透明少女な双子の妹が普通科からヒーロー科を目指す話(仮) 作:峰下抄
『一回戦! 成績の割になんだその顔! ヒーロー科、緑谷出久! 対 ごめんまだ目立つ活躍無し! 普通科、心操人使!』
そろそろいい加減にしてね、マイク先生?
……と言いたくなるような実況の中、ついに雄英体育祭最終種目の幕が開けた。
レクリエーションが終わり、セメントス先生が作った決勝トーナメントの舞台に、心操くんと緑谷くんが対峙している。
ステージを挟んで見守る位置には審判のミッドナイト先生とセメントス先生がいる。
私はついさっき心操くんが出て行ったばかりの選手用の出入口から観戦していた。
反対側の出入口にも人影がチラチラしてるけど、遠いのでよく見えない。誰だろう。次の試合のA組二人のどっちかってわけでもなさそうだし。
ステージ上で緑谷くんは腰を少し落とし、スタートのコールに備えて身構えている。
一方、心操くんは自然体に構えて、そして作戦通りに声をかけた。
「なあ――」
「…………?」
まだ試合は始まっていない。
怪訝そうに緑谷くんは、心操くんの言葉を待った。
「緑谷出久、お前の個性は葉隠から聞いてる。あの入試の0ポイントも一撃でぶっ飛ばせる超パワー、なんだってな。んで、下手すると自分の身体がやられちまうって。
俺はあの入試に落ちた。あのロボットを倒せるような物理的な攻撃力のある個性じゃなくてな――」
『――READY――』
心操くんの台詞に被るように、戦いの火蓋は切られる。
『START!!』
なぜ審判じゃなく実況がコールするのだろう、これがエンタメなのかなと頭の片隅で思いながら、私は開幕の動きを注視した。
しかし、壇上の二人は対峙したまま動かない。心操くんの問いかけが続いていた。
(まず第一ステップをクリアだ)
最悪のケースは、開幕速攻で緑谷くんが超パワーの制御を成功させ、心操くんが吹っ飛ばされて何もできずに負けることだった。
しかし緑谷くんは慎重な性格だし、人が好い。
こちらが自然体で様子見をすれば、向こうも警戒こそしてもいきなり攻めてくることはなかった。
そして投げかけられた言葉に――仮に答えるなと警告でもされない限り――返事をしてくれる善性があった。
「それでも俺はヒーロー科を目指している。この真剣勝負の場でどこまで俺が通じるのか……。緑谷、お前で試したい」
「何を……?」
心操くんの婉曲な言い回しに、緑谷くんは堪らずに問い返した。
――掛かった。
「この試合全部とは言わない。一発いいのが入るまで、個性無しで戦え。俺に付き合ってくれるなら、わかった、って言ってくれ」
「――
『おおっと!? 普通科心操、ステゴロ対決を提案! 緑谷もこれを受けたぞ!? 審判の判定は!?』
心操くんが審判のミッドナイト――C組担任でもある香山先生に視線を送った。*1
「ありよ! 『いい感じの一発』は私の判定で構わないわね!」
『ミッドナイト承認!』
香山先生は心操くんの個性を知っている。
多分、仕込みも理解した上で、このシナリオに乗ってくれている。
「ありがとう、先生、緑谷。……いくぞ!」
「――――!」
静止した状況から、ついに戦いが始まった。
双方合意の個性無しのガチバトル。
実況も観客も予想していた展開ではないから困惑していたが、ようやくのバトルだ。すぐに熱中し始める。
心操くんが殴りかかる直前に、ちらりと見えた緑谷くんの表情は困惑を秘めていた。
なぜ僕はわかったと言った? とでも思っているのかな。
その浮かんだ疑問は、心操くんのパンチにかき消される。
『さあさあ、個性無しの地味な戦いだが、予想外に普通科心操が頑張っているぞ!』
攻め立てる心操くんの攻撃を、緑谷くんは丁寧に捌いていく。この程度の攻撃は脅威ではないのだろう。
しかし緑谷くんの表情に余裕はない。頭の良い彼のことだ。目の前の状況を分析するために目まぐるしく思考が回っているはず。
(「もしかしたらこの個性無しの殴り合いこそが心操くんの個性の準備なのか、これに付き合っていいのか?」あたりかな……?)
守りの姿勢から、意を決してと言った面持ちに、緑谷くんの表情が変わった。
重心が少し前に移っている。様子見から、反撃のための構えへ。
守って捌いてばかりいた緑谷くんが、拳に力を込めて振りかぶった。
それにきちんと反応して受け流す心操くん。
ほとんど足を止めての殴り合いになり、かするようなヒット、ガードに刺さるパンチと全くのノーダメージというわけではなくなっていく。
とっくに最初の仕掛けは解けているだろう。
けれど、もうこの状況になった時点で充分だ。
『中々いいのが入らない! 心操も緑谷も、やるじゃねーか!』
一見互角の殴り合いに、観客も徐々に熱を帯びた歓声を上げていく。
観客席――
特に声を張り上げている面子は私が呼び掛けて、体育祭のための特訓に付き合ってくれた生徒たちだ。編入カリキュラムで一緒になった他のクラスや、経営科にもそういう人たちは居て、応援してくれている。
その声に釣られて、さらにスタジアムの歓声が大きくなっていく。
『驚いたな……。手元のデータは入学時のものだが……緑谷と心操なら普通にやりあったら緑谷が勝つはずだった。普通科ながらよく鍛えている』
解説ポジションの相澤先生も驚いてくれている。
ふふん、心操くんは私が育てたと言っても過言では……いや過言か。
でも、もっと褒めてあげて欲しい。
この1か月、個性伸ばしと並行して行った組手で、最低限の対人戦闘はできるようになった。
正確には、殴り合いをする覚悟と度胸を身に付けた。
付け焼刃に近いけれど、それでも入試でヴィランロボ相手に戦えなかった心操くんはもういない。
授業の一環で戦闘訓練をするヒーロー科に技量で及ばずとも、気持ちではもう負けることはない。
殴り合いは過熱していく。
クリーンヒットこそないけれど、浅かったり、かすったり、ガード上からのヒットはある。
けれど審判の声はない。
会場のボルテージに比例して、ミッドナイト先生のジャッジのラインが上がっている。
――心操くんがどこまでやれるのか、見たいと思ってくれている。そう私は思った。
「心操!」「心操頑張れ!」「いけるぞ心操!」「緑谷くん!」「デクくんしっかり!」「緑谷ー!」
双方に声援が飛ぶ中で、とても長く感じた攻防は、時間にすればほんの数分だった。
しかしそれは、拮抗が崩れるには十分な長さだった。
「――――ッ! ハァ――」
心操くんの息が乱れた。食いしばっていた口が、空気を入れるために開いていた。
緑谷くんがその隙に気づいたか否か、心操くんの顔面をパンチが襲う。
「――――ッッ!!」
身を逸らし、なんとか避けた。
だがこれ以上の殴り合いはまずいと直感した心操くんは、イチかバチか、大きく振りかぶった。
――右の、大振り――
緑谷くんの眼は冷静だった。パンチが避けられても、そして相手の反撃の体勢をよく見ていて――
「――一本!!」 『緑谷、相手のパンチの勢いを利用しての、一本背負いが炸裂ー!!』
ミッドナイト先生が思わず柔道のコールをしてしまうほど、見事な背負い投げが決まった。
受け身を取るも背中から強く地面に打ちつけられた心操くんが、衝撃に息を吐いた。
私も「ぷはっ」と止まっていた息が漏れていた。
心操くんの意識はあるな? よし。よく頑張った、心操くん。
『さあ、いい感じの一発は入ったぜ! 個性無しのステゴロはここまでか!? 投げられた心操に打つ手はあるのか!?』
ダメージがあってすぐには起き上がれないだろうけれど、そもそも緑谷くんは腕を掴んだままだ。このまま絞め技に移るかもしれない。
少なくとも、心操くんがこれぐらいでまいったと言うわけがないことを緑谷くんもわかっている。
(お願いだから、速攻で試合を決めに来ないで……!)
私は心操くんが投げられたダメージから回復して、声が出せる程度の時間を緑谷くんが与えてくれることを祈った。
その祈りが通じたのか、緑谷くんは腕を掴んで心操くんを抑えつけたまま、それ以上攻撃はしなかった。
甘い、というべきなのか。トドメを刺すという概念がヒーローには遠いから当然、というべきなのか。
ただ絞め技、固め技に移れそうな体勢を確保しているので、油断というほどではない。
ともあれ、これでプランの流れに乗れる。
最初の仕掛けは解けているはずだ。あらためて心操くんが仕掛ける必要がある。
「…………ちっ。わかっちゃいたが、流石ヒーロー科。まあ……付き合ってくれて礼を言うよ。ありがとな」
ダメージから復帰した心操くんは清々しい表情を
緑谷くんは油断なく、警戒したまま言葉を聞いている。聞いてしまっている。
「我ながら頑張れたかな。個性無しのあんたならもしかしたらと思いもしたんだが……。入学式の日にやった体力テスト、最下位だったんだろ? 緑谷」
「な、そんなことまで――」
――掛かった。
「ああ。
あっ、何バラしてんだ心操くん。
控え室の中までは入ってないからセーフだって!
「アイツ、控え室には入ってないからセーフとかぬかしてたけど、一応謝っとく」
ぐぬぬ。
「さて――『放してくれ』」
「――――」
『おおっとー! 緑谷どうした!? あっさりと心操を手放した!』
あっさりと心操くんを解放した緑谷くんの様子に、さっきまでとは違うどよめきが起きる。
心操くんは余裕を見せるようにゆっくり立ち上がった。
対する緑谷くんは呆然とした棒立ちのままだ。
『緑谷、完全停止! なんだなんだ! 心操の『個性』か!?』
「……物理攻撃的な個性じゃなくても、ヒーロー科に合格したやつはいた。俺が試験に落ちたのは、俺自身がどこかで勝手に諦めてただけだったんだ。
出遅れちまったもんは仕方ないけど、俺はここで勝って、遅れを取り戻す。
だから緑谷――『振りむいて、そのまま場外まで歩いていけ』」
『ああー! 緑谷、
心操くんの声に従って歩き出す緑谷くんの姿に、スタジアムから悲喜
(勝った……! 計画通り……!)
ほぼ完璧な流れだ。
最高は個性無しのバトルで心操くんが緑谷くんから一本取ることだったけれど、充分、互角の勝負を演出できただろう。
実際には心操くんと緑谷くんでは、やはり緑谷くんに分があった。
けれど、心操くんの個性の仕掛けを警戒し続けながら戦っていた緑谷くんは攻める手が少しだけ緩かった。
それに対して、ただひたすらに全力で相手に向かっていた心操くんとでは戦いに、特に攻めに投じたエネルギーが違ったのだ。
結果として、本来の実力差よりも長く殴り合いを演じることができた。
審判のミッドナイト先生は青春的なものが好みだからノってくれると思ったけれど、案の定ノリが良くて助かった。
クラスメイトや他クラスの特訓仲間の応援もありがたかったし、そもそも緑谷くんが相手というのが出来すぎだ。
緑谷くんは超パワーの個性を自爆リスクを考えて、使わずに済むなら、と心のどこかで思っていたはず。
そうでなければ、まず最初の仕掛けにかかってくれない。
心操くんの元々の個性『洗脳』は、スイッチのオンオフのように相手の思考力を奪うものだった。
洗脳された側には個人差があり、ぼんやりとした意識が残る人もいれば記憶を喪失する人までいて、いずれにせよはっきりと洗脳を受けたとわかるものだった。
――洗脳されていると気づかれない洗脳が、一番強いと思わない?――
かつて私が心操くんに言った言葉だ。なぜか「悪役の発想だよ」と引かれたけど。
個性伸ばしの結果、彼の洗脳はオンオフから意識レベルの調整ができるものへと進化した。
確実に指示を通すにはやはり意思を奪う洗脳状態にしなければならなかったけれど、対象の思考、心の内と心操くんの指示に齟齬が少なければ洗脳というより暗示、思考誘導といったレベルでの働きかけができるようになったのだ。
協力してくれる意思があるなら、自己犠牲は飲み込んでくれるし――
リスクを考えて温存したい気持ちがあるなら、個性を使わないでいてくれる――
単純な指示なら違和感程度にしか思わない。
私も練習でかけられた際、洗脳されていると気づかずに利き手ではない方で文字を書こうとして「なんか凄く書きづらい……」と思うも、指摘されるまで気づけなかった。
洗脳されたことに気づいてしまえば自分で頬を叩くなり、洗脳状態を解除できてしまうので、使い様ではあるけれど。
ともあれ、今度はしっかりと思考力を奪うレベルの洗脳をかけられた緑谷くんになすすべはない。
A組の観客席からは悲鳴が、C組の観客席からは歓声があがっている。私もガッツポーズをしていた。
(『洗脳』こそ使ったけど、トリガーはまぎれたかな? 2回戦、もしかするかも……!)
目前まで迫った心操くんの勝利に、私はつい、次の試合へ思いを馳せていた。
しかし――
――――ステージに暴風が巻き起こった。
「――――!?」
なに、が。
『――――緑谷! とどまったああ!!?』
「何で……。身体の自由はきかないハズだ。何したんだ!?」
緑谷くんは場外になる直前に立ち止まっていた。
私も心操くんと同じ表情をしていたと思う。いったい何が――指?
緑谷くんの指が、赤黒く変色し腫れていた。超パワーの自壊、あれがそうなのか?
(指を動かすだけであんな威力が……。――いや、そんなことより)
緑谷くんは、咄嗟に無事なほうの手で口を押えていた。
さっきの洗脳はあからさまだったか、種がバレている。
でもまだ、緑谷くんは場外のライン際だ。私は全力で叫ぶ。
「――心操くん!! 押し込めえええっっ!!!」
相手は手負い。骨折しているなら動くだけでも痛みが響くはず。
あと少し、あと一歩でも緑谷くんを外に押し出せれば、勝てるんだ。
「――――っ!」
ハッとして心操くんは駆けだした。
緑谷くんはそれに気づいて、そして痛みに堪えるように身構えた。
『心操、土俵際の緑谷に突進! 迎え撃つか緑谷!?』
心操くんは勢いのままに、けれどさっきの背負い投げを警戒して肩からぶつかりに行く。
ガードして受け止める緑谷くんだが、痛めた左手に衝撃が響き、苦悶の表情を見せた。
あらためて心操くんは両腕で押し出そうとする。しかし、緑谷くんはしっかり踏ん張って動かない。
心操くんは緑谷くんの左手を狙って拳を振ろうとした。
だが、あろうことか緑谷くんはその左手を使って心操くんの身体を横に流した。
体が入れ替わり、二人はライン際ほぼ平行に向かい合う。
体勢を整えようとする心操くんに、緑谷くんは右手を伸ばし――その手を心操くんに当てた。
――スパークする右手、彼の個性の発動――
「心操くん!?」
私はさっきの超パワーが心操くんに直撃するところを想像し、悲鳴を上げた。
――――!!
次の瞬間、心操くんの身体はほぼ水平に飛んでいた。
数メートルの飛距離の
ステージに残る緑谷くんの突き出した手――パワーの調整に成功して自壊せず無事なままの――その方向は場外のほうにわずかに向いていた。
「心操くん場外! ――よって、緑谷くん二回戦進出!!」
『緑谷の超パワー炸裂! 心操、吹っ飛ばされたァァ!! 手を押し付けた状態から吹っ飛ばすとか寸勁かよ!』
ついに一回戦第一試合に決着がついた。
心操くんは、負けた。
『初戦から中々トリッキーな試合になったが、とりあえず両者の健闘を称えてクラップユアハンズ!』
吹っ飛ばされた心操くんは、しばらくすると自力で起き上がった。
舞台中央で再び緑谷くんと向き合い、礼を交わす。
スタジアムから惜しみない拍手と歓声が勝者である緑谷くんに、そして心操くんに送られる。
観客席のクラスメイトから称賛を浴びた心操くんは、痛む手を抑えている緑谷くんと会話を交わしていた。
「……………………」
「……泣くなよ」
「ずびっ……泣いてません」
「床が濡れてんだよ」
「……今は、泣いてないもん」
私は観戦していた出入口から少し奥に引っ込んでいたのだが、戻ってきた心操くんは目ざとく私の存在に気づいた。
なんだったら号泣してたのがちょっと恥ずかしくて完全透明化してたのに、気配で察知してきやがった。おのれ。
二人で並んで、通路を歩きだす。
「おしかったね」
「おしかったな」
「凄く頑張ったと思う」
「俺も頑張れたと思う」
「悔しいよ」
「そうだな」
「ほんとに、もうちょっとで……」
「――だからお前が泣くなって」
立ち止まって肩を震わせてうつむく私に、心操くんは優しく肩を抱いた。
「…………」
私は、ごめんなさいと謝罪の言葉が口をつこうとするのを我慢した。
私が悪いわけじゃない、私が謝るような話じゃない。
私は本気で心操くんに勝ってほしくて作戦を練ったし、それを受けて心操くんは全力で戦った。
その結果が――ただ届かなかっただけ。そこに謝るところなんてどこにもない。
入学日から約1か月、ずっと準備してきて、そして最終種目まで残ったという十分な成果を挙げた。
結果だけを見ればそのはずなのに。
ほんの少し緑谷くんが立ち止まるのが遅ければ。
あと一歩でも緑谷くんを外に押し出せていれば。
もっと心操くんが戦えるよう鍛えられていれば。
悔しさに、後悔に。
私はぐちゃぐちゃになりそうな思考で溢れようとする涙を必死に堪えようとしていた。
普通科1年C組心操人使、最終種目、一回戦敗退。
※オリ主視点で進む以上、フォローされない要素
原作と違って、尾白くんから緑谷くんへのアドバイスがありませんでした。
その結果、原作よりも洗脳が仕掛けやすい状況でした。
その結果、原作よりもOFAのイメトレにかける時間が増えました。
お待たせしました。筆者なりに頑張りました。
オリ主以外の対戦については簡単な描写になると思います。
(2024/6/7 作中の日程を調整したため、一部日数にかかる部分を修正)