8番出口から脱出するベルとレフィーヤ   作:37級建築士

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電車のマナーを守りましょう


追記、七話で見過ごせない矛盾を書いてしまいました。訂正するので最新話を一度消しています。


(6) 8番のりばで降車したいベルとレフィーヤ

 

……知らない町

 

 

 オラリオとはまるで違う、文化レベルで違う意匠のせいで目が混乱する。

 

 揺れる車両の中で、上から吊り下がる手すりにつかまって皆片手に持った板を見ている。

 

 椅子に座っている人たちもみんな手に小さな光る板をもって、そして耳栓らしきものを付けている。

 

 学生に見える制服姿、働く人に見える黒いスーツ。私服もいろいろ、男女年齢問わず、満員でまっすぐ進むのも一苦労。

 

 

「……あ、すみません」

 

 

 ぶつかってしまった。会釈して、また前に

 

 そうやって進んでいき、次の車両につながる扉に手をかける。でも、当然というべきか

 

 

 

「開きませんね、まあ当然でしょうけど」

 

 

 電光掲示板の指示は、未だ腑に落ちない内容だ。考えをめぐらして首をかしげてばかり

 

 僕らは今、人ごみの中で何が起こるのか身構えているだけ。何かが起こるとするなら、この状況はかなり怖い。

 

 人に囲まれている状況だ。いきなり刃物で襲われたりでもしたら対応できるだろうか

 

 

「どうしましょうか?細かく調べようにもこんな人混み……キャッ」

 

 

 人が多い、それに乗り物もすごく揺れている。カーブの引っ張られる力で、座ってるか捕まってるかしないとすぐに倒れそうだ。

 

 

 

「レフィー……こっち、こっちきて」

 

 

 人が多い。何が楽しくてこんなに詰め込んでこの乗り物は走るのか、それともこの乗り物が走る世界ではこれが普通の光景なのだろうか。

 世界、この世界

 違う世界を覗いている。早く過ぎる窓の外の景色、そしてこの乗り物の中

 

 オラリオじゃないどこか、それを特に自覚させてくる。

 

 

「……揺れる」

 

 吊られた輪っかを掴んで、僕はレフィーを抱き寄せた。本当に人が多い、くっついていないとまた態勢を崩してしまう。

 椅子に座れればいいけど、どこも満席だ。

 立っていても周りの立つ人たちの肩や背中で押されてしまう。レフィーと二人くっついて、一本の吊られた輪っかに頼る。

 

 調べごとをするにしても、こうも人混みだと自由が利かない。

 

 電光掲示板の流れる文章には身近な言葉だけ、ただ一言

 

 

「やっぱり、そのまま受け取るべきなのでしょうか」

 

「……ひっかけ、ありそうなんだけどね」

 

 

【マナーに注意して席にお座りください】

 

 

 

 指示というかすごく当たり前な一文だ。公共の場所であればどこでも見られるような、そんな一文。ここまでのことを思うといささか拍子抜けが過ぎる。 

 

 困って首をかしげて。レフィーの方も見ると似た反応、しかしこの指示がそのまま次へ進む手段であるならこれは簡単な部類だろう。

 

 怖いことが起きないならそれに尽きることはない。

 

 いささか拍子抜けするところに怖さも割るけど、8番出口でも起こる異変の全部が恐ろしいものばかりじゃなかったわけだから。

 

 地味なもの、大げさに見えて無害だったもの。

 

 大したことない異変もある。これも、そういうことなら

 

「……あたりを引いたってこと、でしょうか」

 

「だったらいいけど……っと」

 

 

 それにしても揺れる。人が多いからか、背中や肩に当たる人の衝撃が強い。とっさにレフィーを守るように抱きしめた。

 

 

「痛い……ぁ、ごめんなさい」

 

「いいよ、強く抱きすぎちゃったね……座れたらいいけど」

 

 

 座れというが、周りを見ても座れる席はない。無理に席を奪えというのは、きっと違う。なら、このまま自然とあくのを待てばいいのか?

 

 

 

「……あの、お二人さん?」

 

 

 

「「!?」」  

 

 

 

「あ、すみません……えっと、彼女さん困ってそうですし、その」

 

 

 

「「……ッ」」

 

 

 

 いきなり話しかけてきた、何者かと警戒の刺激で強くにらんでしまった。

 

 重い、低音の声が出る。

 

 

「……な、なんですか?」

 

 

 やはり、何でもないままでは済ませてくれないのか?

 

 

 

「ぁ、あはは……ごめんなさい、いきなり話しかけられたらびっくりしちゃうわよね。若い子なのにしっかりしてるのね……でも、安心していいわ。ただのおばさんよ、ちょっと妊娠してるだけのおばさん」

 

 

「…………は、はぁ?」

 

 本当に、何だというのか

 

 身構えてこわばった体から力が抜ける。抜けすぎて声が裏返ってソプラノ音が出てしまった。

 

 目の前にいる女性に見える女性は、本当にただの女性。顔が霧散しているわけでもないし、かといって急に襲い掛かる、可能性もあるけど

 

 敵意はない。

 

 ただ、ごく普通に話しかけてきている。そう、思えて仕方ない

 

 

 

 

 

…………ベル、この人怪しそうじゃないですけど

 

 

 

 

……うん、怪しそうじゃないけどむしろ、ね

 

 

 

 

「……あの、君大丈夫?……ちょっと、顔色悪いわよ」

 

 

「ぁ……えっと、大丈夫です。その、ちょっと揺れて」

 

 

「あら、乗り物酔いかしら?……電車、あまり乗らないのね?」

 

 

「で、電車?」

 

 

「そうよ、電車……病院まで遠いから、私もよく利用するのよ。このお腹だから、自分の足ではいけないし……タクシーは高くつくし」

 

 

「……は、はぁ」

 

 

 身構えながらも相手の話に耳を傾けてしまう。乗り物の名前、電車っていうんだ。

 

 今更知った。

 

「ねえ、お隣の子は彼女さんかしら?……とっても可愛らしい子ね」

 

 

「え、あぁ……ありがとう、ございます」

 

 

「……レフィー」

 

 

「え、だって……褒められたら、その……素直に反応しちゃうじゃないですかッ」

 

 

「で、でも……状況的にそれは、気が抜けすぎじゃ」

 

 

「な!……だ、だったら貴方だって、年上の異性に話しかけられて鼻の下伸びてるんじゃないですか?」

 

 

「そ、そんなことないよ……僕は、レフィーヤしか見てないからッ」

 

 

「!?」

 

 

「ぷふ、あはは……あははははッ! あ、貴方たちとっても仲良しなのね。いいわぁ、とっても若々しくて」

 

 

「「……」」

 

 

 

 恥ずかしくなった。というか、妙に気が抜けてしまった。

 

 レフィーも僕も二人見合って、とりあえず結論は出た。目の前の妊婦である女性に、現状危険性はない。

 

 というか、この車両の人混みも、特に罠とも思えない。

 

 

……命の危険は無いのかも?

 

 

 少なくとも、目の前の身重な女性に襲われる危険性はなさそうだ。むしろ、相手の方が危ういぐらい。

 

 

「あの、そのお腹」

 

 

「くす、あはは……ぁ、あぁ……これね、あと二か月もしたら生まれるのよ。楽しみだわ」

 

 

「そうなんですか、ではお大事にしてください」

 

 

「うふふ、心配ご無用……もう安定してきてるし、つわりもひどくないから周りから元気すぎるって言われるぐらいなの。だから、もしよかったらだけど」

 

 

「……あ、何を」

 

 

 さえぎる前に、目の前の妊婦の女性が腰を上げた。

 

 少し下がって、同じ背丈ぐらいの女性と目が合った。優しく微笑みかけて、僕の手を取る。

 その意味を組んで、手助けするため手を握った。重いお腹を庇いながら、女性は僕の前で立ちあがる。

 

 

「あなたと、お連れさん……交互に座ったらどうかしら?私、足がむくんで困るからちょっと立ちたかったのよね。」

 

 

「え、いや……それは、さすがに」

 

 

 気遣いのウソに聞こえてしまう。しかし、女性は良いからと僕らに譲る姿勢を崩さない。

 

 

「大丈夫よ、妊婦だからって気を使い過ぎないで……ほら、どっちかでもいいから座りなさいな。あなた達、ちょっと顔色ひどいわよ。かなり無理してるんじゃないの?」

 

 

 

 だから、ほら

 

 そういって、女性は僕らに席を譲った。

 

 

 目の前には空いている席。グレーのシート、そういえばこの車両の席、両端にまで行くと席の色が違った。

 

 意味のある席、だからか違和感があって気軽に座ろうとは思えない。

 

 

「優先座席だから気にしてるの?……いいわ、私が許したんだから、気にせずどうぞ」

 

 

 

「……————」

 

 

 

 まるで、本当に日常の中で起きているようなやり取り。

 

 日常における人の営みが切り取られて目の前に映されている。

 

 僕らは、どう行動すればいい?このまま座れば、次に進める?

 

 

 

「べ、ベル……これって」

 

 

「……従うべき、かな」

 

 

 

 とりあえず一席、次に進む条件が座席に座ることなら、貴重な一席は確保すべきだ。

 

 好意に甘えるべきか

 

 

「ベル、ひとまず座りましょう……それと、可能なら後一席」

 

「……うん、それで進めるなら」

 

 

 

 

 

……どすん

 

 

 

 

 

「……座ろう、か」

 

 と、思ったのに、目の前には広げられた紙で姿を隠した男が視界に映る。

 

 一瞬だった。目の前に、黒いスーツを着たメガネの男。そんな人が空いた席に音を立てて座った。

 

 

「…………えっと、どうしましょうか?」

 

 

「うん」

 

 

 目の前に、明らかにマナーの悪い行為をした男がいる。

 

 ほかに座れそうな席はないから、しかたないのか、いやしかしだ。

 

 

……優先座席って言ってた、よね

 

 

 この席は車内で立ち続けることが困難で、理由のある乗客のための席なのだろう。優先座席と言っていたぐらいだし、だから、うん

 

 

 

……マナーに注意、か

 

 

 

 レフィーも僕も、目の前のことにたじろがず冷静に思考を巡らせる。

 

 

 

 

【マナーに注意して席に座りましょう】

 

 

 

  

 やることが見えてきた。

 

 正しい行いをしよう。

 

 




今回はここまで、次回をお楽しみに
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