騙して悪いが、短編なんでな、許してもらおう
「……暑い」
「我慢しろ。顔を隠さねば足がつく」
炎天下の街中。暑さに耐えながら長袖のパーカーで顔を隠しながら二人歩く
キヴォトスにおける殺人。あの災厄の狐ですら犯さなかったそれを、彼女は犯した。追跡から逃れるには、ブラックマーケットに逃げ込む以外に手は無い
夏場なのに厚着をしている俺たちに、道行く人は一瞬怪訝な表情を見せる。しかしすぐに興味を失って、俺たちから視線を外す
「……歩かなきゃ駄目?」
「公共交通機関は足がつく。車もバイクも持ってない。歩くしかないんだよ」
「……じゃあ、せめて休憩しようよ。近くにどこか──」
「駄目だ。我慢しろ」
出来るだけ迅速に、可能な限り遠くに逃げなければならない。立ち止まっている暇なんてないのだ
「……わかってるけどさぁ……」
そんな呟きも無視して歩みを進める。もはや何を言ったところでしの意見は通らないのだと知っている彼女は、大人しく足を動かし始めた
「ところで、もし追い付かれたらどうするの?」
「……それは、焼くしか無いだろ」
「……ふふっ、そうだね。私も覚悟決めなきゃな」
笑い声一つ。それを見た俺も、自然と笑みがこぼれる。二人ぼっちの逃避行は、夏休みに二人だけでキャンプに行くような、そんな幸せな事のように思えたから
……きっともう、俺たちはまともな精神状態じゃないんだろう。それでも構わないとすら思えた。……それから一体、どれ程の時間が経っただろうか。空は夕焼けに染まり、街は昼とはまた違った顔を見せる
「……流石に不味くない?」
「廃墟を探せ。今日だけならなんとかしのげる筈だ」
廃墟程度なら探せばすぐに一つは見つかる。このまま進み続ければ、明日、遅くとも明後日にはブラックマーケットに逃げ込めるはずだ
重要なのはその後。住む場所、生きていく手段。問題は山積みだ
「……ここでいいな。窓は開けるなよ」
「はーい」
小さな廃ビルの一室。埃の匂いを感じはするが、一時の拠点としては問題ない。熱帯夜というほどでもないが、蒸し暑い事には違いない。……建物の中だ、上着ぐらいは脱いでもいいだろう
「……なんで脱いでるの」
「暑いからに決まっているだろう。今この状況でお前以外の視線があるなら、その時はもう顔を隠す意味なんてないからな」
「……そっか」
「疲れただろう。俺が見張っているから休め」
「駄目だよ。二人で頑張らないと、それか、面倒だし寝ちゃう?」
「……せめて交代だろう、馬鹿」
「あは、ごめん。……でもさ、寝れると思う?」
「……難しいだろうな」
既に俺たちは追われる身。俺は死体を見て、彼女は二人を手にかけた。普通に眠れるような精神状態ではない。それは確かだ
「……じゃあ、お話しよっか」
「別にいいが……話す事なんてあるのか?」
「あるよ。例えば────」
……それからも俺たちは夜通しで話し続けた。他愛ない日常の話から、趣味のカラオケの話まで。とにかくどうでもいい事を延々と喋り続けた。……そうしている間だけは気が紛れたから
「あはは!そんな事もあったね。……楽しかったな、本当に」
「あぁ。……そうだな」
楽しかったな、本当に。これは本音だ。かけがえのない時間だったとさえ思える程、満たされたひと時を過ごした
「……夜明けまで後二時間ぐらいか。出発の準備……と言っても、何もないか」
携帯で時間を確認し────
「……?どうしたの?」
「……報道されてる」
ヴァルキューレ公安局は失踪した二人の生徒……俺達を捜索中との事だ。殺しの犯人が彼女である事はもうバレているだろう。……本格的に追跡が始まった
「あーあ、モザイクないじゃん」
「……大丈夫だ、逃げ切れる。夜が明けたら────?」
白い光が、ビルの窓から入り込んできた
「……あれ、さ」
「何故、だ?いくら何でも早すぎる──!」
瞬間───窓が割れ、公安局の生徒達が複数、室内に雪崩れ込んできた
「動くな!もう逃げ場はないぞ!」
「やばっ…!どうし────」
パチン、と指を鳴らす音が狭い室内に反響する。そして──同時に、紫色の爆炎が上がる
「熱っ!?何だこれ!?」
「……行くぞ」
「え───あ、うん」
彼女の手を取り、炎の間を通り抜け、堂々と割れた窓から外に出る
「っ…!撃──」
「邪魔だ」
停まっていた公安局の車に向けて指を鳴らせば、そのまま車は爆発を起こす
「このままブラックマーケットまで行くぞ、いいな?」
「──わ、かった」
手を握ったまま、走る。ブラックマーケットまであと少し。二人で駆け抜ければきっと間に合う。そんな、僅かな希望を抱きながら
「……前代未聞の殺人事件だ、そりゃ全力で追うよな…!」
サイレンの音、プロペラが回る音、あらゆる全てが俺たち二人を追いかけて、責め立てる
逃げる、燃やす、逃げる、燃やす、逃げる。息が上がる。足も痛い。体が酸素を求めて悲鳴を上げている。それでもなお走り続ける
「はぁ、はぁ───」
疲労は殆ど消えていない。そんな状態で無数に湧いてくる公安局員の対処をするのは不可能だ。このままではいつか必ず限界が来る
「人質か、何か……」
「…え?何て言ったの?」
路地裏を飛び出して少し大きな道路に転がり込む。周囲を見渡して───使えそうなものを見つけた
(ヘイローのない大人……!つまりは先生!何でこんな時間に生徒を引き連れてるかは知らないが、これを逃す手はない!)
小柄なピンク色の髪の生徒を連れた、最近キヴォトスに着任したらしい先生。ヘイローがある以上俺の方が圧倒的に強く、人質としての立場も充分
「あいつを捕まえ───!?」
ようとして、気づく。先生の傍らにいる小柄な生徒──その実力を
「っクソ!」
指を鳴らし、適当に地面を燃やして足止め。そのまま反対方向に逃げ始める
「……何を、しようとしたの?」
「先生を人質にしようとしたんだが……隣の奴がヤバい奴だった」
「え…人質……?」
「っ…クソ!」
先生に気を取られた一瞬の隙に、公安局が俺達を包囲する。燃やし尽くして逃げるにも数が多すぎて対処しきれない
「さぁ、逃げ場は無いぞ。大人しく投降しろ」
じりじりと包囲網を縮めてくる公安局員たち。逃げ道は───一つしかなかった
「こっちだ!」
「うわっ!?」
俺たちの背後、都合良く建っていたビルの中へ一緒に飛び込む。彼女へと飛ぶ銃弾は俺の体で防いで、そのまま階段を駆け上がる
「……頑張るんだね」
「当たり前だ!」
走りながら、叫ぶ。彼女への想いを
「お前の為なら何だって殺すし壊すし奪う!あんな奴らのせいで!お前のこれからが閉ざされていい筈がないだろ!」
「───重いなあ」
屋上への扉がすぐそこに迫る。もう、ここしか逃げ場はない
「……私も、覚悟決めなきゃな」
蹴破るように扉を開いて、二人屋上に飛び出した
「…………」
白み出した星空が、この長い夜の終わりがすぐそこに迫っている事を知らせている。姿を見せようとしている朝焼けは、状況を忘れて見惚れてしまう程に美しい
「……この距離なら抱えて隣に移れるか。早く────」
ガチャリ、聞き慣れた音が耳朶を打った
「……何をやってる?」
彼女は黙って、朝焼けの方を向いて進んでいる。俺の傍から離れようと、一歩ずつ。距離が離れる
「おい────」
その手に握られた一丁の、飾り気のないハンドガン。やけに、胸騒ぎがした
「ありがとう」
理解している筈だ。そんな事は不可能だと。銃弾一発程度では何をどう足掻いても不可能だと
それでも───胸騒ぎが止まらない
「だいっき────」
ついに姿を見せた朝日が彼女と重なり───こめかみに銃を突きつけた
「───大好き!」
銃声が、響いた