「こぼっ、げほ、ごほっ!」
口から流れ出た血液が、地面を赤い水溜りに染める。アツコを逃がしてから、どれぐらい経っただろうか。何時間も経過したような気もするし、数分しか経っていない気もする
腹の傷と、体中にできた細かい傷。ボロボロなのは言うまでもないけれど、正面からでも意外と戦えるんだな、なんて驚きも少しだけあった
「………予想以上に粘ったな。腐ってもスクワッドという事か」
「っ……まだ──!?」
「黙れ。お前はもう終わりだ」
腹の傷を蹴り上げられ、仰向けに転がる。追い討ちで傷口を踏みつけられ、形容しがたい痛みが全身を駆け巡った
「秤アツコもじきに捕らえられる。愚かだな、全ては虚しいと教わっておきながら」
「………またそれか」
「結局、お前の行動は僅かな時を無駄にしただけの事だ。まぁ、臆病者の役立たずにしては上出来と言えるか」
………よく喋る奴だ。こいつ自身の悪癖か、それとも何か意図があるのか……どちらにしても、俺にとっては好都合だ。一秒でも長く、一人でも多くの人間をここに留める。それ以外は──とりあえずどうでもいい
「っ───!」
腹に乗せられた足を掴んで強引に体勢を崩し、逆に押し倒す。逃げる為には、人よりも体を強く鍛えなければいけなかった。だから、力だけなら俺はスクワッドの中で一番強い
……でもそれは、あくまで万全な状態での話
「ごっ……!」
「……少し驚いた。お前がここまでやるとはな」
簡単に蹴り飛ばされて、再び地面を転がった。激しく動けば動くほど、出血量は増えるし、腹の傷も悪化する。残された時間が減っていく
「時間をかけ過ぎた。さっさと始末してロイヤルブラッドを回収するとしよう」
「っ…行かせ、るか……!」
「今のお前に何ができる」
いくつもの銃口が俺に向けられる。死にたくないけ──のもそうだけど、一番頭によぎったのは、皆との記憶
サオリ、アズサ、ミサキ、ヒヨリ、アツコ。一番最初に消えるのは俺。それが、最初で最後である事を願うばかりだ。いつも迷惑かけてばっかだから、最後ぐらいは俺が皆の盾になろう
引き金に、指が掛かる
「何をしているのです?」
声が、響いた
アリウスに生きる生徒であれば、必ず誰もが知っている声
「マダム!?何故ここに……」
「時間をかけ過ぎです。その男の始末は私が引き継ぎます、早くロイヤルブラッドを捕らえなさい」
「了解しました。……行くぞ」
止めなければ
分かってはいる。それでも、俺の体は指一本動かすことが出来なかった。俺の原点。危険に対する恐怖が、最後の最後で俺の体を縛り付けた
「正直、驚きました。まさか貴方がここまでやるとは」
……逆に考えろ。現状、このアリウスで一番強いのはコイツだ。なら、それを一秒でも長くここに留める。もしくは、少しでも多くダメージを与える。できる事を、どんなに小さくても、できる事を考えろ
「えぇ、本当に驚きました。よりにもよって、まさか貴方が────」
「っ──!」
べらべらと、長ったらしく喋るマダムにスナイパーライフルを向ける。不意打ち。俺の常套手段、しかし──
「私が話しているでしょう」
俺の腹を貫いた時と同じように変化した片手が、銃身を横薙ぎに弾いた
「っ……!」
地面を転がっていくライフル。それを追う事もせず、マダムはただ俺を見たまま立ち尽くしていた
「……ですが、愚かですね。貴方には力が無かった。人を守り、救う。貴方はそれに一番向いていないというのに」
マダムの手が、俺の頬を掴んだ。引っ張られて、目線を合わされる。俺の事なんて全て見透かしたような、まるで俺を嘲笑うような瞳だった
「力も半端。行動も遅い……貴方のような臆病者に、何も成し得る事など出来はしない。貴方が一番よくわかっていましょう?」
マダムの手が下に降りていき、首を掴まれ、ゆっくりと持ち上げられる。当然首が締まり、呼吸が苦しくなってくる。首を掴んだ腕を逆に掴むも、抵抗としてはたかが知れてる
「私に歯向かった罰です。貴方の嫌いな痛みの中、死んでもらいましょう」
「え─────」
一瞬、早業
変化したマダムの爪が、俺の左目を潰した事を、一瞬理解できなかった
「───────!!!!!」
声にならない絶叫。のたうち回るほどの痛み──だが、首を掴まれ、宙に浮いているこの状態では、碌に動くことすら許されない
「哀れですね」
短い、何の感情も込もってない言葉。それと同時に、より強く首を握られた。首の骨が折れそうなほど強い力に、あっという間に意識が混濁していく
「生き抜く力が無かったですね」
ぎち、ぎち
首が締められ、視界が滲む
「力の差を理解していながら、逃げなかったのが間違いでしたね」
ぎち、ぎち、みし
骨が軋む音が、何故だか綺麗に耳に響いた
「勇気を出すのが遅かったですね」
視界の端、花が見えた
「…………わかってる、よ」
より強く、首を締めるマダムの手を掴んだ
「戦うんなら!アツコが連れてかれるあの時だった!力が足りない!何もかもが遅い!わかってんだよそんな事!」
喉が締まってるせいで、やけに聞き取りづらい声だったかもしれない。そもそも、言葉として伝わったかどうかも怪しいけれど
「でも!まだ間に合うって!信じてたから戦った!こうなるかもってわかってても!それでも守りたい人が居た!」
片手を離し、腰にあるナイフに伸ばす
「勝てる勝てないじゃなく!」
万力のような力を、感情のままナイフに込めて
「ここで俺は!お前に立ち向かわなくちゃいけないんだ!」
一瞬、早業
マダムの腕を、ぶった斬った
「っ─!?」
突然支えが無くなり、床に落ちる。咄嗟に受身を取ってダメージを最小限に抑えた
「馬鹿な……!ここまで…!」
俺のナイフに、気付いてはいた。その上で俺の方が速かった。苦悶の声と共に、斬られた腕を抑えているのが目に入る
「っ……来いよ!俺が死ぬかお前が死ぬかだ!」
「……えぇ、ではお望み通り。消えなさい」
銃はもういい。武器はナイフ一本。やれることは────
「─────ぇ」
頭に感じた、鋭い痛み
撃たれた。倒れゆく中でなんとなく理解できた
「お……まえ…!」
「……保険をかけていない訳がないでしょう。それにしても…やってくれましたね」
倒れながら、マダムを見た。多分、狙撃役を一人残しておいたんだろう。不測の事態に備える…悔しいが、よくできている
「っ……!こ、の…!」
立ちあがろうと、必死に体を動かそうとする。だが、体は動かない。すぐにマダムが俺に近づいて───
「いっ………!?」
ナイフを持った左腕を切り落とした
「貴方は臆病者です。だからこそ生き残れた。だからこそスクワッドの一員となった。貴方が臆病を捨てれば……こうなるのは自明の理でしょうに」
次に狙われるのは間違いなく心臓。それで俺は死ぬ、間違いなく
……そう考えると、なんだかどっと疲労感が出てきて、少し可笑しく思えてきた。ゆっくりと目を瞑り、思い浮かべるのは一人の少女
「………アツコ」
……死ぬ。その前に、もう一度だけ会いたくなった
「………あれ」
見覚えのあるドローンが、視界の端に見えた
「っ……!煙…!」
一瞬にして辺りが煙に包まれる。すぐにマダムが爪を突き刺そうとするが──それよりも先に、体が誰かに持ち上げられた
「間に合っ、た……!」
聞き慣れた声。助けに来てくれたのか?そんな思いを込めて手を伸ばすと、それに応えるように、俺を持つ誰かがぎゅっと握り返した
「……アツコ、なんで」
「……私一人じゃないよ」
アツコが視線を向ける先───スクワッドの皆と、あと…聖園ミカと、ヘイローを持たない大人……つまりは、先生
「テラが時間を稼いでくれたから、こうして皆を集められた」
「……俺が?」
………あぁ、つまり
「……ねぇ」
「……何?」
「俺、頑張ったよな」
「……うん。すっごく頑張った」