【北の通路 この通路の先に8番出口はある】
【東の通路 北と南の通路のどちらかは生の道】
【南の通路 西の通路は贄の道、馳走となっては生きる術無し】
【西の通路 北と東の通路は死よりも恐ろしい地獄が待つ】
正しい標書きは一つだけ、矛盾を見つけ出す四択の問題。
迫るタイムリミットはとうに2分を切っている。間違いなく、それを過ぎて進まない僕らに待ち受けるものは死だ。明確なゲームオーバ
無論間違えても同じ。
切羽詰まって、思考が停止した僕に代わり、レフィーが解きにかかる。
僕にはできなくても、レフィーにならこの状況を乗り越えられる。
「……北と東はうそつき、これが真っ先にわかる矛盾。自己を言及する証言は大抵間違い、そこから起点に、東の内容は北の内容と矛盾する、ここまではいい」
焦る心境は刻々と減り続ける不透明なタイムリミットのせい。まともに物を考えるにはあまりにも辛い。
命のかかった問題の提示、少し考えればわかるような謎解きであったとしても判断が狂えば解けるものも解けない。
けれど、そこはやはり学区上がりだ。優秀で勤勉なレフィーヤなら
「北が本当のことを言っていたら、東の言葉も本当になる。だから、必然的に残るのは南と西」
冷静に、そして明快に問題を解く。
時間は、あと1分半ほど
「……あと、少し……ひっかけはない、だからッ」
…………ジリリリ、ジリリリリリリィイイッ
カウントダウンは誰も数えていない、だけど通路は明確に異変を重ねている。
脈動する壁面、おぞましい腐臭
生き物の鼓動
異変は、確実な死を馳走する。文言通り、牙を向けてきた。
通路は魔物の体内のごとく変異していく。迫る、咀嚼による惨殺を提示してくる。
「南、違う……えっと、ああもう……落ち着け、落ち着いて私ッ」
「……れ、レフィー」
「西、西が矛盾を言ってない……答えは西!」
答えは出た。レフィーヤが解き明かした。
これで異変は越えられる。異変は、もうこれで……
「矛盾しない回答は、西……西以外は嘘つき、ベル、西に走って」
「!」
正解は出た以上留まる理由はない。走り出すレフィーは僕の手を掴む。
強引に引っ張って、揺れる腐肉の通路を、牙をむきうなりを上げる通路の奥へと進む。
残る時間はもう一分も無い、一刻一刻と死が迫る。
迫っている。そう、迫っているんだ。
なのに、何で僕は
…………なんで、でもどうして
これで助かる、なのに僕は、何が気にかかっている。
謎はレフィーが解いてくれた。これで、八番出口にたどり着く。
異変は明かした。
先へ、進む。先へ進んでしまえば、そこで
「……違う」
「ベル……なにを、どうして!」
掴んだ腕をつかみ返す。
西へ至る通路、看板を超える手前、だらりと汗をかいて恐怖を飲み干した。
……違う、そうじゃない
…………忘れるな、ここは8番出口だッ
2.異変を見つけたら、すぐに引き返すこと
3.異変が見つからなかったら、引き返さないこと
4.8番出口から外に出ること
「違う、騙されちゃ駄目だ……これは、異変なんだッ!!」
「……ベル」
演出に騙されちゃいけない、思惑に乗ってはいけない。
判断を焦らせて、謎解きを用意してきたこの異変。仕掛けてきたのは巧妙な罠だ。それも、二重の
「書いていない、正しい標書きが一つとだけ……正しい道なんて一言も書いていないッ」
「!?」
制限時間付きの謎解きは確かに難解だ。でも、解けないわけじゃない。
説明されれば、四択の論理パズルは必ずしもできないものじゃないからだ。
でも、そこがそもそも破綻している。
先へ進ませる行為、それはこの8番出口において異変が無かった場合だけの行動だ。
異変は起きている。ならば、当然僕らは進んではいけない。
「異変が起きているなら、僕達は引き返さないといけないッ」
「でも、そんなの……時間がッ」
迫るタイムリミット、轟々と唸る8番通路の空間。
滴る血液が肩にかかる。
時間は無い、消化する臓腑の中で身を溶かす前に
「レフィーヤッ!!」
確かに、この異変だけが特例という風に思える。けど、焦らせる制限時間も、言葉足らずの問題文も
すべて引っ掛かる。
ここまで苦しめてきて、ただの謎解きで終わるはずがない。
狡猾な仕組み、お膳立て、それを思えばこそこれが正解だと、確信に近い予感ができる。
「……ッ」
「信じて、僕を」
頭では理解してくれても、飲み込みきれていない。それでも、今はより早い決断を
論議はいらない、ただ一言
「信じてッ!」
来い、来てくれ、頼む
信頼を、掴んでくれ
「…………ベルッ」
「!」
応じた、応じてくれたッ
「急いでッ!」
叫ぶと同時に、感謝の言葉も置き去りにしてとにかく駆けだす。
今度は逆、僕がレフィーの手を引いてだ。
そして、目指す道は西ではなく南。
「!?」
「大丈夫、これでいいッ!」
あの問題に沿うならこっちは不正解の道。でも、引き返すならここしかない。
だって、ずっと見てきたのだから
「今まで見てきた通路の天上の看板、8番出口の方向を示す看板に書いてあった文字、あれがやっとわかった!方角だったんだ!」
「……ベル」
「東西南北、この異変のクイズのお陰で読めない文字の意味を知った。ここにくるまでずっと示していた文字、あれは北なんだ。僕らはずっと北に進んでいたッ、進むために南に引き返しもしたッ!」
「!?」
踏み出した、長い長い怪物の体内。
剥き出しの牙、腐肉の汚臭、響き渡る轟音。自らを馳走するこの道は確かに死よりも恐ろしい。
恐ろしい。だけど、本当の生はこの先にある
……ジリリリリィイイイイ
「気にしないで、走るんだッ!」
「————ッ!」
「単なる悪あがき、ですよね……これって」
「……逆に、もう正解だって言ってるのも同じだね」
「くす、あはははッ……誰が引き返すかものですかッ!もう、本当に懲り懲りッ……こんな所、もう二度と来たりしませんからッ!?」
「そうだね、僕も同じだよッ!!」
重なる異変、だけどもはや断末魔にしか聞こえない。
恐れはない。通じ合った僕らは手を繋ぎ、笑ってこの異変を回避するのだ。
異変にかけて殺したと思ったなら大間違いだ。僕らは、生きて帰るんだから
「「異変を見たら、引き返せッ!!」」
溢れんばかりの皮肉を込めた意趣返し。比翼連理、なんて言葉で表すと恥ずかしい。
けど、それぐらい息の合った最後の踏み出しだった。言葉も動きも、全部同じタイミングで、この幻想から飛び出すことに成功したのだ。
「!」
膜の様なものをくぐったら、さっきまでの赤一色の光景なんて無い。
無機質で、真っ白な通路。曲がって左、いつものおじさんの背中がそこにある。
「ベル!」
「あぁ、大丈夫だった……引き返せが、正解だッ」
<<8番通路>>
おじさんの隣を抜けて、表示の8番を見て安堵の息を一つ。
異変があった、だけど引き返したことで、まだ僕らは出口には至らない。
「行こう、レフィー」
「……えぇ」
疲れを隠せない顔、あれだけの衝撃があっても、まだ僕らは繰り返すこの迷宮の最中にある。
異変は確かに見抜けた。だけど、減らしたものは大きくある。冒険者だとか、そんな力じゃどうしようもできないぐらい、僕らは魂をすり減らしているのだ。
生きるか死ぬか、理不尽に追い詰められるこの悍ましい遊戯に
その上、確証はないが懸念はある。ただ、繰り返すこの通路に留まることの危険。
立ち止まる暇はない。だから、僕は休むよりも踏み出すことを選んだ。
「……ベル、待って」
「!」
繋いだ手、冷え切った手の温度が心臓まで登ってくる。
けど、それはレフィーも同じか
震えているのは、お互い様だ。興奮なんて一時だけ、冷めてしまうモノだから。
「……寒いね、レフィー」
「下着とこれだけですから……あなただって、冷え切ってます」
「そうだね、じゃあ、仕方ないね」
「……えぇ、仕方ないから強く握ってください」
合理的に、僕らは手を取り合う。
あれだけ頑張っても停滞、徒労に終わったと思いたくないから、次に目を向けるために僕らは手を取る。
レフィーの手、もうずっと知ってるみたいに、この手の感触が手に馴染む。
「行きましょう、ベル」
重ねた手、指の置き場所を求めてもみ合って絡んで、結果互いの指と指絡め合う形に落ち着いた。
「……」
繋いだ手、二人並んで歩いて、角を曲がる。
曲がってすぐ目にする角の黒い球体、何も異変は無い。
「ぁ……おじさん」
「大きさも、見た目も……問題ない、ね」
通り過ぎていく、通路を譲ってその去る姿を見て、僕らは先を進んだ。
丁寧に、一つ一つ段階を踏まえて、見過ごしの無いように。
……終わりにしたい、もうこれで
変わらず繰り返してきた作業、ポスターを見て、扉を見て、天井を、床を、穴が空くほど見返しても、まだ足りない。
けど、何度繰り返してきた行為だ。この間違い探しは。
散々だ、もうこれ以上は
「……ベル」
不安を抱いた顔を見せるレフィーヤ
カラカラになっているのは、お互い様のようだ。
「もう、異変は起きてなさそう……だけど」
もう大丈夫、それで間違えたことも数多く、逆に疑って引き返して後悔したことも同じく
あとは、もう信じることしかできない。
「レフィー、僕はもう異変は無いと思う……進んで、良いと思う」
「……ベル」
時間は無い、もうこれ以上彷徨うことはできない。
「行こう、レフィー」
正解でも外れでも、これが最後、そんな気がして仕方ない。
「……えぇ、一緒に」
……————ッ
強く、一段と強く互いの手を握り合った。
祈る僕らは、最後に頼るのはこの手の中に納まるものだけ。
…………ッ……ッ
恥も、怯え姿も、全部晒した。吐き出した。
もう何も残っていない。
…………————ッ————————ッ
音がした、異変かと身構えた。
けど、踏み出した歩幅は縮まらない。
「………………ッ」
進む。角を曲がった、短いる通路、進む先は右に
どうしてか、角を超えて踏み出す瞬間、不思議と穏やかな気分になっていた。
「ベル……ベル、ベルッ」
「……レフィ」
歓喜の声、握った手の冷え切った温度が変わる。微弱な火が灯って、それが一気に熱を増して、生きた人肌の温度を伝えてきた。
それは、安心の温度だ。あぁ、そうなるのは当然だろう。
「……聞こえるね、鳥の声が」
角を曲がって、僕らが目にして耳にしたのは、紛れもないは待ち望んだ光景だ。
もう、一面に並ぶポスターも、扉も、向かってくるおじさんもいない。
あるのは、眩いばかりの光と、自由な外の音色。
「異変、じゃありませんよね」
「……八番出口、書いてあるから……大丈夫だよ」
階段の横、黄色い看板には大きく書かれている文字が、その翻訳としてコイネーで書かれた出口の文面がある。
異変ではない。繰り返す迷宮は、ここで終わった。
ここが、終着点だ。
まだ続くよ
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