透明少女な双子の妹が普通科からヒーロー科を目指す話(仮)   作:峰下抄

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19.私たちのゲットセット

 

(いつかやるだろうと思っていたけど、まさか初日でカミングアウトするとは思ってなかったなぁ……)

 

 二度目に受けた洗脳は、ほんの少しだけ意識が残っていた。

 白昼夢を見るように意識が現実から遠ざかり、その中で自身の個性の発動が途切れたことがわかった。

 そうなれば当然、私――葉隠霞の素顔なんかが目の前の心操くんに晒されるわけで、驚きの表情で固まる彼の姿はその衝撃を如実に示していた。

 

「あー……ごめんね? 自分の顔、ほとんど見たことないし、ケアとか化粧とかもあんまりきちんとやる習慣なくて……」

 

 姉は、美少女! と太鼓判を押してくれてるし、私も女子なので嗜みとしてのケアはしているけれど、自分の顔をきちんと確認したりしないのだ。突発的なすっぴん晒しで、みっともない顔になってない保証はない。

 

「……えっと、透明になるね」

 

 自習室の周囲に人気はないけれど、それでも見せると覚悟した心操くん以外に見られるのは不本意なので、一言断ってからまた透明になる。

 あっ、と心操くんはまた驚いたように息を漏らした後、深呼吸して気持ちを落ち着かせていた。

 

 今日の今までずっと彼の様子を観察していたけれど、ポーカーフェイスが常の彼が表情を大きく動かす程にはショックを与えてしまったようだ。

 いやまあ、その前の私の言葉で彼を傷つけてしまった時は寂寥感がにじみ出ていたので、表情が動かないわけでなく感情が薄いわけでもなく、ただ努めて表情に出さないようにしているだけなのだとわかっているのだけれど。

 

 

 

 

 普通科からヒーロー科への編入を目指す、と一口に言っても、その真剣度は量れない。

 そもそも本来、雄英高校に於いての編入制度はあってなきがごとし。

 制度として存在するが、どちらかといえばヒーロー科からの除籍や脱落としての転科を匂わせることで焦らせることが主目的のように思えた。

 逆に編入制度は普通科にヒーロー科を諦めさせることにも繋がっている。

 編入したいならばそれだけのモノを示せ、とは言うけれど、そんなものは普通科のカリキュラムを真面目に受けながら培うことは難しい。

 日々ヒーロー科との隔絶は増していく中で、あると言われる編入試験に合格するためにはどれほどの努力が必要なのか。

 そこにある壁を意識させることでやがて諦めさせる、そんな制度でもあった。

 

 何かの間違いで普通科に入ってしまった生徒をヒーロー科に戻す制度だ、と揶揄する人もいるそうだ。

 そういう意味では、私がそう、なのかもしれない。

 

 ただヒーローになりたいのなら、雄英の普通科からヒーロー科への転科を目指す道を選ぶのは合理的でない。

 有力なヒーロー科のある高校は雄英や士傑以外にもちゃんとある。その中には素質を見定めてくれるような試験を行う学校もあるだろう。

 それでも雄英にこだわるのは、トップヒーローになるために諦められないというケースの他に、学歴の方が優先でヒーローになることにそこまで拘りがない、というケースもあるのだ。

 

 ――心操くんは、どっちだ?

 

 そんなことを頭の片隅で考えながら、私は彼と組手をした。

 強さとしては、中学の同好会で一年間鍛え合った同級生のほうが強く、一つ下の下級生よりかは鍛えてある、といった印象だった。

 殴り合いに対する経験値がほとんどないように感じた。体格差と透明人間の女子だから間合い感覚なんかは難しい、ということを考慮しても、掴み、崩しからの投げをあっさり喰らうあたり、対人戦闘への慣れがなかった。

 それでも全く鍛えてないわけではない。細い、とは言ったけれど、高校入学時点の普通科生徒なら充分鍛えてある部類だ。

 

 だから個性に自信があるのか、と思った。フィジカルの不利を覆せるのかと。

 字面から言えば強そうだ。なにせ『洗脳』である。

 

 訊けば教えてもらえるかな、断られるかもと思ったが、彼はすんなりとその詳細を教えてくれた。

 そして、呼び掛けへの応答、というあまりにも簡単な条件には驚かされた。

 

 つまり、私と会話してる最中ならいつでも洗脳をかけられたということ。

 

 私は自分の心が警戒度を上げたのを感じていた。

 そして、こっそりポケットに手を入れて、あらかじめ備えていた携帯電話の録画がちゃんと続いていることを確認した。

 何かあったときのための証拠として録画をするのは、風紀委員と(姉の振りを)して活動するときに習慣付いていた行為だった。

 咄嗟にできるように設定もしてあって、私としては身に馴染んだ行動で、それが心操くんにどう思われるか、深く考えていない『備え』だったのだ。

 

 ――――やってしまった、と思った。

 

 無神経だった、とまでは言うつもりはないが、それでも。

 心操くんの表情と声が、なぜか私の古い記憶を呼び起こしていた。

 

(なんでかなー……。全然違うはずなのに、あの時のお姉ちゃんみたいだった……)

 

 辛いことを飲み込んできて、頭ではわかっているのに、それでも心に悲しみが溜まっているような。

 ずっと、我慢してきていた、そんな辛さ。

 

(これで釣り合うわけじゃないけれど……)

 

 ただこのカミングアウトは、私にとってそれなりにリスキーなのだ。

 何せ彼が黙っていてくれるかどうかは賭けだ。

 公にされると私はいよいよ『病気』と言い訳しなければいけなくなる。

 

 

「……まだ混乱してるけど……、1回目の時はなんで……?」

「洗脳をお願いする前に、長持ちするように透明にしたの。意識を失っても十分ぐらいは透明がキープされるように。頑張れば1時間ぐらいはいけるよ」

「2回目は……」

「それをしなかったから。私、普段はずっと個性使って透明になってる。洗脳されたら途切れると思ったから、案の定だったね」

 

 しばらく困惑していた心操くんは頭痛をこらえるように額に手を当てながら、まずは疑問を投げてきたのでそれに答えた。

 そして私はポケットに手を入れ携帯電話を持つと透明にしてから、心操くんに手渡した。

 心操くんは、見えない何かを渡されて困惑を深くしていたけれど、やがて手の中に現れた携帯電話に驚愕した。

 

「個性の応用編がそれ。物の透明化。手から離してもしばらくは透明だけど、そこまで長持ちはしないかな」

「…………」

「えーっと、あとは……順番逆だけど、触ってる物の透明化、かな」

 

 と言って、制服や服飾品を透明化して、完全ステルスモードになってみせる。

 

「これはそこまで疲れないけど、ちょっと意識が要る感じ。身体の透明化はー……息するのと同じぐらいで、ほとんど疲れない、かな。出来ないことは、他の生き物を透明化するのは出来たことないね。頑張ればちょっとは出来そうだけど」

「…………」

「――以上、私の個性『透明化』の説明でした」

 

 御静聴ありがとうございました、なんて服の透明化を解いて、おどけてみせる。

 

「普段はずっと、ってことは……」

「個性を使わなければ、私は普通の人だね」

「……先生たちは?」

「うーん、確認したことないけど『透明を解除できる』ってことは知ってる」

 

 入試で救助されて治療を受けるときには、姿を見せている。

 もしかしたら気づかれているかもしれないけれど、今のところ確認されたことはないので私にはわからない。

 

「教えてはいないのか」

「個性届には家族揃って『透明化』って書いてあるけどね」

 

 意味するところは違うけれど。それを知ってるのはかかりつけの病院関係者ぐらい。

 黙ってさえいれば、お役所も透明家族だと勘違いしてくれるのだ。

 小学校の頃にたまに透明が解けるところを見られているけれど、個性が安定してきたという言い訳が通じるはず。

 

「……じゃあ、問題ない、のか?」

「実はそうでもない」

 

 困惑する表情を見ると、心操くんの中で色々かみ砕いているのが良くわかるのだが、どうやら好意的に解釈しようとしてくれているようだった。

 

「学生証も、透明状態で作ってる」

「…………」

 

 多分、これが一番重罪である。

 証明写真を個性有りで撮っていいのはヒーローぐらいだからだ。

 

「……………………なんで?」

 

 心操くんの長考から、話された疑問はもっともなものだ。

 しかし、答えるのが難しくもあった。

 

「なんでなんだろうねぇ……」

 

 病気だから。

 透明でいたいから。

 習慣になってるから。

 

 あらためて訊かれると、なんて答えればいいのか。

 身の上話をするべきなのか、それとも病気ということにしてそっちを話すべきなのか。

 病気と言っても嘘ではないけれど、それだと不誠実ではあるよなぁ、と悩ましい。

 

「――いや、いいよ」

 

 私が悩んでしまっていると、心操くんは質問を取り消した。思わず「いいの?」と言ってしまった。

 

「言いづらいことを、無理に訊きたいとは思わない」

「――――――――」

 

 とくん、と胸の鼓動が重たく感じた。

 こういうのも良心の呵責と言うのだろうか。

 

「葉隠は透明であるほうが自然なんだろ?」

「うん……」

 

 透明じゃない自分は、人に見せたくない。

 それがどうしてなのか、もうよくわからなくなっているけれど。

 頭の中では、見せるべきだ、私はおかしいんだ、と言う自分もいる。

 でも見せなくて済むなら、その方がいい。その方が()()

 

「あはは……。ごめんね」

「最初に変な空気出したのは俺のほうだし」

「いやいやいや……」

 

 心操くんの嫌なとこに踏み込んだのは私だし。

 そして勝手に深読みしたのも私だし。

 

「……心操くん、いい人だねー」

「初めて言われたよ、そんなこと」

「きっと、これからたくさん言われるよ」

「?」

 

 自分に厳しく、他人に優しい、そんな人柄が垣間見えた。

 雄英はエリート校だ。多くの人は高い水準で物事を見れるはずで。

 ヒーロー志望として、この雄英に居るのなら、きっと彼の姿はきちんと評価されるはず。

 

 ――いや、されなければならない。

 

 私は密かに決心していた。

 

 

 

 

 少し長引いた自習室の滞在を終えて、私たちは入学初日の雄英高校を下校した。

 途中、ファストフード店で一緒に昼食を摂りながら、連絡先を交換して、早速翌日の朝練の相談をする。

 私は通学距離の都合でそこまで早くは登校できないけれど、心操くんは一人でも基礎体力をつけるトレーニングをするつもりのようだった。

 明日から授業始まるから無理しすぎないように、と言ったところ、わかってる、と返された。大丈夫かな。

 

 

 駅に向かう私は心操くんと別れた。

 電車の中で姉に連絡を取るべくメッセージを送ると、姉もクラスメイトとお喋りしていたらしいことがわかった。

 帰宅後、入学式に居なかったA組生徒は個性使用の体力テストを受けており、「色んな個性が見れたんだよー」と言う姉から根掘り葉掘り、情報を聞き出すことになった。

 翌日のヒーロー基礎学で行われた戦闘訓練でも同様で、姉の復習を兼ねたヒーロー科の情報収集は日課となったのだった。

 

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