透明少女な双子の妹が普通科からヒーロー科を目指す話(仮) 作:峰下抄
雄英高校入学初日、普通科一年C組は放課後を迎えていた。
初日ということもあり授業時間は昼までで、普通科カリキュラムのガイダンスと学級委員長の仮決めをして終わった。
普通科の学級委員長はほぼ雑用係ではあるが何人かの立候補を経て、仮の委員長と副委員長を決めていた。授業が始まって仕事に対応できるかどうかを見て、本決めか再選出をするということになった。
順調に授業時間をこなした担任教師ミッドナイトは、それじゃあまた明日、と教室を去っていき、生徒たちは入学初日の緊張から解放された。
さっそく下校しようとする者、雄英生徒になっての初日を堪能しようとする者、思い思いの行動を取ろうと各自動き出していた。
「――心操くん!」
「何?」
心操人使もまた放課後を迎えての行動をしようとしていたところだったが、隣席の透明人間から話しかけられて、その動きを止めた。
「出しに行くよね!」
「……ああ」
一瞬、何のことかと思った心操だったが、透明人間の彼女が持っている
特別編入カリキュラムの申し込み用紙だ。彼女の名前、葉隠霞の名前がはっきりと書かれているのが見えた。
そして心操は、同じく署名済みの同じ書類を取り出して、席を立った。
彼女からにこーっとした笑顔を向けてられている、気がした。
連れ立って職員室に入り、ついさっきぶりの
声に気づいたミッドナイトは二人の姿を見て納得した様子で自身のデスクに迎え入れた。
「よろしくおねがいします!」
「よろしくおねがいします」
書類を受け取ったミッドナイトはさっと目を通して、署名、同意事項のチェックに不備がないかを確認した。
「確かに受け取りました。あなたたちが一番早かったわ。……そしたら、そうねぇ」
書類をファイルに仕舞うとミッドナイトは少し考えて、手元のパソコンを操作する。
そして近くのプリンターから出力された紙を取ると、中身を見てから二人に渡した。
「申請期限が今週の金曜までで、それまでは特別編入カリキュラムに動きがないのよ。でも、それじゃあ時間がもったいないってあなたたちなら考えるわよね。これは自習室とトレーニングルームの利用と、訓練用備品の貸出についての案内書き。放課後になら案内に従って利用するのを許可します」
「「ありがとうございます!」」
「トレーニングルームはヒーロー科の生徒、今日なら上級生が居るかもしれないから、何か言われたらこの紙を見せて説明してね。私の名前を出してもいいから」
「はい」「わかりました」
頭を下げて礼をした二人は職員室を後にする。
葉隠は心操に「いってみよ!」と小声で声を掛けていた。
広大な敷地と設備を持つ雄英高校、その校舎もまた巨大だ。
案内に従って移動した二人はまずはトレーニングルームを見学した。
授業時間中ということもあり利用者は居なかったが、ちらりと見えた重量設定の幅に慄いたりした。
続いて校舎を移動し、複数ある自習室のうち指定された一つを見つけて入ると、その大きさに感動していた。
「おおー。自習室っていうより、普通に
素直に感想を声に出した葉隠は「うおー!」とテンションを上げると、下履きを脱いで走りだした、と思うと側転からのロンダートを決めていた。
「広い!」
「そうだな」
「シューズじゃないと滑る! 危なかった!」
「そりゃそうだろ」
葉隠はそのままウロウロと物色を始めて、収納されている机とパイプ椅子、清掃用具のモップを発見したり、壁を動かすとダンススタジオのような鏡が出てくるのを確認した。
「んー……」
ひととおりやることを終えた葉隠は何か悩むような声を出してから、心操に話しかけた。
「心操くん、軽く、組手する?」
「え?」
「ガチじゃなくて、寸止めぐらいの。それならわざわざ着替えなくてもいいかなって」
「いや、理由が知りたい」
「ああ。心操くんがどれぐらい動ける人なのか、早めに知りたいなーって」
いやほら、と葉隠は少しだけ言いよどんでから、言う。
「私も心操くんも、入試落ちてるからさ」
どれぐらいなのかなって。
そして、葉隠は眼鏡と靴下を外し、心操も裸足になってから、二人は軽く手合わせをした。
「――んんー、なるほど」
「……葉隠、ほんとに入試落ちたのか?」
「落ちたよ。……その、色々あってね」
最初は、相手が女子という意識もあっての油断から、その次からは純粋に技量によって、心操は葉隠に圧倒されていた。
寸止めではあるが、顎や鳩尾の急所へのヒット。掴み、捌きからの投げ倒し。
徐々に組手はヒートアップしていったが、その全てで心操は負けていた。
「私相手で本気で殴れないのは差し引いても……。心操くん、もしかしてだけど、対人訓練の経験、無い?」
「…………ああ」
「だよねー。さらにもしかしてだけど、訓練も全部一人でやってきた感じ?」
体感で得た情報から推測した葉隠が問うと、心操は少し驚いていた。
「わかるのか?」
「鍛え方に迷いがあるというか……。型のようなものが見えなかったから。――ちょっと失礼」
葉隠がぺたぺたと心操の身体に触れる。
「……うーん……」
「なんだよ」
「細いなぁって」
「…………」
しばらく触って確認していた葉隠はやがて、失礼しました、と心操の身体を解放した。
「心操くん」
「なに」
「心操くんは本気でヒーロー科目指してますよね?」
「ああ」
「体育祭で活躍、しなきゃだよね?」
「ああ」
「身体づくり、頑張ろうね」
「……わかってる」
「や、私も偉そうでごめんね。そろそろ帰ろうか、だいぶお腹すいてきちゃった」
組手で乱れた服装を整えて、自習室に軽くモップ掛けをする。
――と、ふと思い出したように心操が言った。
「そうか。葉隠って、毛糸中の
「――――ぶほぉっ」
完全なる言葉の不意打ちに葉隠が盛大に噴出した。
「えっ、ちょっと待って!? 心操くん、どこ出身!? 毛糸中の近く!?」
「いや、埼玉だけど。よそのことに詳しいやつからほんとにちらっとだけ聞いたことあった」
「他県っ! 嘘だろ、マイナーメジャー止まりと思いきや、県境越えてんの!?」
「なんかその筋だと有名らしいぞ。中学
「どの筋だよぉー!?」
地面に転がらんばかりに身もだえをする葉隠に、心操は得心が行ったとばかりに頷いていた。
「毛糸中の女番長、って聞いたっけ。そりゃ強いわけだ」
「体制側なんだよなー! 風紀委員だから! あと多分姉の方!」
「……姉のほうが強い?」
「最低でも私の2割増しぐらいは」
「…………」
つまりこの葉隠に勝てなければ、ヒーロー科には敵わない、ということだ。
「心操くんは――」
「?」
「『個性』使えば、対人戦はなんとかなるって思ってる? そんな気もしたんだけど」
「……そう、だな」
「そんなに強いんだ、心操くんの『洗脳』」
「…………」
言われてから心操は考えた。
自身の個性『洗脳』は確かに対人に特化していて、仕掛けが通ればまず間違いなく一人を無力化できる。
だが、仕掛けの種が割れれば通じなくなる個性でもあった。
入試で機械相手だから無理だと思った心操だったが、なら体育祭という長丁場で最後まで戦えるのか、とあらためて考えると、
「……いや、そこまで都合がいい個性じゃない」
地力――個性抜きの身体能力がなければ戦う土俵まで上がれない、そんな気がした。
「ふーん?」
心操の逡巡に何かを感じた葉隠はその様子を見て、踏み込むことにした。
「えっと、どんな個性なのか、訊いてもいい?」
「そうだな――」
そうして心操は葉隠に自身の個性『洗脳』を説明した。
洗脳を仕掛ける意識を持って声を掛け、応答した相手を洗脳状態にできること。
洗脳状態の相手に動きの指示ができること。しかし、言葉を話させたり考えさせたりはできないこと。
そして、洗脳状態は衝撃によっても解けること。
「なるほど。これは確かにヒーローとして活躍できる」
会話――応答がトリガーというシンプルな条件は、この上ない初見殺しの個性だ。
「洗脳状態って衝撃でしか解けないの?」
「少なくとも俺が知る限り。あとは解除しようと思えば解けるけど」
「へぇー……」
そう聞いた葉隠は、少し考えてからポケットに手を入れた後、
「じゃあ、私に『洗脳』かけてみてもらってもいい?」
「…………いいよ」
「ありが――」
ありがとう、と言おうとした葉隠の言葉が不自然に途切れる。
透明人間ゆえに表情は窺えないが棒立ちになり、洗脳状態になっていた。
十秒ほどして、心操は洗脳を解いた。
「――――うわっと」
「こんな感じだよ」
「くるかな、とは思ってたけど、ほんとに不意打ちだった。凄い」
「予想はしてたんだ」
「うん。……何秒かで解いた感じだよね?」
葉隠はポケットから
「俺が言うのもなんだけど、怖くなかった?」
「えっ、今更?」
「…………」
「怖くないって言うと嘘になるけど……。でも心操くん、ヒーロー目指してるんでしょ? それで雄英まできてるんだからそこはまあ信用したいかなって。それに……」
最低限の備えはしてたからね、と葉隠は苦笑気味に携帯電話の画面を見せた。
そこには録画中の表示が出ていた。録画時間は二人が自習室に来たぐらいの時間からだった。
「…………なるほど」
そう言った心操の声から、葉隠は傷心を感じ取った。
「あっ、ごめんね! ほんとに念のためだよ!」
わかってるよ、という心操の声は諦念の混じるもので、彼がこれまで洗脳という個性によってどう扱われてきたのかというそれを、葉隠は敏感に読み取っていた。
ここで彼を傷つかせたままではいけない、そう直感していた。
「――心操くん!! もう一回! もう一回、洗脳を掛けて! 試したいことがあるの!」
「わかったよ」
なんてことない風に答える心操の様子に、葉隠は録画を切った携帯電話の画面を見せつつ、言う。
「心操くんの個性を教えてくれたから、私も自分の個性を教えたいんだ」
「? ……いくよ?」
「うん――――」
今度は仕掛けをわかりやすくして、心操は葉隠に洗脳を掛けた。
葉隠は慌てていたが、心操本人の気持ちとしては、葉隠の態度や備えは当然ものだと納得もしていた。
むしろ年頃の男女が二人きり、という状況で警戒をしないほうが問題でもあるだろう。
そこにヒーロー志望であるかどうかはあまり関係ないように思えた。
しかしそれでも心操もまた思春期の男子であり、ヒーロー科入試に落ちたというショックをいくらか引きずっていて、他人から疑われたという状況に、あらためて心が傷ついたということも事実であった。
昔から言われ慣れていた言葉、態度ではあるが、だからと言って傷つかないわけではない。
あくまで心操は慣れていただけだった。
(……何か指示を出すか)
さっきは洗脳状態にしただけだったので何かさせてみよう、軽い気持ちでそう考えた心操が「窓際まで歩いていけ」と言おうと口を開いた瞬間、驚愕でその口が止まっていた。
(――――え?)
目の前に、葉隠が立っていた。
言葉にすればそれは当たり前のことだったが、そうではなかった。
「え? 葉隠……?」
心操は驚きで洗脳状態を解除していた。
「――っと、はい。……うん」
意識を取り戻した葉隠は「やっぱりね」と自身の状態を確認すると、少し困ったように笑った。
「これが私の個性、です。心操くん」