透明少女な双子の妹が普通科からヒーロー科を目指す話(仮) 作:峰下抄
14.透明な私の不透明なお話です
事の始まりは中国軽慶市で発光する赤児が生まれたというニュースだった。
公的にはそれを第一号として、それ以降世界各地で『超常』は発見されていき、いつしか世界総人口の約8割以上がその『超常』を備え、その呼ばれ方は『個性』と変わっていた。
今やありふれた特異体質は遺伝的要素も含み、かつては狙った個性の子を生むために個性婚なんて社会問題も起きたりしたという。
そういう意味ではないけれど、私、葉隠霞の両親は個性婚と言ってもいい結婚であろう。
透明人間の夫婦。透明であるが故の苦楽を共有できる互いの理解者。
個性が結んだ縁という意味で、両親は個性婚だった。
透明人間は一般的な普通の病院では対応が難しい。
簡単な風邪や発熱ならともかく、見えないけれどそこに在る、なんて身体を診察・診断できる人はいないので、対応できる機器設備や個性を持つ医師が必要だった。
母の出産には個性研究を兼ねて大病院でちょっとしたプロジェクトが組まれることになり、その中で母のお腹には姉と私の双子が宿っていることが分かった。
医療チームはただでさえ難しい問題を抱える透明人間の出産が、さらに双子ということで難度があがったと緊張が走ったそうだ。
結果を言えば、病院及び医療チームは諸処の問題に備え切って、無事に私たち双子は誕生した。
透明な姉と――――
――――不透明な私。
出産ビデオでは透明な母から私だけが現れる映像が収められていた。
正確には姉も産まれていたけれど、その身体は透明で、医師の動きだけしか見えなかった。
取り上げた医師は、私をひとまず母に渡し、透明な姉を慎重に取り扱っていた。
見えるということは――普通だ。
普通に取り扱うことができる。
両親は私の不透明な姿を見てほっとしていたようにも思える。
この子は透明な不都合を味わわなくてもいいのかもしれない。
一方で、姉が透明な姿を見てやっぱり透明な子が生まれた、と感じていたのかもしれない。
子を育てるということは何時の時代でも簡単ではない。
それが双子となれば手間は二倍どころではなく、さらにその赤子の片方が見えないのであれば、その難しさは普通の比ではなかった。
必然、育児には両親以外の手を借りていて、そういった時に任されていたのは私の世話だった。
両親を育てた経験のある両祖父母はともかく、透明な子の世話をするリスクを考えると、それを家族以外に任せるわけにはいかない。
その理屈はとても理解できる。ひとの子に何かあっては大ごとだ。
まあそれでも、両親と姉から一時的にでも引き離される私は、寂しい思いをしていたのではないだろうか。
赤ん坊だった当時の私の心境なんて、流石にわからないけれど。
子どもは生まれてから1年半ほどで鏡の概念を理解する。つまり鏡に映る自分の姿を自分と認識できるようになるらしい。
そして私はきっとこう感じたのだろう。
なんで、私は、家族と違うのだろう。
髪の毛がある。顔がある。手がある。足がある。
なんで。なんで。なんで。
私だけ、なんで違うの。
私が透明じゃないから、他の人にお世話されるの?
私は、みんなと一緒じゃないの?
その時の私は、両親の愛を一身に受ける姉を子どもながらに嫉妬していたのだと思う。
実際には両親はちゃんと私と姉、両方を分け隔てなく愛していたし、新生児の頃はともかく、できるだけ差をつけないようにしていた。
それでも透明な三人が一緒に居るのを見ると、疎外感のようなものを感じてしまったのだろう。
「きっと、霞も個性が出てきたら、透明になれるよ」
誰から言われたのか、はっきりとは覚えていない。
あまりにもぐずる私の機嫌を取るために、ぽろっと出てきた台詞だったのかもしれない。
当時二歳を迎えたばかりの私に、効果は
「ほんと!?」
個性は遅くとも四歳までに発現すると言われていた。
個性が現れるために特別な条件でもなければ、あるいは人口の2割弱側である無個性でなければ。
個性は遺伝する。発現しないこともあるけれど、因子は受け継がれていく。
両親が透明の個性であれば、当然その子も透明の個性である因子を持つ。
現に双子の姉は生まれた時から透明だった。
「はやく個性さんでてきてくれないかな」
毎日、口癖のように私は言っていた、らしい。
それを聞いて、両親は複雑な気持ちになっていたそうだ。
もし出てきた個性が透明じゃなければ、という不安。
もし透明の個性が出てくればこの子も透明の不都合を被るのか、という懸念。
両親は透明人間であることと折り合いをつけていたけれど、それはあくまで折り合いだ。プラスマイナスでいえばマイナスが多い、という実感は真理だろう。
だからこそ両親は互いを理解者であると結婚したのだし。いや、そんな打算だけの結婚というわけでもないけれど。
「みえなくなーれ。とうめいになぁれ」
保育施設で早くも個性が出ている子を羨ましがっては、祈るように「透明になりたい」と言っていた私。
はたして、現れた私の個性は『透明化』であった。
「あっ!」
ある日のこと。手が薄っすらと、透けていく。
今までにない感覚に、驚きつつも、喜びで胸がいっぱいになりながら、思うがままに気持ちを込めていく。
生まれて初めて「鏡を見たい」と思った瞬間だった。
お遊戯室の大きな鏡の前まで駆けていき、自分の姿を見る。
そこには半透明になっている私の姿が映っていた。
「もうちょっと……――えい!」
気持ちを入れる。
個性の扱いは本能が教えてくれた。
「できたぁ!」
鏡に映るのは
服が浮かぶ、透明人間の姿。
「おねえちゃんー! おねえちゃーん!!」
姉を探して走り出す。
ほどなく園庭で遊んでいた姉を見つけて、飛びついた。
わっ、と驚く姉に、見えない満面の笑みで「私だよ!」と言った。
周りからは「とおるちゃんが二人になった!」と騒がれ、見守りの大人は「霞ちゃんに個性が出た」と両親へ連絡を入れていた。
私はともかく嬉しくて、姉の手を掴んでぐるぐると回し回されしていた。
――けれど、そんな心が喜び一色の時間は長くは続かなかった。
「――あれ……?」
退園の時間、親のお迎えを姉と二人で待っていると、透明が解除されていた。
私は慌ててもう一度、透明になれと念じた。
かすかに薄れるも、すぐに元に戻り、透明になることはなかった。
「なんで!?」
半狂乱になりながら、透明にならない自分に焦り、無理やり自分の中にある何かを絞り出すように念じた。
「あぐっ……――」
――目の前が、真っ暗になった。
私は地面に倒れていて、迎えに来た母が慌てて駆け寄ってきていた。
姉はびっくりして固まってしまっていたそうだ。
そのまま、私は例の大病院へ搬送され、個性検査と合わせて診療を受けた。
身体に大事はなく、一時的な貧血のような状態だ。
そして、個性の説明を受けた。
発動型の個性ですね。
両親やお姉さんは、どちらかといえば異形型というか常態として透明、つまり『透明である』個性なわけですが、霞さんは『透明になる』個性ということです。
発動型の個性は反動があったり、何らかのコストやエネルギーを消費するのが常でして、それを使い切ると個性が解けてしまうわけです。
霞さんは個性が出てから、ずっと透明になり続けていたのでしょう?
まだ正確なところはわかりませんが、体力や栄養と言った体内にあるものを消費した結果、体調を崩してしまったと考えられます。
一般的にも幼いうちの個性の使用は発育への影響でよくありませんから、控えるようおすすめ致します。
私には嫌いな絵本があった。
卵から孵った雛が一羽だけ他の雛と違う、有名なお話。
お話では家族からいじめられていた雛は、成長して成鳥になると家族とは違う種だと知り、飛び去って行ってしまう。
もし、家族からいじめられていなければ、みにくい雛は家族から離れなかったのだろうか。
それとも、やはり違う種なのだから、いずれは別れることになったのだろうか。
せっかく出てきた個性を使うな、と言われた私は、もう盛大に拒否した。
大泣きして両親を困りに困らせた。
やっと、みんなと一緒になれたのに。
「――かぞくになれたのに!」
我が事ばかりで大泣きする私は、そう口走った時の家族の様子に気づかなかった。
いや、仮に見ていたとしても当時の私では透明な姿の家族の感情を窺い知ることはできなかっただろう。
ただ私を抱きしめて、
「透明だから家族なんじゃない。私たちはちゃんと一緒だよ」
母も父もそう言って、私が泣き疲れて眠るまであやし続けていた。
今では泣きたくなるほど恥ずかしく、悔いてしまう話だ。
しかし結局のところ、幼い私は個性を使って透明であり続けようとした。
発動型の個性としては長持ちするほうだったけれど、個性の発現当初は2時間ほどが限界で透明が解除された。そうなると人目のつかないところで休憩をして、また透明になれるまで待ったりしていた。
個性を使うとやはり医者の言う通りエネルギーを消費しているのか疲れやすくなり、また運動したりすると持続時間も減ってしまうために、読書といった室内遊びに傾倒するようになった。
両親は止めようとしたけれど、私は頑なだった。
それでも両親は粘り強く私を説得して、休憩を入れずに無理に個性を使うのは止めさせた。
外で個性を使うこと、外出時に透明になることは私が折れなかったので、帰宅したら透明を解除してちゃんと休むようにさせた。
当然、社会法規には背いている。
公の場での個性使用は違法行為だ。
私の個性が自分にだけ影響を与えるもので他人に直接迷惑をかけるものではないこと、他の家族が常時透明の個性であること、そして「まだ個性が不安定で、透明が解けたりする」と対外的にはそう説明することで誤魔化していた。
ともあれ、可能な限り透明であろうとする私を、家族は認めてくれたのだ。
そんな家族の優しさに甘えに甘えて私は、日々、透明でいる時間を伸ばしていった。
小学校に上がるころには、休憩を挟みつつも、家を出てから帰宅するまで透明を維持できるようになっていた。
……私自身としてはただ必死だったというのもあるけれど、私は家族に甘えさせてもらっていたし、その優しさに気づいてすら居なかった。
小学校に上がり、私は自分の透明であることが自然になって、ようやく生活に余裕を持てるようになった、と思う。
だから、自分の在り方の歪さにも気づいた。
学校で行われた一斉個性カウンセリングを内心ビクビクしながらやり過ごして、自分が
それでも私は透明であろうとすることを止められなかったし、生まれた罪悪感とどう向き合えばいいのかわからなかった。
――『個性』同一性障害。
両親に相談し、あらためて例の病院で個性カウンセリングを受けて、敢えて病名をつけるなら、と医者からはそう告げられた。
自己の個性認識の不一致、自分の個性はこうじゃないという認識の下で、社会生活に長期的・継続的な問題を抱えている疾患を言う便宜上の病名だった。
ただ私の場合、一般的な自己個性嫌悪症などに見られる自傷行為等の直接的な問題を抱えているわけではなく、『違法行為をしている』ことが社会生活に対する問題なわけで、敢えてと医者が言ったのはそういうことだった。
一応、一緒に行った健康診断で過剰な個性使用による発育不良が顕在化しかけていたのは問題ではあったけれど、まだ成長期の前でリスクが発覚したのは幸いだったのかもしれない。
誰かに迷惑をかけているわけでもなく、そう目くじらを立てるようなことではない、と医者は言った。
世の中にはもっと悲惨な状況に陥る個性の人もいて、私ぐらいの人は何か事情でもないと病気と診断はしない、と。
要するに、今『治療』という手段を取ると逆に精神衛生に悪影響があるという判断だった。
私本人が罪悪感を覚えていることは正しいし、かといって透明であり続けることを止めることは心の負担になってしまうのなら、現状をひとまず肯定したほうが良い、と。
問題の先延ばしではあるが、まだ私は物心がようやくついたばかりで、これからの心身の発達に期待して、様子を見守りたいとのことだった。
今思えば、個性の研究者として貴重な双子での類似個性のデータを確保したいとか、下手に個性使用を咎めて闇に潜られる方が危険だとか、そういう思惑もあったのだろう。
もしもの時は診断書を出して、病気だから仕方がなかった、ということにする。
元々、健康診断や個性検査は定期的に受けてきていたので、治療中だった、ということにする、と。
あとは、個性の過剰使用による栄養不足を補うサプリを処方されて、診察は終了した。
何も変わっていないけれど、そのままでいい、と言われると確かに気が楽になった。
ズルをしているという気持ちはあるけれど、ゆっくりこれから心の折り合いをつけていこうね、と両親から言われて心底ほっとしたのを覚えている。
表面上、穏やかに日々は過ぎていった。
私が透明でいられる時間は順調に伸びて行って、小学校高学年に上がるころには半日は透明を維持できるようになった。
朝起きて登校して、小学校から帰宅してもまだ使用時間に余裕ができたので、家の中でも透明でいることが増えた。無理はしていないとして、家の中での透明解除ルールも緩和してもらった。
とはいえすっかりインドア趣味になっていた私は、漫画や小説の読書やゲームなんかをして過ごしていたので、透明であろうとなかろうとほとんど関係なかったのだけれど。
そんなある日、いつも通り透明なまま家で古い漫画のリバイバルWEB連載なんかを読んだりしていた時、どたばたとした足音を響かせながら誰かが帰ってきてその勢いのまま私の部屋をノックしてきた。
この騒がしさは姉で間違いなかった。
「お姉ちゃん? どうしたの?」
姉が賑やかなのはいつものことではあるけれど、その日のそれは、いつもと毛色が違っていた。
現に、私の部屋のドアを開けた姉は何か逡巡しているように口をつぐんでいた。
少しの時間訪れた静寂が、家の前から人の声がすることに気づかせてくれた。
誰か来てるの? と問うとようやく姉が口を開いて、クラスメイトが、と教えてくれた。
家まで人が来ることはなくはないけれど珍しい。家で私が安心して透明を解除できるようにあまり呼ばないように配慮していたのだ。
しかし、なぜ、何に姉は迷っているのだろう、と思っていると、
「……お願い。この服を着て、姿を見せて」
――――
涙を堪えるような、震えた声で。いや、姉はもう泣いていたのかもしれない。
私はその声を聞いて、透明を解除して、一も二もなく服を受け取った。
姉が持っていたのは、少し前に家族みんなで買い物に行って、買ってもらっていたお洒落着だった。
姉の部屋に行って鏡を見ながら、身嗜みを整える。私の部屋に鏡はない。
少しだけ化粧もした。姉が私の目元にパフをあてて血色をよくしていた。
サイズが少し合わないけれど、誤魔化せないほどでもなかった。
準備ができた私は、つとめて表情を作って、姉のクラスメイトの前に姿を現した。
私は驚きの歓声を浴びた。かわいいかわいい、と言われ、ありがとう! と返すも、その実ピンとは来ていなかった。
ひとしきり、ファッションショーめいた立ち振る舞いをしていると、姉のクラスメイトたちは帰っていった。
家の中へ戻った私は、服を脱いで、姉に返した。
姉も私も、わずかな時間で心が疲弊しきっていた。
「ごめん……! 霞、本当にごめん!」
姉が経緯を説明してくれた。
簡単に言えば、透明人間にお洒落なんて意味があるのか、という意味の言葉を言われて許せなかった、ということだった。
実際にはもっと心にグサグサくる言われ方だったのだろう、あの姉が本当に悔しくなって我慢できなかったのだから。
子どもらしい無邪気な言葉だったのかもしれないし、だからこそ残酷だったのかもしれない。そしてまだ姉も子どもだったのだから。
「大丈夫。大丈夫だよ、お姉ちゃん」
お姉ちゃんの役に立ててよかった、という気持ちは確かにあった。
ぞわぞわとした気持ち悪さを抱えながらも、姉を恨むつもりはなかった。
むしろ、今まで透明であることの辛さを無邪気に踏み倒していた自分に気づいて、そのことが辛かった。
私はずるい。
どっちつかずのコウモリだったのだ。
どちらともなく二人で抱き合ってわんわん泣いていたら、帰宅した母が見つけて驚いていた。
父の帰宅を待って、それぞれ分かれて話をした。
喧嘩をしたわけでもないけれど、やはり姉が悪い、ということになってしまった。
それは姉も納得ずくのことで、あらためて両親の前で謝罪をし、私も受け入れた。
両親としてはこの件で、私の『病気』が悪化しないか、という心配もあったのだと思う。
実際、この後しばらく気持ちは落ち込んでいたので、影響がなかったとは言えなかった。
しかし、この件で最も気持ちの持ちようが変わったのは姉だった。
――自分が、
この時はまだ明言こそされなかったけれど、ヒーローを目指す、と決めたのはこの頃からだったそうだから。
葉隠透が生まれながらの透明人間であること等、独自設定多数です。