透明少女な双子の妹が普通科からヒーロー科を目指す話(仮) 作:峰下抄
さて、用事も済んだし、私もそろそろA組教室からおさらばしよう。
教室を囲んでいた他クラスの生徒たちの熱も退き、A組生徒たちは三々五々に放課後の時間を過ごし始めている。
(んー……)
そのまま
こっそりと姉の机の席に着く。姉の席は教室の左前の角に位置するので、振り返ればほぼ全体を見渡せる。
姉は……教室の後ろの方で、八百万さん耳郎さんたちとお喋りしていた。他の生徒たちも近くの人とお話中。
(――よし)
誰もこっちの方を見ていないのを見計らって、静かに席を立ちながら制服と上履きの透明を解除する。
眼鏡やリボンは透明を維持して、靴下は……姉とは色違いだから透明のままでいいか。
おっと、ついでに制服の肩の飾りボタンも透明に戻して数を揃えておこう。ヒーロー科の肩のボタンは一つだった。
そして何食わぬ顔で――透明だから表情は見えないけど――教卓前を横切って、A組教室を出ていく。
それでは、お邪魔しました。
「……あれ、葉隠さん?」
「なぁに? 尾白くん」
「えっ!? 今、出て行かなかった?」
「後ろで耳郎ちゃんたちとお喋りしてたけど――あー……尾白くん、見ちゃったか。私のドッペルゲンガー」
「ドッペルゲンガー!?」
C組教室に戻ると、心操くんがクラスメイトたちに囲まれて囃し立てられていた。
さっきの心操くんはかっこよかったので、さもありなん。
そしてみんな、各自で撮った
「私もあるよー」
と、私もその輪に加わる。
私のカメラアングルは心操くんの正面側なので、心操くんの表情がばっちり映っていた。
A組教室に入るタイミングで撮影を開始していた。完全透明でも手癖で録画開始できるので。
「え? 葉隠さん、これどうやって撮ったの?」
「透明になったまま、スマホ片手に」
「……透明なのに?」
「撮れるんですよ。不思議だよねぇ」
疑問を呈してきた子に対して、私はそれを肯定した。
私も最初は撮影できることに何も疑問を持たなかったのだけど、『透明』について考察を深めていくと不思議だなぁ、と思うようになっていた。
何のことを言ってるのかわかっていないクラスメイトもいるのだが、この辺りは理系知識か、雑学というか旧時代のSF考察なんかの知識の有無だろう。
「透明ってことは光を反射しないし屈折しないってことなんだけど、昔のSF考察なんかでは『透明人間は光を通過するから目が見えない』って言われてたりするんだよねー」
通常の人間の眼は、瞳孔から入ってくる光をレンズで屈折させて網膜で受けることで視覚として認識できるようにする。大雑把な話だが、透明であるということは光を屈折しない、ということなので網膜で像を結べないはずなのだ。
あくまで超常発現以前のお話ということを留意する必要はあるが、SF作品は歴史があり、敢えてフィクションの空想科学について考察するというのは楽しみ方の一つとして連綿と続いている。
そしてそういった科学考察を台無しにしちゃうのが、『個性』というものでもあるのだ。
物理現象、エネルギー保存の法則や等価交換の概念を著しく揺るがす個性は多々ある。身近で最もわかりやすいのは『創造』の八百万さんだろうか。
見た目と釣り合わない『超パワー』の緑谷くんなんかもどこからそのエネルギーが来ているのか、仮に溜め込んでいるエネルギーの発露なのだとしたらそのエネルギーはどこに溜まっているのか、旧来のSF考察なら緑谷くんの身体にはラクダのコブのようなエネルギーの貯蓄器官があるのでは、なんて言われるだろう。
そういった諸々の問題を、ひとまず『個性因子』というもので解決しているのが現代社会である。
「私、透明でもちゃんと目が見えるし。目蓋も閉じれるんだよ」
「目蓋を、閉じれる? ……ちゃんと見えなくなるの?」
「見えなくなります。ほんとに不思議だよね。ちなみに意識すると目蓋閉じたままでも見えるよ、というか見えるようになった」
寝るときに透明な目蓋を閉じるとちゃんと見えなくなるのだから、個性って不思議だ。
意識すると目蓋を閉じてても見えるようになったけど、今でも特に気にしなければ目蓋を閉じるとちゃんと見えなくなる。
「カメラなんかは透明にしててもちゃんと撮影できますね。光ファイバーケーブルなんかは通信ができなくなるのを確認したことあります」
「検証してるんだ。流石……」
概ね受信の機能には問題が生じないし、光を介さない電気信号の類には影響を与えないらしい。
日射病・熱射病にはならない(なりにくい。熱中症ならなる)ので夏には強かったりするのだけど、植物を透明にしても光合成は阻害されなかったらしいので、都合の良いと思われる部分だけ光の影響を受けるのでは、なんて考えられている。姉も私も(両親も)ビタミンD不足を懸念されたけれどそれもないし。
「なので、私の透明化は『透明という概念付与』という説が今のところ有力だそうです。確定ではないですけどね」
「概念付与」
「透明だから見えないって世界を騙している、みたいな感じ」
「わかるようなわからないような……」「わかる?」「なんとなく」
さてそろそろ、閑話休題。
私の個性の話はそれぐらいにしておいて。
「あー、心操くん。自習室行こうか。作戦会議しよう」
「了解」
元々の目的であるA組面子の確認作業をすべく、C組教室を後にする。
確認をするだけなら別にどこでもできるのだけど、盗撮まがい――というかまあ盗撮である――で撮ってきた映像で確認するのだから、C組を共犯にするのは避けたかった。
あくまで体育祭に入れ込んでいる生徒が手段を選ばなかった、という体裁を取るべく心操くんだけを連れて自習室へ向かった。
自習室に到着すると机と椅子を用意して、私と心操くんは肩を並べて座った。
机の上にノートと携帯電話を広げて、さっそくさっき撮ってきた映像を確認する。
こういうとき、透明だと相手の視界を邪魔しないから便利かもしれないな、などと思いつつ携帯電話を操作し、再生動画からA組生徒の顔がわかりやすいタイミングで
「とりあえず画像の順番でいいかな?」
「ああ」
一番最初は麗日さんだ。それから峰田くん、緑谷くん、飯田くん、と一人ずつ確認していった。
「ありゃ……爆豪くんの画像は微妙なのしか撮れてなかったや。でもまあ、流石にわかるよね」
「あんだけ真正面から見てればな」
「んふふ。爆豪くん相手に一歩も引かない心操くん、かっこよかったよ」
「…………そりゃどーも」
「えー、本気なのにー」
「こちとら内心どきどきだったよ」
「マジか。素晴らしいポーカーフェイス」
やってやったねぇ、やってやったなぁ、と私はもちろん、心操くんも相好を崩して笑い合った。
そんな風にしてA組生徒の名前とプロフィールを一人ずつ話していき、一通りの確認が済んだ後は、体育祭について話し合っていた。
例年の種目と予選通過人数から目標順位を考えたり、予想される競技内容やルールから緩く対策を考えていた。
対策と言っても、大まかな方針と言う方が正しい。予選が全員参加型ならどうするか、グループ分けがあるタイプで私と心操くんが同じ振り分けになったらどうするか。協力できる状況なら協力しよう、とか。
一対一の対戦ルールで私と心操くんがぶつかったらどうするか。後腐れなく本気でやるのか。
その時になって後悔しないように、あらかじめ取り決めをしておく。
……それと、姉は極力狙わないで欲しい、かな。
――
自習室のドアがわざわざノックされてから開いた。
何だろう、誰か来たのだろうかと二人で顔を向けると、そこには編入カリキュラム生で唯一経営科の生徒、
「ここにいるとC組で聞いて来たんだが、会議中か?」
「今、終わったところです」
何か用だろうか。訊いてみると、
「体育祭が告知されたから、取材の申し込みをしに来た」
――――取材?
取材――と言ってもその実、雑談めいたお喋りがメインだった。
三脚にセットされたビデオカメラと机の上に置かれたレコーダーは既に記録を始めている。
私は中学時代に何度か新聞部の友人から姉と一緒に似たようなことをされていたので、なんだか懐かしい気持ちになっていた。
いちおう自分の携帯電話も録画ボタンを押しておく。変な切り取り方をされた時の対策だ。
「えっと、先に私から訊かせてもらいたいんだけど。この取材の目的は?」
「大きな目標としては文化祭での研究発表用だ。それに向けて『特別編入カリキュラムとは』か、もしくは『編入する生徒に迫る』とか、いくらか興味を惹けるようなテーマを掲げるために素材を集めたい、この辺りだな」
「編入する生徒、って」
「君たち二人のいずれか、いや、どちらも、だろう? 僕から見て、その可能性は充分高いと踏んでいる。少なくとも他のカリキュラム生とは一線を画す意欲で備えているのだから、行くとすれば君たちしかいない」
「いやー買い被るねー。照れるねぇ、心操くん」
「まんざらでもなさそうだな、葉隠」
「まあ、こんなところだ。青田買いと思ってくれていいし、僕が早く目をつけていたぞ、ということを示せる程度の話が聞ければそれでいいから、気楽に答えてくれると助かるし、大っぴらにしたくない話はオフレコ扱いにする。まずは自己紹介をしてくれ」
「わかりました」
「わかった」
――普通科C組、葉隠霞。個性は『透明化』。
ヒーロー科に姉が居て、編入を目指している。
同じく普通科C組、心操人使。個性は『洗脳』。
個性が対人に特化していたため、ロボット相手のヒーロー科入試に挫折。普通科からの編入を目指している。
入学日の自己紹介で言った内容をほとんどそのまま繰り返した。
「葉隠さん、お姉さんのことを訊いても?」
葉隠霞の双子の姉、葉隠透。ヒーロー科A組に所属していて、個性は『透明化』。
「ああ、毛糸中の透明双子、葉隠姉妹」
「……やっぱり知られてるんだ……」
「割と逸話が残ってるからな。後追いで調べても、いくらか話題は出てくるぞ」
「逸話が残ってることが初耳なんだよなぁ……」
「じゃあ、毛糸中にヒーロー科を志望する入学者が増えたって話も知らないのか? 葉隠姉妹の影響だと確実視されてるんだが」
「やたら新入生にやる気のある子が多かったのはそれかぁ……。お姉ちゃんはともかく、私は雄英受験に備えることばっかり考えてたから、学校の身の回りのことは二の次だったんだよなぁ……。……また逆質問だけど、どんな話があるの?」
「関東の中学各校の風紀委員たちで団体対抗戦が開催されて、それを優勝している」
「……マジで知らないよ。なにやってんのお姉ちゃん……」
「葉隠姉妹の話は、大体が姉の葉隠透によるものと思っていいのか?」
「学外の話なら、多分……。いちおう私もやらかしたことがあるけど、それが話として残ってたら怖い」
「やらかしたことはあるのか、葉隠」
「実はあるんですよ、心操くん。……やらかしたって話はいちおうオフレコで」
「了解した」
カットしてねと、チョキチョキと手袋をつけた手で示すと未影くんは頷いた。
その後は朝練や放課後の自主訓練について訊かれたり、雄英体育祭に対する意気込みなんかを答えたり、ごくごく普通のインタビューが続いた。
そして、
「あえて意地悪な質問をするが、――もし二人が決勝進出を賭けてぶつかったら、どうする?」
「んー……」
「…………」
先ほど、取材が始まる前の作戦会議で話し合った内容ではあるが、即答するのは難しい質問だった。
「まあ、手は抜けないよね。評価下がっちゃうだろうし」
「競技種目によるけど、俺は本気でやるだけだな。まともにやっても勝てるかどうか」
おっと、少し温度差のある回答になってしまった。
けど、まあいいか。ぶっちゃけてみよう。
「……私としては、心操くんに勝ちあがって欲しいかな」
「それはどうして?」
「私はお姉ちゃんがヒーロー科にいるから。心操くんの方が、ヒーロー科に行く意味が大きいと思う」
「…………」
あ、心操くんが不快そうに顔を顰めた。
でも……本音ではあるから。
「私とお姉ちゃんだと、得意なことは違うけど、やっぱりやれることは似てるんだよね。どちらか一人なら、心操くんを推したい。私は、そこまでヒーロー科編入には焦ってないフシがあるからさ」
我が事ながら、他人事のように私は言った。
そもそも、ヒーローになりたい、というのは姉の夢で、私はその便乗に過ぎない。
雄英に入ったことも成り行きと言ってもいい。
未影くんがかつて言ったように、特別編入カリキュラムは私のために――私のせいで――作られたものだ。
そうまでして雄英側が私を入学させたかったのは、大げさに言えば口止めの意図がある、と私は考えている。
よそに行かれて、入試の安全管理の不行き届きを喧伝されたくなかったのでは、と。
「……葉隠、君は、」
未影くんが、少し言葉を選びながら言った。
「――――ヒーローになりたいわけじゃないのか?」
……ああ、透明で良かった。
図星を突かれた私の表情が誰にも見えなくて。
「なりたいことはなりたいんです。でも、心操くんやお姉ちゃんみたいに強いモチベーションがあるわけじゃないんだな、って。雄英に入ってから気づきました」
「私にはヒーローになってからやりたいこと、なりたいヒーローっていうのが――無い。……心操くんは違うよね」
この個性を人のために、ヒーロー科の生徒たちをも超える立派なヒーローに。
心操くんはそう言っていた。私にはそんな彼が、眩しい。
「……でも、簡単には譲ってあげないよ? 不甲斐ない動きしたら叩きのめすんだから。あくまで実力伯仲で勝負つかず、みたいなときの話だよ」
半分嘘で半分本気の台詞。
今更誤魔化そうとしても手遅れだろうけれど。
ほどなく、取材は終了した。
未影くんは「もっと軽いトークで良かったんだが……」「これ、使えないなぁ」などと呟いていた。
彼は私の発言の重さに気づいたのだろう。
彼の個性はおそらく私の真意、とまでいかずとも、本気かどうかぐらいは
彼、未影薫の個性は『幻嗅』。存在しない匂いを嗅ぎ取る個性。
ひどく解釈に困る個性の説明だったが、彼は彼の誠実さを示すべく詳細を教えてくれていた。
『個性が出た日、その日の夕食の匂いを嗅いだんだ。まだお昼で母が何を作るかも決めていなかった時にね』
『それで未来予知の類かと思っていたら、今度は相手の感情の匂いなんてものを嗅ぎ分けていることに気づいた』
『それからは、ありとあらゆるものに匂いを感じるようになった。それこそ雰囲気みたいなものにだって』
五感にまつわる個性は、自然と発達していきやすい。
日々の生活の中で無意識に第六感として使われるから、必然的に伸びやすいのだ。
それでも、匂いが何を示しているのかは経験から導かなければならない。
そうして彼は知的好奇心を刺激されるようになって、今こうやって雄英の経営科に居るのだという。
それでいて私に匹敵するフィジカルを備えているのだから、かなり天才肌というか、漫画の主人公みたいであった。
未影くんが去り、自習室に私と心操くんの二人が残された。
いつかのように、自習室で二人きりだった。
「心操くん」
「なに?」
「軽蔑した?」
「してないよ」
「…………」
「ほんとだって」
「……なんか私、話したいって気持ちがあると、つい逸っちゃうんだ。ずっと心操くんには話したかった」
「なにを」
「どうして、私が透明でいるのか。ヒーローになりたいのか」
「…………」
「聞いてくれる?」
「……ああ」
私は、話した。入学日に言えなかったこと。
私の身の上話と、ただ個性を使えるからとヒーローを目指してしまっている情けない話を、心操くんは黙って聞いてくれた。
家族以外に話すのは初めてだったから、なんだったら姉にすら話してないことでもあったから、何度もつっかえてしまったけれど。
全て話し終わったら、少し……だいぶスッキリしてしまった。
「……えへへ。心操くんには甘えっぱなしだ」
「そんなことないだろ。……世話になってるのは俺の方だ」
――本当に、心操くんは、……いい人だなぁ。
自習室を後にした未影薫はC組教室に向かった。
到着したC組教室には、まだ何人かの生徒が残っていた。
その中にはC組委員長の姿があり、彼女はやってきた未影に気づいて声を掛ける。
「あれ、さっきの経営科の。二人は居た?」
「無事に取材できたよ。ありがとう」
「どういたしまして」
「――君にも話を訊いてもいいか? 時間は取らせない」
「なに? 内容によるけど」
「C組全体で、あの二人のことを応援しているだろう。それはどうして?」
「結構単純な話よ? 素直に手伝いを求められたから、というのがまず第一」
「ふむ」
「次に、体育祭が
「確かにね。経営科にも体育祭には乗り気じゃない生徒はいる」
「だろ? けど、あの二人は本気で体育祭で勝とうとしてる。ヒーロー科を相手にして、さ。それで本当に普通科がヒーロー科に勝っちゃったら、それはそれは楽しいことになる」
「期待しているんだね」
「――でもまあ、一番の理由はやっぱ、あの二人が頑張ってるってことだよね。心操も、葉隠も、さ」
「ああ」
「あんなに頑張ってるんだったら、手伝ってやりたいじゃん。結果がどうあれ、目的がどうあれ」
「なるほど」
「そんな感じだよ、うちのクラスは。シンプルだろ」
「いや、良いクラスだと思うよ」
でしょう、とC組の委員長はからりとした笑顔で言った。
びっくりするほど台詞だらけ。
た、たまにはこういう回もいいかなって……。
慣れないことをするもんじゃない気もします。
またもオリキャラ投入、というか名前と個性出しです。
モデルになるキャラが明確にいるのですが、キャラ自体ではなく要素だけ取り出して(名前・個性)、アレンジな感じです。
ブギーポップシリーズの『パンドラ』からになります。知ってる人ならすぐわかる。
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長くなってしまった振り返り編(仮)も多分次で最後になるかと思います。
なんとか主人公にやらせたいことができるようになるまで頑張ります。
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