個性『治癒』の間違った使い方   作:のーし

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第13話

「ふぅ……」

 

 目の前で止まった氷の絶壁に、僕は胸を撫でおろした。

 危なかった。さすがにこの規模の氷に飲み込まれたら大変だ。

 

 恐ろしい速さで迫ってきた氷は、僕を捉える直前でその勢いを急激に弱めたのだ。おかげで逃げ切ることができた。

 氷で埋まっているところ以外も僕の足元ごと凍っているところを見るに、轟くんの個性の限界射程というよりは、彼が慌てて止めたというのが正しいかもしれない。彼が、コーガのようなヒャッハーした奴だったら、今頃氷の中だったことだろう。

 それでも、階段の下はまるまる氷で埋まってるところを見るに、洒落にならない。

 足にまとわりついた氷を砕いていると葉隠さんから通信が入った。

 

「イタタタタタ……! ウサトくん、無事ー!?」

「なんとかね。そっちは?」

「ごめん、足が凍っちゃった! ほんとに冷たい! 冷たいというか、もはや痛い! 笑けてくる!」

「オッケー、限界なのは分かった!」

 

 おそらく寒さと痛みでハイになっているのだろう。あまり出しちゃいけないタイプの笑い声を上げる彼女の元に、一度戻ることにした。

 

 

 核のまわりからあまり動いていなかったことと本人の声のおかげで、葉隠さんは思ったよりもはやく見つかった。

 見つかったんだけど……。

 

「ウサトくん、行って。私のことはいいから」

「葉隠さん……でも……」

「私は大丈夫だから」

 

 キメ顔(見えてないけど)で語りかけてくる彼女に思わずため息をつく。

 

 めちゃめちゃごねられていた。

 

「何を言っても剥がすからね? いつまでもそのままだと壊死しちゃうかもしれないし」

「大丈夫だから! 私は大丈夫だからぁ!!」

 

 いやいやと、横に揺れる小型無線機に近づく。足は……この辺りか。

 

「痛みは一瞬。治癒ですぐ治るんだから我慢して」

「わかってるけどさぁ!」

「…………」

 

 わぁあああっ! と、こちらに手を突き出す彼女。見えはしないけど、押し返されるような感覚があった。

 埒があかないので、彼女の足を引っこ抜くように持つ。

 

「う、ウサトくん」

「なにさ、葉隠さん」

 

 震える声で名前を呼ばれたので、一応返事をする。これで覚悟が決まらないなら仕方ない。一人で轟くんと障子くんの相手を……

 

「や、優しくしてね?」

 

 ぶちっ。

 

「にゃああああっ!!」

 

 葉隠さんの悲鳴が響き渡った。

 ついイラッとしてやった。後悔はしていない。

 

 

「さて、そろそろ真面目にやろっか」

「できれば最初からそうして欲しかったな……!」

 

 治癒で足の傷も完治し、けろりとした様子の葉隠さんに肩を落としながら話す。

 相手の個性のこと、対応の速さのこと、そしておそらく、二人とも葉隠さんにとって天敵であるということ。

 

「それで、どうする?  この場に止まってヒーローチームを待ってもいいと思うけど」

 

「確保テープがあるから、できることはありそうだけど……いかんせんフロア全体が冷た過ぎて、裸足のままじゃろくに動けそうにないんだよねぇ……。かといって、轟くんの個性だと、最悪二人とも核と分断されちゃうから、ここでは勝負したくない」

 

 かなり厳しい状況であることは理解しているものの、最大限に自分のできることに頭を回す葉隠さん。しかし、しばらくすると悩まし気な声を上げ始めた。

 建物全体が氷に包まれているせいで、彼女一人だと相性以前に移動すら困難な状態だ。頼みの綱の靴も、先ほど氷漬けにされてしまったらしい。悔しいが、葉隠さん対策として建物全体の凍結は完璧に近い。

 そのうえでなお、この状態だからこそと彼女は奇襲を狙っている。この底抜けの前向きさこそ、彼女の持ち味なのだろう。

 

 僕はどうすればいいか知っている。似たような状況に陥ったことがあるからだ。

 ……でもなぁ。

 他に代替案も浮かばなかったので少し悩んだあと、僕は彼女に提案をすることにした。

 

「一応、僕が葉隠さんを背負って走れば、機動力は稼げるけど……」

 

「けど……?」

 

「いや、その……ね?」

 

 歯切れの悪い僕に対して、彼女は何かに気が付いたように声を大きくする。

 

「……! か、格好のことはあんまり気にしない方針でいいよ!?」

 

「あ、いやそういうのじゃなく」

 

「あれ? 思ってたより素っ気なくない? 美少女だよ? 生の美少女だよ?」

 

 違う、そうじゃない。というか生のってなんだ、生のって。こういうところ、ほんとに似てるな。

 

「なんだか葉隠さん見てると先輩のことを思い出しちゃって、警戒の方が上回っちゃうんだよね」

「……勝手に重ね合わせられるのもなんだかなぁって感じだけど……。ちなみにその先輩ってのはどんな人だったの?」

「自分のことを美少女って言っちゃう残念なひと」

 

 いやまぁ、美人だったけど。

 

「ひどいこと言うね!? いや、私にも理由がある気がするけども! というか、それじゃないならなんでためらってたのさ!?」

 

「前に、同じようなシチュエーションで、友達を背負った時に、だいぶ怖がられちゃってね。結果的に、その子が我慢強かったのと、慣れでなんとかなったんだけど……」

 

「あ、あー、なるほど。ウサトくん、すっごく足が早いもんね。でも、大丈夫だよ。私ももうヒーロー科の一員。ちょっとやそっとのことじゃ、今更怖がったりしないよ」

 

「……そっか。そうだったね。じゃあ、いこうか」

 

 ヒーロー科か。頼もしい相方の様子に、僕は少しだけ笑みを浮かべた。

 

 

「オーケー。ちゃんとつかまっててね」

「……本当に、ウサト君は何も思ったりしないの?」

「え? ははは、先輩と同系列の君になにかを感じたりすることはなぐぇ……」

 

 く、首が締まる。これは……! あの時のアマコと同じ!? 純粋に、気にしなくていいって意味なのになぁ……。

 空気を求めて首に回された手を必死にタップしていると、気が済んだのか手を緩めてくれた。

 

「ウサト君?」

「はい……」

「言っていい事と悪いこと、あるよね」

「はい……」

「そろそろ行こっか」

「はい……」

 

 二度と逆らうまい。そう思った。

 

 

 葉隠さんが僕のことをしっかりとホールドできていることを確かめたあと、ドアではなく窓の方へと向かった。

 

 

 理由は、正面玄関前で待機している障子くん。先ほど、轟くんの侵入経路を探していたときに偶然見つけることができたわけだけど、単にあそこにいるとは思えない。

 一番可能性が高いのが別動隊。防御性能の高い氷の個性を持つ轟くんが、僕と交戦しているあいだに一気に核をめざすというもの。

 僕と葉隠さんが一緒に動かなければならなくなってしまった以上、核をフリーにせざるを得なくなった僕たちにとって、その作戦は脅威だ。手っ取り早く、脱落させておくべきだろう。

 

 ならば、やることはひとつだ。

 

「ウサト君? そっちは出口じゃ……なんで窓を開けたの?」

「よし。行けそう」

「ねぇ、やな予感がしてきたんだけど、冗談だよね? ここ、4階だよ?」

 

 葉隠さんの不安そうな声が耳元で聞こえる。彼女は階段で行くつもりだったのだろうけど、あいにくとそんな時間はない。核をフリーにする時間はすこしでも少ないほうがいい。

 

「行くぞ、ヒーロー!!」

「嘘でしょぉ!?」

「今更この程度の高さで僕が怖がるわけがないだろォ!」

「————ッ!」

 

 足に力をこめ、勢いよく4階の窓から飛び出す。

 葉隠さんが、声にならない悲鳴を上げる。

 

 高いところからの着地は、以前もやった。

 膝をしっかりと使って衝撃を殺しつつ、障子くんの目の前に着地する。

 耳から手を離し、慌てて身構えているけど、もう遅い!

 

「ウサト!? なぜここに!?」

「油断し過ぎだぞ! 小僧ォ!」

 

 ドバゴォッ! 

 激しい打撃音とともに緑色の光を帯びた拳を、障子くんの腹に叩きこむ。

 ぐったりと倒れ伏す障子くんを地面に下ろしながら、念のため確保テープを巻いておく。これで良し。

 

 音は派手だが、既に治療は済んでいる。

 これで後遺症を残すような怪我をすることはまずないだろう。

 それよりも、背中でバイブレーションモードになっている葉隠さんの方が心配だ。

 

「大丈夫? 葉隠さん?」

「こ、こわ……こわわ」

「やっぱり、やめといた方が良かったかもなぁ」

「というか!」

「あ、よかった。復帰早いね」

「うん、ありがとう。ってそうじゃなくて! 明らかにパンチで出せる音じゃなかったんだけど!? 君一番最初の非暴力的な感じはどこに置いて来たの!?」

「大丈夫、最終的には無傷だから」

「トラウマになるわ!」

 

 そこで、違和感を感じた。

 

 奇襲を受けた障子くん。彼が、奇襲に気が付かないなんてことはあるのか?

 

 彼はなぜ、耳に手を当てていた?

 

「まずい!」

 

 慌てて、4階の窓へと飛び上がる。葉隠さんの悲鳴は一旦無視!

 僕の考えが正しいなら……!

 

 僕がドアを開けたところで、階段を駆け上がってきた轟くんとはちあった。

 やはりだ。僕が障子くんを襲うと決めた瞬間に両者の役割を入れ替えたのだろう。あと少し遅れていたら、回収されていた。

 この廊下を抜かれたら核の部屋だ。ここが最後の砦となる。予定よりもだいぶ押し込まれた位置になってしまった。

 

「よう、轟くん。そんなに急いでどうしたんだい」

「ヴィランが爆弾を持っててな。これで急がなきゃウソだろ」

 

 かくして、屋内対人戦闘訓練は最終局面を迎える。

 

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