透明少女な双子の妹が普通科からヒーロー科を目指す話(仮)   作:峰下抄

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20.フライングトレーニング

 

 入学日の翌日。つまり、雄英高校の新入生としての二日目。

 私は一人早起きをして手早く学校諸々の準備を済ませると、ほぼ始発の電車に乗って登校した。

 時刻か路線のせいか空いていて、ゆっくり座ることができた。

 電車に揺られる時間に教科書をめくって軽く授業でやりそうな範囲を眺めておく。じっくり予習するには少し眠気が勝っていた。

 

(やっぱり通学時間はネックだなぁ……)

 

 姉と二人で雄英高校の近くで暮らすという計画も一応立っているのだが、物件探しの吟味に時間が掛かっている。

 両親が女子二人暮らしを心配しているのが主な原因なのだが、遅くても夏休み頃には引っ越したいところだ。

 当分は長い通学時間と付き合っていかなくてはならない。割り切って休息か勉強か読書の時間と思っておくしかないか。

 そんなことを考えつつ、私は電車に揺られていた。

 

 

 

「私、無理しないでね、って言ったよね」

 

 雄英高校最寄り駅から小走りで登校した私が見たのは、まだまだ涼しい春の朝にも関わらず汗だくで筋トレをしている心操くんの姿だった。

 準備運動しながら話を聞くと 私が到着する1時間は前から自主トレしていたらしい。

 心操くんは少し恥ずかしそうに、早く起きすぎてしまって、と言い訳していた。

 まあ、モチベーションが高いのはいいことなのだけど、普通科生徒としての本分も忘れないで欲しい。今日から普通に授業が始まるのだ。

 それはそれとして準備運動を済ませた私は持ってきたトレーニング用具を取り出して、心操くんにフィストガードグローブを渡し、自身はミットを持った。

 

 心操くんがやるべきこと、その1。

 殴り合いに対する心構え。

 

 雄英体育祭の正式な告知はまだだが、例年通りの開催なら約1ヶ月あまりしか準備時間は残されていない。

 その期間でフィジカルや体術を鍛え上げるには時間がとてもじゃないが足りない。

 伸びないわけではないが、入試で落ちるレベルからではヒーロー科の水準には追いつけないだろう。

 だから大事なのは、心構え。戦うという気概、気持ちだ。

 

 殴る、殴られるというのは怖いことなのだ。

 まずはその怖さに慣れなければならない。

 

 

「腰が入ってないぞ心操! ――オラァ!」

「…………!」

 

 いくつかの一般的なパンチの仕方を教えた、というか確認した後、最初は定番のミット打ち。

 繰り返すワンツーパンチの隙間に、カウンターを合わせた。

 中学以来久々に鬼コーチモードになった私が、持ったミットを振り回して心操くんをぶん殴る。

 

「スタミナは見どころあるぞ! だが、もっと根性見せろ! 気が抜けるのが早い!」

 

 ミットでパンチを受けるではなく弾いて、がら空きになった心操くんの胸をどつく。げほっ、と心操くんは呻いた。

 頑張れ! という気持ちは持ちながらも、罵声めいた(というかほぼ罵声の)声援を飛ばして、心操くんが酸欠気味にダウンするまでひたすら心操くんを動かした。

 

 

 

「……はい。……はい。流石にダメです? あー……すみません。ありがとうございます」

 

 時刻は8時に差し掛かり、すっかり校内に生徒の気配が溢れてきていた。

 地面に転がっている心操くんをよそに、私は香山先生に電話をして学校のシャワーを使えないか確認していた。

 トレーニングルームやプールにはシャワー室が併設されているけれど、朝から使えるものなのか判断がつかなかったのだ。

 

「流石に朝からは使えないかぁ……」

 

 施錠されていて、今からだと開けられないと断られた。

 しょうがないので、水道の蛇口から思いっきり水を被った。二人ともアンダーウェアの替えは用意していた。

 ちょっと冷たかったけれど、流石にそのまま制服に着替えたくはなかった。

 ちなみに私は全裸になって水を浴びた。こういうときは便利に使える個性である。

 身支度を整えて制服姿となったのは予鈴の15分前で、これなら慌てずに朝のホームルームを迎えられそうだった。

 

「心操くん、これどうぞ」

「え? ……いいのか? ありがと」

 

 心操くんは朝食は食べてきているけれど、カロリーの備えはない様子だったので用意していたおにぎりを二つ渡した。三つ作ってきていて、一つは自分で食べる。

 梅干しは平気? と訊いたところ、平気だと返ってきたので、一安心。

 ガンガン運動するならどんどんカロリーを取らないと痩せてしまうのだ、というのは昔読んだ漫画知識だったりする。

 

「もし俺が準備してたら、三つとも食べるつもりだったのか?」

「んー、1個は食べる。食べない分は配ってたかな。誰かが欲しがるでしょ」

 

 結構大きいおにぎりだけど、それでもおやつみたいなもんだし。

 女子の手作りおにぎりが要らない男子とかそうそう居ないだろう。別に女子でもいいけれど。

 

 

 

 

 

 通常授業が始まり、ごくごく普通の授業内容に少しほっとしつつ、きちんと受けていく。

 午後になればヒーロー科はヒーロー基礎学というヒーロー科らしい授業があるらしいけれど、普通科は当然午後も午前も変わらず一般教科だ。

 ヒーローが授業を担当するという特大な違い以外は特筆すべきことのない授業が行われて、あっさりと普通科の時間割は終わる。

 香山先生が帰りのホームルームを終えようとする際、仮委員長の女子が挙手をして、

 

「葉隠さんから、少し話があるそうなので」

 

 と私からお願いしていた通りに時間を作ってもらった。

 午前の休み時間に話しかけて、昼休みに学食で一緒に昼食を食べながら打ち合わせをして、クラスの皆にお願いをしたいけど全体に呼び掛けてもいいか、と訊いておいたのだ。

 仮にもクラスを束ねる委員長には話を通しておくべきと思い、もしダメならクラスメイト一人一人に話を振っていこうとは思っていたけれど、委員長は「案外律儀だね。……まあ、いいんじゃない」と私のお願いを聞いてくれた。

 先生は帰ってもらっても大丈夫ですと伝えたが、香山先生は気にしないで、と軽く手を振って何が始まるのかと興味津々な様子で眺めていた。

 ううむ、大人に見られていると無意味に緊張するな、と思ったが、時間を無駄にするわけにはいかないので内心で気合いを入れて教壇に立たせてもらう。

 

「私と心操くんが、ヒーロー科編入を目指してることは昨日言った通りです」

 

 教室の前からクラス全体を見渡す位置で、私は気持ち声を張った。

 

「それで手伝ってくれるボランティアを募集します。具体的には『個性の特訓』に付き合ってくれる人、それも人数が欲しいです。お礼とかは特になくて、本当に善意の協力者ってことになるんですけど、それでも体育祭までの期間で時々でいいから時間をください」

 

 お願いします、と頭を下げる。頭に付けたリボンがふわりと垂れた。

 

「興味がない人、時間がない人もいると思うので、まずはそれだけです。興味がある人、質問がある人は私のところに来てください。時間を作ってくれてありがとうございました」

 

 予定がある人もいるだろうから、ささっと壇上を後にする。

 教室の雰囲気は……何とも言えない感じだ。不思議そうに見る人もいれば、困惑してる人もいる。

 それでも大多数のクラスメイトが興味を示してくれたようで、私の机には四人ほどの生徒が集まってきてくれた。その周りにも話に耳を傾けている生徒たちがいた。

 

「個性の特訓って、心操くんの『洗脳』の?」

「危なくないの?」

「ていうか、個性使ってもいいの?」

「場所と時間は?」

 

 などなど、投げられた質問を返していく。

 

「心操くんの『洗脳』を鍛えたいんです。危なくはないです。昨日私も掛けてもらって確かめ済みです。個性の使用は特別編入カリキュラムという制度もあって許可が出ています。場所はそのカリキュラムの参加者が使える自習室で放課後に」

 

 心操くんがやるべきこと、その2。

 個性『洗脳』を使いこなす。

 

 約1か月の訓練期間でフィジカルと個性、伸びるのはどっちだ、と訊かれたら私は間違いなく個性だと答える。

 特に心操くんは強い個性ではあるが、その強さと性質から無闇に使うことはなかったという。

 であれば、その伸びしろは充分あるはずだ。個性のスタミナとも呼べる個性許容量の伸びはともかく、使いまくることで今までなんとなく使っていた個性に幅ができるということを、私は経験で知っていた。

 そのことは個性研究者でもある病院の先生に確認したこともあって、そう間違ってはいないはず、と聞いている。

 

 

 

 

 さっそく自習室に移動する。

 心操くんだけではなく、なんと半数以上のクラスメイトが付き合ってくれることになった。

 どんなことをするのか興味があると言って、まだ『洗脳』を受けるかどうかは保留中という子もいたし、用事があるので付き合えないという生徒ももちろんいたのだが、クラスのほぼ全員が協力的だということは嬉しい誤算だった。

 あらためて心操くんが、自身の個性『洗脳』を説明をしている。私が昨日聞いた通りの説明だ。

 それを聞いてやはり皆驚いたり、考えたりしているが、十人以上の人数が居るこの場でなら洗脳を掛けられても大丈夫だろう、という結論に至っていた。

 最初の被験者(ファーストペンギン)に仮の副委員長を務める体格の良い男子が名乗りを上げ、実際に心操くんが洗脳をかけてみせる。

 思考力を失って呆然と立ち尽くす副委員長の姿に驚きが広がり、「何か指示を出してみて」と心操くんに委員長が注文すると、とりあえず万歳をさせたり、窓際まで歩かせたりさせていた。

 洗脳が解かれた副委員長が素直に洗脳を受けた感想を話すと、おおむねクラスメイトの反応は納得に満ちたものになった。

 

「怖いなって思う人は、洗脳を受けない手伝いをしてくれると助かります」

 

 と私は念のために言ったけれど、その場に居た生徒たちはみんな大丈夫だと言ってくれた。

 心操くんは驚きよりも不思議そうにその様子を見ていた。

 まあ私もびっくりしていたのだけど。

 C組生徒は、私が想像していたよりもずっとみんな善い人らしい。

 

 

 これだけの人数の協力者が確保できるなら、心操くんの個性の特訓――いわゆる『個性伸ばし』は格段に捗るはずで、それはその通りになるのだった。

 

 

 

 まずはともかく使うこと。

 ただたくさん使うだけでも個性の反動や消耗に気づいたり、新しい感覚が開けたりする場合がある。

 横一列になってもらい、心操くんに一人ずつ洗脳を掛けては解いていってもらう。

 私はその後、一人ずつにアンケートのように洗脳状態の感覚を聞いていった。

 気分の良し悪し、記憶・意識の有る無し、何か気になった点がないか聞いていく。

 もう一巡してもらってから、再度アンケート。

 その後、意識が残る程度で順番を入れ替えて、さらに一巡。

 ともかく数をこなして、何か気づきがないか、私も心操くんもクラスメイトも一帯となって考える。

 洗脳に抵抗できないのか、どの程度の返答で洗脳スイッチが入るのか。

 どれぐらいの衝撃で洗脳が解けるのか。洗脳の掛かり具合で解ける衝撃の程度は変わるのか。

 

 

 試したいこと、気になることはたくさん出てきた。

 放課後を目いっぱい使って洗脳をかけ続けた心操くんは、気疲れでへとへとになっていた。

 それでも彼は自身の洗脳に()があることに気づけた、そう言った彼の表情はほんの少しだけれど嬉しそうで、私はそれが嬉しかった。

 

 

 

 私はこれから、どうやって心操くんの個性を鍛えるか、この協力者の数をどう活用するか考えることに長い通学時間を費やすことになる。

 




 評価、お気に入り登録ありがとうございます。
 特に決めているわけではないのですが投稿が遅くなりがち……。

 実は結構勢いで書いてる部分もあるので、気づいてないツッコミどころとか発生してそうで戦々恐々としています。
 直近だと葉隠さんの通学事情はあまり考えずに設定してしまってやばいと思っていたり……。
 疑問点とか矛盾点とかありましたら感想も合わせてお待ちしております。よろしくお願いします。
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