透明少女な双子の妹が普通科からヒーロー科を目指す話(仮)   作:峰下抄

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15.ヒーロー志望の私たちです

 

「私、ヒーローになりたい」

 

 姉の宣言を聞いたのは中学校に上がって、すぐのことだった。

 姉妹揃って毛糸中学校に入り、双子の常としてクラスは別になったので、帰宅後に顔を合わせて委員とか部活とかどうする? という話題になったところでの姉の台詞である。

 それに対する、私の返しはこうだった。

 

「そっか。なら、頑張らないとだね」

 

 驚きはなかった。なんとなくそんな気配は感じていたのだ。

 ヒーロー雑誌を購読したり、ヒーロー絡みのテレビ番組をよく観ていたり、世間の流行や私たちの年頃だとさほど珍しくはないけれど、それでも感じるものはあった。

 一方の私は、あまり将来のことを考えていなかった。

 未来のことと言っても、私の場合、自分の個性との付き合い方を考えることが第一に来てしまって、まずこれを解決ないし折り合いをつけないと、真っ当に社会に出ていける気がしていなかった。

 

「うーん……」

 

 ひとまず自分のことは棚上げしておいて、姉のヒーロー志望について考えた。

 毛糸中学校はどちらかといえばありふれた公立校だ。一応、女子二人が通いやすい程度の治安の良さとかは考慮しての入学先なわけだけど、卒業後の進路については特にこれといった特色はなかったように思う。

 なので、ヒーロー志望というのも別におかしくはない。ヒーロー科のある高校というのは今のご時世それなりに選択肢がある。

 しかし、ヒーロー科のある高校(もしくは大学でもいいが)に進学したとしても、ちゃんとヒーローになれるか、というとまた別問題だ。

 ヒーロー資格は国家資格で、その試験は難関なのだ。

 ヒーロー科を掲げていても実績が伴わない学校は少なくない。天才的な才能を持つ人がそういう無名校出身で、シンデレラストーリーめいた紹介をされることもあるが、並の人では高い壁にただ跳ね返されて学生時代を終えることになる。

 だからこそ有名な高校のヒーロー科に人気が集中し、競争が苛烈化する。

 

 東の雄英、西の士傑。

 日本を代表するヒーロー科の二大校。

 

 私たちが目指すとするならば、東――静岡県に在る国立雄英高等学校になるだろう。

 雄英高校ヒーロー科には、推薦枠含む定員わずか40名に、倍率300倍もの受験生が殺到する。

 記念受験なる文化もあるが、その結果、学科試験の合格水準の偏差値は80近くなり、実技試験でもふるいに掛けられるという。

 噂では学科試験は足切りに過ぎず、ヒーロー科の合否は実技試験でほぼ決まる、なんてことも囁かれているが、真偽のほどは定かではない。仮に本当だとしても足切りラインは相応に高そうではある。

 

「……目指すは、雄英?」

「うん」

 

 力強く頷く姉。決意は固そうだ。

 まあ、それはそうだろう。

 中学生がヒーローになりたいなら雄英を目指すのはむしろ当然だ。

 

「霞も、どう?」

「……うん。私も、頑張るよ」

 

 向けられた言葉に、ほんの少しだけ考えて、答えた。

 姉離れを考えることも増えてきたけれど、やはり姉と共にあるという魅力には耐えがたかった。

 それに、

 

(――ヒーローになれば、個性を使っても、合法だ)

 

 ああ、私はまたズルいことを考えている。

 

 

 

 

 その後、夕食の場でヒーロー志望の話を両親にして肯定はされたけれど、やはり心配そうでもあった。

 まだ実際にヒーローになるわけでもなく進路希望の話だから、そこまで深刻にはならなかったのかもしれない。

 ちなみに夕食後、姉は「じゃあさっそく!」と私を連れて「体力づくり!」とランニングしに行った。

 こういう姉の気持ち即行動なところは凄い。尊敬している。好きなとこでもある。

 でも無鉄砲に全力ダッシュしてバテバテになるのはちょっとテンション上がり過ぎだと思う。かわいい。

 私も運動不足で身長が伸びないなんてことにならないようにちょいちょい体力づくり自体はしていたので、見失わない程度に追いかけていた。いや、でも速いな、姉。素の運動能力は私の方が結構頑張らないとだ……。

 しばらくして追いつくと、今度はペースを揃えて並走し始めた。

 

「体力づくりも大事だけど、勉強も頑張らないと」

「そっちは霞に引っ張ってもらう」

「なるほど?」

 

 とりあえず学校でトップを取るぐらいのつもりでやらないといけないだろう。

 早め早めに予習していって学習内容に余裕を持って、授業中の時間を休憩に思える程度になれれば理想か。

 部活動は無しかな。うちの中学が部活強制参加じゃなくてよかった。

 元々個性社会になってからは画一的なスポーツ競技は廃れていく一方だ。

 個性使用を規制した上でルールを定めた競技もあるけれど何かと不自由が多いし、ヒーローを目指すならば個性は使いこなす方向であるべき。

 しかし私はともかく、姉の個性ってどうやったら使いこなすことになるんだろう。隠密行動……忍者的な……?

 色々調べることあるなぁ、と心にメモをしたためていく。

 

 適当な時間を走って家まで戻ってきた。

 途中で私が使っているランニングコースに合流したので、それとなく誘導して帰宅ルートに乗っけたのだ。

 もっと負荷をかけるようなコースも探さないとだなぁ、と思いながら家の門扉をくぐる。と、「あっ」と姉が思いついたように、庭の方を見た。

 

「要るよね、戦闘力」

 

 シュッシュッ、とシャドーボクシングをする姉。

 けれどNGを示す私。やりたいことはわかるけど、今日はダメだ。

 素人同士が殴り合いするのは流石に危ない。せめて防具を用意しないと。透明人間の怪我は怖いのだ。

 必要なものも出てくるよなぁ、と心のメモに追加していく。

 

 戦闘力、戦う力。

 私たち姉妹の個性(透明)は、ダイレクトに戦いに使えるものではない。

 この時の私はまだ自分自身しか透明にすることはできなかったし、姉は言わずもがなだ。

 もちろん戦い以外にもヒーローとしての仕事はあるし、ヒーロー活動には間違いなく活用できる個性だとは思う。

 それでもヒーローたるものヴィランを相手取って対処できなくてはならない。

 

「少しずつね。まだ何も計画立ててないから」

「はーい」

 

 ヒーロー志望宣言の初日はそんな感じで終わった。

 それから翌日から早朝ランニングを日課に加えて、トレーニング計画を立てたり、トレーニング用具を買い揃えたりしつつ、日々の授業もしっかり受けていく。

 委員活動は私は友人もいる図書委員を選択したが、姉は風紀委員を選択していた。「風紀委員とかヒーローっぽくない?」とのことで、あながち間違ってはいない気もした。

 朝夕の体力づくりと、しっかり学校の勉強をこなしていくことを一年生時の目標とし、休養日も設けつつ、余裕ができてきたら色々手を出そう、ということになった。

 

 日々の授業は予習を欠かさず、極力先回りして中学の学習範囲を早く修めてしまいたい。授業内容を履修済みにしてしまえば授業時間は復習時間かつ休憩時間になる。

 部活動は時間が縛られてしまうので、やはり二人とも入らなかった。

 ……のだけれど、姉が風紀委員の生徒を集めて十人ぐらいのヒーロー志望同好会めいた集まりを作って、放課後訓練をするようなことになっていた。まさか風紀委員になる生徒のほとんどが「ヒーローっぽいと思って」風紀委員になったとは私には予想できませんでしたよ。

 おかしいなぁ、風紀委員ってせいぜい服装とか遅刻のチェックとかするぐらいの委員なんじゃないっけ……。漫画じゃあるまいし、なんで自警団めいた集団になりつつあるんだ……。

 まあ放課後に学校の一角で集団訓練できる名目が立ってしまったので、別にいいんだけど……。

 それにヒーロー志望と言っても本気で雄英を目指すなんて目標を持っているのは姉と私ぐらいであった。

 

 

 

 二年生に上がる頃には、姉が創設した(と言ってもいいだろう)同好会は校内での知名度を確かなものにして、「ヒーロー志望たるもの奉仕活動をすべし」と地域のボランティア活動にまで手を伸ばしたので、その名を徐々に学外へ広めていっていた。

 一年間の内に、学校の勉強は二年生の半分手前程度の範囲まで修めることができた。

 防具もすぐに揃えて、夜は姉と私で家の庭で組手をするようになり、最初は素人同士だったけれど、姉が街のボクシングジムや空手道場で基礎を修めてくるとそれを私に教えてくれた。

 私は私で武器を扱う武術を覚えたいと思って、趣味で古武術を修めたというお爺さんの剣道教室に通っていた。

 私が剣道を選んだ理由としては、剣道は防具の装着が前提なので透明であることの弊害が出づらいから。

 実際、姉はボクシングでも空手でも基礎練習以上は責任が持てないと断られていた。透明で細かな挙動が見えないと指導は難しい。

 一方で私の剣道場通いは中学在籍中はずっと続くことになった。私がヒーロー志望で、そのために戦う(すべ)を覚えたいという話を聞いてからは、先生は剣道のみならず古武術のレパートリーから、より実戦的な色々を教えてくれるようになった。思わぬ収穫を得られて、とてもありがたかった。

 

 それと二年生に上がると、姉の活動の知名度から風紀委員ポスターの顔役になっていた。

 透明なのに顔役とはこれいかに、と最初は思ったのだが、

 

 ――【HAGAKURE IS WATCHING YOU(葉隠が見ているぞ)!】

 

 というオマージュ? パロディ? な紙面を見て私は苦笑いをしてしまった。

 姉はOKを出したらしい。姉がいいならいいけれど。

 

(これ、お姉ちゃんが昔言われて嫌だったって言葉だったんだけどなぁ。強いなぁ)

 

 透明人間だから盗み聞きとか得意でしょ、と揶揄されたことがあったのだ。

 まあ、このポスターを作ったのが写真部兼新聞部かつ広報委員の友人で、悪意があってのものじゃないとわかっているのも大きかった。

 新入生はこのポスターを見て何のことかわからなかっただろうけれど、校内のあちこちを動き回る姉の姿(といちおう私の姿)を見て、すぐに私たち葉隠姉妹のことを認知していっていた。

 さらに新聞部の子は、

 

「来年は【透明双子(インビジブルツインズ)の葉隠姉妹(シスターズ)】とかどう?」

 

 なんて言ってきた。どう、とは。

 姉はノリノリだった。……姉がいいなら、よいですよ。

 でも私、所属自体は風紀委員じゃないのだが。

 

 

 

 三年生に上がる頃、私はついに触っている物を透明にすることに成功していた。

 それまで姉の振りをするときは眼鏡やリボンを外していたけれど、これでしれっと姉の振りをして風紀委員の振りができるようになった。

 親しい友人は私たち葉隠姉妹の両方が風紀委員(正確にはヒーロー志望同好会ではある)として活動していることを知っていたので、たまに確認されたりしていた。

 

 姉の個性の方は、正直言って芳しくなかった。

 使うという感覚がわからないと言って、取っ掛かりになりそうなものがなかったのだ。こればかりは私からアドバイスできるものはなく、多少調べたところでヒントがあるわけでもなかった。

 姉なりに瞑想したり、念じたりと頑張ってはみるものの、徒労になりそうな時間を使うぐらいなら筋トレや勉強をした方がマシということで問題を先送りにせざるをえなかった。

 

「霞は個性の訓練って何かやってるの?」

「授業中に筆記具で遊んでる」

 

 個性自体は常に全身を透明にしているので使ってない時間のほうが短くなっている。寝てても透明を維持できるようになったのはこの頃で、とても疲れてから熟睡すると解けていたらしい。

 そして持ち物の透明化ができるようになると、授業中が訓練時間になった。

 最初は筆記具を適当に透明にしたり戻したりしていたけれど、段々透明にする範囲を精密にしたり、あるいは手を離しても透明をキープできないかと訓練の幅を増やしたりした。

 個人的に面白いかもと思ったのはシャープペンの芯やペンのインクを透明にして、時間差で文字が浮き出てくる使い方。書いてる最中は透明を維持できるけれど、書き終えた文字からどんどん浮き出てきてしまうので、離れた物の透明維持の練習にはちょうどよかった。

 できてないことと言うと、自分以外の生き物を透明にすることはできていなかった。

 できそうではあるのだけれど、いざやろうとすると自分の透明が解けそうになるほど、個性使用の許容量を持っていくので、実質不可能だった。

 生き物も所詮は有機物なのに何が違うんだろう、と私がこぼすと「えぇ……」と姉に引かれた。

 

 

 夜のランニングから帰宅すると、姉と私は庭で組手をする。

 当初はミット打ちのパンチキックの練習から始まり、今では防具を付けた上での殴り合いだ。フィストガードやヘッドギア、肘・膝のプロテクターとほぼフル装備である。

 そして最後に透明の強みを意識する練習として、どちらかが完全ステルス状態で攻撃をしてそれをしのぐ、ということをやっていた。

 これは同好会の生徒相手と組手をやったときに実感したのだけれど、透明であると目線や表情、気配が読みづらいという強みがあった。姉と私が二人でやっていると、そういうものだと思っていたのだが、普通に見える相手とやると視覚から得られる情報はかなりあったのだ。

 二人だとこの経験値を得られないなぁ、と考えたところで逆に目隠しみたいな状況の経験値を稼ごう、となったのだった。

 この透明組手、当初は攻守を決めていたけれど、私が物の透明化ができるようになったので、私だけ防具を付けた上で両者完全ステルスの、端から見ると絶対に何が起きてるかわからない状態の殴り合い、なんてことをやりはじめた。

 

 ……しかしまあ、この三年間、言うほどの経験値は得られてなかっただろう。

 あくまで指導者のいない、あるいは私がコーチ役の自主トレーニング。ぎりぎりまで追い込むような訓練はしてこなかった。

 体育祭や文化祭といった学校行事を優先することもあったし、交友関係の遊びで休みを入れることもそれなりにあった。

 もっと、がむしゃらにやることもできたはずだった。

 

 怪我が怖かった。正確には、本当に透明な姉が怪我をするのが怖かった。

 生来のアクティブさから生傷は絶えない姉ではあったが、それでも大きな怪我だけは避けるように両親からは固くしつけられている。

 成果がないわけではない。基礎体力はついたし、一度もできなかった懸垂もちゃんとできるようになって、ロープの昇降訓練のような自重トレーニングの類はだいたいこなせるようになった。

 勉強の方も全国模試で充分合格ラインに乗れるようになっていたし、内申点についても申し分ないはずだった。

 それでも、雄英という狭き門を通るには心もとないと、当時の私は思っていた。

 

「いやぁ、霞がいてくれないとこんなに頑張れなかったよ? 私一人だと、もっと適当にやってたと思う」

 

 姉はそう言って励ましてくれた。

 私は「そうかなぁ……」と自信が持てなかったけれど。

 

「ほんとほんと。見てくれる、一緒に頑張ってくれる、って凄く励みになるから。霞だってそうでしょ?」

「それはそう、かな」

「それに中学生活を全部投げ捨てるなんてやっぱり私にはできなかったから。そこは私のせいだよ。気にしない!」

 

 私からすれば、姉は訓練と学校のどっちにも全力を注いだように見えていたし、そのおこぼれにあずかっているのが私なのだけれど……。

 でも、そこまで卑屈になることはないか! と思い直した。

 私が思考を切り替えたことに気づくと、姉はにっこりと笑ってくれた。

 

「雄英受験、頑張ろうー!」

「おー!」

 

 姉の明るさはいつだって私を救ってくれるのだ。

 

 こんな姉と私の二人三脚は、雄英入試まで続いたのだった。

 

 




 今作中の葉隠透は原作より、ほんのちょっとだけ強い。
 具体的に言うとアニメでは体育祭前の自主トレシーンで鉄棒にぶら下がっていたけど、今作中の葉隠さんはちゃんと懸垂とかできるレベル。
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