透明少女な双子の妹が普通科からヒーロー科を目指す話(仮) 作:峰下抄
選手宣誓で開会式はひと盛り上がりしつつ、進行していく。
第一種目の発表だ。
多くの者が
実際の競技内容によるが第一種目の目標は30位以内、というのが心操くんと事前に作戦会議をした結論だ。
ヒーロー科編入を目指す以上、最低でも第二種目には残らなければならない。ここで脱落してはそれこそただの一般生徒と同じなのだから。
甘めに見積もった場合ならヒーロー科の誰か一人にでも順位で上回れれば予選通過はありうるかもしれないけれど、その時はヒーロー科からその生徒がドロップする方が可能性は高いかもしれない。
『さて運命の第一種目! 今年は――これ!』
障害物競走。
会場の外周を一周する、約四キロの競争。――これを聞いた瞬間、私は動いた。
実は既にこそこそとA組の近くまで来ていたが、さらに集団の中に入り込む。
ほどなく目当ての人物――それは当然、葉隠透、我が姉である――の肩をぽんぽんと触った。少し驚いたような気配がして、姉がこちらを見た、ような気配がする。透明なので見えないけれど。
「スタートライン寄りに行こう。たぶん早い者勝ち」
私は小さな声で話し掛けた。こういう時、お互い透明だと目配せが出来ないのが不便だなー、などと考えながら姉の服を引っ張る。
オッケー、と小さく姉は返したので、私は姉の服を掴んだまま、こっそりと移動を開始した。
多分、耳の良い耳郎さんや障子くんあたりは私たちに気づいてると思うんだけど、まあバレても問題はない。
もちろん二人分の体操服が移動していると不審に思われるし、私には眼鏡とリボンがついてて殊更なので、私は自分の服装と、掴んでいる姉の体操服を少しずつ透明化して目立たないようにした。
姉のインナーを残すような不手際は起こさない。昔やったことはあるけれど。
(誰かに見られたかなぁ? まあA組の人以外に見られても、どっちの個性とかはわからないよね)
なんだったらA組の人でもわからないかもしれない。姉の隠し玉と思ってくれたりするかもしれない。
かくして、こっそりとフィールドの生徒集団の外側に移動し、スタートゲートがわかってからは小走りでそちらのほうへ。周囲がこちらを注視してないタイミングを見計らってひょっこりと透明化を解除して、無事に先頭集団に紛れ込んだ。
そうしてほっと一息ついたところで、今度は姉が囁いた。
「轟くんがいる」
スタートラインに向かって右手側、やや後ろのほうに、強烈な冷気と炎を扱う要注意人物、轟焦凍くんの姿があった。
彼もうまく先頭集団に入ってこれたらしい。
「これは」「多分やってくるね」
要警戒、だが我々の位置取りも悪くない。これがこちらの左手側、つまり轟君の右手側に私たちが位置していたらもう全力で警戒しなきゃいけなかった。
ちらりと後ろを振り返るも、私も姉も身長は高くないので生徒の壁しか見えない。ただ、混み混みなのは伝わってきていた。
普通にのんびりしてたら危なかった。姉なんか頭にガンガンぶつけられるシチュエーションだし、スタートしてからは狭い通路で押しつぶされてしまう危険もあった。
うむ。
自分が良い成績を残すことは大事だが、姉が良い成績を出すことも大事なのだ。
度合でいうと、後者の方が優先度が高いまである。
もうちょっと言うと、自分の成績の優先度は第3位である。第2位は心操くんの成績なのだ。
いよいよ第一種目が始まる。グリーンシグナルが消え、
『――スタート!』
とミッドナイト先生のコールと共に、みんな一斉に走り出す。
私たちもほとんど全力疾走だ。ただし、轟君の方からは決して気をそらさない。
「来たよ、霞!」「オーライ!」
何度も喰らってたまるか、そんな気持ちが乗っていそうな姉の声に合わせて全力で跳躍した。
――瞬間、狭い通路を冷気が迸っていく。
接地していたところから氷結していき、多くの生徒が足を凍結させられている。
いや、多くは、と言ってもそれはヒーロー科以外、という意味でしかない。
姉がそうであるように、A組の面々は各々の個性や技術を以ってその凍結を回避していた。見えていないけれど、きっとB組生徒も対処しているのだろう。
すっかりアイスバーンになってしまった地面に着地――着氷?――する。
消音性重視の柔らかな靴底はグリップ力も発揮してくれて、そこそこのペースで走り続けることができそうだ。
姉の方はというと、普通の運動靴のはずだけれど、見事にバランスを取りつつ走りをキープしている。
流石は我が姉である。
バランス感覚なんかは特にそうで、
最初のふるい、いや、スタート地点からの狭さが最初のふるいだとすれば二番目のふるいを真っ先に抜けてきたのは、やはりA組の生徒たちだった。轟くんの妨害にもノンストップで駆け抜けてきている。
中でも驚きだったのが、個性『もぎもぎ』の峰田くんだ。アイスバーンにもぎもぎボールを設置して、トラップと自分の足場に活用する一石二鳥の手で一気に順位を上げて行く。入学初日の体力テストでは姉と下位争いを繰り広げていたはずだったのだが、便利な個性なんだなぁという思いを強くした。
しかしその峰田くんの快進撃に、ついに現在トップの轟くんに届くかというタイミングで文字通り横槍が入った。巨大ロボットの腕が峰田くんを殴り飛ばしたのだ。
『まずは手始め! 第一関門! ロボ・インフェルノ!』
第一関門、カーブの先の広場には巨大なロボットが待っていた。
「――入試、の、仮想
誰かの声が、私の思考と重なった。
入学試験――――
――――ヴィランロボット
――――爆音
瓦礫の崩れる音――――
あの日の記憶が脳裏をよぎる。足が止まり、身がすくみそうになった私は、
「――霞! こっち!」
姉の声と共に、手を引っ張られた。
はっ、として足を動かす。ほぼ真横に向かって走りだす。
コースの中央では、轟くんが大規模な氷冷攻撃で一体のロボを凍結させていた。それは間もなく倒壊して、広場中央に混乱をもたらす。
一方、私たち二人はその騒ぎを避ける動きだ。派手な戦闘力がない私たちには、戦う必要のない相手は避けるべき。
「お願い」「うん」
再び姉と自分の服を透明化する。
ヴィランロボットのセンサーは、透明化した私たちを正しく認識できない。
最低でも人体とわかる程度のシルエットがなければ、人とは認識できず攻撃目標に設定することはないのだ。
この仕組みのおかげで姉も私も入試でロボットと戦うことができ、姉は合格までポイントを稼ぐことができた。
センサーの設定がいじられていないことを祈りつつ、そうでない場合を警戒しつつ、はたして無事にロボット地帯を抜けることができた。
中央突破を成功した生徒たちにいくらか先を越されるも、私たちは第二関門『ザ・フォール』に到達した。
「うわっ、――すっご」
「うひゃー……」
がっつりと道に大穴、峡谷めいた風景が広がっていて、足を止めてしまった。
綱渡りをしろ、ただし雄英スケールで、という障害で、これはどうしようもない。
綱を透明化して後続へ嫌がらせぐらいはできるけど、それだと私の個性をさらし過ぎてしまう。
これは、しょうがないねー……と姉と言葉を交わして、ただ黙々と綱渡りを開始した。
空を飛んだり、あるいは大きく跳躍できるような個性の持ち主がいれば一気に順位を上げられるのだろう。もしくは、真っ先に見事なワイヤーギミックの自作アイテムを披露した生徒のように、サポート科が輝く関門なのかもしれない。
先を行く姉の後をただ追う。
(この前聞いたお姉ちゃんの身長、152cmだったっけ。2cm差かぁ……)
被服控除用のヒーロースーツ申請の際に、身体測定を行っていて、その時はどんなスーツにするのかなー? と無邪気に考えていた。今となっては身体測定の意味とは? となっているけれど。
昔、もっと体格差があって、双子とは思われない時期もあったりした。それは嫌だと思って、頑張って食べたり寝たり、身長伸びろーと頑張った結果、今では趣味の違いはともかく服もほぼ使いまわせる程度にはなったが、もう身長が追いつくことはなさそうである。
体力差から少しずつ姉から離されていくも、お互いもう協力区間はおしまいだと直感していて、姉がこちらを窺う様子はなかった。
その後、第二関門の綱渡りは何事もなく通過できた。
コースの先の方では、何やらどっかんどっかんと爆音と桃色の爆風が立ちのぼっている。
(知らなかった。私、爆音も苦手になってるんだ……)
入試でのアレコレは、自分でも知らないうちにトラウマになっていたらしい。
無性に嫌な気持ちが湧いてきて、胸が重たくなる。もちろん精神的なものだけれど。
過大な恐怖感で、落ちそうになるペースを保ちつつ、時折爆音を轟かせるエリアにたどり着いた。
第一関門のようにひらけたエリア、第三関門にして最終関門は地雷原。
殺傷力こそないが、激しい音と光が生徒たちの脚を止めさせる地雷が敷き詰められている。
埋めてあることがよく見ればわかるようになっているが、見えるということは避けねばならないということで、先行していたトップ集団も足止めを喰らって、先団が圧縮されている。
これは混戦になるのでは、と危惧しながら後方を確認してみると、思いのほか後続の走者はまばらだ。
それぞれの関門は関門としてきちんと機能していたらしい。
私はヒーロー科の面々ならこれぐらいいける、というのは予想できていたので覚悟できていたけれど、ヒーロー科の入試内容すら知らない生徒なんかは、いきなり無法地帯に放り込まれたようなものだろう。
とはいえ私もこの地雷原には、えっちらおっちらと進まざるを得ず。
地雷を踏むのはもちろん、他の生徒が起爆させてしまった余波を喰らうのも怖い。
なにせ、一発の地雷から連鎖的に起爆し大爆発、という流れが既に何度も起きている。
(ふらりと歩みを乱した途端、爆発に吹っ飛ばされて気絶――そんな最悪な状況、入試の時だけで充分だ)
焦燥を抑えつつ、歩みを進める。目標の30位は充分届く範囲、のはず。
(落ち着いて目を凝らせ。『見える』のなら余裕だろう、私)
姉との『透明組手』を思い返して気合いを入れる。
目の前の不安から一度気を逸らして、メンタルリセット。よし。
仮に地雷を踏んでも死にはしない、気をしっかり持てばいいんだ。
自分を誤魔化していることに気づいてはいるが、踏み越えるべきものだ。プルスウルトラ。
地雷原を走り抜けていく人たちもいる。
スピードのある個性で、耐久力のある個性で、あるいは感知力のある個性で。
焦った人が見逃した地雷を踏み、派手な爆発で吹っ飛んでいく。
吹っ飛ばされた先でさらに吹っ飛ばされて、そのまま広場のエリア外まで運ばれていくのまで見えた。
そういえばコースアウト規定はどうだったか。戻ってこれるのだろうか。なんとなくリタイアな気がした。
地面を注視するのをやめて、視線を上げて前を見る。
先頭は変わらず、あの二人がしのぎを削っているようだ。氷と爆破の応酬がせわしない。
脚自慢の飯田くんはさっき爆発に追いつかれてバランスを崩していた。
続いて追い上げているのが二人。たぶんB組の人。
あと目立つのは硬化の切島くんとB組のてつてつくん(だったっけ?)が競り合っている。心操くんがA組に宣戦布告しに行った時に見かけた人だ。
(このまま先頭集団についていければいけるか? でも、地雷原の先もそこそこの長さがありそうだぞ。素の走力勝負になったらいよいよ不利だ)
少しずつ後続も追いついてきている。もしかしたらここでこそ個性を発揮できるような生徒もいるかもしれない。
この期に及んで策はない。地面を少し透明にして地雷を見つける、という手もなくはないが走りながらでは無理だし、それでは意味がない。
焦る心とは裏腹に、ただ黙々と足を進めるしかない現状。わかりやすく個性を使って先に行く人の後ろにくっ付いていければ、と思うがそんな人は見つからない。
幸いなことと言えば、今まで私と姉の二人が実況からフォーカスされていないことぐらいか。いかんせん透明の個性は警戒されると打てる手が減ってしまう。
地道な作業めいた歩みの最中、ついつい思考を巡らせてしまう。
あまりにも繰り返される爆音に、少しずつ慣れてきたのは災い転じて福となすと言ってもいいか。随分な荒療治だけれど。
――そんな、慣れてきた、と思った矢先、後方でとんでもない大爆発が起きた。
(きゃああああああ!?)
声にならない悲鳴をあげつつも、爆風で転がらないように身を伏せた。
マイク先生の実況から聞こえるに、A組の緑谷くんが何かやったらしい。
とすると、爆風に乗って前に飛んで行ったのは彼なのか。
(分析とか考察とか、そういう発想力に長けているらしいとは聞いていたけれど、やってくれる……!)
不意打ちの大爆発に恥ずかしながら涙目だ。透明で良かった。
前方で、再び地雷の起爆。何が起きたのかはわからないけれど、緑谷くんはそのままトップを奪い、地雷原を突破したらしい。
一方残された地雷原エリアの混乱は後を引いていて、大爆発の爆心地に近い後方にいた走者の中には音にやられて動けなくなっている人もいた。
私も、爆音の余韻が身体に響いていて、動けない。
「――霞、大丈夫?」
「え……。お姉ちゃん?」
少し先を進んでいたはずの姉が、戻ってきていた。
明らかに私のことが心配になって、引き返してきたのだ。
「……うん、今は大丈夫。びっくりしてただけ」
私を安心させるように、姉の手が私の手を握る。……実際、かなり人心地ついてしまった。
嬉しい気持ち3割、申し訳ない気持ち7割。姉のペースならそれこそ30位以内は確実、あわよくば20位以内が見えていたのでは、と思うと内心は複雑にもほどがある。
これでは私に構うロスで、A組B組合わせた最後尾、予想ボーダーラインの40位付近になってしまう。
心配になる私に、
「いいんだよ。霞はお姉ちゃんのこと気にしなくて」
なんて言葉をかけてくれるけれど、姉とてヒーロー科の中では置いていかれまいと頑張る立場なのだ。
見込み無しは除籍、とは入学初日にA組担任の相澤先生から言われた台詞。合理的虚偽と言われはしたけれど、ヒーロー科に入ってもゴールじゃなく、むしろ過酷な道のスタートラインに立っただけ。
そんな姉の足を引っ張る真似なんかしたくはない。
先に行かせねば、そう思って口を開こうとしたとき、――にわかにまた後方が騒がしくなった。
皆が慎重に進む都合、爆音以外は静かな地雷原エリアに騒々しい足音が後ろから響いてきたのだ。
私の顔(眼鏡の位置)を見ていた姉が、なんだなんだ? と後方を窺った。私も振り返る。
そこには、猛ダッシュで地雷原を駆け抜けようとする集団が。
いちかばちか。ここを抜ければ第一種目突破、そんな猪突猛進染みた突進をする、十人ぐらいの普通科生徒集団。
そしてその中に見慣れた男子生徒が一人。
心操くん――普通科1年C組の心操人使が、何食わぬ顔で集団の後ろのほうを追走していた。
「――――――――」
腹を決める。心操くんがやっていること、やろうとしていることはすぐにわかった。
心操くんは地雷エリアの前で進むかリタイヤするか迷っている生徒たちに声をかけていったのだ。
その個性を使って支配下に置き、彼らに露払いをさせる。
エリア序盤こそは地雷がほとんど残っているので慎重に進ませていたけれど、エリア終盤にアレを見つけて勝負を仕掛けたのだ。
――轟くんが緑谷くんを追いかけるために作った氷の道。
あそこまで行ければ一気に進める。他の誰かが先に行く前に。
心操くんの声掛けで、集団から一人ずつ走り出す。
数メートルで地雷を踏み、吹っ飛ぶ。次の一人が走り出す。
さらに数メートルのゲイン。次。
残機制のアクションゲームめいた一種異様な光景に、孤軍奮闘中のヒーロー科生徒たちは戸惑いを見せている。
「お姉ちゃん、行こう」
さっきまでとは逆に、私が姉の手を引いて、その集団の方へ進む。
四人目の走者が爆発した。いや地雷で吹っ飛んだ。
後ろの心操くんがちらりとこちらを見たのを確認して、頷いた。
了承は得られたと思っておく。姉の姿も見たはずだが、彼は何も言わなかった。ほどなく無事に集団の後ろについた。
姉はヒーロー科で、彼の宣戦布告の対象内。本来なら蹴り落とす対象ではあるのだ。
いやまあ、私と一緒にいるときにやったら同盟破棄レベルの所業なので、そこは心操くんもわかっている。
そして、残機を三つ残して、心操くんと私たちは轟くんの氷道に到達した。
前走者の足跡を辿る必要がなくなり、滑らないように注意しつつも全速力で走り出す。
「『適当に後続を足止めしてくれたら、助かる』」
心操くんが残った三人に声をかけると、その三人は頷いて指示に応えた。うん、いい感じだ。
後ろからは私たちのように轟くんの道を使おうとやってきている生徒たちがいたので、残った三人は敢えて氷の脇の地雷を起爆させて妨害をしてくれた。
姉は何が起きているのかわからず戸惑いながらも走っている。
仲間を使い捨てる作戦なのか、はたまた自己犠牲精神溢れるチームプレイなのか。――どっちもである、ということは、彼の個性と私が考案した活用方法を知らなければわからないだろう。
長く感じた地雷原エリアをようやく抜け、残るは純粋な走力勝負。
可能な限りのペースでスタジアムまでを走るが、そこはやはりヒーロー科生徒たち。地力の差でどんどん抜かれてしまう。
結果は心操くんが27位。私が28位。
お姉ちゃんは私の後ろをキープして29位だった。
私としては先に行ってくれても良かったのだけれど、心操くんの作戦に相乗りしたから、とペースを合わせてくれた。
……いずれにせよ、目標の30位以内はクリア。
第一種目の予選突破は確実だろう。
『予選通過は上位43名――』
ミッドナイト先生のアナウンスを聞いて、私は大きく息を吐いた。
・予選通過人数は原作では42名でしたが、他の作品を読んでここの人数は可変でも良さそうかと思って変更しました。
・また、葉隠透の予選通過は本来38位でしたがオリ主の手引きで29位に。本来28位の拳藤さん以下はその分下がっています。
・ロボのセンサーや、心操くんの作戦等は独自設定です。
・文字数バランス気にせず書いてきたツケが出ました。