透明少女な双子の妹が普通科からヒーロー科を目指す話(仮) 作:峰下抄
長くなってしまった職場体験期間もようやく終わりを迎えます。
今回全体がフレーバーテキストみたいなお話です。独自設定注意。
アニメのアバンパートがアクションシーンから始まる回。
職場体験四日目、と言ってももう既に時刻は夕方に差し掛かる頃。
田等院駅近くの大きな交差点では交通事故の事後処理で流れが滞り、また野次馬もあってひとごみが出来ていた。
多くの野次馬の目当ては、事故発生の瞬間に偶然出くわしたパトロール中のヒーロー――
その事故は、交差点でちょっとした行き違いにより右折中のバイクが転倒した、というもの。そのままでは路面を滑ってどこかに衝突してしまう、というところで、その場に居合わせたMt.レディは瞬時の判断で巨大化、バイクを運転手諸共拾い上げて被害を最小に収めた。
直接の接触などはなかったが、バイクの転倒の影響で急停止した車両や巨大化したMt.レディの姿もあり交差点の交通は一時完全にストップ。幸いすぐに警察がやってきて事故の処理と交通整理が始められたのだった。
そんな事故直後の状況で、私――葉隠透と峰田くん、そして事務所から引率をしてくれたシンリンカムイが合流したのだった。
四人が事故現場からは少し離れて、始まったばかりの事故処理を見守っている最中――
――群衆の中から女性の小さな悲鳴があがった。
にわかに喧騒が激しくなる中、ひったくりだ! という声と、雑踏をかき分けるように走り出す人影。
「――先輩!」
「応!」
さらなる事件発生に、居合わせたヒーローたちは素早く反応する。
Mt.レディは巨大化しながらその高さを活かした視点でひったくり犯を目視確認。その手にはシンリンカムイが体勢を整えて身構えていた。
彼女の押し出すようなアンダースローでカタパルトさながらに宙へ跳び出したシンリンカムイは、ビルとビルの隙間に逃げようとする犯人の姿を見据え、個性の枝を駆使したワイヤーアクションで身を
犯行から確保まで僅か数十秒。Mt.レディだけならばこうもいかなかっただろうが、シンリンカムイに気づかなかったことがあまりにも迂闊で軽率な犯人であった。
時間は少し遡って、Mt.事務所でキャンプ場でのお仕事の総まとめをしていたところ。
事務所内にアラートが鳴り響いた。
「応援要請? ……
「なんだ岳山、知らないのか」
「先輩、いちおう学生の前なんで本名止めてください」
「保須の事件のせいで、今日は朝から大賑わいだぞ」
(――すごい。ナチュラルにスルーした)
カタカタとノートパソコンのキーボードを叩いて報告書を書いていたシンリンカムイ。その彼がため息交じりに言うには、昨晩の保須市で起きた大規模ヴィラン事件――後に保須市襲撃事件と呼称される――の影響で、ヴィラン事件が誘発されているそうだ。
犯罪が大きく報道されると安易な模倣犯が出てくるのは世の常ではあるが、ヴィラン事件もその例に漏れない。
「……とりあえず、私は要請に応えてパトロールに出るわね。あなたたちはまとめ終わったら合流しに来てちょうだい」
そう言い残して、颯爽とMt.レディが事務所を出ていった。
私と峰田くんは言われた通りにレポートをまとめ、サイドキックさんの確認を経て、パトロールの準備に入った。
その間にサイドキックさんが報告書を作り終えたらしいシンリンカムイに向かって「また出るなら引率してくれないか?」とお願いしていた。
街中をシンリンカムイについて歩いていく。
街行く人々からは「カムイだ。歩いているなんて珍しい」なんて声が聞こえてきた。
どういうことか本人に訊いてみると、普段はビルの屋上を跳んでいるらしい。個性『樹木』を用いて、腕を枝にして伸ばしたワイヤーアクションでビルからビルへ渡り回っていくという。
なるほど。それでMt.事務所にも屋上からやってきたというわけだ。
シンリンカムイに限らず、軽快なヒーローは結構そういう動きをすることが多いらしい。そう言えば、有名どころだとNo.3の『ホークス』は空を飛んでいるのが基本と聞いたことがある。
逆にMt.レディは街中をゆったりと歩いて回る。自分をアピールするためだろうな、と思うけど、どちらが良いという話でもないのだろう。
パトロールのやり方にも一長一短、バランスがある。
ヒーローが姿を見せること、それ自体が治安維持活動だ。
ヴィランの活動を抑止すること。市民に安心を与えること。
ヒーローの存在を示すのはそういう予防的な効果が大きい。
逆に速く広く監視の目を巡らせれば、発生した事件や、あるいは影の企みを発見し対応することができる。
どちらにも意味があるし、ヒーローによって向き不向きもある。
「Mt.レディが全力で走ると、洒落にならんからな」
「たしかに」
移動方法としての巨大化ダッシュは緊急手段というMt.レディ。
表面の道路だけならまだ良いが、地下街や地下道を壊したり、各種
デビューしてすぐにサイドキックさんが巨大化注意マップを作って、そのエリアでは迂闊に巨大化はしないようになったという当時の苦労がしのばれる話を聞いていた。
いちおう幹線道路は頑丈に造られているので多少のアクションは大丈夫らしい。それでも大きい亀裂や窪みを作る度に小言が入るし、程度が酷ければ例によって賠償である。
そしてMt.レディからの連絡を私が、サイドキックさんからの連絡を峰田くんが受けて、駅近くで合流しようということになった。のんびり歩いても20分もかからないだろう。
周囲に気を配りながらも、三人で雑談をしつつ歩いていく。
「そういえば、シンリンカムイはMt.レディのデビューにも絡んだって」
「ああ……」
「
峰田くんが緑谷くんから聞いていた話で、シンリンカムイの
完全に獲物をかっ攫われたカタチである。よく今みたいな関係に、つまり仲良く事務所スペースを融通したりする仲になったものだと不思議に思う。
そんな疑問を私も峰田くんも抱いていたので、素直にぶつけてみるとこんな返事が返ってきた。
「最初は文句も言ったし、先輩として結構な口出しをしたぞ」
「へぇー」
「まあ
「おー」
「この辺はまあまあ都市部だし、ヒーローの数も少なくないからな」
近所付き合いをないがしろにしてたらすぐに上手くいかなくなる、とのこと。
シンリンカムイ自身は事務所を持たないフリーのヒーローで、仕事を求めてあちこちに出張することも多いが、それでもこの辺りを地元としている。他にも響香ちゃんが職場体験に行っている『デステゴロ』も近くのはずだ。
(そうそう、デステゴロは今日、人質立てこもりの事件を解決したんだっけ)
私たちMt.事務所の面子が外出していた間の事件で、響香ちゃんも関わってるかもしれない。
複数人で取り掛かるような事件はサイドキック持ちのヒーローや、すぐにチームアップできるヒーローに要請がくる。シンリンカムイはフリーのヒーローだが、デステゴロはサイドキックを抱えているヒーローなので事件対応のお声が掛かったのだ。
そして「デステゴロのとこが出払った分、仕事が回ってきた」とはシンリンカムイの言葉。
昼過ぎまでほとんど休憩無しで広い範囲の巡回活動を行っていたそうだ。お疲れ様です。
書類仕事が休憩代わりとは、フリーのヒーローは大変だ。
「あの人が補佐についてるアイツが羨ましい」
しみじみと嘆息するシンリンカムイ。
たまに助けては貰うけれど、あくまでMt.レディのサイドキックなので、頼りすぎるわけにもいかないらしい。
本気ではないが業務提携や委託を打診したところ、Mt.レディから事務所の所属に、つまり彼女のサイドキックになるなら構わないと言われたそうな。
流石にそれには彼は頷けず。対等なチームならともかく、先輩としての意地が勝っていた。
「そいえば、葉隠」
「どしたの、峰田くん」
シンリンカムイがファンサービスで足を止めている間に、峰田くんが話を振ってきた。
「オイラも職場体験終わったら、ヒーローコスの調整頼んでみるわ」
「おー?」
「グローブ越しだともぎもぎの調整がちょっとニブいんよ。葉隠みたいに特殊繊維? 素材? を使ったらもっと反応良くできそう」
「なるほど。峰田くんならもぎもぎ自体が面白い素材になりそうだよね。普通の特殊繊維だとそこまで時間は掛からないはずだし」
私のスーツでいうならCタイプの特殊繊維は技術的に確立されているそうだし、妹に触らせてちゃんと透明化の通りは良いと評価されていたし、良いと思う。
その後、交差点で巨大化するMt.レディの姿を目撃した私たち三人は何事かと合流し、冒頭の場面に至る。
交通事故処理に窃盗犯確保も重なって、対応する警察の人たちも慌ただしいことになっていたが、それでも彼らは職務を全うして、速やかにヒーローたちをパトロールに送り出していた。
依然、ヒーローへの巡回要請は継続中のようだった。
「先輩、引率ありがとうございます」
「ああ」
Mt.レディはシンリンカムイに引率の礼を言い、それから少しの間、二人で話し合っていた。
二人とも時折片手を耳に当てるしぐさをする。インカム越しにサイドキックさんも会話に参加していて、このままチームアップするのかな? と思いきや、シンリンカムイは枝を伸ばして跳んでいってしまった。
「それじゃ、いきましょ」
「はい」「はい」
それから私と峰田くんはあらためてパトロールに出発するMt.レディについていく。
落ち着かない雰囲気の街を巡回していくその歩みは、先日までに比べるとかなり早く、辺りを見る彼女の目も少し厳しい。
しかし練り歩く
いくつかのトラブル、喧嘩の仲裁や小悪党のようなヴィランが出たりしたものの、私と峰田くんまで出番が回る場面はなかった。
それと途中、デステゴロと一緒に街を走ってパトロールする響香ちゃんを目撃した。
こちらの歩き回るといったペースに比べてあちらは中々の走りっぷりで、それでもこちらに気づいたので手を振って挨拶を交わした。
(響香ちゃん大変そうだったなー)
かく言う私たちも思いっきり定時越えで残業突入ではある。まあヒーロー活動に定時はあってないようなものだけど。
いちおうMt.レディからは19時前には職場体験を切り上げて帰宅するかの確認を受けている。私は即答で、峰田くんも少し悩んでから続行を希望した。
逆に監督する立場の彼女から帰れと言われれば断れないのだが、私たちはそのまま見学とささやかな手伝いを続けさせてもらうことになった。
学ぶべきことが多いこの職場体験。せっかくの機会を逃したくはなかった。
そうして、ようやく人通りも減ってきて、飲食店の客足も夕食から
流石にお腹もぺこぺこだ。時々ただよってくる美味しそうな匂いに何度も誘惑されてしまった。
「事務所でピザ取るって」
「やったー!」「ありがとうございます!」
仕事を終えた帰路の足取りは軽く、Mt.レディの表情も柔らかさを取り戻していた。
事務所に戻った私たちはまず巡回報告書を作成し、提出した。
これ自体は「いついつにどこそこをパトロールしました」という簡単な書式で、巡回中に発生した
巡回報告書の提出は原則的にパトロール後すぐに、遅くとも24時間以内に提出するように定められている。事情があって提出できない場合はその限りではないが、提出していないと仕事を滞納しているとして次の当番等が割り振られなくなってしまい、査定にも響いてくる。
報告書を出せないことが事件事故で重傷を負って動けないこととイコール、という扱いである。なお実際に怪我や急病になって活動できない場合は、その報告書を提出すれば傷病手当が出るし、評定が下がることもない。
「大事なのは遭遇した事件を漏らさないこと。追加の事件報告書で報酬が乗っかってくる」
「よく、ヒーローの歩合制って言われるのはこの辺りねー。パトロールの報酬自体はほとんど決まった金額だから」
サイドキックさんが印刷した報告書をMt.レディが確認する。
提出は
後から私と峰田くんも見せてもらった。勉強である。
「広くパトロールすればその分は増えるぞ。塵も積もれば、って程度だがな」
そしてシンリンカムイが当然のように事務所に居るのであった。Mt.レディと同じようにサイドキックさんに巡回報告書を作ってもらっていて、ありがたそうに受け取っていた。
結局二人は連携を取ってパトロールをしていたのだ。表通りをMt.レディが回り、裏通りをシンリンカムイがカバーするという風に。
まあ途中でそれっぽい出来事がちょいちょいあったので察せられた。裏路地に逃げ込んでいく犯人を深追いしなかったり、逆に路地から逃げてきた怪しい人を問答無用で抑えたりとか。
チームアップということでサイドキックさんの事務手伝いも受けられるし、パトロールの効率も上がるしとWin―Winなのだろう。
「私はこのまま事務所に泊まるけど、二人はどうする?」
ピザを摘まみながらMt.レディが訊いてきた。シンリンカムイと一緒に缶ビールで晩酌までしている。
まだ電車がある時刻ではある。しかし、私も峰田くんもお泊りを選んだ。
元々職場体験は定時通りに帰宅できるほうが珍しかったりする。体験先が遠方であることは珍しくないし、近場であっても泊まり込みやホテル宿泊をする場合もある。
ちょうどキャンプ用に準備したお泊りセットがあるし、着替えも洗濯して干した物がもう乾いている。
私たちは家に連絡を入れて、Mt.レディからも「事務所でお預かりします」と伝えていた。
「それでは車を使わせてもらいます所長。朝に給油も済ませてきます」
「わかりました。お疲れ様」
部下と上司らしいやり取りをするサイドキックさんとMt.レディ。先輩後輩かつ部下と上司という関係性、なんだか複雑でもある。
ピザパーティの後、「二日連続で外泊は家が恋しい」と帰宅するサイドキックさんを見送った。
ちなみに、シンリンカムイも事務所に泊まるとのこと。峰田くんと一緒に適当に寝床を作ると言う。
後から聞くと、四階フロアに仕切りを立てて寝るスペースを作っていて、めちゃくちゃ手慣れていたそうだ。
「それじゃ、ちょっと狭いけど仮眠室で二人で寝ましょうか」
狭いと言っても、テントで寝袋よりは快適だ。
というか仮眠室はMt.レディの生活感に溢れていた。完全オフとなる休日以外はほとんど事務所で寝泊まりしていて、大きな収納には事務所で生活しても困らない程度に着替えやらなんやらが入っていると言う。
自宅は学生時代から変えておらず、ちょっと遠いし狭いし家電も中古だったりと何かと不便らしい。一方、事務所の家電は大きいし、去年買ったばかりで新しい。そのうち新居を構えるつもりはあるけれど、それがいつかは未定とのこと。
「そうそう、ヒーローになったら下着や私服を特殊繊維で作っておくと良いわよ。緊急時にも個性をフル活用するって名目で経費で落とせるの」
収納から着替えを取り出しつつ、思い出したようにMt.レディが言った。もしかしなくても、ここの衣類は全部
オーダーメイドになるし、ヒーロースーツほどではないにせよ高くつくけど、服を犠牲にして巨大化するよりは全然マシなのだと。なるほど。たしかに。
異形型個性の人がオーダーメイドするのは一般的だが、ヒーローの場合、より個性の使用に耐えれてなおかつお洒落ができるというのは、うん、大切だ。
最低でもフォーマルスーツを一着作っておくと、冠婚葬祭からの
でもまあ、理由の半分はやっぱり経費で落とせるから、というのがMt.レディであった。
その後、順番に事務所のお風呂を使って、あとはもう寝るだけ、という体勢に入り、仮眠室でしばらくゴロゴロしてから無事就寝。
そうそう、私が最初のお風呂タイムだったのだけど、峰田くんがお風呂場を窺おうとウロウロしていたのでMt.レディから締め上げられていた。
職場体験五日目、最終日。
Mt.事務所の始業時刻はいちおう9時からなので、朝の時間はのんびりと過ごす。
朝食用に残していた昨晩のピザをレンジで温めて食べて、テレビや新聞でニュースチェック。
主なニュースは保須市襲撃事件の詳報で、昨日の巡回中の出来事なんかは見当たらず、不法投棄犯の逮捕がわずかに地方面の片隅に記されていた。
ちょっとした事故やイザコザは本当にありふれていて、ニュースにすらならないのだ。
ヒーロー飽和社会と言われても、結局は治安維持をする人員が足りていない。物騒な世の中なのだった。
やがて始業時刻の少し前にサイドキックさんが出勤してきて、車の鍵を事務所の保管庫に収めていた。
9時になったらお仕事開始。昨日の報告書の続き、というか追加する報告書に手を付ける。
巡回報告書に記した事件一つずつを、それぞれ詳しく報告する。
「まあ詳しくと言ってもある程度は定型だよ。よっぽどの事件じゃなければね」
「毎回だから面倒ではあるけどね……」
なので、ほとんどをサイドキックさんが仕上げていて、今回はシンリンカムイの分まで手掛けていた。
事務所でモニターしていたサイドキックさんが要点を抑えて要領良くメモを取っており、それを基に文章を肉付けしていく。
いくつかはMt.レディ自身の手で作っていて、私と峰田くんもお手本を見ながら作ってみる。
今回は要請に応えた臨時のパトロールなので少しだけ書式が違ったけど、報告書作り自体はこの五日間で何度かやってきたことなので、そこまで難しく考えずに仕上げることができた。チェックを受けてオッケーも貰えた。
「まー、どーしても書類仕事苦手だったら、
「それでもいざってときに片手落ちのヒーローになるからね。レディはまだ若いし新人なんだから、ちゃんと苦労しとかないと」
Mt.レディも未だ勉強中の身だし、サイドキックさんもまだ知らない仕事はあるのだと言う。
「定期的に提出する手続き書類の類がね。年イチどころか数年に一度みたいな書類もあるから……。やったことはあるけど覚えてない、みたいな書類もあるよ」
大事なことはきちんと調べたり、人に訊くこと。調べ切ってもわからなかったら担当窓口や提出先に問い合わせる。自分なりにやるのも大事だが、結局は求められた書式に
間違いや不足を指摘されて訂正・再提出を避けられないにせよ、だいたいは人の手で確認して処理されるので、受け取る側の人が一番その手続きに詳しいのだ。詳しい人に尋ねた方がリテイクは減らせるはず。
稀に受け取る側もわかってないことがありはするのだが、そういう場合もあらかじめ問い合わせておくことで追々スムーズに進むこともあるので無駄にはならない。
「……と、長々と話したけど、適当に聞き流していいよ。心構えだけ覚えておいて。将来なにかの足しにはなると思う」
苦笑気味にサイドキックさんが締めくくった。話し過ぎた、と思ったようだ。
報告書を仕上げ終えて提出を済ませた後、残りの午前の時間はパトロールに出た。
シンリンカムイは今日は別の地区で仕事を請けていると出て行き、Mt.レディに私と峰田くんの三人だった。
時間帯もあってか昨日に比べるとトラブルはほぼ皆無で、予定通りにお昼休みは事務所に帰還。昼食タイム。
午後の業務時間に入ってからは報告書をささっと作って、再びパトロールに出て2時間ほどで戻って繰り返し。
一段落してふと時計を見ると時刻は15時を示していた。
たった五日間、されど五日目。最終日となると慣れてきて、時間が過ぎるのが早く感じた。
「あー……そろそろ職場体験も終わりなんですねー……」
「そうねぇ」
今日は定時で帰すつもりだから、と言われていたので終業時刻まであと3時間。
後片付け的な作業の時間を考えれば実質的な残りはもう少し少ないだろう。
その残りの時間は事務所内でのトレーニングに充てることになった。
柔軟、筋トレ、組手とメニューを組んでこなしていく。
「ずっと思ってたけど、葉隠さん、柔らかいわねー」
「柔軟には自信があります。Mt.レディも充分だと思いますけど」
「大学から鍛え始めて今ようやくって感じだから……」
若さは大事、羨ましい、とまだ20代前半の彼女が言う。……
「ふんぬぁ……っ!」
「おー、その体格でそれだけ上げられれば上等よ。でも、もうちょい増やすわよ」
「はいぃぃっ……!」
ウエイトトレーニングではフィジカルの差を明確にされた。補助役を交代しながらトレーニングをする。
その間、峰田くんは体格の都合で参加できないからと自主的に個性訓練をやっていた。
粘着力を失わせたモギモギボールをひたすら壁に向かって投げ込んで、球速、制球力、連射性を高めようとしていた。たくさんちぎると血がでるので、最初に30個ぐらい投げたものをワンセットにして、投げ切ると球拾いをしている。
最初は何をしようかと所在無げな彼だったが、いざ投げ込み練習を始めるとやる気スイッチが入って、真剣な顔で取り組んでいた。
こういう時は普通にヒーロー科男子なんだけどなぁ、峰田くん。
「うぐぐぐぐっ!」
「取っ組み合い勝負だと体格差が出るわよね。さあ、がんばれ」
職場体験の締めくくりとなる組手では、打撃戦だけじゃなく、組み合った状態から始まる格闘訓練も行った。
Mt.レディは打撃メインだけどプロレス技も使う。プロレスは技を魅せる面もあって、ヒーロー的には勉強になるのだとか。
流石に「受けの美学はNGだからね!?」と釘を刺されたものの、折角だからと敢えて技の掛け合いもやることに。
思いっきりラリアットとか浴びせ蹴りとかしたのに、平然と受けたり大袈裟に吹っ飛んだりしてみせるMt.レディに私も楽しくなってしまった。
投げ技を手加減込みで掛けてもらったりもしたし、怪我しない程度に痛い目も合わせてもらった。うーん、パワフル。
それと実戦的な抑え込み、制圧術の手解きも受けた。妹から教わっていた護身術と被ったりもしていた。手首を狙うのは基本。
「終わってみればあっという間だったわねー……」
「大変、お世話になりました」「ありがとうございました」
いよいよ職場体験も終わりの時が来た。
初日と同じように会議室に集まって職場体験終了の手続き書類を交わし、ヒーローコスチュームもケースに仕舞って、荷物もまとめ終えていた。
サイドキックさんと書類の確認をしたMt.レディがしみじみとした顔をしている。私も少し、いや結構寂しい。
「初めての学生受け入れがあなたたちで良かったわ。正直、自分が学生だった頃はこんなに真面目じゃなかったし」
「レディにも釘刺しとくけど、普通の職場体験生はここまでレベル高くないからね。流石雄英生だよ。教え甲斐があって熱が入り過ぎた」
スポンジのように教えたことを吸収してくれるから、とても楽しかった。二人してそう言ってくれた。
「人に教えることで学べることがあるって本当よね。こっちこそ勉強させてもらったわ」
「このままヒーロー事務所で働き始められるってぐらいには教えたから、自信持っていいよ。なんだったら俺の名前を出してもいいから」
「仮免取得は普通なら来年かしら? その後、行くとこがなかったらぜひ声をかけて頂戴ね。インターンでも卒業後の進路でも。……流石にそれぐらいの先ならまだ順調に私もヒーローやれてるでしょうし」
「よっぽどやらかさない限りはね」
なごやかに笑い合ってから、ふとMt.レディが私に
「プライベート用の連絡先、葉隠さんとは交換しときたいなって」
「え、いいんですか! ありがとうございます!」
峰田くんが「オイラは!?」という顔をしていたけれど、Mt.レディは華麗にスルー。仕事用の連絡先は貰ってるでしょうに。
「私としても雄英生とのコネは欲しいってのはあるんだけど……。なんていうか後輩扱いさせて欲しいの」
「いえ、私も嬉しいです」
私は姉ではあるけれど、姉がいたらこんな感じかもなー、と思わせてくれたし、すっかりファンになっていたのでお近づきになれるのは素直に嬉しかった。
ぶんぶんと頷いて喜びを伝えると、彼女はほっとした顔で微笑んでくれた。
五日間、本当にお世話になりました。
「ただいまー」
「おかえりー」
駅で峰田くんと別れて、電車に揺られて、何事もなく無事帰宅。
二日ぶりの我が家には、
「今日は透明だねぇ」
「んー、慣れって凄いねぇ……」
男子三日会わざれば、とは言うけれど、職場体験が始まった日にぐったりとしていた姿を見せていた妹、今日は少し疲れは感じさせるものの、まだ身体を動かす余力はありそうである。ふむ。
「――そうだ!」
二つ、思いついた私。なんだなんだと警戒する妹。
持っていたケースを居間のテーブルに置いて開けた。
「霞、
「ええ……。いいのそれ?」
「わかんない! たぶんホントはダメだけど、このタイミングしかないし!」
「うーん、それはそうだけど」
普段は学校に預けておくべきヒーローコスチュームで、本来は一張羅である。
しかし今は試作品の三種五着が、私の手元にある。
明日登校したらまた学校預けかメーカー送りなので、本当に今しかないのである。
それに霞がヒーロー科に入って、被服控除を受けてヒーローコスチュームを作ったとして、そのデザインは私のコスとは全く別の
「ねっ! おねがい!」
「むぅ……」
そして私のお願いを、妹は大抵聞き入れてくれるのだ。
「いいよ。まあ、家の中のことだし」
「ありがとう! 愛してるぜ!」
「
Bタイプのスーツを2着取り出して、3の方を妹に渡す。2の方を自分に。
体格にほとんど差はないはずで、実際問題なく装着できていた。
眼鏡やリボンは敢えてそのまま着けてもらっておく。手袋は外していたから、それもそのままでいいや。
それから霞を撮ったり、二人で撮ったり。いい感じに撮れた写真はうっかり消したりしないようにロックしておく。
「うへへへ」
「嬉しそうで何より。……んー、お姉ちゃん?」
「なんぞー?」
「私、見せなくていいの?」
「――えっ!? どしたの!?」
びっくりした。妹の方から言ってくるなんて、どういう心境の変化だろう。
「あー……。ここのところ見せる機会がちょいちょいありまして……ちょいちょいというか毎日か」
「毎日!? 誰に!? どうして!?」
「心操くんにね……あ、いや――ちょっと聞いてよお姉ちゃん!」
「うおっ、どうした急に」
何かフラッシュバックしたのか、突沸する霞。
かくかくしかじか、勢いよく二日前の出来事を説明される。
曰く、保健室で治癒を受ける際に不意打ち洗脳で姿を晒されたのだと。
「合理的だと思ったとか、そんなすぐに相澤先生の影響受けなくても良くない!?」
「あー……」
それまでもその後も特別授業で疲れて透明解除していて、彼に姿を見せていたけれど、自分から見せるのと強制解除されるのとでは、まあ、うん、違うのだろう。
(……
はたから聞いていると、霞が心操くんのことを好きなのはもう態度で示しているようだし、心操くん側からの扱いも普通の同級生女子に対するソレではないのでは、という気がする。
まだきちんと彼と話をしたことがないので確信は持てないが……。
(やっぱり既に、両片想いというヤツでは?)
不意打ちの洗脳はなんというか割と重い信頼というか、許してくれるだろうと甘えてるような、いっそ男子が好きな女子にちょっかいをかけるアレでは。
……私は年頃の女子として恋愛話は大好物だ。しかし経験が深いわけでもない。
これが友人レベルの相手なら軽いノリで「もう付き合っちゃえよ!」と言うところだが、霞は妹だ。私も慎重になる。
(…………いったん保留!)
絶対心操くんと個人面談してやるぞ、と心に決める
そして、妹がいいと言ってくれたので顔を見せてもらっての記念写真も撮った。
すぐにロックをかけて、うっかり人目に晒さないようにしておく。
ヒーロースーツは想像通り、よく似合っていた。
「うわー、物凄く伸びてる。特別授業の効果、凄いね」
「お姉ちゃんも、なんだろう? わかりにくいけど、なんか変わったね」
ヒーロースーツを着たまま、いつもの庭で組手をする。
職場体験と特別授業、それぞれの五日間の成果を見せ合った。
霞は先週までと見違えた。フィジカルの強さが一段も二段も上がっていて、私もうかうかできないと思わされるほどだった。
「自主練でちまちま鍛えてたのを、圧縮訓練と治癒で無理やり押し上げたからねぇ……。今日も
「二週間分ぐらい一気に伸びた感じ?」
「訓練メニュー的にそれぐらいなのかなぁ……」
触ってみると身体つきもほんのり厚くなっているように感じた。力強さは間違いなく増している。
「お姉ちゃんはなんだろう、フィジカルはそんなに変わってないよね。体幹は鍛えた感じするけど……んんー、眼が良くなった?」
「あー、それはあるかも。職場体験って基本見学だからね。プロヒーローの仕事って速いんだー」
「Mt.レディってそんなスピードタイプのイメージないけど、そうなんだ」
「シンリンカムイとチームアップしてたから」
「なーるほど」
のんびりと感想戦がてらお喋りをする私と霞。
久々の姉妹の時間に、なんだかなにかが満ち足りていく気がする。
「着心地はどう? 私のスーツではあるけど」
「悪くないねー。これならお姉ちゃんが転がったりしても安心だ」
「まあ霞が着てる3番に比べると、2番はちょっと薄いんだけどね」
「――全裸よりはマシ。タイツみたいなAでも、全裸よりは絶対マシ」
「はい」
「理想はCタイプみたいなしっかりした作りのスーツなんだけどなー」
「妹の理想が高い……」
でも確かにそれがベストなのだ。もっと透明化できるボーダーを上げていければ、いずれ普通の特殊繊維のコスチュームでもステルスできるはず。
「まずはこのB-2を透明にできるようにならないとなー」
「がんばれがんばれ」
「ふんぬー」
妹のかるい応援の声に、こちらもふざけながら気合いを入れる。
「…………――――お?」
「できたじゃん、お姉ちゃん」
ほんの一瞬だけど、着ていたはずのスーツが透明になっていた。
「え、ちょっと待って、もっかいもっかい」
「……うん、できてるよ。落ち着いて、集中して。呼吸も整えて」
「ぬーーーーん」
身体のオーラをにじみ出させるような、熱を浸透させるイメージで息をする。
これで合っているのかはわからない。まだ手ごたえが湧かない。
それでも確かに、集中が途切れるまでは、着ていたはずのスーツが見えなくなっていた。
「――ぷはっ」
知らず息が止まっていて、大きく息を吐きだして、スーツの透明化は解除された。
……できてた。
「やったね、お姉ちゃん!」
喜び一杯の霞が抱き着いてきた。私も嬉しい。抱き返す。
職場体験中、地道に特殊繊維の生地を触り続けていたのは無駄じゃなかった。
「とっかかりは、なんか、掴めたかも……。ちょっとだけど」
「だったらあとは反復だよ。少しずつ、何度も練習だ」
「うん。――うん!」
少しずつ湧いてきた進展への実感に胸が熱くなった。
あんまりにも嬉しくて、ちょっぴり涙が出た。これはちょっとバレたくないな。
お気に入り登録、感想、評価、ありがとうございます。
遅くなって申し訳ありません。2か月ぐらい掛かったかな…と思ったら4か月弱経ってました。
この話は6000文字ぐらいかなー、とか最初思っていたら、気づいたら趣味に走って倍に文字数が増えていました。見通しが甘い!
次回からようやく原作エピソードに合流できます、多分。
前々話の後書きにてサイドキックさんの創作設定を出していたんですが、そういえばヒーロー名決めてなかったな、と思って割と最近思いついてました。
サポートヒーロー『マルチネス』です。
ほんとはシンリンカムイとかにはマルさんって呼ばれてたりするはず。
長くなってしまった職場体験期間がようやく終わり、次は期末試験前~期末試験あたりの話。
今度こそ駆け足進行になるかもです。
そういえばいつも章が終わってから章題をつけてたのですが、今の第3章は「透明双子の