透明少女な双子の妹が普通科からヒーロー科を目指す話(仮)   作:峰下抄

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33.普通科少女の特別授業(1)

 

 

 ヒーロー科1年生が職場体験に出る日、中間テスト明けということを差し引いても普通科の雰囲気はかなり浮ついていた。

 A組とB組の生徒が職場体験の週である一方、普通科のC・D・E組生徒たちにとってはヒーロー科授業の集中期間となっている。

 やはり雄英に入学した以上、ヒーローに対する憧れや興味がある生徒は多い。C組(うち)の生徒でそうじゃないのは委員長ぐらいだろう。

 私と心操くんは中間テストに追加で受けたヒーロー科の筆記試験で無事に合格点を取って、今日を迎えていた。

 そんな心操くんはワクワクからか久々に「早起きし過ぎた」と朝からオーバーワーク気味だった。

 私も少し緊張気味だ。午前の授業を一つずつ終えて、午後が近づくにつれてじわじわと来ている。

 そして今まさにお昼ご飯を食べるために持っている箸が、いつもより重たく感じていた。

 

「特別授業、何するんだろうね」

「見当もつかないな。最初は基礎なのか、いきなり何かやらされるのか」

「相澤先生だもんなぁ。どっちもありえるんだよなぁ……」

 

 優しさと厳しさを兼ね備えた合理主義の塊のような先生だ。

 わずか五日間、それも午後だけ、という短い授業時間。それでも何かしらしっかりしたテーマや、成果が出るような内容だと思うのだけれど……。

 

「んー……でもまあ」

「?」

「心操くんと一緒だし、そういう意味では気持ちは楽だなー」

「…………」

 

 雄英体育祭で、一人で決勝の舞台に上がる前のことを考えれば。

 今度はあくまで授業の一環だし。

 心操くん居るし。心強い。

 

「がんばろーね、心操くん」

「……ああ」

 

 さて、しっかりご飯食べて、力を蓄えねば。

 私は大食いというほどでもないけれど女子としては多い部類の食事量なのだ。常に個性を使っている分、余計にカロリーを使っていて燃費が悪い(らしい)。

 隣に座る心操くんはフィジカル強化のために普通の倍は食べている。元々健啖家ではあったけれど、ここ最近からはさらに量を加えていた。

 食べるのも練習の内、とは旧時代のスポーツ漫画の知識だけれど、今でも通じる話だ。極端な異形型個性持ちでもない限り肉体の基本は変わらない。

 身体能力に寄与しない個性ならば真っ当に体を鍛えなければならず、そしてトレーニングで負荷をかけた分、栄養を補わなければならない。

 食事の質によっては苦痛らしいけれど、学食のご飯は美味しいからそこは良かった点であった。

 そんな風にしてご飯を食べていると、ぴこん、と携帯電話が学校からの通知を告げてきた。学校公式アプリからの連絡だ。

 

「んー? ――午後の授業の連絡だ」

「特別授業の場所か」

「運動着なのは予想通りだけど、えっと、どこだっけこれ……。バス移動か……」

「模擬市街地じゃないか? 入試のところ」

「…………あー」

 

 いくつもある模擬市街地演習場の中で、まさに、私がやらかした入試実技試験会場の演習場だった。

 

 

 

 

 

 授業開始時刻5分前、模擬市街地演習場に着替えて到着した私と心操くん。

 心操くんは緊張よりも、私への心配の表情を浮かべてくれていた。

 私も流石に何度も夢に見た場所、ということで緊張と覚悟を以ってやってきたのだが、

 

「……入り口付近だからか、あんまり印象がぱっとしない……」

 

 見覚えはある。

 見覚えはあるのだが、それだけだった。

 

(相澤先生は私のトラウマを踏まえて、ここを指定したんだろうなぁ……)

 

 体育祭中の保健室利用も情報として上がっているだろうし、何か仕掛けてくるかな。

 とはいえ、私自身が思った以上に感慨が薄い。

 体育祭はやはり荒療治になっていたのだろうか。

 

「平気か?」

「うん」

 

 心操くんの心配の声に頷いて即答できた。

 

(そいえば爆豪くんって、どこに職場体験行ったんだろ。3000オーバーなら選び放題だよね。トップテンのどっかとか指名来てたりして)

 

 バリバリの武闘派ならミルコとか、個性の勉強ならエンデヴァーとか良さそう。

 エッジショットのとこだったら普通に羨ましいなぁ。

 ……などと余計なことを考えてしまうのは余裕なのか、それとも逃避だったか。

 

「準備運動でもしとこうか」

「そうだな」

 

 いきなり何か始まっても不思議ではないのが、雄英高校ヒーロー科。備えは怠らないに限る。

 二人で身体をほぐしたり伸ばしたり。

 仕上げにぴょんぴょんとジャンプして、身体の調子を確かめる。

 

「頑張ろう」

「頑張ろう」

 

 拳と拳を合わせる、グータッチ。

 手の暖かさは、よくわからなかった。

 

 

 

 

 

 

「――それじゃあ、授業を始める」

 

 授業開始の時刻になると同時に、いつの間にか相澤先生が現れていた。

 私も心操くんもかなりびっくりしたのだが、なんとか「はい!」と答えられた。

 いや、本当にいつの間に。どこかの物陰で待機していたんだろうけど、気づいたら現れていた。

 直立不動で待機する私たちに、準備運動を済ませているのはいい心掛けだ、と相澤先生はにやりと笑った。

 

「さっそくだが戦闘訓練だ。二人まとめてでいい。俺はヴィラン、お前たちはヒーロー役としてかかってこい。質問があれば今するように」

「――時間制限はありますか? それと回数は? 一本だけですか?」

 

 私はすかさず質問を飛ばした。

 ヒーロー基礎学でやるような戦闘訓練だ。互いをヒーロー・ヴィランと割り当てて戦う実戦形式。

 時間制限、一本勝負かどうかで、立ち回り方は大きく違う。

 

「時間は30分。タイマーをセットする。回数は特に設けない。どちらか側が制圧された場合、仕切り直して再開だ」

「確保テープとかはありますか?」

「ない。物理的に制圧、ある程度の身動きが取れなくなったら確保の判定とする」

「わかりました」

 

 質問を終えて、私は備えた。

 2対1だが、相手は現役のバリバリの戦闘型ヒーロー。まともな勝ち目はないだろう。

 

(時間一杯食らいついてこい――とか、そういうやつかな)

 

 相澤先生がタイマーをセットして、こちらに30min()の表示になっているのを見せてきた。

 

「それじゃあ、始めるぞ――」

 

 ピ、とタイマーをスタートさせた音が耳に届くや否や、

 

 ――私は駆けだした。

 

「――――っ!」

 

 真正面から突撃する、振りをしてから、相澤先生の横に抜けて背後を取ろうとする動きだ。

 ほう、と相澤先生が感心したように息を吐くのを横目に、後ろの心操くんの様子も見る。

 心操くんはまだ動けていない。スタート前に目配せでも出来れば良かったのだけど、透明のままでは無理だ。

 

(反省点その1、だね)

 

 仕方ない。私も言うほど経験値があるわけでもない。

 けれど、この場の三人で言うならば、個性無しでの格闘戦に近い。

 であれば中学時代の()()が多少はある。

 

(ヒーローに求められるのは咄嗟の判断力、そして思考の瞬発力)

 

 始め、と言われたなら即座にスタートを切る、そういう姿勢だ。

 

(――まあ、私も動くことしか決めてないので、それ以上の戦術なんて存在しないんだけど!)

 

 そしてどうにか相澤先生の後ろを取ろうとしていた私に、ほぼノールックで先生の捕縛布が放たれる。

 

「ぐぇっ」

 

 どういう技術なのか、生き物めいた動きをする捕縛布は私に巻き付いて縛り上げられた。

 くそっ、相手の視線を切ってからなんて悠長なことを考えずにすぐに透明化しておくんだった。

 バランスを崩して地面に転がった私がなんとか顔を向けると、心操くんがあっさりと先生に組み伏せられていた。

 タイマースタートから十秒も経っていないが、完全な敗北だった。

 1、2、3と無言のスリーカウントの間があってから、相澤先生は私たちを解放した。

 

「次だ」

 

 しゅるしゅると巻き取られていく捕縛布を見送りながら、私は立ち上がった。

 心操くんはとても悔しそうな顔をしている。何も出来なかった、とその顔には書いてあった。

 まあ私もノープランで突っ込んだだけなので、何か出来たわけでもない。

 相澤先生は一度タイマーを見て、一時停止をしていた。

 その間に私は心操くんに近づいて、小声で「前をお願い」と囁いた。彼は小さく頷いた。

 ピ、と先生が再びタイマーを再開させる。その音を合図に、

 

「――――!」

 

 今度は心操くんが突っ込んでいく。私はその影に入って追いかけながら自身を透明化した。

 相澤先生――イレイザーヘッドの『抹消』は視認が条件だ。視界に入っているだけでは、透明の私は見えていない扱いで個性を消せない、はず。

 少なくとも姉の透明化を無理やり解除なんてことは出来ない、と姉が直接先生に訊ねて、それを聞いていた。

 

「ぐはっ」

 

 目の前で心操くんが崩れ落ちていた。カウンターで膝蹴りでも合わせられたらしい。

 私はそのまま心操くんを飛び越えるように飛び蹴りを仕掛けた。

 完全な透明攻撃、のはずだったが正面攻撃すぎた。相澤先生はガードして受け止めるとそのまま私を地面に引き倒した。

 ……次。

 

「――――考えたな」

 

 透明な上着を相澤先生の顔目掛けて広がるように投げつけた。

 空中で透明が解除された上着は当たると思われたが相澤先生は超反応をしてみせ、すかさずバックステップしての先の台詞だ。

 あまりにも適切な対処に私は舌打ちをした。そして仕方なく二人で突進し、あえなく叩き伏せられた。

 

 ……その後もなんとか手を替え品を替えて挑み続けるも、大山のような先生をついぞ揺るがすことは出来なかった。

 

 

 

 

 ――――Pipipipipi!

 

 タイマーのアラームが鳴り響き、相澤先生は「それまで」と張っていた気を解いた。

 私と心操くんは息荒く、地面にへたりこんでいる。

 最後の方は完全にスタミナが切れ、気合だけで動いていて、足を引っかけられては簡単に転がされていた。

 知ってはいたけれど実力差は明白だった。流石現役プロヒーロー。

 息を整えるわずかな時間の後、講評に入った。

 私たちも感想を述べさせられたけれど、正直「何も通じなかった」以上のコメントが出ない。

 いやまあ、私としては結構頑張ったつもりなんだけど、マジで通じないんだもん。

 相澤先生がゴーグルをしてなければ透明砂かけという手も使えたけど……。透明投擲物すら有効打にならないあたり、どんな感覚をしているんだろう。

 いちおうそのことを言ってみたが、「予測と経験」の一言で済まされた。

 

「……授業と思わずに、なんか持ってくれば良かったです」

「それも答えの一つだ。上着を使った仕掛けは退かざるを得なかったな。葉隠の個性の強みだ。心操はどうだ?」

「何も……。俺の個性はバレてる相手には通じないし、俺は脅威にすらなれなかった」

「どうしてそう思う?」

「俺に対して先生は捕縛布をほとんど使いませんでした」

 

 そういえばそうか。相澤先生が操る捕縛布の餌食になっていたのは私ばっかりだった。

 でもそれは単に相性というか、捕縛布は文字通り捕縛するのがメインなので、私を相手にするのにちょうど良かったんだと思う。

 透明で女子の私を殴る蹴るするよりかは、捕まえてしまうほうが楽で確実、そういう意図を私は感じていた。

 でもあの布、本気で縛り上げたら私の骨ぐらいあっさり折れそうだし、首とか狙えば普通に殺傷武器なんだろうな。

 

「警戒の度合いで言えば、葉隠を警戒していたのはそうだな」

「…………」

「心操の個性は知っていたから、当然、戦闘中に応答するつもりもなかった」

 

 先生は容赦がない。本気で30分――抑えてカウントしていた時間があるから30分弱か――の間、私たち二人を封殺し続けた。

 何かしら意図はあるのだろうけれど、こちらとしては心を折りに来ているようにしか感じなかった。

 

(……いや、それこそが意図するものだった?)

 

 30分間抑えつけて、それでも足を止めずに先生に向かえるかを見ていたのか。

 だとしても、心操くんは頑張り過ぎて15分ぐらいでスタミナが切れたし、私も20分ぐらいで誤魔化しが利かなくなっていた。

 

「こちらとしては想定以上に粘ったな、と言う評価だ。だが、ヒーロー科ならせめてこの30分間はフルで動けるように鍛えていく。そしてわかってるとは思うが、そもそもお前たちは俺に対して決定打を打てるだけのパワーもスピードもなかった」

 

 そう。そもそもの基礎力に違いがありすぎた。

 二人まとめて片手で抑えきられるような、フィジカル性能の隔絶があり、その上で先生はテクニックに秀でている。

 相澤先生の個性『抹消』は、私と心操くんのように身体能力に寄与しない個性だ。

 だというのに先生は一線級のバトルヒーローとして活躍をしている――らしい。情報が少ないのでおそらくそうなのだろうとしか言えない。

 ヒーロースーツをよく観察するとあちこちに武器や小道具を仕込んでいるっぽいのだけれど、それにしたってメインの武装は捕縛布。扱いは技術だとしても、根本的には筋力が物を言う武器だ。

 全部が全部、力任せではないのだろうけれど――むしろ捕縛布の扱いは技術によるものだ――二人まとめて巻かれて、そのまま投げ飛ばされたときは驚きを通り越して感動していた。これが、ヒーローの世界(レベル)なのだと。

 

「ヒーロー基礎学は、こういった基礎力を鍛える目的で多くの時間を割いている」

 

 知っている。

 ヒーロー基礎学のある日は姉が帰宅後の時間を休息、もしくは勉強に当てている大きな理由がそれだった。

 曰く「これ以上動くのは、ふつーにしんどい」と、私よりも体力のある姉がぐったりしていたのを何度も見ていたし、私と心操くんが危機感を持っている理由でもあった。

 

「さて二人とも、()()()()()()()?」

「――――」

「――――」

 

 絶句する私と心操くんに、今度こそ悪そうな顔をする相澤先生。

 相澤先生はタブレットを操作して、ロボットを呼びよせた。

 ロボットは荷物を運んできており、その中には手首足首に着ける重りと等身大のマネキン人形のようなものが入っていた。

 人形には救助訓練用と書かれていて、よく見るとベルトも用意されている。

 

「重りと、その人形を背負ってベルトで固定しろ」

 

 言われた通りに私と心操くんはウェイトを巻いて、人形を背負った。

 嫌な予感と共に覚悟はしていたが、やはり重い。

 

「……大丈夫か、葉隠」

「いちおう。それに心操くんのほうが重そうだ……」

 

 心操くんのほうが背負う人形は大きかった。おそらくだが自分の体重と同じぐらいの重量が用意されていたのだろう。

 

「準備は出来たな」

 

 気づけば相澤先生も同じように重りを着けて人形を背負っていた。

 ピ、とまたタイマーをセットする音が響き、相澤先生は駆け足程度のスピードで走り出した。

 

「しっかりついてこい」

 

 私たちを見てそう言った先生は、重りと人形を背負っているにも関わらず、平常時と変わらず動いているように見えた。

 唖然とする私たちだったが、すぐに慌てて走り出した。

 ずっしりとした重さにあっという間に息切れして汗だくになりながらも、先生の後を追う。

 

 

 それから、演習場を延々走り続けさせられた。

 ただ道を走るだけでなく、ビルの階段を上ったり下ったり、場合によってはジャンプしてビルとビルを渡ったりと、起伏に富んだ道程を、たっぷり一時間、走らされた。

 

 

 私と心操くんがタイマーの音と「それまで」の声を聞いて、糸が切れるようにぶっ倒れたのは言うまでもないだろう。

 

 

 




 感想、お気に入り登録、ありがとうございます。


 遅くなりました。お待ちしていた方々、申し訳ない…。
 ペースアップしたい気持ちが空回り。


 ヒーロー基礎学って実際どんな授業やってるんだろう……。
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