個性『治癒』の間違った使い方 作:のーし
前置きも終わり、授業が始まろうかというまさにその時、それは突然現れた。
広間に開いた奇妙な穴。闇そのもののようなそれは、一拍の後にぶわりと一気に広がると、中から悪趣味な恰好をした人間が次々に這いだした。
「一かたまりになれ!!」
「下がってください! 早く!」
初めは何が起こっているかすら分かっていなかった生徒たちも、先生やウサトの常軌を逸した様子に徐々に状況を把握し顔をひきつらせる。
個性による犯罪はあれど、その被害が直接自分たちに向くわけではなく、比較的平和と呼べるこの日本。そこで育った少年少女たちがはじめて相対する途方もない悪意。
プロヒーローたちが日々戦い、向き合ってきたそれらの意味を彼らは理解しようとしていた。
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「動くな! あれはヴィランだ! 13号! 生徒を守れ!」
相澤先生が鋭い声で指示を飛ばす。指揮系統がはっきりしている以上、口をはさむのは邪魔にしかならない。だまって、眼下に広がる武装集団を睨みつける。
数は数十人ほど。軍勢として考えれば多い部類ではないけれど、高校の一つのクラスに差し向けると考えれば過剰すぎる。確実に殺すという意思か、それとも他に狙いがあるのか。
『お、おい、なんかヤベェ顔したガキがいねぇか?』
『どう見てもヴィラン顔じゃねーか! なんであっちにいやがる!?』
『確実に人の2、3人は殺ってるだろ……!』
……妙だな。敵の侵攻が止まった。
「ヴィラン!? バカだろ!? ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」
「先生、侵入者用のセンサーは!」
「もちろんありますが……!」
「現れたのはここだけか、学校全体か……。何にせよセンサーが反応しないなら、向こうにそういうことができる
校舎から離れた隔離空間。そこに
これは、何らかの目的があって、用意周到に画策された奇襲だ」
そのまま睨みつけ続けていると、轟くんたちが現状を軽くまとめてくれた。……頭の回転がはやくて助かる。
こちらに向かってきている以上、目的というのは十中八九僕らのことだろう。ヒーローの卵を卵の内に潰す。えげつないこと狙いやがる。
「13号、避難開始! 学校に連絡試せ! センサーの対策も頭にあるヴィランだ。電波系の
「っス!」
矢継ぎ早に指示を飛ばすと先生はそのままゴーグルを掛け、戦闘体制へと移行する。
「ウサト、お前は生徒の方に戻れ。アレは俺がやる」
「いけるんですか?」
「誰に言ってる」
「……了解。さっさと避難するので、無理はしないでくださいね」
しんがりは先生が務めてくれるらしい。となれば、僕たちがすべきことは状況が悪化する前に一刻もはやくここから離れること。先生が離脱できる状態を作ることだ。最悪、先生だけなら攫ってみせる。
「ッ!! 先生は!? 一人で戦うんですか!? あの数じゃいくら個性を消すっていっても! イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……」
「一芸だけじゃヒーローは務まらん。13号、生徒を任せたぞ」
先生は不安気な緑谷くんの言葉をさえぎり包帯を緩める。ゴーグル越しの目が赤く輝き、髪を逆立たせるとそのまま階段を飛び降りていった。
『へっ! 一人で突っ込んできやがった!』
『誰だかは知らんが、あの顔面兵器ほどじゃねぇ! やっちまえ!』
『正面から突っ込んでくるとは大間抜けぇ!』
ヴィランたちは意気揚々と迎撃態勢をとるが、すべて不発。抹消の個性によって個性の発動を封じられた彼らは、そのことが理解できず自分自身の手を不思議そうな顔で眺める。長年付き添ってきた個性が、不発になるなど考えてもいなかったのだろう。
しかし、彼ほどの実力者を前にその隙はあまりにも大きすぎた。
ヴィランの視線が下がった瞬間に確保テープをその体に巻きつけ、からめとるとそのまま落下の勢いを利用して捕縛対象を振り回し、行動不能にした。
この間わずか5秒の出来事だ。
その後も個性を止めることで相手の連携にエラーを引き起こし、次々と戦闘不能に追い込んでゆく。
鮮やかな捕縛劇に緑谷くんが歓声を上げる。
「すごい……! 多対一こそ先生の得意分野だったんだ」
「言ってる場合か、下がるよ!」
悠長に分析をしている緑谷くんを抱えて走る。
一対多数なら轟くんや13号先生のほうが得意分野であることぐらい先生だって理解してる。それでも飛び出していったのには相応の理由があるんだ。だったら信じるしかないだろう。
集団に追いついたところで緑谷くんを下ろして、皆で扉に向かって走る。
先行してもいいけど、万が一先生が抜かれたときや伏兵がいた場合がまずい。
「させませんよ」
「こっちのセリフじゃボケがァ!」
こんな風にね……!
視界の端に黒いモヤを捉えた瞬間に飛び出し、治癒をまとったジョルトブローを見舞う。振り切った拳がそのまま地面に激突し、蜘蛛の巣状のヒビが入った。
早すぎだろ、伏兵が出てくるの。早すぎて若干責任を感じるレベルだわ。我ながらフラグ過ぎた。
にしても……
「あぶないあぶない」
ゆらりと黒いモヤが目の前に立ち上がる。霧状の体を大きく広げ、逃げることは許さないとでもいうように立ちふさがった。
こいつ、最初の穴のやつか。よけられた……というより当たってない。殴った感触がなかった。ワープっぽい挙動といい、厄介な個性だな。
バックステップで距離をとりつつ、相手の出方をうかがう。
しかし、特に追撃をするでもなく、黒もやはそのまま朗々と話を始めた。
「初めまして、我々はヴィラン連合。僭越ながら……この度ヒーローの巣窟・雄英高校に入らせて頂いたのは」
「平和の象徴・オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」
「!!?」
そのあまりにも現実離れしながら、どこかに絶対の自信を感じさせる宣言に、思わず全員が硬直する。理解できないというより、頭が理解することを拒んでいる。
オールマイト、現在の日本の平和を一人で築き上げた大英雄を、殺す?
その宣言によって、13号先生も含めた全員の意識が黒もやに集中してしまっていた。
「まぁ、それとは関係なく……私の役目はコレ……!」
「「隙ありだぜぇ!」」
両側の通路から更なる伏兵が僕らに襲いかかる。意識外からの急襲に、全員の意識が分散する。
チィ……! 長々話してたのはこのためか……!
飛び出してきた伏兵に、ほんの一瞬気が付くのが早かった僕がそのうちの一人の方へ飛び出す。
瀬呂くんへと飛びかかろうとした男を空中でかっさらうように捕まえると、足を軸にして回転して振り回す。そのまま飛び込んできた勢いも利用して逆サイドの暴漢に向かってシュート。治癒魔法をまとった敵は、ボーリングのピンのように2人まとめて弾き飛ばされる。
治癒投げ。対集団戦にて敵自体を砲弾にすることで複数人を同時に行動不能にする技だ。見た目は重傷に見えるけど、その実無傷。むしろ治癒魔法のおかげで前より健康になってる可能性すらある。意識はしばらく戻らないと思うけどね。
伏兵は排除できた。しかし、僕が飛び出すと同時にいくつかのことが起こっていた。
黒もやが揺らめき何かを貯めるような動きをする。それは、先ほどの広間で一気に拡散したのと同じ動き。
見咎めた13号先生がブラックホールを発動すべく、指のキャップを外す。
そして、もう二人動き出していたものがいた。高い危機察知能力と好戦的な性格が災いした。モーションを起こした黒もやを止めるため、硬化した切島くんと手に汗を貯めた爆豪くんが上下段を潰すようにして攻撃を仕掛ける。
「っらァ!」
「その前に俺らにやられることは考えなかったか!?」
打ち合わせをせずとも完璧に近いコンビネーションで放たれた攻撃は、有効になるはずだった。
今回のような特殊なケースを除いて。
コンビネーションアタックを受けたはずのモヤは意に介すこともなくその体を解放する。瞬く間に広まった闇は、生徒たちを覆いつくしていく。
「ダメだ! どきなさい2人とも!」
対応できるはずだった13号先生は動けない。射線上に生徒が飛び出してしまったため、下手に個性を解放すれば、真っ先に2人をチリにしてしまう。
黒いモヤに浮かぶ金色の目が怪しく歪む。
「
とっさに、近くにいた障子くん、瀬呂くん、芦戸さん、13号先生を抱えて離脱する。
これ以上は厳しいか……!
ふと、振り返れば、今にも閉じそうなゲートの隙間から特徴的な手袋が見えた。
「くそっ!!」
反射的に飛び出した。体をよじり、隙間を縫うようにしてモヤの中へと突入する。
その透明な体を抱えたところで、僕たちは黒いモヤによって完全に飲まれてしまったのだった。
「皆!!」
飯田くんの悲痛な叫びを最後に、落ちるような感覚がして、僕たちはどこかへ飛ばされた。