透明少女な双子の妹が普通科からヒーロー科を目指す話(仮) 作:峰下抄
『――イッツ束の間! 楽しく遊ぶぞレクリエーション!』
雄英高校体育祭、午後の部のレクリエーションが行われる中、決勝トーナメント進出者である緑谷出久は1年A組の控え室で一人、イメージトレーニングをしていた。
彼はこれまで、譲り受けた個性『OFA』を使う際、その個性から出る超パワーを制御できず自らの身体すらも破壊してしまっていた。
しかし、第二種目の騎馬戦においてその力の調整に成功し、自壊することなく相手騎馬の轟焦凍のガードを崩し、ハチマキを奪うことができたのだった。
「その感覚を忘れないうちに……」
ブツブツと癖の独り言を言いながら、記憶の反芻に没頭している。
そんな彼に、声が掛けられた。
「――緑谷くん、怖いのでてるよー」
「えっ!? あっ、葉隠さん!?」
「あ、いやごめん。集中してたんだよね。第1試合だもんねー」
緑谷が声に驚いて顔をあげると、控え室のドアを開けたところから体操服が覗き込んでいた。
体操服だけが覗き込んでいる――その光景に、透明人間のクラスメイトの存在にすぐに思い当たっていた。
がんばってね、とかけられる激励の言葉に、ありがとう、と返す。
「私、これからC組の控え室に行こうと思うんだけど」
ヒーロー科A組、葉隠透の双子の妹は、緑谷の対戦相手である心操人使と同じ普通科C組の生徒、葉隠霞だ。
葉隠透の妹もまた、普通科ながらトーナメント進出を果たしていた。
「対戦相手の情報、聞いてきて欲しいとかあったりする? あ、もしかしてもう青山くんや尾白くんから話聞いてたり?」
「え。いや、『チームメイトだったから仲間は売れない』ってほとんど教えてくれなかったよ。というか、よくわかってなさそうだった。なにかしらの行動阻害系の個性っぽいとは聞けたけど」
「ほうほう。……ちなみに葉隠さんちの妹さんは、姉からさんざんA組のことを聞き出してて、がっつり情報握ってたりするんだけど」
「そうなの!? 道理で、的確な仲間選びだとは思ったけど……」
緑谷が再び長考モードに突入する。
「そうなると対戦相手の心操くんはこちらが自爆しかねない個性だということを知っているはず。大振りを避けるような慎重な立ち回りをしてくるのかそれともそもそも個性を使わせないような速攻をしてくるのかああやっぱり相手の情報が少ないのは痛いな事前準備がいるといってもあの騎馬戦の最中に成立するような準備って何だ?相澤先生のように見るだけというわけではなさそうだけどそもそもはたしてかなしばりのような行動阻害が個性の本質なのか――」
「……お邪魔しましたー」
彼女はしばらくその独り言に聞き耳を立てていたが早々にドアを閉じ、1-A控え室を後にした。
体操服が歩いている、としか表現できない光景が各クラスの控え室を繋ぐ通路にあった。
レクリエーション中で周囲に人影はない。生徒は競技フィールドや観客席のほうに行っていた。
そのことを確認すると、体操服に長袖、手袋、眼鏡、リボンが現れ加わった。
「んー……。まあ、気づかれたからって、どうということはないよねー」
そう悪びれない様子で呟いて、服装の一部を透明化していた彼女――当の普通科C組、葉隠霞は、ただいまー、と言いながらC組の控え室に入った。
「うん。嘘はついてないし、こっちも情報握ってるってことは伝えたからイーブンイーブン」
「いや、詐欺師の手口だよ」
「なんてことをいうんだ」
「
「悪化したぁ……」
控え室に帰ってきた彼女から話を聞いた心操人使はやれやれと溜め息をついた。
彼女がやってきたことは、どこを取ってもスパイ行為である。
「もう一つだけ言い訳をさせてください」
「話は聞いてやる」
「お姉ちゃんはクラスメイトに騙されて今チアガールの格好をしています」
「大丈夫かよ、
「だというのに、体操服姿の透明人間に疑問を持たなかった緑谷くんは不用心だと思うんです」
「詐欺師の台詞」
尾白も青山も、第二種目で組んだ心操たちに仲間意識を持ってくれているというのに。
騙されるほうが悪い? 騙すほうが悪いに決まってるだろ。
言外に彼の正義感をにじませながら、もう一度深いため息をついた。
とはいえ彼も本気では怒っていない。怒れない。
「……心操くんもわかってると思うけど……」
「わかってる。手段を選ぶ余裕なんて、ない」
雄英体育祭の最終種目の舞台。
いよいよプロヒーローの注目を集め、テレビの視聴率もガンガンあがるクライマックス。
ヒーローに、雄英に憧れる子供たちの夢でもあるここは、たどり着くだけでも立派な『成果』だ。
特に普通科の生徒にとっては偉業と言ってもいい。
二人はこの体育祭の目標達成に点数をつけるなら、第二種目進出を50点、最終種目進出を100点到達とし、そこから先はストレッチゴールやチャレンジ目標に相当すると考えていた。
それでも、ここまで来たなら
勝ちたい。
なんとしても勝つ。そのためには手段を選んでいられない。
だから、できる手はなんだって打ちたい。
その思いとは裏腹に――いやだからこそ、葉隠霞は冷静に――いっそ冷たく――考えを伝えた。
「個性的にも、トーナメントの組み合わせ的にも、正直、心操くんはこの1回戦が最初で最後の勝負所」
「…………」
「初見殺しの『洗脳』が一度バレれば、少なくとも体育祭中に使える手を私たちは用意できてない」
「1対1じゃ、喋る必要は皆無だしな」
「そして仮に2回戦に進んでも上がってくるのは十中八九、轟くん。はっきり言って優勝候補だよ」
1回戦第2試合は瀬呂対轟。個性『テープ』は決して弱い個性ではないが、序列2位のプロヒーローを親に持つ轟は格が違う。
幼少から鍛えられたと思しき身体と個性は、既にそこらのヒーローを越えている。
「
「そういうことになるね。でも、轟くん相手の試合を考えると、これまでの種目で見せてきた大規模氷結に対処できないといけない。喋る暇すら与えてもらえるかわからないよ」
故に、1回戦に勝っても負けても、それが自身をアピールするラストチャンスになる、その可能性がある。
「2回戦を考えて温存するより、1回戦で心操くんの全部を見せる。私はそう提案します」
「……そう、だな……」
まさに苦渋の選択といった渋面を見せるも、彼は頷いた。
入学してから体育祭までの約1か月、葉隠霞は考えられる限りあらゆる手段を講じて心操人使の個性を鍛えた。公での個性の使用は違法とされており、そもそも心操は自身の個性に忌避感すら覚えていた故に積極的に使ってきたわけはなく、彼は入学までの人生よりもこの一か月の間のほうが個性を使ったと確信している。
その結果、得られたモノ――俗に個性伸ばしと呼ばれる、個性『洗脳』に生まれた新たな領域は、間違いなく彼の力となり、この場に至らせる大きな一助となった。
しかし、呼び掛けへの応答、個性『洗脳』の絶対的なトリガーは不動だった。
雄英体育祭はエンターテイメントでもあり、最終種目ともなれば全て実況中継される。
であれば、手品の種がいずれ晒されるのは必然だ。
しかも、注目を集めるであろう決勝トーナメントの初戦。
目立つという意味ではこの上ないが。
「決勝に来た面子で最悪の相手は常闇くんだったから、そうじゃなかったのは良かった」
「最悪は、俺と
「あ、そっか」
それは確かにそうだね、と透明なまま彼女は笑う。
A組男子の常闇の個性は影を操るが、影自身に自我があるように見えていた。
影の個性も含めて一人として洗脳がかかれば問題はないが、そうでない可能性は充分高い。
声を発していたから応答を引き出して影の個性自体に洗脳をかけれるかもしれないが、自我のある個性相手に洗脳をしかけた経験はまだない。そもそも常闇以外の呼び掛けにそう簡単に答えてくれるのか。現時点では不確定要素が多すぎる相手だった。
「緑谷くんが相手なのは、むしろかなりくじ運良かったよね。相手としては、ちょうど良くない?」
自爆リスクのある超パワーの個性、そう聞いている。
しかしここまでの種目で、その自壊する姿は見せていなかった。
「騎馬戦の時は氷の壁の向こうだったからどんな感じか見えなかったんだけど、控え室の様子だと多分使えてたんだと思う。でもまだ使いこなせるレベルじゃないのかなって」
制御に不安があるのなら、そのまま人に向けていい威力ではない。
あくまで体育祭、スポーツ競技の範疇なのだ。
いかにガチバトルと言えど超えてはいけないラインがある。
――つけ入るなら、そこだ。
次話は緑谷対心操戦を予定していますが、今回の更新で書き溜めを全て消化しました。
正月休みも終わるため、更新が不定期になるかと思います。申し訳ありません。