個性『治癒』の間違った使い方 作:のーし
本日から、投稿を再開していきたいと思います!
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「痛ってぇ……」
郊外のバー、その一室にうめき声が轟いていた。死柄木は黒霧の個性によって転送され、そのまま床に倒れ伏していた。彼の手足から流れ出る血が床をゆっくりと染めていく。
ワープという切り札によって逃げ切りはした。だがそれだけだ。部隊は壊滅し、自分自身もヒーローの狙撃によって両手足を撃たれて重傷。しばらく動くことはできないだろう。
「完敗だ……脳無もやられた。手下どもは瞬殺だ……子供も強かった……」
ギリギリと歯を食いしばりながら、死柄木はうめき声とともに吐き気を催すようなその事実を口にする。
「平和の象徴は健在だった……!」
ぎろりと、バーの一角に鎮座するモニターを睨みつける。
「話が違うぞ『先生』……!」
『違わないよ』
モニターから、そんな彼を諭すように落ち着いた声音がこぼれる。始めからこうなることが分かっていたかのような、ある種聞き分けの悪い子供を相手にする大人にも似た余裕をはらんだ声が、室内に響く。
『ただ、見通しが甘かったね』
『うむ、ナメすぎたな。
『回収してないのかい?』
「……吹き飛ばされました」
無責任に言い放つ尊大な大人と、まるで失敗などどうでもいいとでも言わんばかりのモニター越しの老爺の様子に目を細めながら、黒霧が忸怩たる思いで口を開いた。
「正確な位置座標も把握できなければ、いくらワープといえども探せないのです。そのような時間は取れなかった……!」
『せっかくオールマイト並みのパワーにしたのに……』
『まァ仕方ないか……残念……』
衰えているとはいえ、オールマイトすらも殺しうる存在。それほどのパワーを持つ駒を貸し与え、あまつさえ失っていながら、モニター越しの大人は気にした素振りすら見せなかった。
「パワー……そうだ……」
あまりにも雑な返答に、叱責を受けると思っていた黒霧が拍子抜けしていると、死柄木が思い出したかのようにぽつりとつぶやいた。
「そういえば、オールマイト並みの速さを持つ子供がいたな……」
『…………へぇ』
モニター越しの声が、先ほどまでとは明らかに変わった。興味深いことを聞いたとでもような、そんな声。
そんな声を知ってか知らずか、そのまま死柄木は続ける。
「一人……いや、最後のあれも含めれば二人……」
『…………二人?』
「ことごとく邪魔しやがる……白服……! あいつがいなければガキをもっとやれた……脳無だって……! いやっ、それよりも……あの緑髪のガキ……! あの邪魔がなければオールマイトを殺せたかもしれない……! ガキっ……ガキども……っ!!」
怨嗟に満ちた唸り声を上げながら、がりがりと床をひっかく。その手は、自身の爪がはがれても止まることはない。
一方、モニター越しの声も少し様子がおかしかった。
『えっ、二人?? マジで??? んんっ!! 悔やんでも仕方ない! 今回だって決して無駄ではなかったはずだ! 精鋭を集めよう。じっくりと時間を掛けて……!』
一瞬、うろたえるような声が聞こえたものの、すぐさまモニター越しの男は、尊大な話し方に戻ると、少年に激励の言葉を掛ける。
『我々は自由に動けない。だから、君のようなシンボルが必要なんだ! 死柄木弔! 次こそ、君という恐怖を世に知らしめろ!』
その言葉を最後に、通信は途絶えた。
ヴィランたちの暗躍が、ここから始まる……!
「ドクター……。二人、いるらしい」
「……らしいの」
「計画、練り直そっか……」
「そうじゃのう……」
始まるったら、始まる……!
●
「16……17……18……軽傷の者もいるようだが……ほぼ全員無事か」
トレンチコートを着た男性が、生徒たちの安否を確認して一息ついた。どうやら漏れはなく、こちらで確認した一部の例外を除いて全員無事だったようだ。
問題なしとはとても言えないものの、最悪の事態は避けられた。
あの後、救援要請に走った飯田の活躍もあり、USJには雄英高校が誇るプロヒーローたちが応援に駆けつけた。通報を受けた警察や救急車も数分と立たずして現場へ到着。日本の治安の良さの理由がうかがえる迅速な対応であった。
主犯格には逃げられたものの、その場にいた数十人のヴィラン達はたちまち拘束され、現在絶賛連行中である。
無事だった1-Aの面々は、警察の指示で点呼を受けたのち、しばらくの待機を言い渡されていた。
「僕がいたとこはね……どこだと思う!?」
「やはり、各ブロックにいたのはチンピラ同然だったか」
「ガキだと思って舐められたんだ」
「いたずらに被害が拡大しなかったのは幸いだったな……」
「……どこだと思う!?」
「どこ?」
「秘密さ!!」
不安な心境故か、危機から脱出できたからこそのものか、それとも生まれ持っての気質か。合流した彼らは、口々にコミュニケーションを取りあい、互いの状況を確かめ、不安を解消していた。
しかし、そんななかでも上手く不安をほぐすことができない者もいる。
「透ちゃん、大丈夫……?」
「梅雨ちゃん……」
蛙吹がわずかに震える葉隠の手を取れば、ピクリと肩がはねるのが手の感触から伝わってきた。
個性の特性上、その表情を見ることはできないものの、決して明るいものではないことくらい、すぐに分かった。
意識を失っていた相澤、13号、オールマイト、緑谷、そしてウサトの計5名はすぐさま救急車によって搬送されていった。
なかでもヴィランとの大立ち回りを繰り広げたウサトは、満身創痍の状態でも立ち上がり、戦う姿勢を見せていたものの、その後は倒れるようにして意識を失っていた。外部から見て骨などに異常は見受けられなかったが、ぼろぼろの姿は彼の個性が治癒であることを考えれば、いかにギリギリの状態であったかなど推し量るに十分であった。
「刑事さん、運ばれていった皆は……」
勇気を出して、状況を知っているであろう刑事に声を掛ける。
彼は、一言ことわりを入れたのち、しばらくどこかへと電話を掛けると、こちらに状況を伝えてくれた。
「イレイザーヘッドは、気絶こそしているが、深刻なダメージはほとんど治っていた。『治癒』を持っているという少年の腕がかなり良かったのだろうな」
「良かった……無事なのね。先生」
彼を担いで避難を行った蛙吹が胸を撫でおろす。執拗に攻撃を加えられる相澤の姿は彼女の目に焼き付いていた。危ない状況だったはずだが、ウサトの治癒のおかげで何とかなったのだ。今このひとときだけは、安堵に浸ってもよいだろう。
「続いて、13号。背中から上腕にかけての裂傷が酷いが命に別状はなし。後遺症になりうる傷も見受けられないそうだ」
「そっかぁ……! あの時は大けがだと思って慌てちゃったけど、大事じゃなくて良かったぁ……!」
13号の様子を近くで見ていた芦戸もほっと息をついた。怪我をしていることは分かっても、何もしてあげられなかったことを密かに気に病んでいたのである。
「オールマイトも命に別状なし。彼に関しては、リカバリーガールの『治癒』で充分処置可能とのことで保健室へ」
「さっすがオールマイトだぜ……! あれだけやって問題なしだもんな……!」
近くでその戦いを見ていた切島が、感激に身を震わせる。コミックのような活躍といい、伝説はそこにあったと、彼は確かに頷いていた。
「あの、デクくん……」
「緑谷くんは……!?」
「緑……ああ、彼も両足と指の粉砕骨折とだいぶ無理をしたようだが、問題ない。保健室での治療で間に合うそうだ。リカバリーガールに感謝だな」
「よかった……!」
緑谷と仲のいい麗日と飯田が不安げな様子で安否を問えば、こちらも致命的なことにはなっていないという回答。逆に言えば、リカバリーガールがいなければ大惨事だったということだが、とりあえずは安心することができた。
「……ウサトくんは?」
少しの沈黙のあと、葉隠が震える声で刑事に問う。
どんなに恐ろしくとも、聴かねばならなかった。
とたんに空気が張りつめる。葉隠を初めとして、この場にいる者の多くが、彼の無茶を見ていた。恐らく、一番の重傷。そして何の因果か、順番が後半になるにつれて重くなってゆくけが人たちの容態に、一同嫌な予感を隠せずにいた。
「彼か……」
刑事の表情に影が入る。その様子にざわりと嫌な空気が辺りを覆った。
「彼は____」
「過労だ」
「刑事さん今なんで無駄に溜めたんですか?」
「今の間なに? 今の間、何???」
先ほどまでの重苦しい空気が一気に霧散する。
深刻そうな顔をしていた刑事がたはーと自身の額を叩いた。
「いや驚いた。聞いた話では、一番の重傷を負っていてもおかしくなかったんだが、どうやら自分の個性で治していたらしい。一部、治しきれていない傷はあるものの、全て軽傷の範囲内。主な気絶の理由は個性の使いすぎ。つまるところ、過労だ」
「まじでなんでビビらせてきたんですか……」
「サプライズかなって。ほら、空気も軽くなったろう?」
「「「気が気じゃないんですけど!?」」」
はっはっは! と、生徒一同による総ツッコミを華麗にスルーしながら、刑事……塚内はその場を後にするのだった。
(いやはや、本当に驚いた。いくら治ると言えど、常人ならとっくにショック死していたはずなんだがな)
安易に不安を煽ってしまうその情報だけは伏せたまま。
●
その後、塚内はオールマイトと合流。
皆の無事を真っ先に確認したオールマイトにやや呆れつつも、生徒は軽傷が数名なことに加え、気絶している教師二名とウサトもまた命に別状はないことを告げた。
「君と彼らが身を挺していなければ、生徒らも無事ではいられなかったろうな」
そう締めくくった塚内にオールマイトは一つ違うと待ったを掛ける。
「生徒たちもまた戦い、その身を挺した!
こんなにも早く実戦を経験し、生き残り、大人の世界を……恐怖を知った一年生など、今まであっただろうか!?
オールマイトは確信に満ちた笑みを浮かべながら、いずれ育つ金の卵たちに想いを馳せた。
夕日に背を照らされて、彼らはやがて帰路に着く。
彼らは、絶望に対峙した。それでも、その表情はただ曇るだけではない。
上の世界を肌で感じた者。恐怖を植え付けられた者。対処し凌いだ者。
そして、何もできず守られる悔しさを知った者。
感じたことは違えども、彼らは決然と前を向く。
その目は自らの道をただまっすぐと見据えていた。
かくして、後にUSJ襲撃事件と呼ばれる騒動は、一旦の終結を迎えた。
しかし、これがまだ大いなる悪意の前触れに過ぎなかったということを、この時の彼らは誰も理解していなかったのである。