
開幕速攻を仕掛ける麗日さん。
身を低くした突撃を、爆豪くんは掬い上げるような爆破で跳ね返した。
地面ごと削る派手な爆破は、大きな煙幕を生んだ。
彼の爆破は、爆音、閃光、そして煙幕を生む。
その煙にまぎれての麗日さんの不意打ち――は、爆豪くんも当然警戒する。
煙の中に浮かせた上着を這わせるというフェイントで麗日さんが背後を取った。確かに仕掛けに引っかかった、にも関わらず爆豪くんは持ち前の反射神経でこれも撃退した。
――この二度の攻防で大勢は決した、ように見えた。
それから麗日さんは幾度も突撃するも、爆豪くんはそれを難なく撃退する。
繰り返される爆発。その度に吹っ飛ばされる麗日さん。
「――――まだまだぁ!!」
吠える麗日さんを、爆豪くんは油断なく対処する。
自棄を起こしているようにも見える彼女の姿が、
(――――
私には堪らなく怖かった。
あれが、ヒーロー科の姿か。
わずかな勝ち筋のために、我が身をかえりみず。
相手の攻撃を利用して、多くの瓦礫を宙に浮かべて、起死回生を狙うその策が。
私は少しだけ視線を上げる。
目に映るのは爆豪くんの個性で剥がれ、麗日さんの個性で宙に浮かぶ――
瓦礫、瓦礫、瓦礫、瓦礫――大量の瓦礫。
目を瞑りたくなる。でもなんとか我慢する。
決して見逃してはいけない。自分にとって何がヒントになるかわからないのだから。
がたがたと震えそうになる身体を両腕でかき抱いて抑えつける。
そんなはずはないのに、宙に浮かぶ瓦礫が自分に向かって降ってくるのを幻視する。
早く、早く終わって。
上空に浮かぶ瓦礫に気づかない人達は呑気な文句を爆豪くんにぶつけている。
爆豪くんは油断していない。だけれど、上空へは注意を払えていない。
ずっと麗日さんは姿勢を低く、突進していた。
それは地面に触れて瓦礫の重量を消すためでもあり、爆豪くんの視線を下に向けるためでもあった。
やっと、その時が来る。
天から瓦礫が降り注ぐ。
私は歯を食いしばって悲鳴を上げるのを耐えた。
眼下では自らに無重力をかけ、一気に近づこうとする麗日さん。
そして、右手を添えた左手を空へ向ける爆豪くんの姿が。
「あ――――」
――爆撃一閃。
凄まじい爆音と閃光が天を貫いた。
麗日さんの突撃を返す爆破で暖機運転はばっちりだったのだろう。
たっぷりと溜まったゲージを全放出した超必殺技めいた、会心の爆撃。
「あ…………」
瓦礫の流星群は消し飛んでいた。
空を見上げる。
塵とかした瓦礫がぱらぱらと舞い落ちて、爆破で生まれた煙すら爆風に流されて、
――青い空が見えた。
『――麗日、ダウン!!』
実況の声で、私の目は舞台へ引き戻された。
個性の許容限界を超えた麗日さんが地を這いながらも、まだ爆豪くんに向かおうとしていた。
もはや戦えないだろうその姿を見た爆豪くんは、それでも最後まで油断なく構えていた。
「……麗日さん、行動不能。二回戦進出、爆豪くん!」
審判の静止を経て、ようやく爆豪くんは戦闘態勢を解いた。
終わってみれば予想通りの勝敗をもって第八試合は、そして全ての一回戦は終了した。