だから投降したのだ。8番のりば、ゲームスタートなのだ。
楽しんで欲しいのだ。
〇
……ガタン、ゴトン
「……え」
視界一面明るくて開いた眼がすぐに閉じた。慣らすために、瞬きを何度も繰り返した。
以前にも似たようなことがあった。
日の光でも魔石灯の光でもない。僕らの知らない、どこか別の世界の技術を思わせる未知の技術。
「嘘……ま、また」
照らすここは一本道のようで、けど横一面に並ぶ椅子に上から吊り下がる輪っか。天井にかけられたポスターに、右から左へ流れて消える光の文字版。
何のために使うかわからない赤い鉄瓶に、つねに冷たい空気を運ぶ不思議な魔道具らしきものが天井に埋め込まれている
「……窓」
ガラスの窓が幾つもある。でも、外の景色は何もない。真っ暗なまま、それになんだかすごい速さで動いているように見える。通路は揺れていて、まるで乗り物。
乗り物、知らないけど僕らは乗車しているのだ。
奥を覗けば、同じような部屋が幾つも連なっていて、それが揺れている。これは、つまりいくつもの馬車が連なっている様なもの。
つまり、通路ではない。
しかし、通路ではないけど、まるで通路の様な場所。だって、先が見えないのだ。
未知の意匠、そしてポスター。雰囲気にも覚えがある。
「………ぁ、あぁ」
そして、見逃せないのはやはり
おじさんがいる。
「嘘、嘘だ……どうして、なんでッ」
黒のズボンに白のシャツ、手には薄い板をもって、僕らに目もくれずただじっとしている。手に持った薄い板にずっと目を向けている。ただ、それだけだ。
【8番出口】
「また、だ……また、また僕たちは」
覚えがあり過ぎる。悪夢であって欲しいと心から願う。
だけど、ここは夢でもなければ現実のオラリオでもない。
現実の悪夢。
また、またあんなことを
「いや、いやぁあああぁあああああああッッ!!?なんで、なんでまた……嫌、嫌ぁッ……帰りたい、帰してくださいッ!!……やだ、やだぁあああッ」
「レフィー」
隣に立つレフィーの発狂で我に返る。
髪をかきむしり、その場で奇声を上げる彼女を僕は取り押さえた。
……落ち着け、まずは落ち着かないと
「レフィー、大丈夫だから……大丈夫だから…………僕もいる、君も僕もここにいるッ」
「————ッ」
すごく嫌なことだ。
また、あんな怖い目に合わないといけないのかと思おうと気が狂いそうになる。
僕らはあの通路から出られたけど、でもあんなのは運が良かっただけだ。結果的に、うまくいっただけだ。
あれから何人行方不明者が増えた。
その数が増える話を聞くたびに何度吐き気をこらえたか。
「……べ、ベル」
「うん、そうだね……怖いね……すごく、すごく怖い」
生気の無くなった顔。
トラウマが蘇る。だけど、僕らはまだここにいる。
死ぬわけにはいかない。
帰らないといけない。
「…………気張れ、僕ッ」
「!」
一発、自分の顔を殴って喝を入れる。
突然の奇行でレフィーもこっちに視線を向けてくれた。
「すごく、すごく怖いことになった……でも、でもまだ僕らは終わってない。大丈夫、今回もきっとうまくいく……諦めるにはまだ早すぎる」
「……ッ」
絞り出した言葉が勇気を作る。目の怯えが段々と消えて、レフィーも僕も足に力が入って行く。
止まるな、そうだ。
まずは、確かめないと
ここがなにで、僕らは何をしないといけないのか
「調べよう、レフィー」
「え、えぇ……そうですね、そのとおりですッ」
立ち上がる。酸っぱい味を喉奥に流し込んで、僕らは今一度あたりを見渡した。そう、あの時みたいに、あの8番出口の通路の時の様に
× × ×
「ここは、乗り物なんでしょうか」
「……たぶん、そうだよね」
気づいたことは、まずそこだ。揺れも、音も、僕らがどこか遠くへと向かっていることがわかる。
長い、とても長い乗り物。遠くへ人を運ぶために、僕らの世界でいう馬車や船がより進化したものなのではないだろうか、そう推測する。
それに、駅、この乗り物が向かう場所にそう書いてある。駅は僕らの世界でいうそれと同じだろう。馬が幾つも置いてあるわけじゃなく、遠くの土地を繋ぐために各地に置かれた定置。
次は零山、停車駅は八つ
「……八、か」
零山(れいぜん)
一ヶ崎(いちがさき)
ニノ塚(にのずか)
三挫(さんざ)
四蝸川(しらかわ)
五ッ原(いつづはら)
六下(むげ)
七和多(なわた)
八番(はちばん)
降りるのだろう両開きらしいドアの上に、横に並ぶ停車駅の名前が提示されている。
「これが、案内なのかな……前の、あの時の壁の掲示板みたいな」
似ている、同じく八番を目指せと言うのだろう。
部屋、この車両の中を探索して僕らは覚悟を決めて次の車両へと進む。
変化はない、同じようなポスターと、流れる文字の枠とおじさん
「また、また繰り返してる……三度目、そろそろ何か変化が起きて欲しいですね」
「そうだね、このままじゃ何もわからないまま堂々巡りだ」
前回を考えれば、この先が見えないということはループしていることを意味するはず。
連なる車両の一本道で僕らは進むか引き返すかを選べばいい。と、前回ならばそれで解決だけど、でも今回はどうやら違う。
引き返す道がないのだ。
「異変が起きるまで、進み続けろ?……そういう、こと?」
もしかしたら、異変が起きた時点で引き返すことが可能になる可能性もあるから、一応断定はできない。
考えたら怖い、前は曲がり角で少しでも異変と気づけば引き返せた。けどここは一本道、距離も短いしドアを開ける手間もある。
異変が起きて、後手になってから対応しないといけない。競争となった時、僕らは無事逃げられるか。曲がり角であったあの通路と違い、直線で更にドアの開閉もある。地味だが、突然追いかけてくるタイプの異変ならそのタッチの差が問題になるかもだ。
物理的に対処が可能なら、前と同じ前衛として僕が戦わないと。手からナイフを離せ……離せな、あれ?
「!」
手の位置がいつもの場所にあるナイフを抜こうとして空振ってしまう。
無い。着ている服こそいつものそれなのに、僕らは何も持っていない。
「武器が無い……」
「ですね、私も杖が無い……魔法で対処するしかないみたいですけど」
「レフィー、そうだね……でも、魔法が使えるだけ」
「ベル、気づきませんか?」
「え、マインドはまだ余裕が……あ、あれ?」
試しにかざした掌、集中して魔法が撃ちだされるイメージを神経に注ぐ。注いでいるのに、妙な
感覚が無い
「うそ、まさか……ふぁ、ファイヤボルト!!」
唱えた。空気が焼けて炎雷が放たれる。そのはず、なのに
「出ない……な、なんで」
「魔法が、使えない……わたしも、魔力が無い」
「!」
魔力が溜まる感覚が無い。レフィーもまた、自らの手を見て空虚な感触に動揺を見せる。
魔力切れ、その概念が頭をよぎるけどその割には頭が回る。意識だって冴えている。なのに、なのに力が無い。まるで、そうこれは恩恵が無い頃の様な。
「!」
力を込めて手足にはいつもの軽さが無い。恩恵の効果、常人には出せない膂力が体の動きに乗らない。
それは、レフィーも同じ。
今この場に、僕らはただの常人として立っている。
「……まさか、神さまが」
「ベル」
「!」
レフィーの手が僕の服を掴んだ。
首の後ろ、引っ張って服の中を覗き込む。
「……ある」
「そう、そうか……よかった。じゃあ、神さまも、ロキ様にもなにかあったわけじゃないんだね」
安堵の息が出る。
恩恵が消えるとはすなはち下界より神が消えてしまったことを意味する。
恩恵の碑文が背中にあるのなら、元の世界は依然問題はない。あくまでも、この場に限定した影響なのか
「……僕らは、この車両の中じゃ普通の人ってこと、みたいだね」
「そんな、恩恵に頼れないなんて……うぅ」
肩を抱きかかえる。気持ちは同じだ。
前回の時みたいに、命の危機にあっても多少の無理でこじ開ける、なんてことは出来ない。
何かに気づいてしまって、少しでも判断が遅れればそれで終わる。警戒の意識は以前よりもずっと強く張らねばいけない。
「……できれば、怖くない異変を……いえ、命の危険のない異変を願うばかりです」
「————ッ」
そう、身構えてしまうのはやはりそういうものばかり。
以前を思い出す。
壁と同化した男、なだれ込む水、最後の四択問題。
失敗すれば命の危険がある。そんな罠が今回だけは無いなんてありえない。誰か、こんな世界を作っている創造主がいるとするなら、そいつはきっとまた同じことをする。
精神をすり減らし、追いつめて追いつめて最後に失敗する僕らを期待している。そんな底意地の悪さを感じる。
「……コイネーで書かれたこれ、電光掲示板?……で、いいんですよね」
「うん、何か意味があるのかも」
この乗り物、高速で移動するこれは分割された車両が連なっている。そして連結部分の扉に書かれた注意書き。
【電光掲示板をご確認ください】
【車内の異変にお気を付けください】
小さくガラス部分に張られた張り紙。
うっかり見逃してしまいそうなその注意書きに、きっと僕らの命がかかっている。
「……異変に気を付ける、やっぱりあの時みたいな間違い探しなんでしょうか」
「いや、それは……どうだろう」
車両の中はいくつものポスターがある。あのおじさんもいるし、既視感のある状況だ。でも、僕らは進むたびに後ろのドアが開かないことに気づいている。
前に進め。現状、それ以外の選択肢が無い。
>>次は、零山(0)>>
「……目的地を示しているなら、この車両が向かっているなら、車両を進めるための手段がいるのかな?」
「それって、つまり馬車の御者が座る場所みたいな……この、高速で移動し続ける車両を操作する場所を探せばいい、そういうことも考えられますね」
「その可能性もある……ってことだね。あくまでも可能性」
答えは無い。あの時みたいに明確な指示分が無いから、推測するしかない。
今は、やはり進むしかない
「行こう……ここには何もない」
車両に異変は見られない。
電光掲示板、なる文字の流れるドア上の表示に目をやり、そして社内の異変に注意をする。
最初から数えて、4回目の移動。
扉の取っ手に手をかける。
× × ×
「ひ!?」
「————ッ」
扉を開けた。そして数歩進んだところで、僕らの目の前にソイツは忽然として現れた。
…………ジジジジジジジジ
雑音がする。ソイツから出ているのだろうか、まるで世界の異物の如く妖しい存在感を放つ。
顔が無い。いや、顔らしき模様、はあるのか?
つるつるの体表、服を着ていることがわかる。でも、肝心の顔は表情が霧散しているのだ。
「…………異変」
こっちを向いているが、動かないまま。
行く手を遮っているつもりなのか、しかし正面こそ向いているけどこっちに視線を送っているかもあやふやだ。なんせ顔が無いのだから。
……ガチャガチャ
「駄目ですベル、後ろのドアが開かない……どうしましょう」
対峙している僕の後ろでレフィーが退路の無いことを示した。
進むべきか、しかし近づけばどうなるか。壁に擬態する男の時は近づけば襲ってくる奴だった。
退路が無い状態で前を遮る。まさか、ここを通りたければ倒していけ、なんて話なのだろうか?
だとしたら最悪だ。戦う力なんて無いのだから、ここには20にも満たない一般人がいるだけなのだから。
……向かってきたら、僕らは逃げられるのか?
戦闘であればそもそも突破できる異変とは思えない。八番出口の時も確実な死をもたらす異変なんてものは無かったし、遊戯的に作られているなら攻略が可能なはずだ。
「……」
観察を続けても答えは無い。けど、対処方法を知る手掛かり、それを知る手段はある。
【電光掲示板をご確認ください】
「……ッ」
ソイツのすぐ右左の扉、そこに書かれた一文に目を向ける。少し、見えづらい。もう少しだけ、迫らないと。
……ガチャガチャ
「開かない、どうしてッ」
レフィーは混乱したまま、今は僕が動くしかない。
都合のいいことに男は動かないままだ。車両に入ってすぐ目の前、距離にして大股で三歩。
かなり近いのに、声だって出してるのに反応が無い。霧散している顔、もしかして視覚聴覚は鈍い可能性もある。
なら、触れなければ問題ない可能性もあるはずだ。
出来るだけ近寄らないように、僕は電光掲示板の文字が見える位置まで近づく。警戒はしつつ、視界に収めながら。
流れる文字を待つ。
「…………ッ」
ソイツに近づかないように、視線を掲示板に向けて流れてくる文字を待つ。
指示があるなら従えばいい。最初の問題というべきだろうか、これぐらいクリアしてすぐに、すぐに次に行ってやるッ
………………ジジジジジジジ
文字が来た。男から目を離して、流れ出る文字を一つたりとも見逃さないように注視する。
「来た!」
流れる文字、書かれている指示は読めない文章。でも、そのすぐにコイネーで翻訳文が流れる。
五文字の文章、『■■■■■』、書かれている意味は
【目を離すな】
…………グキ
「え?」
音がした、何かが壊れる音がした。それに、目を離すな?
意味が分からない。
意味が、いったい、何が?
「…………べ、る」
「レフィー……ごめん、ちょっと混乱して」
声に、振り向いた。背後にいたはずのレフィー、だけどその傍にソイツが立っていた。
「……混乱、して……ボク、目を離して」
すぐ前にいた、ほんの一瞬目線を逸らしただけだ。
目を離した、僕が目を離したからなのか?
……だから、か?
だから、だからレフィーは
「目、目を……ぁ、あぁああ、ああアァアアアアアアアアアアッ!!?」
嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だッ!
こんな、こんなあっさり死んでしまうなんて、理不尽がすぎる。目を離したから、ただそれだけでこんなッ
「……べ、るッ」
「!」
声がした、擦り切れた音で僕の生を呼ぶ。
背を向けたまま、扉を開けようとしていたからレフィーはこっちを向いていない。でも、目と目が合っている。
レフィーは、首をへし折られているッ。
目を離した瞬間に折られてしまった。それは、誰に?
……こいつが、この異変がッ!!
「レフィーヤッ!?……ぉ、お前がァアアアアッ!!?!??!」
振りかぶった拳、走って加速を付けて殴りあてる拳が男の頭を撃ち抜く。
……グシャァアア
「!?」
外れていない。振りかぶった拳は確実に男の頭を捉えていた。なのに当たらない、当たらないだけじゃない。
無い、無い、何もない。拳が、腕が、僕の、僕の右腕がッ
「ぁ、え……ぁ、あぁあッ……ぁ、ああぁあッ」
痛い、熱い、腕が消えた。無くなった。切られた?
違う、潰れた。ぐしゃって、腐った果物を握りつぶすみたいに、僕の右手が潰れて液体みたいになった。触れていない、どころか近づいただけ。
なんだ、なんだこいつは、モンスターとかそういう次元じゃない。
ただ、ただ理不尽に、終わらせるだけ。
……終わる、終わってしまう
……レフィーも首を折られて殺される
……止められない、触れられない
「や、止めろ……もう、もうそれ以上傷つけるなッ!!やめろぉおおおおおッ!?!?
痛い程に叫ぶ、だけど体は動かない。潰れているから、右手だけじゃない。今、見上げている僕は床に倒れている、何で倒れた?どうして立ち上がれない?
潰れているから、痛みが、熱が体内に戻ってくる。血がどばどばと溢れ出て、出るほどに絶望が腹の中に溜まっていく。
何もしてない。こいつはただ奪うだけだ、命を奪う。なんで奪われる?
間違えたから、異変の対処の仕方を僕が間違えたからッ
その結果、僕は
僕は、レフィーは、僕達はッ
……ズチャ
「ぁ……ぁぁ」
潰れた。
僕の目の前で真っ赤な血があたり一面に飛び散った。人が、形を失くした。
目の前でレフィーヤが真っ赤に弾けた。
わざわざ首をへし折って、それから潰した。
……ブゥン
「!」
消えた。音が止んだ。
何事も無かったみたいに、ソイツは消えた。夢、だったのか
あぁ、そうだ。これは悪夢だ。
無くなった手足から流れ出る血も、目の前に転がった山吹色の繊維が混ざった肉片も、きっと悪夢だ。そうだ、そうであるに違いない。
ほら、熱を感じる。
暖かいじゃないか。
はは、やっぱり、やっぱり夢だ。だって、こんなにも暖かい。レフィーが、暖かい……ぁ、暖かいのに
「……冷めてる」
残った左手で掴み取ったそれはグシャリ、ニチャリ、と嫌な感触を感じさせるだけ。
熱が無い。鉄を溶かすほどに熱い涙を流しているのに、何もかもが冷え切って寒い。
温度が消えていく。でも、これは僕も同じだ。
「ぁ、あはは……はは…………ぁ、間違えちゃった……僕が、僕のせいで」
笑ってしまう。
躯の断片を胸に抱いて、僕は血をすすりながら笑っている。
あぁ、ひどいな。
こんな終わり方、寒くなって死ぬなんて辛い。暖めて欲しい、レフィーの熱が欲しいッ
「感じない……熱が無い」
重い。瞼が重い。
熱も、無い。消えていく。
……冷め、ちゃった
8番のりばベルレフィの2話を読んでいただきありがとうなのだ。
特に理由はないけど、なんだか批判をもらいそうだからずんだもん口調で茶を濁すのだ。今回の話はどうだったのだ?面白くなるように真心こめてベルレフィを書いたのだ。僕は健全な小説書きなのだ。
感想、評価など頂けると嬉しいのだ。
次回も楽しみにして欲しいのだ。