透明少女な双子の妹が普通科からヒーロー科を目指す話(仮) 作:峰下抄
臨時休校となった翌日の金曜日。
その日は朝からいつも通り、とはいかなかった。
先週のマスコミ侵入では流石に警察からキツめのお叱りが発生したのかマスコミの張り込みは沈静化していたのだが、一昨日のヴィラン襲撃事件があっては流石に取材熱も再燃して再び姿を現していた。
一方で、事件からまだ間もないため警察も校門のみならず学校周辺をパトロールし、目を光らせていた。
当直していたのだろう
「姉は、大丈夫だったのか?」
「うん。……ご心配、おかけしました」
「葉隠のせいじゃないだろ。無事で何よりだよ」
いつもの朝練の場所にいた心操くんは私に気づくと開口一番、心配の声を掛けてきた。
というのも、一昨日、臨時休校となって下校する際の私が、全身で姉のことが心配だという雰囲気を出していたためだろう。
一応昨晩のメッセージアプリでのやり取りでも無事だったことは伝えていたのだけれど。
「詳しいことは、聞けないんだろ?」
「うん。お姉ちゃんも私に教えるのもまずいんだからね、って念押ししてた」
プレスリリースされたこと以外は、私に伝えたことがバレると姉の立場が悪くなる。
了解、と心操くんは理解を示してくれた。本当に助かる。
その後は、いつも通りの朝練を始める。まずはミット打ち、それから組手に移った。
「……葉隠、レベル上げた?」
「あ。ごめん。昨日久々にがっつりお姉ちゃんと組手したから、そのせいかと……」
「…………なるほど」
心操くんの動きは別に悪くない。順調に鋭さを増しているのだけれど、私の目がちょっと良くなり過ぎていた。心操くんの攻撃を余裕で捌けてしまう。
攻撃が通じない、という感覚を与えすぎると積極性を失って必要な攻撃姿勢を取れなくなってしまう。それはまずい。
「よし、心操くん、ちょっと頑張って」
意識をしてリズムを変える。攻撃に変化をつけて、それと気づかないよう少しずつペースを落ち着かせた。
その途中、フェイクまじりの攻撃で心操くんを多少ボコボコにしてしまうが、それは必要経費である。這い上がれ、心操。
だいたい朝練は8時頃になったら切り上げる。その頃には登校してくる生徒が多くなって気が散ってくるし、いちおう我々は普通科で、体育祭に向けて頑張っている姿はあまり人目に晒したくなかったりする。
そうでなくても汗をかいた状態で授業を受けるのはクラスメイトたちに迷惑なので、割と必死になって水道で汗を流したり拭いたりしているので、そのための時間もあった。
「あ、いたいた。葉隠さーん、心操くーん!」
「あれ、いーちゃんにみっちゃん、副委員長も。どうしたの?」
朝練の終了目安10分前、7時50分頃にやってきたのは特別編入カリキュラムに追加参加してきたクラスメイトの三人だった。
聞くと、事件のせいでまた校門が混むかと思って早く登校したら思ったよりも空いていてこの時刻になった、とのこと。
「時間もあるし、せっかくだからお手伝いにきたの」
「わー! 助かります!」
仲良し女子二人組のいーちゃんこと
彼女たちの個性は戦いにこそ向いてないけれど、非常に便利なものなのだ。
その後8時になって朝練を切り上げて、私はいつも通り全裸になってから水を被って汗を流した後、乾さんが持つタオルで拭かれた。
乾さんの個性は『乾燥』。その手で持つものは水気が飛んで乾燥していく、ドライヤー要らずの個性だ。
普段なら髪の毛なんかは濡れっぱなしで、透明化したタオルを巻いてたりしてたのだけど、彼女の手によってあっさりと乾ききってしまった。
これまで個性の制御に難があって、いちおう発動型の個性だったのだけれど、使うつもりのない時でも乾燥させてしまい、手荒れと乾燥肌が悩みだった彼女。
私のように手袋をして保湿クリームが手放せなかった彼女だけれど、私が心操くんにさせる個性練習を見て色々と試行錯誤した結果、個性制御のレベルアップを果たしていた。
「ありがとうー」
「どういたしまして」
そして一方の心操くんは水田さんが持っているタオルで拭きあげられていた。
水田さんの個性は『保湿』……だったのだけれど、実際は『保水』とでも呼ぶべき水を操作する個性だということがこの一週間で発覚していた。
彼女の手は水を保つ。この場合の水は液体全般を指しており、さらに濡れたものに対する吸着力もある。彼女の持つタオルは圧倒的な吸水力を発揮して心操くんの汗の汚れを吸っていった。
さらに彼女はその個性を使って、水道の水を手にまとわせてサッカーボール大のカタチでキープ。私と心操くんのタオルとシャツを空中で水洗いしてくれた。
「はい」「ほい」
水田さんの個性が解かれると水球が崩れて、ざばあ、と水が落ちた。
そして洗濯物は乾さんに渡され、絞る必要すらなくその手で乾いていった。
「お見事」
「ありがとう」
この個性社会で生活に便利な個性は多々あれど、彼女たちほどマッチしたコンビネーションは初めて見た。
非常に息の合った二人で、C組では最も仲良しの二人組と知られているのだが、その出会いは入学日で、出身も全然別のところだったりする。
乾さんが乾燥肌で悩んでいたなら、水田さんは手汗に悩んでいた。
そこで入学日の自己紹介で互いの存在を知ると、あっという間に仲良くなったそうだ。
色んな事の趣味嗜好は違うのにそれでも仲良くなり、二人は「運命の出会い」とまで言ってのけていた。
「それで、A組が襲撃されたって話は」
「本当です。公式発表に嘘はないですよ。言われてないことは多少あるとは思いますけど、それは私もわかりません」
いつもなら身嗜みのためにかかる時間が、
私はおにぎりを食べながら、副委員長の問いに答える。
「姉はずっと避難してたので誰々が戦ったとか、見てないんですよ」
嘘は言っていない。
「実際にA組生徒の何人かは直接ヴィランと戦う羽目になったのは本当だそうです。それと詳しくは教えられない、と姉から」
「怪我人が出たとか出なかったとか、情報が錯綜してるが」
「確か、公式発表ではヴィランの手による負傷は先生たち三人だけ、だったと思います。……リカバリーガールの治癒で済んだなら、それ以上の発表はないのかと」
実際には緑谷くんだけが保健室行きだったけれど。
あとは尾白くんは一人だったので、いくらかかすり傷を負っていたはずだが、そこはぼかしておく。
ヴィラン侵入、先生負傷の時点で充分な大問題だ。
幸い保健室の治療で済んだ生徒の怪我人の話は、わざわざ表沙汰にはしたくないのだろう。
「はー……オールマイトが負傷するなんてなぁ」
「生徒をかばった、とは聞いてますよ。まあ怪我の程度もわかりませんし」
私もあのオールマイトがヴィラン相手に負傷するとは驚きではあるのだけど。
……相澤先生の負傷はだいぶ重たいので、あまり突っ込まれたくないなぁ、と思っていたところで、「そろそろ教室行くか」とちょうど話が切り上げられた。
こっそり安堵の溜め息をつく私。透明で表情が見られなくて助かった。
「ところで、なんで敬語?」
「真面目な話だからですよ?」
昨日読んだ漫画とかで口調が変わりやすいんだよね、私。
いつもよりも余裕を持ってC組教室に入るとやっぱり私はクラスメイトに囲まれた。
「お姉さん無事だったの?」
「大丈夫でした。ご心配おかけしました」
「A組大丈夫だったの?」
「公式発表と姉のこと以外はなんとも……」
「ニュースにお姉さんちらっと映ってたね。あの手袋ってお姉さんでしょ?」
「あー……、はい。そうです。姉です……」
「やっぱりー!」
いや、よく気づいたなぁ。遠目に映るA組生徒の中に浮かぶ手袋が姉だと。
私は姉に言われるまで気づかなかったぐらいであった。無意識で気づきたくなかったのかもしれない。
よかったねお姉ちゃん、少なくとも一人は気づいてくれていたよ。
朝のホームルームの時間が近づき、各自席についた。
ほどなく、
「おはよう、みんな」
おはようございます、と声を揃えるC組一同。
「みんなも知っての通りヴィラン襲撃なんて事件が起きて少しの間学校がどたばたします。でも、かと言って浮かれないように。時間割の変更も多いから忘れ物とか気を付けて」
放課後の下校時刻が早まることも合わせて通達された。そして、
「――――雄英体育祭が開催されます」
ざわっ、と教室がざわめいた。
私と心操くんにとっては、いよいよ目標となるイベントが告知されたことになり、胸が高鳴る。
ちらりと横目で心操くんの方を見ると、机の下で彼は拳を握っていた。
開催はほぼ二週間後の五月上旬の日曜日。
想定の範囲内だが、私としてはもう時間がない、という感覚だ。
せめてもう1週間あれば、とは思うのだが、ヴィラン襲撃事件があっての延期もないらしい。
逆に雄英の管理体制は万全であることを示すために予定通りの日程で開催。ただし警備は例年の五倍、セキュリティチェックも厳に行われる、とのこと。
「――――?」
真剣に先生の話を聞いていると、ふと視線を感じた。
……というよりクラスメイトたちの注目が私と心操くんに集まっていた。
「頑張れよ心操!」
「頑張ってね葉隠さん!」
そんなクラスメイトからの声に――嬉しくて涙が出るかと思った。
「がんばります!」
声援に応えるため、立ち上がって拳を挙げた。「ほら、心操くんも!」と隣の席の彼の手を取って立たせる。
「……ああ」
控えめに手を挙げて、クラスの視線に応える心操くん。
「あと2週間、また色々手伝ってもらえたらと思います。よろしくおねがいします!」
「よろしく」
頭を下げる私と心操くんに、クラスメイトたちの拍手が返された。
そして教卓でその光景を見ていた香山先生は、物凄く美味しいものを食べた時の顔をしていたのだった。
昼休みのランチタイム。
今日はクラスメイトを交えて普通に雑談をしながら学食での昼食となった。
特に協議したいことがなかったのもあるが、人気のあるところなら逆に変に突っ込んだ話は求められないという計算もあった。
「……んんー?」
「あー、あそこにA組の子たちがいるから……」
しかし何か食堂に変な空気があった。
どうやら1年A組の生徒がいてそれを窺っているような生徒が多いから、ということらしい。
C組は私という情報源がいるのと、A組に対しては「クラスメイトの身内の学級」という意識があるのか、そこまで変な意識は向けていないようだが、他の学年含めた他のクラスはそうでもないようだ。
確かにテレビで取り上げられた存在がすぐそばに居る、と思うと気になってしまう気持ちはわからなくもない。
「昼休みでこれなら、放課後とか凄くなりそう」
「確かにそうかも」
同席するクラスメイトたちの言葉に、私も頷いた。
心操くんもなんとなくA組生徒がいるらしき方を眺めている。
私からだと人垣になって見えないけれど、彼の背の高さなら見えているのだろうか。
……あれ? というか心操くんってA組生徒の顔ってわかるのかな。
私は姉が撮ってきた写真とかで一通りの顔はわかるのだけど。
「――心操くん」
「なに?」
私は心操くんに顔を寄せて、こそこそと話しかけた。
怪訝そうな心操くんに、私は思いつきの提案を投げかける。
「放課後、A組に宣戦布告しに行こうぜ」
「は?」
面白そうだから、という気持ちがないわけでもないけれど、真面目な理由が一つ、二つ。
一つ目は、心操くんがA組生徒の顔を覚えるため。
知識としての個性や外見、プロフィールなんかは私から教えられるけれど、やはり実際の顔を見た方がイメージしやすいと思う。
二つ目は、A組生徒に心操くんの印象を残させるため。
心操くんの個性は、呼び掛けに対して応答を貰わなければならない。
見知らぬ生徒からよりも、「あの時の!」となったほうが返事は期待できるはずだ。
そういう意味ではB組にも顔を出したいところだけれど、流石に怪しさが先立ってしまうだろう。
で、あるなら、野次馬が集まるであろう今日の放課後、A組教室に行って敵状視察なり宣戦布告なりするのは良い機会だ、と私は考える。
以上のように伝えると、少し考えた心操くんは「なるほど……」と頷いていた。
何を言うのか内容は心操くんにおまかせだ。出来るだけ印象が残るようなことを言って欲しい。
このことを聞いたクラスメイトたちは「私たちも見に行こうかなー」などと野次馬に加わる相談をしていたのだった。
いよいよ放課後。作戦実行の時。
「じゃあ、心操くん頑張ってね! 私、ちょっと先に行くから!」
ホームルームが終わるや否や、私は廊下に飛び出てA組教室に向かった。
小走りにB組を通り過ぎA組教室のところに着くと、既に何人か他クラスの生徒が、まだA組はホームルームが終わっていないのだろう閉じた扉の前でたむろしていた。
っと、ガラリと雄英特有の大きなドアが開いて中から相澤先生が出てきた。ちょうどホームルームが終わったようだ。
(うわっ!? 相澤先生、包帯凄い。ていうか、その状態で復帰してたの!?)
顔が見えないほどに包帯を巻かれた、まさにミイラ男のような姿の相澤先生が、徐々に集まりつつある野次馬生徒たちを一瞥した。
その包帯の下から見える眼光に、人垣が割れて職員室への道が開く。
私はその時「これだけの怪我だと昨日の文章は代筆だったのかなぁ、でも復帰してきたってことは文書仕事ぐらいはできるかなぁ」などと割と関係ないことを考えていたのだが、
「――葉隠? ……ああ、妹の方か」
私の姿を見かけた相澤先生がぽつりと呟いていた。
挨拶をしようかと一瞬迷ったが、相澤先生はもう私のことなど気にせずにさっさと歩いて行っていた。
さて、扉は開いている。
私は周囲を見渡して、自分の方を注視している生徒がいないことを確認すると、その場でしゃがみながら服装を全て透明化して完全ステルスモードに入った。
静かに立ち上がって、開いた入り口からA組教室の中に入り込む。当然、忍び足で。
教室を出ようと歩いてきていた女子生徒――麗日さんだ――の横をぎりぎり抜けることができて、黒板沿いに入り口の逆側の窓際まで忍び込めた。
窓際の一番前に姉の席があるはずだが、そこに姉の姿はない。ちょうどいい、この辺りに居させてもらおう。
「何ごとだぁ!?」
教室の出入口では、麗日さんが驚きの声を上げていた。
見れば野次馬は結構な数になっており、このままでは人垣で外に出れそうにない。
ツンツン頭の男子――爆豪勝己がそれでも構わず外に出ようと「どけモブ共」という台詞と共に威圧していた。
「――噂のA組。どんなもんかと見に来たが、ずいぶん偉そうだなぁ」
そこに現れた聞きなれた声。心操くんの登場だ。
幻滅するなぁ、とか中々芝居がかった台詞を用意してきたな、と私的には高評価。
さらに、あの爆豪くんを目の前にしてふてぶてしい態度をとってみせる心操くんに、内心で拍手を送る私。いいぞいいぞ。
A組教室内を見回すと、やはりA組生徒全員が心操くんに注目していた。この時点で作戦は大成功だ。
「――体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって――」
微妙にすっとぼけた台詞ではある。
実はヒーロー科の入学案内には特別編入カリキュラムの書類は入っていない。必要ないのだから当然ではある。
なので、編入カリキュラムのことを知っているのは姉ぐらいだし、姉もカリキュラムのことは誰にも伝えていない。
そして私たちがどれほど頑張って体育祭に向かっているか、それを知るA組生徒はいない。姉にも秘密にしているのだ。
「敵状視察? 少なくとも
心操くんの視線が、A組教室を一閃する。
「調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー――宣戦布告しに来たつもり」
(――決まった!)
声は出せないし大人しくステルスしている以上じっとしているけれど、内なる私は「うっきゃー!」と大喝采している。
私の期待以上の啖呵を切った心操くんに、A組生徒たちの視線は釘付けだ。
そして静かに爆豪くんと視線をぶつけあう心操くん。
ヒーロー科相手に一歩も引かない普通科の姿は中々にドラマティックだ。
「おうおう! 隣のB組のもんだけどよぅ!」
っと、そこで新参の登場だった。B組の男子生徒らしい。爆豪くんの視線が外れる。
そして空気が変わったと思ったのか、爆豪くんはもはや野次馬に興味はないと廊下を進んでいこうとした。
切島くんがヘイトを買ったことをとがめて呼び止めるも、
「――上に上がりゃ、関係ねぇ」
と、切って捨てた。
(おお……かっこいいじゃん……)
そう、ヒーロー科はゴールじゃない。
ヒーローになること、それすらゴールではない。
雄英のヒーロー科、そこから目指すべきものはトップヒーロー。
その言葉は他のA組生徒にも感じるものがあったようだ。
でも、だからこそ、心操くんは
残り二週間、頑張らないと。
感想・評価、ありがとうございます。
だいぶ悩んで普通科オリキャラの名前とかを出しました。今後出番があるかというと実は微妙ですが、どういう手伝いをしてくれるかはわかりやすいかと思います。
久々の原作パート。
本作のオリ主視点だとこんな感じだったらしいですよ。