個性『治癒』の間違った使い方   作:のーし

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第21話

 制止する葉隠さんを振り切り、中央広場へと走った。

 僕たちが飛ばされた土砂ゾーンはもともとそう広いエリアではない。10秒足らずで、出口に辿り着き、中央広場への扉を開ける。

 そこで僕の目に飛び込んできたのは、おぞましい光景だった。

 

「せ、先生……」

 

 まず目についたのは両腕を折られ倒れ伏す相澤先生。そして異様な風体の男だった。黒い皮膚に露出した脳みそ、血走った目、凄まじいパワーを内包していることが分かる体躯、そこにいるだけで、恐怖をまき散らすようなそれが相澤先生を組み敷いていた。

 

「~~~~ッ!」

「対平和の象徴。改人『脳無』」

 

 全身に手を張り付けたこれまた異様な見た目の男が心底嬉しそうな声音で語る。

 同時に、脳みそ男の手が苦悶の声をあげる相澤先生の頭へと向かう。

 死ぬ。考えるまでもなかった。あのパワーで、頭を攻撃されれば助からない。

 

「やらすかぁぁ!!」

 

 全力で駆け、全体重を乗せ、この世界では恐らく初めてであろう全力の力で放った拳は、寸分の狂いなく、脳みそ男の頭にぶち当たった。

 

 葉隠さんに常日頃から頭がおかしいと言われる僕の必殺技・治癒パンチ。治癒魔法をかけながら殴ることで、相手に痛みと衝撃だけを与えて無傷で行動不能にする優しさに満ち溢れたパンチだ。

 けれど、僕はいつもこのパンチを全力で放っているわけではない。そんなことをすれば、僕の治癒が間に合う前に、殴られた相手が死んでしまう可能性が高いから。そもそも気絶させるだけなら、もっと威力は弱くていいわけだし、ある程度の調節をした状態で行使しているというわけだ。

 けれど、今回ばかりはそんな余裕はなかった。死んでほしくない。その思いが普段セーブしている力を引き出した。

 そう、確かに全力で殴ったのだ。

 だが____

 

「……っ硬いなぁ……っ!」

 

 拳から伝わる手ごたえは驚くほどになかった。

 固く厚いゴムを殴りつけたような、邪龍の鱗を思わせる異様な感触。衝撃がそのまま受け止められ、どこかへ逃がされるように消えていく感覚。

 拳が効かない……!

 しかもこれは____

 

 「まずっ……!」

 

 勢いが殺された。大男を殴りつけるために地面から離れていたことがあだとなり、一瞬体が浮く。

 

「脳無、やれ」

 

 手だらけ男がそう命令したとたん、こちらをぎらりと睨みつけた脳みそ男が大ぶりな一撃を僕へと叩きこんだ。

 

 

「「「…………」」」

 

 水難ゾーンの中央広場に最も近い縁。緑谷、蛙吹、峰田の三名は冷や汗を流し絶句していた。

 

 三名は、共に水難ゾーンに飛ばされ、ヴィラン相手に奮闘。無傷とはいかなかったが、十分に行動可能な範囲の負傷で、敵対存在を全員拘束するという快挙を遂げていた。

 初戦闘にして初勝利! これが勘違いを生んだ。自分たちの力が敵に通用したのだと錯覚してしまったのだ。

 彼らは最善の行動を分かっていた。助けを呼ぶことが最優先。先生が気を引いてくれている間に、接敵を避けつつ出口へ向かう。それが最善だと頭では理解していた。

 しかし、自分たちへ差し向けられた刺客を見事に制圧したという自信が足かせとなる。完全に彼我の実力差を見誤ってしまった。

 単独で多数の敵へと飛び出していった相澤先生。彼の一助になればと未だ戦闘音のなりやむことのない中央広場へと、自覚のないひよっこ未満の「卵」たちは足を進めた。

 その道のりが、地獄への片道切符であると気が付くこともなく。

 

 

 

 状況は最悪に近かった。血まみれで倒れ伏す相澤先生。そして、脳をむき出しにした大男に殴り飛ばされたウサトの姿を、三人とも震えながら見ていることしかできなかった。

 

「今の奴は……見えなかった。増強型かな……? 危なかったなぁ……! あぁ……でも、いっか。もう、死んだんだし……!」

 

 ウサトが吹き飛ばされた方をみながらヴィランが嗤う。

 思い描いていた図と現状はかけ離れていた。心のどこかで信じていた、ヒーローが必ず勝つという当たり前(幻想)。幼いころから何度も見てきた光景が、憧憬が、崩れかける。

 

 ヴィラン。プロの世界。自分たちは何も見えていなかった。その事実を取り返しのつかないほどに近づいてから、まざまざと感じさせられていた。

 動かない。動けない。蛇ににらまれた蛙のように、その圧倒的な暴力を前に動くことができなかった。

 

「死柄木弔」

 

 最悪というのは重なるものだ。更なる絶望を与えるようにして、手をあちこちにつけたヴィランの背後に正面玄関で生徒たちをその個性の餌食にした霧状のヴィランが現れる。

 

「黒霧……13号はやったのか」

「行動不能にはできたものの、散らし損ねた生徒が居りまして……一名逃げられました」

「…………は?」

 

 黒霧というらしい霧状のヴィランの言葉に、死柄木と呼ばれたヴィランはドスの利いた声とともにギギギと信じがたいものを聞いたとでもいうように振り返る。そして、何も言わない黒霧に対して大きなため息を吐いた。

 

「はあーー黒霧おまえ……おまえがワープゲートじゃなかったら粉々にしてたよ……」

 

 現状が気に入らないのか、アレルギーを感じた子供が抑えが効かないように、自分自身の首を掻きむしる死柄木。神経質そうなその様子は、はたから見ていても、尋常ではなかった。

 ガリガリガリ、とひっかき続けた肌は、やがて赤みをおいていくが、それでも構わず掻きむしる。

 

「……もういいや」

 

 不意に、肌を掻く音が止まった。

 

「さすがに何十人ものプロ相手じゃ敵わない……ゲームオーバーだ。あーあ……()()()ゲームオーバーだ。……帰ろっか」

 

 

 その言葉の意味が、一瞬理解できなかった。

 

 

 かえる。カエル。帰る。

 ようやく理解が追いつく。そして、その一言にひどく安心した。

 緊張の糸が切れる。涙を浮かべ蛙吹に抱きつく峰田は露骨なものだったが、その言葉の意図を捉えかねている緑谷と蛙吹もそれは同様だった。

 ほんの少しのほころび。敵前で思考を深読みするという甘え。

 自分たちには、そんなものを許されることはないということが、頭から抜け落ちていた。

 

「……あぁでも、帰る前に、平和の象徴の矜持。少しでもへし折ってから帰ろう!」

 

 まるで、コマを飛ばしてしまったかのように、気が付いた時には、彼らの目の前にヴィランが迫っていた。

 相澤先生の肘を崩壊させたその掌が、蛙吹に向けて突き出される。

 動き出すことすらできなかった。反射的にその手の行く先をなぞり、そしてもたらされる事象を、蛙吹がバラバラになる図を幻視する。

 

 刹那、風切り音を聞いた気がした。

 目前まで迫っていたヴィランが焦った様子で後退する。

 その直後だった。つい先ほどまでヴィランがいた位置、僕たちの目の前に、()()()()()()()()()()()のは。

 

 大木が飛んできた方を思わず全員が凝視する。

 だって、そっちにいるのは、そっちの方向に吹き飛ばされたのは……!

 

 今度は大木ではない何かが轟音とともに飛び出してくる。

 その何かは、ヴィランにむかって突貫すると、その拳を思い切り叩きつけた。

 

「脳無!!」

「さっきのお返しだァ!!」

 

 風にたなびく白いコート。

 彼が体にまとった緑色の残光。

 

 そして血まみれの顔面と恐ろしいほど剣呑な目つき。

 

「ウサトォ!?」

 

 思わずといった様子で峰田が涙を流しながらその名を呼ぶ。なんの涙かはこの際置いておくとしよう。

 閃光のような速度で突っ込んできたのは、ウサトその人だった。

 

 

「……ぐぅううう!」

 

 ふきとばされながら体制を整える。目に映る景色が一瞬でかっとんでいく。

 数瞬、意識が飛びかけた。とっさに回避運動をしつつ、右腕を差し込んでいなければ殺されていただろう。ローズとの訓練の副産物として、どこを殴られると痛いか、逆に、どこを殴られるとそれほど痛くないか、そして受け身の取り方は体に染み付いている。

 体をさいなむ激痛に顔をしかめながら、吹き飛ばされた先でぶつかりそうになっていた木に裏拳をぶつけて勢いを殺す。勢いはそれでもとどまらず、木を何本もへし折りながら進むけど、大丈夫。この程度なら死にはしない!

 木々に激突しながらも何とか地面へ叩きつけられる。

 見事に一撃を食らってしまった。無茶苦茶な相手だ。術理のかけらもない動きをするくせして、その威力はローズの一撃に匹敵する。体中が痛み、呼吸もろくにできない。ちゃんと治さないと、動けるか怪しいな、これは。

 荒くなった呼吸を整えながら、治癒魔法をまとう。

 

「ゲホッ、ガハッ……ふぅ。あー痛いなぁちくしょう!」

 

 一息ついたところで立ち上がる。

 行かないと。体は動かしにくいけれど、心はまだ折れてない。

 これは訓練じゃない。動かないと人が死ぬ。

 大丈夫だ。これくらいどうってことないだろう。

 

 視界の先で、ヴィランが動き出す。狙いは水難ゾーンの三人。直接は間に合わない。

 以前、ローズとの模擬戦闘で彼女が行った無茶苦茶な攻撃方法を思い出した。

 そこらに落ちていた僕がへし折った木。その一つを手に取ると力の限り放り投げる。

 

 当たらなくてもいい! とにかく一瞬でも到達を遅らせろ!

 全力で投げた木は、狙い通り、蛙吹さんの目と鼻の先に大木が突き刺さる。我ながらナイスコントロールだ。今日はツイてる。

 僕自身も、投げた木を追いかけるようにして地を蹴り中央広場へと駆け出す。

 

 さっきの攻撃、僕を吹き飛ばしたヤツは、手だらけの小僧に命令されて動いていた。

 詳細は分からないけど、おそらく自分ではなく操った対象で勝負する手合いと見た。吸血鬼とかネクロマンサーとかそういうの。すなわち、ネアみたいなものと解釈すればいい。

 

 つまり、狙うべきは……!

 

 お前だラジコン小僧ォ!!

 

「脳無!!」

「さっきのお返しだァ!!」

 

 僕はラジコン小僧にむかって突貫すると、その拳を思い切り叩きつけた。

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