「(うわああああああ!!? 私、彼女持ちの男の人に何してるん!?)」
自室に戻った愛依は悶えていた。
傍から見れば、彼女がいる男に色目を使ったかのような行為。
もし詠子に見つかってしまえば…。
「さっきはお楽しみだったね愛依ちゃん」
「うきゃあああああ!?」
いきなり入って来た詠子。
彼女の登場に愛依は妙な金切り声で叫んだ。
「あ、ごめんごめん。ノックしても出てきてくれなかったからさ。けど明かりあるから入って来ちゃった」
「そ、そうですか…」
色々と言いたいことがあるが、さっきの事もあって強く言えない愛依。
そんな事を知って知らずか、詠子が愛依に近付いた。
「ねえ愛依ちゃん、螢くんと何話してたの?」
「ッ!!?」
やはり来たかと、愛依は身構えた。
「あ、別に私の彼氏に色目使うなとかそんなんじゃないから。むしろ逆。勧誘しに来たの」
「え?」
「ねえ愛依ちゃん、一緒に螢くんが英雄になるところを見たくない?」
愛依は言っている意味が分からなかった。
「螢くんが戦ってるところを見て愛依ちゃんはどう思った?」
「わ、私は…」
思い出す、螢多朗―――ファントムの雄姿を。
鬼と戦い、圧倒的な戦闘力で叩きのめした姿を。
十二神将と戦い、ボロボロになりながらも、鮮やかなカウンター技で倒していった姿を。
太歳と戦い、圧倒的な力に叩きのめされ、傷つきながらも立ち上がり、諦めず戦って遂に一撃を入れた姿を。
「すごく………かっこよかった」
頬を赤らめて言う愛依。
しかしその顔は恋する乙女というより、信望を抱く教徒に近かった。
ソレを見た詠子は満足そうに笑いながら愛依に手を差し伸べる。
「ねえ愛依ちゃん、螢くんの雄姿をもっと見たくない?もっと強く、もっとハードで、もっと英雄らしくなってもらうの」
「螢くんは英雄なの。もっと色んな敵と戦って、もっとお嫁さんを手に入れて、もっと力を付けてもらうの」
「そのためには愛依ちゃんが必要なの。この家の当主を足がかりにしてね。…協力、してくれる?」
「………うん!」
愛依は詠子と同じ表情で快諾した。
愛依ちゃんと別れて少しした後の庭園。
風呂上りの夜風に当たって涼んでいると、詠子にばったりと会った。
確か、詠子が来た方角は愛依ちゃんの部屋があった筈。
まさかコイツ、愛依ちゃんに何か吹き込んだのか?
「ん?螢くんもう上がったんだ」
「ああ、いい湯だったぞ」
ベンチに座る詠子。
俺はその隣に座る。
「で、愛依ちゃんに何吹き込みに行ったんだ?」
「別に何も企んでは無いわよ。ただ、今後の螢くんについての相談」
「何?」
俺が聞き返すと、詠子は少し影の含んだ顔で話した。
「今までは何度か誤魔化してきたけど、今回ばかりはもう限界。あれだけ派手に暴れて、財政界に大きな関わりを持つ家に取り憑いた…ううん、守り神を倒したなんて情報、絶対に漏れる。だから、どこかの勢力に入って足場を固める必要があるわ」
「ファントムの力はあまりにも大きい。それ以上に異端だわ。少し大きな神社の産まれ程度の人間が、神様を倒せる程に強い悪霊に変身するんだもの。こんなの聞いたら、国の偉い人や心霊現象に関する組織は絶対に放っておかない。何が何でも螢くんを手に入れようとする筈よ」
「ソレに今は成り代わりとの戦いも控えてる。しかもかなり大きい組織なんでしょ? 空亡にも関わってるし、大企業や霊能組織の偉い人に成り代わってる可能性もある。組織が相手になる以上、今までみたいに個人で動くには限界が出る。だからこっちも組織で対抗するしかないわ。せめて後ろ盾はほしいところよ」
詠子の行ってることはもっともだ。
悪霊は本来個人単位でしか動かない。
自分勝手に暴れるのが悪霊というものだ。誰かと協力なんて出来るわけがない。
出来たとしても力ずくで従わせる程度だが、ソレでも出来る集団規模の限界はすぐ来る。
だから今まではこっちも個人単位で対応出来た。
まあ、因習村で祀られていた邪神や、零落した神はその例に当てはまらなかったが。
これからはそうも言ってられない。
おそらく相手にするのは組織。
成り代わりだけでなく、太歳を倒した事に気づいた霊能組織も。
これだけ悪霊が活動している世界だ。
呪術廻戦みたいな対抗組織がないわけがない。
世界や国規模で動いて動いているのか、民間経営なのかは分からないが、相当する組織は存在する筈だ。
で、そんな組織から俺はどう見えるのかは言うまでもない。
これからは組織との戦いだ。
今までなんとか誤魔化してきたがソレもここまで。
おそらくファントムの存在や能力だけでなく、俺の素性もバレるだろう。
多分、今まで倒してきた悪霊や零落した神などの情報も調べ上げられる筈だ。
で、名も存在も知らない連中はいつか俺に何かしらのアプローチをかける。
スカウト或いは懐柔して自身の陣営に引き込むか、はたまた敵対或いは排除してくるか。
どう転ぶかは情報が少なすぎて何とも言えないが、これまで通りにはいかないことだけは分かる。
「要するに後ろ盾か」
「うん、そういうこと」
今のままでは危険だ。
仲間に引き込まれても今のままでは安く買い叩かれる。
敵対しようものなら力では勝っても家族や周囲までは守り切れない。
どう転んでも後ろ盾も立場もない俺らでは不利になる。
だから神代家の力でソレを無くそうということか。
「お前そこまで考えてくれてたのか相変わらずいい女だな」
「えへへ、ありがとう螢くん。それじゃあ…」
詠子はそっと俺に寄って来た。
「いい女をちゃんと可愛がってね」
「…ああ、帰ったらな」
今はやることがある。
ソレが終わったらだ。
「じゃあ詠子、一つ仕事いいか?」
「おのれおのれおのれ!あの小童め!神代家の…儂の力を!」
神代家の地下室。
一人の老人が喚きながら短刀を振り回していた。
神代家現当主、神代総玄。
彼は現在の日本の政財界でも強い権力を持ち、ソレに固執している。
よって、今まで娘や孫娘を平然と生贄に差し出してきた。
だがそれもこれまで。
太歳が奪われた。
権力の源泉である太歳星君が。
まだ二十にもいってない、ただの小童に。
その上、太歳はその小童を気に入って当主にしたがっている。
ふざけるな。
下民ごときが太歳を奪った上、この家の当主になる?
この儂を差し置いて、太歳の寵愛と力を得るだと?
ふざけるな!
このような理不尽がまかり通って良い筈が無い!
受けた屈辱、そして犯した罪、その身を以て償わせてやる!
しかし力の差は歴然。
自邸に招いて騙し討ちで奪還を試みるも、返り討ちにされた。
あんな小さな子供に。
本命である螢多朗はグースカ寝て戦ってすらいない。
太歳を倒した本人の力は未だ未知数。
下手に手を出せば先程の二の舞になる。
事態は一刻を争う。
早くなんとかしなくては、今まで祟り殺した亡者たちの報復が来る。
「じゃから、お前に協力してもらうぞ」
「んー!ん-!」
総玄は縛られている自身の孫に目を向けた。
神代家の次男、神代影玄。
霊感が低い神代家の人間にあって、一族で歴代トップレベルの霊感を持って生まれた。
ところがその才能はあえて伸ばさず管理と教育をされ、今はフリーターとなっている。
何故そのようなことをしたのか、その理由は簡単…。
「お前はこの日の為に育てたんじゃからの。己の存在理由を全うせい」
成り代わる為だ。
高い霊感と若い身体、全てを奪う為に。
その為に抵抗されたり逃げられないよう余計な知恵や力を付けないように育てた。
家畜と同じだ。
出荷される日まで適切な育て方をした。
ソレは何も影玄だけではない。
厳玄にとってこの家の者たちも家畜に過ぎない。
家以外の者など以ての外。利用価値のある家畜どころか無価値な有象無象。
そんな石ころ風情が自身に逆らうなど許せる筈が無い。
力を奪われ、家を奪われ、下民に祟り殺される。
そんな理不尽がまかり通っていい筈が無いのだ。
「では、いくぞ」
「ん-!ん-!んー!」
震える手で刃物を持つ厳厳。
殺される。
影玄はそう確信して何とか抵抗しようと身をよじらせる。
だが、彼の予想は外れることになる。
「フンッ!」
「ッ!!?」
厳玄は自身の喉に刃物を勢いよく突き刺した。
血飛沫が飛び散り、背後の壁に背をつき、ズルズルと血の跡を付けながら座り込む。
突然の祖父の自殺に影玄は困惑する。
しかし次の瞬間、その意図を理解することになった。
「ッ!?」
祖父の遺体から霊魂が抜け出た。
黒く禍々しい霊気を放つ魂。
悪霊と言われるものに成り果てた存在。
霊感を持つ彼にはその悍ましい姿がハッキリと見えていた。
取り憑かれる。
自分を乗っ取るつもりだ。
今度こそ確信した彼は目を瞑る…。
「そこまでだ」
突然、地下室の重い扉を蹴破って一人の男が乱入した。
この家の呪縛を解いた男、幻燈河螢多朗。
彼は腰に妙なものを巻き付けていた。
「何か仕掛けるとは思ったが、まさか成り代わろうとするとはな。こりゃ聞きたいことが増えた」
『Bloody eye!』
『Eye! Look into my bloody eye! look into my bloody eye!』
螢多朗はブラッディアイ眼魂を取り出し、スイッチを入れてベルトに装填。
途端、重々しいラップ口調の機械音と共に、神々しくも禍々しい気―――太歳の神気に似たものが溢れた。
「(こ…この力は!?まさか、本当に…!!?)」
当主だからこそ感じ慣れた力。
だから僅かな気でもソレに気づき、恐れることができた。
その間に螢多朗は変身の準備を整える。
「変身」
『Wake up! Bloody eye!!』
変身したと同時、オーラが溢れる。
ソレは厳玄が最も頼りにしていると同時に恐れているもの…。
『I am fighter destroy evil』
『Go! Fight! Go! Fight! Go Fight!』
「そ、その姿は………!!?」
太歳の力が具現化した姿。
自身でもその一部を借り受けるのが精々だったというのに、その男は直接身に纏っている。
その強大さと恐ろしさは、その力を今まで使ってきた彼だからこそ理解出来た。
格が違う。
今は元より、全盛期でも勝てる相手ではない。
復讐だの神代家当主だのは後回し。
今は生き残る事が優先される。
「何もさせねえよ」
「ッ!!?」
金縛り。
太歳の力が元だったソレは、厳玄の霊体を掴み、精神的にも拘束した。
「らあッ!!」
ぶち込まれる右ストレート。
ソレを食らった悪霊は一発で顔面を粉砕され、アイコンに封じられた。
「フン、他の霊を喰ってないとはいえ、自力でこの程度なら高が知れてるな」
これからは入り婿が当主となります。
太歳の化身ともいえるような婿が来てよかったですねおじいちゃん。
今代の神代家は安泰ですよ!