鳥の声を聴いた。
長い長い眠りから覚めて、可憐な妖精は寝坊助な眼をこする。
「…………あれ」
おかしい、どうしてと
まっさきに出てしまったのは疑問の言葉。今起きている自分の状況に違和感を持つゆえに出る言葉。
…………おかしい、な
……わたし、何を気にして
「レフィーヤ、もう起きてるんなら返事してよ!」
「!?」
甲高い声、聞き覚えのある声
扉が開いた、褐色の肌に露出の多い服装。
ティオナ・ヒリュテ、名前が脳裏に浮かぶ。
「……ティオナ・ヒリュテ」
知っている、口にしてそれが親しい仲間の名前だと思い出した。
変だやっぱりおかしい、そんな風に心がざわつく。
「もう、どうしたのさレフィーヤ……なに?お腹でも痛いの?」
尋ねてくる、シーツを引っぺがして彼女は、いやティオナは自分を引っ張り上げる。
触れられている、その感覚は慣れ親しんでいるはずなのに。果てしなく久しく感じてしまう。
矛盾した感覚が、ずっと付きまとう。
「……あの、どうして」
「予定、一緒にダンジョンに行く予定……約束したじゃん、もう本当に忘れてたの?もしかして、体調がわるかったりする?……ねえ、ねえったら」
「…………わかりません、でも」
「でも?」
「……なにか、欠けている気がします」
「?」
質問に対して答え切れていない。
レフィーヤは、自分の違和感を感じ取れても、その仔細が気づけない。
知っているはずの物事に微妙な齟齬が生じたり、妙にけだるげであったりする精神も、そんな諸々よりも、たった一つのナニカが気にかかる。
……何を忘れているの
……わたし、何か大事なこと、こと、もの?
……いや違う、アレは、人
「駄目……思い出せない、どうして」
「!」
疼くまる。盾ない程に虚脱する体。
まるで、何度も何度も同じ徒労を吐くほど体験したような、そんな倦怠感。
しかし、それすら差し置いて、この感情が酷く心をかき乱す。
……寂しい
…………どうして、どうしていないのですかッ
「れ、レフィーヤ……だ、誰か来て、レフィーヤの調子がおかしいの!」
「——————ッ」
思い出せない、確かにこれは誰かとの記憶。
体が覚えている、外側でも内面でも、あの人のことは知っている。感じている、繋がったことさえあった。
なのに、消えてしまっている。空白がある。
消えてしまった。あったはずだと、この心が騒いでいるのだから。
「どこに、どこに消えたの……わたしは、こんなにも頼りない……あなたがいないと、私は……わたしはッ」
叫ぶことさえできない。思い出せない名前は、口に出しようがないのだから。
〇
<<∞番通路>>
一人道を行く。
置き去りにしたレフィーヤの横を通り過ぎて、また通過して、繰り返し。
視力にも意味はない。体は決まった動きをするだけ、変化のない通路で精神はついぞ耐えられない。肉体は不変でも、精神までも不変とはいかない。
異変は起きない。
なのに、なのにだ
……カチャリ
「!?」
枯れた砂地に水が染み入るように、急速に満たされていく。これまで何も起こりえなかった不変の通路に異変が起きた。
変化の無い繰り返しが崩れた瞬間、爪先から頭のてっぺんまで、何度も刺激が駆け抜けた。
「…………」
癒着していた管が無理やりこじ開けられて、覚醒という生きた本流が全身をめぐる。
感覚を取り戻した。
僕は、僕の意思で動いている。
「……入れって、言ってるのか」
扉が開いた。
開いた先は何も見えない。真っ暗なまま、異変であるとすればその先はおそらく死、進めば死。
死ぬ、死ぬことが出来ればこのループが終わるかもしれない。
「——————ッ」
躊躇いは無かった。砂漠で見つけたオアシスへと走る世に、死という救済目掛けて足を進めた。
なのに、欲した死はどこにもない。
「!?」
そこには何もない真っ暗な空間が広がっている。ただ、それだけ。しかし、目を凝らせば見えてしまった。黒服に、初老の顔立ち。見慣れたおじさん、その人がいた
「……あなた、は」
おじさんがいた。黒いスーツを見にまとい、何も僕らに話しかけなかったおじさんが、何故か手を指し伸ばしてくれた。
「……誰ですか、あなたは」
⚪
永遠を繰り返し、正気を失わず歩き続けてきた。
壊れながらも、僕らは前に進んだ。その無為な行動には、確かな意味があった。
限りなくゼロに近い、圧倒的な無の道。
だけど、完璧なゼロではない、ほんの僅か、無限に等しく続いてゆくゼロの数列の果てに、確かな1があった。
八番出口の∞通路で、僕達は取り返しのない失敗をした。
これは、そんな地獄よりもさらに劣悪な末路が、今僕の行く先に提示されている。だからこそ、僕は
レフィーヤを、助けることができるのだ。
『おめでとう少年、君はきっと運がいい。だがしかし、君は君の世界でもっとも不幸で憐れな少年となるだろう』
『……気を悪くしたなら謝罪する。しかし、純然たる事実だ。おそらく、君の取り巻く状況に私は答えを出せる。だかしかし、それは死よりも恐ろしく無惨な結末だ。おすすめはしない』
『無限に繰り返すこの通路を抜け出したいのなら、このまま私についてきなさい。君の知りたい答えを、出来うる限り教えよう』
『私の名か、なに……大したものではない。ただのカーターだ。』
『ランドルフ・カーター。古びた鍵を持つ、ただの旅人だよ』
この話、好感度を最大にした上でゲームオーバーしないとたどり着けない特別なバッドエンドなんです。だからこそね、かなり特殊な展開に突入。
オラリオ世界に現れた八番出口、その真相をぬるっと明かしてついでにレフィーヤも救います。
首絞めて首の骨折って殺してなかった?いいえ、ちゃんと救います。矛盾はありません。
最終話をお楽しみに、投稿は2月予定。ゆっくり書いていきます。