透明少女な双子の妹が普通科からヒーロー科を目指す話(仮)   作:峰下抄

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 お久しぶりです。約1万文字です。
 上旬、中旬、下旬の様子をお届けします。


39.普通科少女の六月模様

 

 

 特別授業の一週間が終わり、土曜日の通常授業を過ごして日曜日。

 私――葉隠霞は、姉と自宅のテーブルを囲んでいる。

 姉――葉隠透にとっては職場体験の一週間。ヒーロー科の宿題としてレポート提出を課せられていて、実際の話を聞かせてもらいながら、それぞれ課題に取り掛かっていた。

 

「社会科見学の後のレポートって言うと、なんか普通だよね」

「んむー。おまけにサイドキックさんが要約(サマリー)まで持たせてくれたからねぇ」

「至れり尽くせりじゃん」

「書くことに困らないよコレ」

「どれどれ……おお、簡潔かつしっかりまとまってらっしゃる」

 

 しかも、体験期間中に伝え損ねたことの補足まである。

 こんなサイドキックがいるからMt.レディのランキングも上がってくるわけだなぁ、と納得する私。

 体験先から学校への報告もあるそうだけど、この分なら安心だ。

 

「私、Mt.レディのこともかなり見直したよ。香山先生に聞いてみたらTV番組でのことも後からちゃんと挨拶に来てたって」

「へぇー」

「ついでに近々再放送されるんだって。セレクション放送なのかな。人気回だったそうで」

「うむうむ」

 

 推しが人気で鼻が高い、と胸を張る姉。

 わかるよ。私も心操くんが褒められると嬉しい。

 

「霞の方も特別授業、大変だったみたいだけど、良さそうな感じ?」

「うん」

 

 心操くんは無事、相澤先生へ弟子入りすることになった。とても嬉しい、めでたい。

 まあ、相澤先生は心操くんを気に入っているようだったし、心操くんのやる気も充分だったのであまり心配はしていなかった。

 しかし無事とは言ったものの、終盤の授業内容の過酷さはかなりのものだった。

 四日目、治癒を受けた後で身体が軽いと喜んでいたのは最初だけで、それを見越した相澤先生はさらなる負荷を加えてきた。心操くんはそれすらも貪欲に取り組む姿勢で相澤先生を満足させていた。

 私も食らいついてはいけたが、私個人が相澤先生に認められたかの自信は無い。根性は見せたし、訓練メニューはちゃんとクリアできたので、まあ大丈夫、とは思うのだけれど。

 それで今後も直接指導を受けることになった心操くん……と私。

 放課後は今後も捕縛布の扱いを始めに、主に戦闘用各種技能の訓練が継続することになった。

 ただし相澤先生の予定が空いている時に、なので、毎日がっつりとはいかないだろう。

 ちなみに戦闘以外の救助訓練や災害対応などの実習は基本的に特別編入カリキュラムの授業で補う。ヒーロー科の座学も同様だ。この辺りは従来通り。

 

「――うっし。こんなもんかな」

「あっさりだねー」

 

 20分も経たずに姉が課題を仕上げていた。

 元々求められる文章量が多くないのもあって、どちらかというと書くべきことの取捨選択の方に悩まされていたようだ。さっと読ませてもらって誤字脱字を確認した。よし。

 

「んじゃあ、お姉ちゃん、普通教科の予習しようか」

「えー」

「えーじゃない。中間でケアレスミスやらかしてがっつり点数落としたの、私許してないよ」

「えーんえーん、いもうとがきびしーよー」

「厳しくて結構です」

 

 この姉、先の中間テストではうっかりミスをやったせいで取れるはずの点を思いっきり削っていたのだ。わからなくて点が取れないのならまだ仕方ないが、正解するはずの問題を落としたのだからやるせない。

 具体的には数学の一問目を間違えたせいでその後の小問を全部落としたとか。他の教科でも勿体ないミスが散見されたので、ちょっと心を鬼にする。

 期末試験なんてすぐ来るし、予習をやっといて損はしない。それに普通科の通常授業はこの一週間でだいぶ進んでる。

 

「ヒーロー科の授業ペースだとかなり駆け足になるから、今のうちに、ね?」

「はぁい」

 

 そんな風にして職場体験後の最初の日曜日を過ごし、私たちは通常日程の日々に戻っていった。

 

 

 

 そして時が少し流れて、6月は中旬。

 我ら双子の誕生日がほど近くなり、誕生日プレゼントの相談が交わされた。

 

「霞、たしか眼鏡ケース失くしたか壊したかしてなかったっけ?」

「あー、うん。見つかったけど半壊してる」

 

 普段使わないので雑に扱いすぎていた。かと言って留め具が怪しい程度なので買い直す程でもなく、ほったらかしになっている。

 

「よし、今年はそれでいきます。霞はもう決めた?」

「決めてあります」

 

 葉隠家では誕生日プレゼントは事前に何を贈るかを相談することになっている。姉妹間だけではなく、両親からも今年は何か欲しいものはあるかと直接訊かれる。

 特に姉はサプライズ好きではあるのだけれど、双子で誕生日プレゼントに差ができたり、二人分で大きな出費になりすぎないように(いつ頃かは忘れたけれど)決まっていた。

 さらに姉妹間のプレゼントはちょっとしたもの、という制限も掛かっている。高くてもせいぜい数千円程度。

 これは我が家では月に決まったお小遣いがなく、欲しいものがあるときにおねだりするタイプだからで、誕生日に特別大きな買い物をすることがないのだ。

 小学生の頃は私も本にゲームにパソコンと結構な金額のおねだりを繰り返していて、中学に入ってからは雄英進学への備えで色々と出費を重ねていた。

 

「まあ、お裾分けみたいな感じになるんだけど……」

「お裾分けとな?」

「靴のメーカーからギフト券を頂いたので、それを」

「おー?」

 

 体育祭後、酷使した靴のメンテナンスを頼んだところ、無料サービスの上でさらにシューズのギフト券をプレゼントされたのだ。決勝トーナメントまで残ってテレビにがっつり映ったところが評価されたとか宣伝になったとかで、その謝礼なのだと。

 同じ靴をもう一足買える額のギフト券なのだが、メンテを終えた靴はまだ使えるし予備が健在のため、まるっと使い道が浮いていた。

 それでせっかくなので姉の普段使いの靴用にでも使ってもらえたら、と思ったのだ。カタログの中にはよりファッショナブルなデザインの靴も入っていたし、実は姉のヒーローコスチュームメーカーの系列会社だったので、そっちの方面でも何かしらの足しにできるかもしれなかった。

 

「そういうことなら、霞。こっちからもお知らせが」

「なんぞや?」

「私たちの特殊繊維でパテント? ライセンス料? なんかお金が入ってくるらしいよ」

「ほう」

「正式な契約はまだだけど透明な布の製品化がどうとかって。そのうちお父さんたちにも連絡行くから、霞にも行くんじゃないかな」

「まあ、うん、私にも話来るね、それ」

 

 職場体験後、試作品のスーツについてレビューを送っていた姉は、その後もコスチュームのデザインや思いついたことでメーカーサイドと連絡を取り合っていた。その中で姉と私の合成素材の割合は今のところだいたい7:3と聞いていたそうだ。姉が7、私が3。

 だとしたら、特殊繊維から生じる果実は姉と私で案分されるだろう。そして未成年なので両親が法定代理人となってお金の取り決めをする。

 

「どんぐらい貰えるんだろうねー」「ねー」

 

 現状の特殊繊維Aタイプの布は、ほぼタイツ地で薄くて弱い。

 どういう使い道でどれぐらい需要があるのか。そのまま透明なタイツとしての価値はあるか。

 うーん、イマイチ読めないな……などと思いながら宿題を解く手を動かす。

 

「……霞は当たり前のように透明化してるなぁ」

「そりゃあね」

 

 手癖で筆記具(シャーペン)を透明化していると姉から羨望の眼差しが刺さってきた。見えないけど。

 姉と私の個性は違うし、私の物の透明化は一年以上の積み重ねだ。てのひらサイズの物をただただ透明にするだけならほんの少し意識するだけでいい。

 

「むぅ」

 

 と、ひと鳴きして姉は片手に持った生地――ハンカチ風に仕立てた特殊繊維のサンプルで手遊びを始めた。

 姉はB-1のスーツを学校に残し、他のスーツは一旦メーカーに送り返していた。

 着用すれば透明になるスーツを授業では使っているので、女子と峰田くん以外のA組生徒からコスチュームが変わったと意識されることはないだろう。

 そしてサンプルの端切れを手元に残し、日々透明化の個性を伸ばそうと触り続けていた。成果はそれなりらしい。

 今も気合いを入れて布を透明にしようとしているのだが、本命の宿題の手が止まっているので注意する。やれやれ。

 

「……そういえばお母さんたちからのプレゼントはパジャマだっけ」

「だねー。没にするのが惜しい(試作品)を自費で買い取りするんだって。たぶん最初からプレゼントにする気で作ったやつ」

「職権乱用か際どいライン」

 

 元々アパレル企業に勤めていた両親だったが、母は今デザイナー職に就いていた。

 入った部署は違ったけれど、二人とも透明人間なので時折マネキン代わりに社内モデルとしても使われていて、出会いもそこだったそうだ。

 小学生の頃の例の件の後、母はデザイナーを志し転属、去年から実際にデザインを出す立場になっていた。

 母曰く「元々デザイナー志望だったのよ」とのことだが、一念発起したのはやはり例の件があってからだった。

 

『お母さんが子どもの頃は、今よりも個性への意識が低くてね。私に「普通の服が着れていいね」って言ってきた友達が居たわ』

 

 今では個性に合わせたファッションをするのが当たり前、して然るべし、なんて風潮だけれど、それでも普通体型に合わせた服が基本だ。

 昔になればなるほど、そういう意識の高まりからは遠ざかっていくもので、いわゆる異形型個性持ちの人が衣類に苦労するというのは今でも変わらないが、今よりも過渡期としての雰囲気が強かった、らしい。

 きっと母の友達は異形型でその個性による体型にコンプレックスを持っていたのだろう。

 そうして母がデザイナーを志望したのは色んな人がお洒落できる世の中になって欲しい、という思いを抱いたからだと言う。

 

『まさか逆のことを言われるなんてね。ううん、同じことなのかしら』

 

 その時の母の言葉を、今は理解できる。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そんなふうにして誕生日前を過ごし、いざ実際に6月16日の誕生日を迎えた学校での放課後。特編授業の後、

 

「葉隠、誕生日おめでとう」

「――――ありがとうっ!」

 

 私は心操くんから誕生日プレゼントを手渡され、大喜びした。

 大げさになったけれど、自分でも思ったより喜びが溢れて驚いたぐらいだ。

 

「中身はクッキーだよね」

「うん」

 

 大きなリボンで封をされた袋からは、ほんのりと焼き菓子の美味しそうな匂いが漂っている。

 実は先日、委員長から食べ物のアレルギーはないかと訊かれていて、さらに調理部に所属しているクラスメイトを中心に相談しているのが聞こえてきていた。あまり隠すつもりもなかったのだろう。

 それで今日のお昼と放課後に学校の調理室を使ってクッキーを焼いていたようだ。私の誕生日プレゼントのためだけというわけじゃなく、調理部員の部活動の一環という名目でC組皆の分も一緒に。

 ちなみに余談だが、雄英高校にいくつかある部活動の中で調理部は割りとガチ目の部活動だったりする。

 入部自体は自由だが、ほとんどの部員がヒーロー『ランチラッシュ』を師と仰ぐべく雄英に入学してきて、先生から認められた部員は学食でバイトする権利を得られるらしい。

 閑話休題。

 

「それと、こっちはお姉さんに」

「わぁ、お姉ちゃんにも」

 

 なんと姉の分まで用意されていた。

 こちらはリボンシールの簡単な包装の小袋で、C組生徒一人分と同じサイズのようだ。

 

「…………それと」

「ん?」

 

 心操くんは少し気恥ずかしそうに私宛のプレゼントを指差した。

 

「そのリボン、俺が選んだから」

「――――! そっか、ありがとう!」

 

 包装用にしてはやたら大きいリボンだなぁ、とは思っていたけれど、なるほど!

 

「体育祭で長いやつを焼かれてただろ。その代わりにでもしてくれれば」

「うわー! 嬉しいなぁ! 来年の体育祭これ使おうかな! あーでも、せっかく心操くんからのプレゼントだから大事にしたいなぁ!」

「使ってくれると嬉しい」

「わかった!!」

 

 大事にするほど上等な品でもないから、と心操くん。

 そっかぁ、と私はリボンを撫でた。

 

 

 

 その後、帰宅して姉の分のプレゼントを本人に渡すとき、

 

「――霞、ものすっごい幸せオーラ出てるね」

 

 ぽやぽやしてる、と透明はキープして見えないはずなのに、姉に言われてしまった私であった。

 

 

 

 

 

 ――後日の話。

 七月頭の心操くんの誕生日にはこちらもお返しとして、C組生徒たち(クラスメイト)とパンケーキを焼いて、それに私からはスポーツタオルを添えてプレゼントした。

 姉からのお返し分のカンパもあったので、いちおう連名での贈り物だ。

 こういう時に私は中々女子らしいものを贈れず、実用的なものに走ってしまうのだが、彼は優しく受け取ってくれていた。

 

 

 

 

 

 

 時は戻って誕生日当日、夜の葉隠家。

 夕食後、家族四人揃って誕生日ケーキの時間。

 ハッピーバースデーを歌い、姉と私で一緒にケーキの蝋燭を吹き消して、誕生日おめでとうの声が交わされた。

 姉妹でプレゼントを交換し、両親から受け取った。

 後はケーキを食べてオシマイかと思いきや、四人でテーブルを囲んでいるのを機と見て、

 

「これは誕生日プレゼントと言うわけじゃないけど――」

 

 と、父が前置きして、話を切り出した。

 少しだけ真面目な雰囲気に、姉も私も座ったまま身を正す。

 

「透も霞もこの二か月雄英で頑張れてるみたいだね」

「透は職場体験でいい経験したみたいだし、霞は体育祭すごかったわ」

 

 父の言葉に、母も重ねた。

 褒められて嬉しい私たち。良い話の気配に期待も宿る。

 

「父さんと母さんは話し合って決めました」

 

 両親は手を重ねながら、顔を見合わせて頷いた。

 

「二人暮らし、認めたいと思います」

 

 両親の言葉を聞いて、

 

「――――やったぁ!」「ありがとう、お父さん、お母さん!」

 

 わあ! と私たちは飛び上がって喜んだ。

 きゃあきゃあと抱き合った後、歓喜の勢いそのままに私の部屋からタブレットとノートパソコンも持ってきて家族全員で賃貸情報を当たり出した。

 

「2DK?」「2LDK」「たまに見に行くとき泊まれる余裕は欲しい」「学校徒歩圏内?」「駅近くなら妥協もあり」「最悪、沿線で県内ならまあ……」「コンビニはー」「どっちかというとスーパーとかお総菜が買えるとこがあったほうがお母さんは安心だなぁ」

 

 賑やかに、和やかに、家族会議の時間が過ぎていく。

 

「あー、霞は学校徒歩圏内がいいよね」

「え? そりゃ、近い方が便利じゃない?」

「――カレシの家も近くなるもんねー」

「何を言うか貴様ー!?」

「あらあら」「おやおや」

「くそ、両親の眼が暖かいのが逆に刺さる! って、違う、彼氏じゃないし!」

「むっふっふー。良い反応をありがとう、妹よ」

 

 体育祭やインタビュー映像やらで心操くんのことは既知の両親が悪乗りして「そのうち紹介してね」とか言ってきた。

 今更恥ずかしがったり隠すようなことでもないのだが、いざ揶揄(からか)われると思わず反応してしまった。不覚。

 

 

「契約して実際に引っ越すのは()()()()()()宿()()()()()()()()だから、二人はそれとなく荷造りを始めること」

「その前の期末試験もしっかりね」

「はーい」「わかりました」

 

 さあ、夏休みがいっそう楽しみになったぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 さらに時は流れて6月下旬最終週。

 いよいよ期末試験が近づき、雄英高校ではテスト対策の話題があちこちから聞こえてくる。

 そんな昼休みの学食で、私は週イチのA組交流のランチタイムに参加していた。

 会する面々のうち姉と既知の蛙吹さんを除いて、一人ずつ自己紹介をしてもらう。

 

「飯田天哉だ! A組のクラス委員長をやらせてもらっている」

「飯田くんー! 姉がお世話になっております」

「轟焦凍」

「推薦組で準優勝の轟くん! よろしくね」

「緑谷、出久、です」

「ひっ、緑谷くん……」

「麗日お茶子です、よろしく!」

ひぃぃぃ……麗日さんだぁ……

「うそやん!? この並びで私が一番怖がられるコトある!?」

「あはは。霞、体育祭で特にお茶子ちゃんの策にびびってたから」

 

 それこそ体調を崩すほどに、というのは流石に本人には伝えないけれど。私も大げさに怖がって見せただけだ。

 緑谷くんは普通にあの自分の指を消耗品のように使うのがダメです。葉隠家的に自傷NG、怪我BAD。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

 挨拶を終えて昼食開始。

 

「演習試験か……内容不透明で怖いね」

 

 とは緑谷くんの言葉。話題は早速期末試験のことだ。

 筆記試験はなんとかなる、と言う緑谷くんに「なんとかなるんやな……」と呟く麗日さんの顔が面白いことになっている。

 姉も中間では振るわなかったけれど、早めに予習復習に手を付けさせたので赤点回避は大丈夫だろう。

 演習試験は一学期の総合的な内容、と姉たちが口に出して、いったい何をするのだろうと悩んでいる。

 

「あ、それなら――」

 

 私は不和先輩から去年の期末試験について聞いていたので、助言しようとしたところで、

 

「――ああ、ごめん。頭大きいから当たってしまった」

 

 通りすがりに緑谷くんの頭に肘を食らわせるB組生徒が現れた。――明らかにわざと。

 

 

 

 ――――は?

 

 

 

 私は思わず立ち上がろうとして、

 

「――ステイ、霞、ステイ……!」

 

 咄嗟に横から伸びた姉の手によって抑えられた。止めるな、我が姉。

 

「霞が一番キレるコトなのはわかるけど、待って! まずそのお冷を降ろそう……!」

「…………むぅ」

 

 小さくも強く言い聞かせてくる姉の声を受けて、白熱した頭をなんとか落ち着かせた。

 ……こういう時、実は感情的なのは私の方だったりする。

 当たり屋的な行動は、透明家族の葉隠家にとって切実な脅威なのだ。

 ただでさえ存在感が薄くなりがちで、わざとじゃなくても手荷物の類をぶつけられることがままある日常のリスク。

 仮にもヒーロー科がそんなことをするのか、と私は見えない視線を飛ばしてB組男子、物間寧人を睨んだ。

 彼は何やらA組のトラブル遭遇度を揶揄するように煽り立てている、が、

 

「――物間、洒落にならん」

 

 新たに現れた女子生徒、B組委員長の拳藤一佳の手刀によって崩れ落ちていた。

 拳藤さんは物間くんのランチトレイを空中で見事にキャッチしてから、お詫びなのか、彼女も先輩から聞いていた期末試験の情報を伝えてきた。

 そして再びA組への恨み節を口にする物間くんに一撃入れてから、拳藤さんは彼を引き摺って去って行った。

 それを見て私は、

 

(……拳藤さんに免じて、ここは勘弁してやるか)

 

 と、何様だと言われそうなことを考えていた。手に握りしめたお冷のグラスをテーブルに戻しながら。

 隣に座る姉がそこまで確認して「はぁー」と大きく息を吐いている。

 

(いやまあ、氷を服の中に入れるか、せいぜいやっても氷水をぶっかけるぐらいのつもりだから、そこまで大ごとには……なるかな……なるかも……)

 

 冷静に考えると問題化して困るのは当然私で、大ごとになって一緒にヒーロー科編入を目指す心操くんにも波及してたら後悔どころの話ではなかった。

 ……うん、もうちょっと落ち着かないとだな、私。

 

 

 

 

 さて、どたばたしたけれど、あらためて交流ランチタイム再開である。

 

「私も2年の先輩から期末のこと聞きまして、拳藤さんと同じこと言ってました」

「ふむ。だとすると拳藤くんの情報も確かそうだな」

「ありがとう、葉隠さ……霞さん?」

「下の名前が恥ずかしいなら、妹呼びしてもらっていいですよ」

「ケロ。透ちゃん霞ちゃんは双子だけど、姉妹がはっきりしてるのね」

「そうだねー」「そうですねー」

 

 二人揃っているときは特に姉妹ムーブを強めに出している。

 活動的な姉と落ち着いた妹のコントラストを演出だ。ついさっきはとても例外。

 出生順もそうだし、個性の発現的にも姉妹の上下ははっきりしている。

 この場合の上下は役割としての姉と妹であって、立場としては対等。

 お互い譲ったり譲らなかったりで、言ってしまえばロールプレイでもある。

 

「頼りになる姉です」

「頼りになる妹だよ」

「……姉妹(きょうだい)仲が良いのはいいな!」

「……すみません。インゲニウムの件は心中お察しします」

「いや、こちらこそすまない。他意は無いんだ」

 

 飯田くんの微妙な間に思わず反応してしまって、逆に彼に気を遣われてしまった。

 そう言えば、今居る男子三人とも保須の事件に巻き込まれた面子である。

 大変でしたね、と話を振ると、守秘義務もあって曖昧な返事。

 怪我なんかはひと月もあって治っている、と思いきや飯田くんには左腕に後遺症があるとのこと。それは知らなかったので私は驚いた。

 とても軽いものだし、神経の移植手術をすれば治せる可能性もあるのだと言うのだが、今のところは手術するつもりはないらしい。

 

(うーん……)

 

 万全な状態に戻せたほうがいいとは思うのだが、下手にメスを入れるのも悩ましいか。

 土壇場で後遺症が響いて、みたいな事態にならなければいいんだけど。

 悲劇的な物語だとありそうな布石にも思えるのだが、まあ利き手じゃなさそうだし程度は軽いし飯田くんの個性は足だし、第三者がうだうだ口を挟むような問題ではなかった。

 うん、と内心で頷いて別のことを切り出す。

 

「エンデヴァーが対処したんですよね。轟くんのお父さんの」

「…………ああ」

 

 あ、やば。思ったより親子仲がよろしくないようだ。

 体育祭中の様子や伝え聞く話なんかで、どうも轟家はフクザツだと察せていたのだが、職場体験で父親のところに行ったと聞くし、改善傾向なのかと思ったのだけれど。

 雰囲気がピリっとしてしまった轟くんに私がどうしようと思っていると、姉が助け舟を出してくれた。

 

「霞はね、エンデヴァーファンなんだよー」

 

 割と泥船だった。

 

「へぇ……アイツの……」

「――い、妹さんは、どうしてエンデヴァーを?」

 

 父親をアイツ呼びする轟くんに戦慄していると、ヒーローオタクである緑谷くんが興味を持ったのか訊いてきた。

 

「えっと……」

 

 オールマイト一色な世の中に私が天邪鬼を発揮していたところで、事件解決数最多という実績を持つエンデヴァーに興味を持ったのが切っ掛けだったりする。

 

「その、エンデヴァーって『ヴィランっぽい見た目のヒーローランキング』でトップ取ったじゃないですか、アレで」

「あれで!?」

「結構好きなんです、あれ。それであのランカーって芯が通ってるヒーローだと思ってて」

 

 見た目がヴィランっぽいというだけだと上位に上がれないのである。

 実績と見た目の両方があってこそのランキングで、しかも実は掲載の拒否権がある。*1

 営業に差しさわりがあると判断するヒーローは拒否するし逆に自身を売り込めると思うヒーローは掲載許可を出す。またそう言った露出に無頓着だったり、一種の有名税だと受忍しているヒーローも居る。

 そういう理由で、私はある種の質実剛健ランキングとして見ていたりする。

 

「今時珍しいぐらいファンサービス精神無いじゃないですか、エンデヴァー」

 

 だがそれが良い。さらにあれで家族愛とかあったらいい感じのギャップで良かったのだが、そこは夢を壊されてしまった。勝手に夢見て勝手に裏切られて残念がる良くないファン心理。

 ちなみに雑誌主体で掲載される本物以外に、ネット上には非公式の裏ランキングと呼ばれるものがある。そっちは純粋な悪口で見た目をあげつらっていたりするので精神衛生に悪くて私は見ていない。

 

「霞ちゃん、相澤先生も好きそうや」

「ですねー」

 

 麗日さんの言葉に頷く私。

 ファン目線になるには直接指導の機会があるので近すぎるのだけど。

 それに心操くんがガチで憧れているので、一歩引いている感もある。

 

「アイツにもファンっているんだな……」

「そりゃいますよ、No.2ですし」

 

 轟くんが怪訝そうに呟いていたので、差し出がましくも思わず口を衝いて出ていた。

 

「まあ、私が一番好きなヒーローってなるとエッジショットなんですけど」

「忍者ヒーロー『エッジショット』!」

 

 勢いよく緑谷くんが反応し、ずらずらとヒーロープロフィールを暗唱し始めていた。

 さっきも『ブツブツ』してたけど、ううむ、緑谷くん、濃いなぁ。

 私もそれなりにオタクだから、スイッチが入る感じは凄くわかってしまう。

 

「霞もオタクだから、緑谷とは波長合うんじゃない?」

 

 おや。姉の呼び捨て男子なんだ、緑谷くん。だいたいの相手には君付けなのにその枠じゃないのか、その時のノリとか気分で変わる枠かもしれない。

 

「うーん、近いモノは持ってると思うけど……ジャンルが違うというか……」

「個性の話とか好きだし。自分で解決しちゃったけど、個性自爆の件とか結構気にしてたでしょ」

「そういえば緑谷くん、自傷しないように個性使えるようになったんですね。良かったです」

「あはは……まだまだだけどね」

 

 まあ私程度ができるアドバイスは絶対に安全なレベルのパワーを意識せずに発揮できるまで反復練習、ぐらい。

 増強系の強みは素の力にプラスアルファができる点なので、調整ができるのならちょっとずつパワーアップしていければ充分だろう、という方針だ。

 それに体育祭時点で自傷せずに心操くんを吹っ飛ばす程度のパワーを出せていたわけだし。――ん、体育祭?

 

「――――あ」

「?」「どしたの霞?」「なにかあった?」

 

 思い出した。うっかりしていた。

 

「緑谷くん。――体育祭、決勝トーナメント前に姉の振りで騙してすみませんでした。ごめんなさい」

「ふぇ!? いいよ!? 気にしてないっていうか、気づかなかった僕もウカツだったしっ!」

 

 座ったまま、テーブル越しだけど頭を下げる私に、あわあわと手を振る緑谷くん。

 謝罪を受け入れてもらって、ほっと一息。

 気にしてないだろうなぁとは思っていたけど、時々思い出す程度には心残りであった。

 

「それと、心操くんからの伝言があります。『次は負けない』だそうです」

「――――っ!」

 

 よし、これで緑谷くんに伝えなきゃいけないことは済んだな。

 

 

 

 

 

 かくして私の6月の日々は過ぎ、学期末が迫ってくるのであった。

 

*1
独自設定。




 お気に入り登録、感想、評価、ありがとうございます。
 またこんなに遅くなって……! 申し訳ありません。
 アニメも終わってしまったなぁ……。Moreは楽しみです。

 本作では久々の原作シーン&メインキャラとの絡みでした。
 漫画だと7巻の3ページ分、アニメだと34話の2分間分ぐらい! これを原作シーンと言い張る勇気。
 本作時空だと緑谷くんと心操くんの因縁が変わってくるなぁ、とか考えています。
 体育祭時点で既に前向きになってるし、応援してくれていた子を泣かせてしまったし。

 葉隠さんと主人公で交互に視点を切り替えていましたが、次話以降はまた主人公視点に固定になるかもです。
 ちょっと差し込む程度はあるかも……。3章はあと2話か3話の予定です。
 さらっと夏休み突入するかもしれない。


 そういえばアマプラ配信でダークマイト映画を観たんですが、夢のシーンのとこで泣くかと思いました。
 本作葉隠さんは主人公のせいで強さと弱さが足されていますが、原作葉隠さんもそう遠くはなかったのかもなぁ……。



(本作とは関係ない宣伝)
 少し前に、大昔に書いた短編東方SSを投稿してみました。よろしければご覧下さい。
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