個性『治癒』の間違った使い方   作:のーし

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第20話

 刹那の浮遊感とともに体を包んでいた闇がほどける。

 眼下に移ったのは土砂流で折れた木や建造物の残骸が転がる土砂ゾーン。黒もやの嬲り殺すという言葉通り、待ち構えていたであろう者たちがこちらを見上げている。

 ゲートを抜けた先、僕たちは土砂ゾーン上空の天井付近に転送されていた。戦闘訓練で飛び降りた高さよりもさらに高い。実数値にして、およそ30mほど。

 僕よりも少し下の辺りに、僕と同様にここに飛ばされてきたのであろう轟くんと葉隠さんが見えた。轟くんは着地に備えて身構えているけれど、葉隠さんは間に合いそうにない。

 おそらく転送時に手傷を負わせてそのまま人数でたたみかけるという作戦。確かに普通に考えれば大けがは避けられない高さだ。

 

「この程度!」

 

 ()()()()()()()ね。

 地上にいるのは、12……16人か。

 天井を激しく蹴りつけその勢いのまま落ちてゆく。

 黒もやは勘違いをしている。僕にとってこの程度の高さは、むしろ位置エネルギーの贈呈に他ならない。こっちが一体、何度ローズに吹き飛ばされてきたと思っている!

 

「せぇい!!」

 

 空中で縦にくるくると回転し、その勢いすらも乗せて渾身の踵落としを地面に向けて放つ。

 埒外の筋力によって高高度から叩きつけられた流星のような一撃は、小高い丘程度の大きさしかない上に、地面がゆるく作られている土砂ゾーンに、あまりにも大きな衝撃をもたらした。

 待ち構えていた軍勢は、地上で僕らを袋叩きにしようとしていた連中も、伏兵として地中に身を隠していたものも、どちらも関係なく緑色の衝撃によって吹き飛ばされるようにして()()()()打ち上げられる。

 

「轟くん!」

「あぁ……!」

 

 落ちてくる轟くんと葉隠さんの付近まで土砂を打ち上げたことで意図を察したのか、轟くんは近くの葉隠さんを捕まえて右腕を一振り。打ちあがった土砂を氷漬けにすると地上までの滑り台のようにして滑走してくる。

 なんと土砂と一緒に打ちあがった連中を半分氷漬けにするおまけつきだ。器用だね、君。

 

 いくら斜面で勢いを緩めたといえど、そのままではけがの程度が変わるだけだ。僕は、すぐさま斜面の終わり際の方へと走り、滑ってきた2人に治癒をかけつつ回転も利用してやわらかく受け止める。

 

「し、死ぬかと思ったぁ……!」

「むちゃくちゃするな、お前……」

「ごめんて」

 

 受け止めた2人が恨みがましい目でこちらを見てくる。さすがにあの高さで3人、しかも着地狩りを狙ってる連中がいるとなると自信がなかったんだって。

 言い訳をしていると右腕に抱えている葉隠さんがぽかぽかとハンマーパンチをお見舞いしてくる。

 

「バカ! 怪力! ウサト!」

「おい、人の名前を蔑称として使うな!?」

 

 あまりにも失礼な物言いをする葉隠さんに治癒デコピンで仕返しをする。突如として額を襲った痛みに声のない悲鳴を上げているけれど、これは自業自得。こら、人の腕を叩くんじゃあない。

 僕たちが緊張感に欠けた小競り合いをしていると左腕に抱えていた轟くんがもぞもぞと動き始める。

 

「ウサト、降ろしてくれ……」

「あっと、ごめん。忘れてた」

「お前マジか……」

 

 思わず素で返すと、轟くんはガックリとその肩を落とした。

 まずい、この数十秒で轟くんの僕へのイメージが取り返しがつかないものになりつつある気がする……!

 

 

「にしても……」

 

 降ろされた轟くんは気を取り直すようにして振り返る。

 

「子供二人になさけねぇな。しっかりしろよ、大人だろ?」

 

 彼がひとにらみすると薄く全身を氷漬けにされた連中が呻いた。

 

「散らして殺す……か。言っちゃ悪いが、あんたらどう見ても個性を持て余した輩にしか見受けられねぇよ」

「こいつら……移動してきた途端に……!」

「ほんとにガキかよ……! いっててて……!」

 

 彼はそのまま一種のオブジェのようになった氷漬けの人たちに近づいていく。

 轟くんの言う通りだ。どこか引っかかる。これだけの数が一瞬で拘束できてしまった。瞬殺と言っていい。この分なら、クラスのみんなでもそうそう後れをとることはないだろう。

 黒もやの話が本当なら、こいつら、オールマイトを殺しに来たんじゃないのか?

 それがどうしてこんなに弱い?

 漠然とした嫌な予感が僕の胸中で渦巻いていた。早めに移動しよう。こういう嫌な予感ほどよく当たるんだ。

 

「轟くん____」

 

 一足先に、他の場所へ向かうことを伝えるべく、彼の方へと足を踏み出したときだった。

 

「ひぃっ!」

「バ、バケモノっ……!」

「くっ、くるなっ! 来ないでくれっ!」

 

 僕が近づくと、唯一動く顔に恐怖の感情を浮かべ、必死の抵抗を見せる男たち。

 一歩踏み出すだけでその目に涙がたまる。大の大人が動くこともできない状態でおいおいと泣き出してしまう様子はなかなかのものがある。

 あれぇ……? 僕かなコレ……? 僕だけのせいかな……? 拘束したのは轟くんも一緒だよね……?

 

「間違いなくウサトくんだね」

「心の中を読んだうえで、ひどいことを言わないでくれない?」

「轟くんが近づいたタイミングだとまだあんなになってなかったじゃん。認めなって」

「証拠があるだけで決めつけるのはどうかと思うけどね」

「それ以外に何がいるのさ……」

 

 僕の苦し紛れの弁明に葉隠さんが呆れたようにため息をつくなか、轟くんは男たちにさらに近づいていき、彼らを尋問しようとしているようだった。

 

「このまま、後ろのあいつをお前らにけしかけることもできるわけなんだが……」

「や、やめてくれぇ……! あのバケモンだけは勘弁してくれぇ……!」

「そうだよな。俺もヒーロー志望だ。そんな酷ぇことは()()()()避けてぇ」

 

 酷いのは僕の扱いだと思うなぁ……!?

 ええい、轟くん、お前もか! お前もそっち側か!

 

「ちょっと……」

 

 僕が轟くんに文句の一つでも言おうとした瞬間のことだった。

 

 中央広間から、轟音が鳴り響いた。

 

 

 もうもうと立ち上る土煙と共に流れてきた微かな匂いに、僕はぞっと背筋が震えるような何かを感じた。

 それは血の匂い。誰かが死にゆくときの匂いと、とてもよく似ていた。

 

「轟くん。ここはお願い。僕は先に行く」

 

 先ほどまで言い争っていた葉隠さんを轟くんに押し付けるようにして引き渡し、広場に向けて走り出そうとすると袖をつかまれる。

 そちらを見れば、宙に浮かんだ手袋が、僕の袖をしっかりと掴んでいた。

 

「葉隠さん?」

「……行っちゃだめだよ」

「……は?」

 

 僕の袖を掴む手は、わずかに震えていた。

 

「今の見ただろ、あんなことできるやつを放置してたら……」

「あんなことができるの、オールマイトに充てるためのやつに決まってるじゃん。ウサトくんがすごいってことぐらい分かってるよ。分かってるけど……」

 

 ウサトくんが死んじゃうよ。と絞り出すように話す彼女。その顔には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 あぁ、本当にこの子はどうしてこうも重なるんだ……。

 あの時と、邪龍に立ち向かったときと同様に、その頭に手をおく。未だに、いうべき言葉は分からない。けど、それでもこの子には言わないといけない。

 

「ありがとう」

 

 ほんの少しだけ、震えが収まった。

 

「でも、僕は大丈夫」

 

 それだけ言うと、僕は返事も聞かずに中央広場の方へと駆け出した。

 

 

 

 頭に置かれた手が離れ、そしてあっという間に、その背中が見えなくなる。私は、その背中に……

 

「うそつき」

 

 と小さな恨み節を吐くことしかできなかった。

 

 ウサトくん。兎里健くん。戦闘訓練で一緒になってからというもの、なんだかんだと話す機会が多かったように思う。たぶん、一番仲のいいクラスメイト。

 治癒という戦闘には向かない個性を持ちながら、本人は近接戦闘が得意という無茶苦茶な男の子。

 いっつもすごいことをしているし、多分、このクラスで一番強いのは彼だ。もしかしたら、現役のヒーローと比べても、かなり強い部類に入るかもしれない。

 やることなすこと無茶苦茶で、怖いものなんてないように見える。

 それでも私は知っている。彼が、何も感じないバケモノなんかじゃないってこと。

 あの日。警報がなった日。私は、彼に怖くないのかと尋ねた。

 警報でかき消えそうになっていたその言葉を、私は知っている。

 

「……そりゃあ、もちろん、()()()()()()()()()

 

 私は知っている。

 私の頭に乗せられた手が、わずかに震えていたことを。

 

「轟くん、私も行くね」

「待て」

 

 肩に置かれた手をどかそうとそちらを見て、私は息を飲んだ。

 

「俺も行く。端から一人で行かせるつもりなんてねぇよ」

 

 私の肩を掴む轟くんは、私以上に怒っているらしく恐ろしい形相をしていた。

 

 

 

 走って走って、辿り着いた中央広場。そこで私が見たのは……

 

「うそ……」

 

 血まみれで倒れ伏す相澤先生。そして、脳をむき出しにした大男に殴り飛ばされるウサトくんの姿だった。

 

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