個性『治癒』の間違った使い方 作:のーし
「ハァ……ハァ……」
轟焦凍は白く冷たい息を吐き出す。急激に低下する体温を検知した体温調節機構が、背中で唸る。
辺りは銀色の世界と化していた。
氷で埋め尽くされた1階はもちろん、建物全体が凍りついている。
体が震えるのは、強すぎる個性の反動だけではなかった。
怖かった。今までの人生の中でも、あれほどの恐怖はいくつあったか。そう思ってしまうほどのものを、一見温和な印象を受けるクラスメイトがぶつけてきた。
(そして俺は……)
先ほどの光景がフラッシュバックする。自分を庇い、目の前でおもちゃのように吹き飛ばされていった障子。そして、自身の制御を超えた攻撃を受けたウサト。
あの時、離脱するように動いてはいたが、もしも巻き込まれていたのなら……
(殺してしまったかもしれない。それも、右で……!)
轟にとって、炎は憎悪と恐怖の対象であったが、氷はそうあってはならないものだった。
(母さんの個性で……!)
呼吸がさらに荒くなる。無意識に個性が溢れ出し、周りを凍て付かせてゆく。
トンッ、と。
轟の肩に手が置かれた。
●
モニタールームは沈黙していた。
開始数秒で発生した、凄まじい個性の応酬と過激すぎる両者の攻撃に言葉を発することができない。
そもそも、その全てを捉え切れた者の方がここでは少なかった。
先ほどの緑谷と爆豪の戦闘も派手でハイレベルなものだった。建物への損害を考えれば、むしろあちらの方がその規模は大きいかもしれない。
けれど、いざ戦うとなったなら……勝てるビジョンが浮かばないのはこちらの方だった。
否、
「お、おい。死んだんじゃねーの……?」
誰が言ったか、その不安気な言葉はモニタールームを埋める静寂の中で響く。
緑色の光に包まれたウサトの蹴りを食らった障子は、画面の外へと不規則に跳ねながら転がっていった。
そのウサトも……轟の攻撃範囲が広すぎた。一階部分は氷に埋め尽くされ、他のカメラも急激な気温の変化で発生した霧によってか、未だウサトの姿を捉えられていない。
ここまでわずか二日、思い出すらあまりないクラスではあるが、個性把握テストをきっかけにして、連帯感のようなものを感じていた。
それが突然死の淵に叩き込まれているのだ。
唐突すぎるクラスメイトの命の危機に、皆が固唾を飲むことしかできなかった。
たまらずオールマイトが救助に向かおうとしたその時だった。
「あっ、おいあれ!」
霧が晴れる。彼らが見たのは、氷の絶壁の前で胸を撫で下ろすウサトと、轟の肩に手を置く
●
激しく動揺する轟の肩に手を置いたのは、先ほど吹き飛ばされたはずの障子だった。下手をすれば死んでいてもおかしくはないはずの吹き飛び方をしていた彼だったが、不思議とその体には傷のひとつもない。
彼は複製腕に耳を生やしつつ話しかける。
「落ち着け、轟。俺もウサトも大丈夫だ。もちろん、葉隠もな」
「……無事だったのか」
「あぁ、あいつらは声が大きいからな。分かりやすくて助かる」
苦笑を漏らす障子に安堵から大きく息を吐く轟。それにしても、とその目は目立った外傷が見えない障子の方をむいた。
「タフなんだな」
「いや、俺が受けきったわけじゃない」
障子は轟の賞賛を即座に否定すると、そのまま不思議なものを見るような目で自分の腕を観察する。
「腕が折れた感覚はあった。あったが、どういうわけか気がついたらこの通りだ」
「ウサトの個性か? あいつ、やっぱただの増強型じゃなかったか」
「あぁ、ともすれば本当に治療に関係のある個性かもしれん。気になるところではあるが……それよりこの後はどうする?」
時計を見れば、時間は残り10分ほど……。
轟は軽く瞑目すると、すぐさま前を向く。
「俺が行く。俺に行かせてくれ」
そう、強く言い放つ。
「手加減はできねぇ。一緒に行っても、障子を巻き込んじまう。だから、一人で行かせてくれ」
それは、とさすがの障子も逡巡を見せるが、轟の目を見て取りやめた。
その目は、先ほどまでの絶対的な自信ではなく、挑戦者として何か決意のようなものを感じさせた。
(何か引けぬものがあるのか)
こうなってしまえば梃子でも動かないと悟った彼はゆっくりと頷く。
「……承知。俺はここで引き続き索敵をしよう。大きな動きがあったら伝えるが……外ゆえ精度は落ちると思ってくれ」
「あぁ、十分だ」
轟が氷を重ね、2階から侵入していくのを尻目に、障子は俯き、握り拳を作る。
実態はともかくとして、先ほどの言葉は、言外に足手纏いだから来るなといっているようなものだった。
レベルが違う。そう感じざるを得なかった。自分自身の実力不足に拳を握りしめるしかなかったのだ。
●
無傷の両者を見つけたモニタールームは、一気に盛り上がっていた。
「うおぉぉ! 両方生きてるぅ!」
「あの氷結から逃げ切れたのか!」
「よかったぁ……!」
「つーか、ウサトもだけど、障子もすげーぜ!」
「あれ食らって無傷ってまじかよ! 超タフじゃん!」
盛り上がるクラス一同に対して、今の戦闘の全てが見えていたオールマイトは驚愕していた。
違う……! 吹き飛ばされた時、確かに障子少年の腕は折れていた!
だが、事実として障子少年は無傷だ。あの一瞬で再生した? 彼の個性にはそのような記載はなかった。
記憶を辿る。ウサト少年の攻撃しようとしていた部位には、彼の個性の光が集まっていた。
配布されたプロフィールで彼のページを開く。個性は、治癒だ。
つまり、真相は。
治したのか! 殴ると同時に!
考えれば理解できる。けど、そんなもの思いつくかフツー!?
少なくとも、治癒の個性を持っている人間が取る行動ではない。そのような人物をオールマイトは見たことがなかった。
敵を攻撃すると同時に治療するという、一見意味不明の行動。だが、彼の怪力と合わされば、これほどヒーロー向けの使い方もまずない。
何せ、確実に無傷で敵を確保できる。
個性というのはすさまじい力だ。強個性と呼ばれるものは、皆容易に人を殺すことが出来てしまうものばかり。だからこそ、プロヒーローは常に細心のコントロールが求められる。
緑谷少年に継承したOFAもまた同様。コントロールを誤れば人を殺せてしまう個性を、命がけの現場でふるい続けてきたからこそ知っている。それがどれだけ恐ろしいことか。
だが、ウサト少年にはそれがない。というよりも、その必要がない。
彼の力の本質は『生かす』ことにあるのだから。常に最大限を目指し続ければよいという事の強さは、言うまでもないことだろう。
受ける側からすればたまったものではないだろうが……。
画面には轟少年が二階から侵入する様子が見て取れる。覚悟は決まっているようだ。
『あ、あー聞こえるかい少年少女! たった今全員分の無事をこちらで確認できたので通信を入れた。本訓練は、このまま続行とする!
ただし、両者ともに、個性の使い方には注意すること! 改めて確認するが、殺してしまうような行動はNGだぞ!』
オールマイトが念のために釘を刺していると、ちょいちょいとその袖を引かれた。
振り返ると心配そうな表情で、身体を震わせる蛙吹少女の姿があった。個性がカエルである彼女には、この環境はいささか厳しそうだが、それを押して、声をかけてきてくれたらしい。
「ケロ。止めなくてもいいの? 轟ちゃんとウサトちゃん、どっちも危ない力な気がするのだけど……」
「いいや、続行だ。
轟少年も、同じ規模の攻撃をすれば失格とするが、あの様子なら心配ない。
そして、ウサト少年、彼に限っては個性の関係上絶対に大丈夫だ。今の戦闘を見て確信した。」
蛙吹少女に対して自身の羽織っているマントをかけてやりつつ答えると、今度は八百万少女が、疑問符を浮かべる。Oh、君も寒そうだね……。
「ウサトさんの個性は、増強型のはずでは? なぜ大丈夫だと言えるのでしょう?」
「彼の個性は治癒だよ。人を治すことに特化した個性だ。増強型じゃあない。」
「待ってくれよ先生。あいつは昨日の個性把握テスト、一位だったんだぜ? あれは___」
「あぁ、彼の素の身体能力だ。」
「は……」
「「「はあぁぁぁ!!?」」」
とたん、モニタールームは喧騒に包まれた。