透明少女な双子の妹が普通科からヒーロー科を目指す話(仮) 作:峰下抄
予鈴5分前に私と心操くんは職員室を後にした。
聞きたかったことは先に香山先生の方から教えてくれたので、私からは今後の特別編入カリキュラムの授業スケジュールについて訊いてみた。
簡単に言えば調整中、とのこと。やはりUSJ事件の影響で色々な物が後回しになったりしているそうだ。事件当日、ヒーロー科授業の後に行われる予定だった救助訓練は13号先生や相澤先生の負傷もあり、スケジュールが完全に飛んでいた。
それでもUSJの復旧自体は事件後すぐに終えていて、体育祭も終わり、学校側の状況も落ち着いてきているのでそう遠くない時期に授業は組まれるでしょう、と聞くことができた。
楽しみだなぁ、と呟くと、微妙に心操くんが嫌そうな顔をしていた。
んー? やだなぁ、流石に授業中には個性訓練なんて差し込まないよー?*1
C組教室に入りながら、おはようーと挨拶すると、にわかに歓声が湧いた。
体育祭の閉会式やその後のホームルームに諸々不参加だった私は、決勝トーナメント1回戦終了ぶりのクラスメイトとの再会だった。
クラスメイトたちから「お疲れ様!」「二回戦凄かったな!」とねぎらいの言葉を、委員長からは「ナイスファイト」とサムズアップを貰い、「クラスの打ち上げもやるからね」と言われた。
ぐっと感極まりそうになるのを抑えて、ありがとうと頭を下げた。
体育祭までの1か月、C組のみんなには感謝してもしきれない。その気持ちは心操くんも同じだ。
最終種目の舞台まで上がるという結果も、C組みんなの力添えが無ければ成し遂げられなかった。
私も心操くんも、まだヒーロー科を目指している途中ではあるけれどいつかちゃんとお返しをしなくちゃいけないし、その時が来るまではC組の一員としてみんなに報いたい、そう思った。
さて、朝のホームルームで香山先生からも「体育祭お疲れ様。みんな良かったわよ」とお褒めの言葉を頂いた後は、普通科の本分である通常授業の時間だ。来週には中間試験も待っている。
体育祭に備えてはいたけれど、普通の授業もぬかりはない。想定される試験範囲も狭いし特に不安なところも今のところはない。強いて言うなら、クラスの学力平均がめちゃくちゃ高そうだ、ということぐらいである。
いつも通り、筆記具を透明化させつつ授業を受けていた
ブルルとポケットの携帯電話が振動して、通知を伝えてきた。
取り出して画面を見ると、姉からのメッセージが届いていた。
『今日のお昼、一緒に食べよう? 体育祭も終わったし、いいでしょ。ちゃんと紹介したいし、話したいこともあるし』
……若干、最後の「話したいこと」に不安を覚えるのだが、杞憂であって欲しい。
なんだろう。……やっぱりちょっと嫌な予感がする。
いやいやまさかお姉ちゃんに限ってそんな、とは言えないのが我が姉である。
ともあれ、せっかくのお誘いだし、私もA組の皆様には挨拶したいと思っていたので了承の返事を送った。
さてさて、やはり何事もなく午前の授業が終わってお昼休み。
心操くんとクラスメイトたちにもあらかじめ伝えておいたので、いってらっしゃいと見送られた。なぜか委員長からは「かましてこいよ!」という激励を貰ったけど。姉とランチタイムを取るだけですが!?
速足でB組教室を通り過ぎて、A組教室へ向かう。
宣戦布告ぶりのA組教室。昼休みに入っており、もうドアは開いていた。
「……ごめんくださーい。普通科の方の葉隠です」
お姉ちゃんは居ますか? と教室を覗き込んだ。いないはずはないだろうけど。
目の前の席には青山くんが持参してきた昼食を机に広げようとしていて、その隣の席には尾白くんがこちらに気づいた様子。
「あ。青山くん、尾白くん。体育祭ではお世話になりました」
「ボンジュール☆」
「こんにちは。こっちこそ」
騎馬戦で組んだ二人にご挨拶。尾白くんはともかく、青山くんは決勝トーナメントの一回戦で勝ち負けがあったのだけど、気にした様子もなく挨拶を返してくれた。
それから教室の中に、そして姉の席の方に目を向けるも、なぜか姉の姿はない。
「――来たね、霞」
唐突な姉の声。それも、教室を覗き込んでいた私の後ろから。
びっくりした私は「!?」と声にならない悲鳴を上げていた。
教室の後ろの方の扉から廊下に出て、わざわざ回り込んできていたらしい。
姉は私の両肩を抑えて、教室の中へと押し入るように入って行く。
まるで、逃がすまいとするように。
「お姉ちゃん……?」
「ふふふ……」
いや、何か言ってくれ姉よ。怖い。
押されるがままに教卓の前まで来た。
なんだなんだ、とまだ教室に残っていたA組生徒たちの視線が集まっている。
「霞……」
「な、なに……?」
見えないけれど顔を寄せて、耳に囁くように私の名前を呼ぶ姉。
「私、今日の登校中、話し掛けられまくったんだぁ。テレビで体育祭見たって」
「へ、へぇー……?」
――あ、わかった。やばい。
静かな声は、姉の怒りがこもっていた。
肩にあった姉の手は、するりと腕ごと私の首に回っていた。
「――――
ぐああああああああ!!
締まってる締まってる!
理不尽な姉ムーブにヒーロー科のフィジカル使うのやめろぉ!!
姉妹のじゃれ合いをA組教室で披露した私――葉隠透と
三奈ちゃんに席取りをお願いしていたのであんまり待たせてもいけない。
私は妹の手を引きながら、ようやく妹をA組のみんなに紹介できた喜びで、ルンルン気分でご機嫌に歩いていく。
学食に入って、各自注文を終えて、テーブル一つ丸ごと占拠して一緒の席へ。
私たち二人の他には席取りをしてくれていた三奈ちゃんとそれに付き合った切島くん、それから尾白くん、梅雨ちゃん、耳郎ちゃん、上鳴くんの合計八人が集っていた。
他にも瀬呂くん、口田くん、砂藤くんも一緒に来ていたんだけど、長テーブルは10席で一つ席が足りないのと一人だけ別の席になるぐらいならと三人で少し離れた別のテーブルに座ってもらうことになった。ごめんね、次の機会に。
「あらためまして、普通科C組の葉隠霞です。いつも姉がお世話になっております。みなさんのことはかねがね」
いただきますの前に、自己紹介をし直す霞。まだちょっと緊張が見える。
A組側の紹介は大丈夫。名前とか色々知っています、と芦戸さんに切島くんに蛙吹さんにと手袋をつけた手で指し示していた。
蛙吹さんと呼んだところで「梅雨ちゃんと呼んで」と返されて、妹は「つ、梅雨ちゃん」と頑張っていた。
それから「いただきます」と手を合わせて、ひとまずランチタイム。
「――まあ、そりゃそーだよねー、とは思うんだけど。体育祭でしか私たちを見てない人は格好の違いとか知らないだろうし」
「競技中は眼鏡とかも外してたしね……。決勝だと眼鏡は最初からロッカーに入れてたし」
「ケロ。でも確かに並んでみると全然違う格好ね、二人は」
先の話を蒸し返す、というか、あくまでさっきのアレはじゃれ合いなのだと示すべく切り出した。
梅雨ちゃんの言う通り、私と霞にはヒーロー科と普通科の制服の違いの他に、眼鏡やリボン、手袋の有無で受ける印象はだいぶ違うはずなのである。
それでもやっぱり透明人間、というインパクトは大きい、のだろう。普段の通学時でも視線を感じるし。
「声はそっくりだよね。流石双子だ」
「自分たちだとわからないんだよね、声」
「ね」
自分の声は骨伝導云々で低く厚く聞こえるとかいうやつである。
録音録画だと、どっち? ってなるから似ていることを知ってはいる。
「俺のことも知ってて騎馬を組んだんだよね」
「はい。あの時はともかくフィジカルが強い人を入れたくて」
「それと、前に見た『ドッペルゲンガー』って、妹さんだったってことであってる?」
「あー……はい、そうです。……ドッペルゲンガー?」
妹がこっちを向いた。視線を感じる。傍目からは眼鏡の向きでわかる。
「私が尾白くんにそう言った。霞だろーな、って」
「……まあうん」
尾白くんに罪はない。彼の素直な反応が面白いのが悪い。
「あれも透明化の個性の応用ってことだよね。決勝だと物も透明にしてたし」
ですね、と言った妹は実演してみせた。装飾品の類と制服の肩のボタンを透明化していた。
「――こんな感じかなー? 知らない人には見分けがつかないと思う」
おおっ、と驚きのざわめき。声の調子も私を真似て、丁寧語寄りの口調を外していた。
「ちょっとだけ霞が身長低いけど」「パっと見じゃ無理でしょ。2センチ差だし」
と言ったところで装飾品が透明化から戻ってくる。
「はー……。実は俺、ちょっと感動してる。毛糸中の葉隠姉妹って言えば、関東の中学だとちょっとした有名人だもんな」
「え゛っ」
「俺も、噂は聞いたことあったよ」
「えっ、えっ」
千葉出身の切島くん、東京出身の尾白くんの台詞に、妹は動揺していた。
離れたテーブルの方で瀬呂くんも「俺もー」と手を振っていた。
「霞もそろそろ慣れようよ?」
「……お姉ちゃん、知ってて黙ってたでしょ?」
「いやぁ、風紀委員の面子と口裏を合わせたつもりはなかったんだけどねぇ」
暗黙の了解になっていたというか。
対外的には風紀委員としての活動だったせいもあるのだけど、学校周辺でのボランティア活動はともかく、学外への遠征活動に妹は不在だったのに、なぜか葉隠姉妹として名前が売れていたのは私としてもびっくりである。
でも、目立ちたがらない霞に伝えてもストレスがかかるだけ、という心遣いではあったのだけど。
「それを言うなら、知らないうちに私がやったことが増えてたのもたくさんあるしね?」
「うぐっ」
逆に校内では私の振りをして
いちおうその都度報告は受けていたけれど、「この前はありがとう」と声を掛けられる度に、どれのことだとマジで考える必要があったりしたのだ。
というか、霞は私以上に校内のトラブル解決を手掛けていた。
性格や生活スタイルの違いもあって私が動くとそれなりに目立った。すると表面上の治安は良くなるのだが、トラブルの種は隠れてしまうのだ。
そういう隠れようとする問題を探すのが霞は得意で、『葉隠が見ているぞ』のキャッチコピーの大部分は霞の功績によるものだと私は思っている。
「それに、去年の今頃は――」
「わーっ!? やめろー! こんな人の多いところでー!!」
大慌ててで私の口を閉じようとする霞に、仕方なく素直に口を閉じる私。
他の皆は一様に「?」と疑問符を浮かべている。
思ったことは口に出しちゃう梅雨ちゃんは「いったい何があったのかしら?」とそのまま疑問を口に出していた。
「……いや、その……その頃、物の透明化の覚えたてで……調子にノって、ちょっとやらかしたので……」
ぶんぶんと首を振って、黙秘します! と妹はアピールした。
やらかした、とは言うけれど、実際には武勇伝なのになぁ。
当時、周辺地域で質の悪いチンピラが何度もカツアゲ行為を行っていて注意喚起されていた。
個性も使っている立派なヴィラン行為だったのだが、やっていることが学生相手のカツアゲということもあり、ヒーローや警察も中々本腰を入れてくれなかった。
そこで私たち風紀委員を始めとした同好会はボランティア活動の延長として、街のパトロールに乗り出したのだ。
もちろん私たちでヴィランを捕まえよう、とかそういうつもりではなく、子どもが危ない目に合わないように先生たちがやるような純粋な見回り行為だ。
私たちとしてもヒーローや警察が犯人を捕まえてくれるまで気休めになればいいな、とそれぐらいのつもりであった。なんといっても所詮は中学生だし、ヒーロー志望の受験生として問題行動をするつもりもなかった。
しかし、幸か不幸か、妹はそのチンピラの犯行現場に遭遇してしまったのだ。
被害にあったのは近くの高校の生徒で、財布を渡した直後だった。
妹が静止の声を上げるとチンピラは(幸いにして)逃げだした。その場を別のメンバーに任せると、彼女は全力で追跡を開始した。
霞曰く、住んでるところを突きとめようと思って、ということだったのだが、事件は思わぬ方向に転がる。
犯人は巻き上げたお金を持って、怪しげな場所で、明らかに違法そうな薬物を買っていたのだ。
そして霞はここで薬の売人に目標を変更し、そのアジトまで尾行し切ったのだ。
その後は決定的な証拠となる映像を録画し、通報するに留めた霞だったが、その情報がもととなって事態は薬物取引の大捕り物に発展した。
テレビでニュースになるレベルの事件になり、重要な情報提供者となった霞には警察から感謝状を贈られることになった。
……なったのだが、霞はこれを固辞した。
『いや、普通にやばいでしょ!? なに個性フル活用して尾行とかしちゃったんだろ私!?』
感謝状とセットで中学生が危ないことをするなと絶対怒られるし、なにより個性について追及されることが恐ろしい、と事件後に我に返ったらしい妹。
流石にこの件に関しては他で動いていて目撃者が多数いる私が被るわけにもいかず、霞はあくまでカツアゲ犯の追跡をしただけ、その先のことは無関係というスタンスを周囲に取って誤魔化し続けていた。
結局事情聴取の際に注意は受けたらしいけど、あまりに霞が小さくなっていたせいかそこまで厳しいものではなかったそうだ。
それでも「警察に目をつけられた……」と絶望顔の妹だった。その顔は、極度の緊張から解放された直後の精神的疲労から素顔を晒していたのでよく見えた。
そんな妹の様子だったので、近々開催される関東中学風紀委員の交流大会のことはいよいよ伝えることができなくなったのだった。警察やヒーローが審判と監督をしに来たので。
(私としては、自慢に思ってもいいと思うんだけどなー)
そんなにびびってしまっているのに、どうしてそんなことを? と私が確かめてみると、
『何も考えてなかった……! 危ないのはわかっていたけど多分その時は、こうしなきゃ、って思ったんだと思う』
やけっぱち気味の返事が返ってきた。
――いや、それって凄くない?
危ないってわかってたのに、それでもまだ見ぬ誰かのために動いたってことだよね。
妹は自分のことを大したことがない、なりたいヒーロー像がない、と評しているけれど、それを言うなら私だって充分俗物的だった。
けれど、中学時代にそれっぽいなんて理由で選んだ風紀委員で、なんとなくそれっぽいかと思って活動をしていたら、それ以上のものを我が妹は見せてくれたのだ。
ふわっとしていた私のヒーロー像に、その先を――大きな目標を与えてくれたのは、霞だ。
本人は、自覚していないけれど。
我が妹は、結構、凄いのだ。
「でもやっぱり不思議ね。性格の違いがあるのはわかったけれど、どうして二人の格好はこうも違うのかしら?」
梅雨ちゃんが疑問を投げてきた。これまでもたまに訊かれてきたことである。
安全性や利便性を考えれば、霞のように透明な身体を防備する方が確かに正しい。
「透ちゃんは目立ちたいってよく言っているけど、かと言って装飾品で目立とうとはしないわよね?」
「そうだね! それは私のヒーローとしての目標にも関係するんだー」
「ヒーローとしての目標?」
よくぞ聞いてくれました、と私はぐっと拳を掲げて言う。
「透明な存在として、ステルスヒーロー『インビジブルガール』の存在感を世に示す!」
「透明な存在の、存在感。ちょっと矛盾してるように思えるけれど、……なるほど」
ただ目立つのではなく、透明なヒーローが存在することを、社会に広めたい。
その目標を達成するには、透明であることを否定する装飾は邪魔なのだ。
「最終的には、透明
「?」「?」「どういうこと?」
いきなり結論に飛んだせいか、首を傾げられてしまった。
「透明ってことは見えないってことで、普通ならそこには誰もいないでしょ? でも私が透明なヒーローとして認知されたなら、透明で見えない、けれどそこに居るかもしれないってなるじゃない。そうなったら、悪いことをみんな躊躇するようになる」
透明な存在を認知することで、透明とは不在ではなくなる。
むしろ、透明こそが存在をほのめかす。
そして居るかもしれないヒーローの存在は、抑止力になる。
そんな、大それた理想の大目標。
「……つまり、透ちゃんは――お天道様になりたいのね」
「そう!」
お天道様が見てる、と言われるように、透明少女は存在したい。
私が存在することで、平和の一端を担えるような、そんなヒーローになりたいのだ。
「……初めて聞いたかも、お姉ちゃんのその目標」
「初めて言ったかもだねー。でも、霞のおかげなんだよ、こう思うようになったの」
私一人では見つけられない。私一人じゃなかったから見つけることができた。
そんな出来事がたくさんあり、やがて、葉隠が見ているかもしれない、とトラブルの数は減っていった。
それはきっとオールマイトが平和の象徴なのと似ていると思ったのだ。
「霞がヒーロー科に来てくれるのが待ち遠しいなー」
「気が早いなぁ」
「そんなこと言って、ミッドナイト先生には教えたんでしょ? 霞のヒーローネーム」
「え、妹ちゃん、もう名前決めてるの!? 教えて教えて!」
私は、用意されたパネルには最初「ステルスヒーロー『インビジブルガール』」とだけ書いたけれど、ミッドナイト先生から霞のヒーローネームはもう聞いていることを囁かれたので、だったら、と書き足したのだ。
三奈ちゃんが興味津々の眼差しを霞に向けていると、
「お姉ちゃんは決めてた通り?」
霞が窺ってきたので頷いて答えた。
「うん。――ステルスヒーロー『インビジブルガール・クレア』」
透だから最初はクリアにしようかと思ったのだけど、作戦行動時の単語のクリアリングと被って危ないかも、ということでクレアとなった。そして、
「私は――『インビジブルガール・ミスティ』です」
少し照れくさそうに、同じく前から決めていた名前を霞は名乗った。
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今回で放課後まで進むつもりがまだ昼休み、だと……。
だいたい葉隠さん呼びするクラスメイトは、主人公のことを妹さん・ちゃん呼びする感じにしようかどうか迷いつつ。
今回の機会が終わると、またしばらくA組生徒と絡む機会はないから(多分)またその時に考えればいいかなぁ……。
主人公に併せて葉隠さんのヒーローネームも変更しました。
ただ主人公不在の状況だと「インビジブルガール」とだけ名乗ってるかもしれません。