透明少女な双子の妹が普通科からヒーロー科を目指す話(仮) 作:峰下抄
雄英高校に入学した週の土曜日。
土曜日の午前までの授業の後、わざわざ昼食をとってからの自主訓練ということで、クラスの協力者は少なかった。
それでも片手の指では足りない程度の人数が「何か手伝えることはある?」と自習室に集まってくれていた。
1時間ほど個性訓練に使ってから、「朝にやってるのを遠目で見かけたことはあるけど、見てみたい」と言われたので私と心操くんの組手を行ってみせることにした。
ちなみになぜ個性訓練を早めに切り上げたかというと、協力者の数の大小が訓練の捗り方に影響したため。それに加えて心操くんの今週一杯訓練をしてきた疲労を考えて、放課後訓練自体を短くしようという意図がある。
「それじゃ、まずは軽くね――」
学校の備品も借りて、私と心操くん両方にヘッドギアやグローブ、安全防具を付けた。そのうち防具無しもやらなきゃだなぁ、と思いつつも先生同伴の時じゃないと保健室利用もひと手間なので、まだ先の話だった。
拳を合わせる開始の合図の後、3本ほど軽く打ち合い、その後は本格的に殴る蹴る投げると組手を行った。
朝練での成果は出ており、最初の頃に比べると心操くんの動きは格段に良くなっている。私のことを信用して、きちんと殴りに来てくれるようになったし、油断して足元を掬われる回数も減ってきた。
だけれど、まだまだ経験不足。中学時代の風紀委員の同級生たちに比べるとかなり見劣りするレベルだ。
(……今思うと、中学
いや個性は使ってないから。あくまで風紀委員活動だから、と弁明はさせてもらいたいのだがそれはさておき。
毛糸中では姉と私がツートップ扱いされていたのだが、純粋な戦闘力で言うと透明双子よりも上はいたりする。ヒーロー志望だったので今は他校のヒーロー科に入っているはずだ。学力の問題で雄英は受験していない。
なにより姉と私は女子で個性も透明なので、異形型の個性持ちや男子相手なんかに力勝負に持ち込まれると普通に負けるのだ。だから、そうならないように立ち回る。
心操くんの場合、まだそこまで慎重にならなくてもフィジカルで負けないので、シンプルに格下相手と言った感じ。
「だいぶ良くはなってるんだけどねー……」
「…………」
最後に大外刈りで投げ倒された心操くんが、憮然とした表情で天井を見上げているのを残心を取りつつ確認して、手を取って立ち上がらせた。
そして心操くんにいくつか改善点、注意点を指摘していると、
「葉隠って、強いんだな。びっくりした」
「流石ヒーロー科の姉がいるだけある」
周囲からこんな声が聞こえてきた。
間近で見るのは初めてだったり、そもそも初めて私が組手をしている姿を見たという人もいただろう。
その評価に嬉しいと思う気持ちはあるけれど、実際のところ強い弱いでいうと、私は良くて真ん中ぐらいだ。それも個性無しの場合で。
中学時代、攻撃力のある個性有りでの訓練はほとんどやっていない。というか普通に禁止されていたし、学校の風紀委員活動の延長線上に位置する同好会として、すべからく規律は守るべし、としていた。そのおかげもあって姉を筆頭に風紀委員たちは先生の覚えめでたいまま卒業していっている。
しかし実は全く融通の利かない団体というわけでもなかったりする。不良生徒の喫煙をポイ捨てだけはするなと注意しただけで教師に報告せず見逃したこともあるし、不良生徒と一般生徒の諍いが発生した時には一般生徒側から突っかかっていった
……思ったより
とまあ、昔の話は置いておいて、私は観客だった体格の良い男子生徒――C組副委員長に声を掛けた。
「ちょっと心操くんと組手をしてくれますか?」
「オレが?」
「私とばっかりやってて、変な癖がつきかけてるんだよねー」
組手は同格か少し格上相手とやる方が上達するんだけど、そうじゃなくても私としかやっていないのは問題がある。
姉と私ならミラーマッチみたいなものなので、そこまで気にならなかったけれど、心操くんとは体格差がある……というか私が割と小さいし、心操くんも割と大きい。
私が身長150センチに対して、心操くんは177センチ。心操くんが真っ当に鍛えていれば、私なんかフィジカルだけで圧倒できる体格差になるはずである。
そういう体格差のある相手の戦い方、というのを鍛えてきたのはあるけれど、現状その戦い方をするまでもないレベルだったりする。
「――いや、流石に心操、鍛えられてるわ」
何本か心操くんと副委員長が組手をこなした。副委員長の動きは言うほど悪くない。
ヒーロー科入試は記念受験組だったそうだけど、受験勉強の際にしばらく親戚に鍛えてもらったとのこと。自分の体格を活かした動きを教えてもらって基礎は作ってもらった、みたいな印象だ。
「人に教えてもらうって、大事なんだな……」
「そうだねー」
しみじみとした感想を漏らす心操くんに同意する。
姉と私の二人だけだとここまで鍛えられてなかったんだろうな、と思うし、中学の皆のおかげで姉をヒーロー科に送り出せたんだな、と思うと感謝しかない。……まあ私が落ちたのは申し訳ないけれど。
「あ、副委員長、次は私とお願いします」
「えっ、葉隠と!?」
私は私で心操くん以外の相手との経験値を欲していたので、付き合ってもらった。
最初は心操くんと同じように加減に困っていたので完封し、もっと本気でやっていいよと伝えてから、再度叩きのめした。
「心操くんがちゃんと休んでくれるのか心配なんだよねー」
副委員長を叩きのめして感謝の意を伝え、心操くんを交えて感想戦を行った後、再度心操くんと副委員長で組手をさせて、それを眺めながら、そんなことをポロリと委員長にこぼしていた。
彼女――C組委員長は普通科専願で、この手の格闘術には明るくないし興味も薄いのか、早々に机と椅子を用意して今日の授業で出された宿題に手を付けていた。
「――ふぅん?」
と手を止めた委員長は
何をしているのかと画面を覗き込ませてもらうと、C組のグループチャットにメッセージを送っており、
「よし! じゃあ、日曜の昼からC組でカラオケ行こうぜ!」
と決めてしまったのだった。
(あー、罰ゲームのカラオケリクエスト、ガチだったかー)
ということで翌日の日曜日、私はいつもよりかなり遅めの電車に乗って雄英高校最寄り駅まで来ていた。
いつもなら学校に向かうけれど、今日は日曜の休日。私の格好も制服ではなく私服である。
心操くんに拒否権はなかった――というわけではないけれど、押し切られていた。
強制的にでも休ませることと、訓練に協力してくれることのお礼、その両方を取る案として私も賛成だったので、心操くんも納得はしてくれていた。
「――いや、でも案の定だなぁ」
集合は午後1時で、現在時刻は午前10時。
駅についた私は待ち合わせ場所と行く予定のカラオケ店を確認した後、心操くんの住んでいる辺り(具体的な住所はまだ知らなかった)にあるランニングコースになりそうな道に目途をつけて、その道沿いの公園でのんびりしていた。
そして携帯電話でメッセージを飛ばしたりニュースやネットの記事を眺めたりしつつ道行く人を眺めていると、ランニングしている心操くんを私は発見したのだった。
「なんで居るの」
「深い意味はないよ」
カラオケ店の下見をしたかったので早めに来たというのが本命で、心操くんが休息日というのに訓練しているのではという懸念にかられたのは、時間が余ったと思ってからだ。
心操くんの様子もそこまでハードトレーニングをしているわけでもなく、怠けすぎないように日課のランニングと言った雰囲気である。
今の時間ならランニング後にシャワーを浴び、昼食を食べてからでも充分集合時刻には間に合うだろうし。
別に怒ったり責めたりするつもりはなく、ただ、
(――心操くんだなぁ)
という思いがあった。
それはそれとしてグループチャットに心操くんがランニングしていたことを連絡する。
今日の参加者から様々なレスポンスがきて、「はたして心操くんは今日の午前中に自主トレをしているか否か」で朝から盛り上がっていた面々から賭けの敗北者が確定したのだった。賭けのチップはカラオケ中のサイドメニュー代である。
「あ、ランニング続けてきていいよ? 私は時間までのんびりするつもりだから」
「……わかった」
ポーカーフェイスに、何か釈然としない、とわずかに滲ませつつ心操くんはランニングに戻って行った。
これでハード目のトレーニングをしている様子だったら殴ってでも止めて、全力公園遊び――公園の遊具をフル活用してパルクールめいた運動をする――あたりを仕込んでいたところだ。
(あれはあれでハードだから、ダメか)
ジャングルジムやシーソー上での倒立とか体幹トレーニングもあるのだが、慣れないうちは結構危ない。
あと、子どもがいるときにやって、真似されると危ないのでうかつにできなかったりする。
姉が、完全ステルス状態なら問題ないね! と言ってやろうとしたことはある。色んな意味で危なかった。
さて、集合時刻にはちゃんと心操くんもやってきて、C組生徒ほぼ全員がカラオケ店に入った。
人数が人数なので部屋を三つに分けて、一つを荷物部屋、一つをメイン、もう一つをサブ、という風に割り振った。
「――ごめん。私、暗所恐怖症気味で、ちょっと明るくするね」
部屋に入る際に私はそう言って、光量調節のツマミを回し、最大ではないにしろ普通の部屋並の明るさにさせてもらった。
密かに安堵のため息を吐く私。カラオケ店の下見をしたのも、ビルや部屋の大きさをあらかじめ覚悟しておくためだった。
入試直後に比べるとだいぶ落ち着いて、今では寝るときもちゃんと部屋の明かりを消せるようになったけれど、慣れない部屋や狭い部屋の暗闇にはまだストレスがかかってしまうのだ。
ビルの隙間や狭い路地裏なんかもたまに辛かったりするので、念のためのルート確認が必要だった。
「それじゃあ、さっそく――」
幹事役の委員長が仕切って、ドリンクを用意したり、サイドメニューを注文したりした
いえーい、とノリ良くクラスメイトたちは乾杯して、心操くんに歌のレパートリーを確認し始める。
私は流行りの歌とか詳しいわけでもないけど、心操くんに何を歌わせたいかなーとか、何が歌わされるんだろうーとか、楽しみにしていた。
クラスメイト達があーだこーだと議論を重ね、心操くんが「多分歌える」と確認を取られた楽曲が予約一曲目に登録され、そのイントロが流れ出した。
部屋に集まった参加者全員がわくわくした空気で見守る中、若干、諦めにも似た開き直りの表情で心操くんはマイクを握り、
「――――――♪」
――――心操くん、歌、うまっ!
「う、上手い……!」
「ていうか、声がいい!」
「やばい。楽しみにしてたけど、さらに楽しみになってきた。なに歌わせよう」
「アイドルソング……!」
「敢えてのバラード!」
「バラードは気が早ぇーよ!」
「心操くん、喉強い?」
「――個性柄、発声練習はしてたけど」
「なるほど! 数はいけるか? 声域はどれぐらいだろう……」
心操くんが披露した一曲目から大盛り上がりである。
私も想像以上の歌唱力に興奮を抑えきれなかった。
二曲目にはさっそくキラッキラのアイドルソングが予約されていた。
そしてそれが歌われると、黄色い歓声が部屋の中に響き渡った。
「やばい。心操の歌、やばい」
「私、心操くんがアイドルだったら、\洗脳して/って
「わかる」
「わかる」
「……アイドルソングのコール&レスポンスで洗脳か……」
「複数人に洗脳を掛ける練習に使えそうな気が、するようなしないような……」
夜までのフリータイム、心操くんはクラスメイトに求められるがまま、大量の歌を歌うことになった。
彼のレパートリーにない曲は、荷物部屋で一度試聴して軽く覚えてから歌ってもらう、ということまでやった。
心操くんの休息日のはずだったのだが、「まあ、訓練のお礼だし」と、彼は律儀にリクエストに応えていったのだった。
心操くんが歌が上手いという設定は中の人(声優)ネタです。