個性『治癒』の間違った使い方   作:のーし

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第26話

 目を覚ますと、白い天井が見えた。

 うっすらと消毒液の匂いが漂うこの部屋は、病院というより、保健室のような雰囲気だ。

 

「目が覚めたかい?」

 

 周りを見渡していると、小柄で優しそうな雰囲気の老婆が入ってくる。老婆は、こちらが目を覚ましているのを見つけると話しかけてきた。

 

「ええ、おかげさまで。あなたは……」

「あたしはリカバリーガール。この雄英で看護教諭をやってるピッチピチの婆さんさね」

「あなたが……。じゃあここは保健室ってことですか」

 

 ツッコまんぞ。

 

 聞けば、一連の騒動はすでに解決済み。怪我人も、僕と緑谷くんを除いて生徒たちにはそう大きなものはなく、三人のヒーローもリカバリーガールの治療によって回復傾向にあるらしい。意識を取り戻したのは、僕が最後だった。

 学校は、念の為本日のみ臨時休校。明日からは通常通りのカリキュラムに戻る。復帰早いな。とんでもない強かさだ。

 僕はといえば、ほぼ丸一日気を失っていたらしい。

 この場合は、一日で済んだ自分のタフさに感謝をするべきか、世界を跨いでなお気絶癖が治っていないことに呆れるべきか、僕には判断がつかなかった。

 

 話をしつつ、丁寧に巻かれた包帯を外しながら自身に治癒魔法を施していく。

 うわ、結構傷が残ってるな。骨とかは折れてないけど、これだけの状態で置いておいたのは、ヒノモト以来かも。

 

「随分と、無茶をしたね」

「……そうしないと、たくさんの人が死んでいたかもしれませんでしたから」

「そうかい……。あんたは、入試の時から変わっていないようだね」

 

 いたわるようでありながらどこか圧を感じるリカバリーガールの言葉に、身を固くしつつ答えれば、彼女は少し複雑な顔で微笑んだ。

 

「入試の……?」

「あぁ、あたしも見てたんだよ。あの試験では怪我がつきものだからね。もっとも、あんたの会場では怪我人は0。あんなのは久しぶりさね」

 

 傷が露出した部位に治癒を施していくと、傷口はあっという間に塞がり、やがて通常の肌と地続きになった。

 僕の傷が癒えてゆく様子を見ていた彼女は、うすらと笑って目を細める。

 

「見事なもんだ。キャパシティはあるようだけども、純粋な治癒能力の高さなら、あたし以上かもだね」

「ありがとうございます。これは、僕の誇りですから」

「だろうね。見てればわかるさ。だからこそ、心配にもなる。あんた、今まで一体どれだけあんな無茶をしてきたんだい」

「耳が痛い話ですね……」

「本当にあったのかい……。何をしてたらそんなことになるんだい」

 

 呆れながら、首を横にふる彼女に、顔を向けることができない。

 言えないよ……! 今まで死の淵に叩き込まれた経験の8割が団長との訓練とか……! 自分でもバカじゃねぇのって思うもの……!

 

 こちらが言い淀んでいると、リカバリーガールはひとつ大きなため息をついた。

 

「……あんた、あたしの弟子になる気はないかい?」

「はい?」

 

 一瞬の間、言われた意味が分からずフリーズしてしまった。

 

「あの、それはどういう……?」

「言葉通りの意味さ。治癒の個性を持った子は珍しいからね。育てたくなるのは仕方がないってものだろう?」

「それは、そうかもですね……」

「ま、その時は、みっちりしごかせてもらうけどね。まずは自分の命について____」

 

「ごめんなさい」

 

 彼女の言葉を遮るようにして、言葉を紡ぐ。信念を持った互いの視線が交錯した。

 

「僕の師匠は一人と決めているので」

「…………そうかい。気が変わったらいつでも言いな」

 

 

 彼女はもう一度大きなため息をつくと、こちらに顔を向けてきた。

 

「あんたは入試のときも趣旨を理解しているのか微妙だったからね……。一番最後まで、教師陣の頭を悩ませてたのは他でもないあんたさ」

「そうだったんですね……」

「あたしの清き一票が決め手になった気がしないでもない的な感じではあるけれど、弟子とかは…………チラッ」

「すみません。曖昧な便宜の記憶と共に若者っぽいノリを出されても無理です」

 

 この人、諦めましたみたいな雰囲気醸し出しといて全然諦めてねぇ……! 全然食い下がってきやがる……!

 

「……ペッツあげるけどダメかい?」

「清々しく賄賂に走りましたね。それでもダメです」

 

 気まずい沈黙が僕たちの間に流れた。

 

「んんっ! ともかく、あんたの信念。あたしゃ嫌いじゃないよ。弟子にしたいくらいにはね」

「あはは、ありがとうございます……」

「ただし、無理のしすぎには気をつけな。あたしらは死ぬなと声をかける側。それが死にかけてたら世話がないさね」

「さっきのくだりがなければ、もうちょっと素直に受け止められた気がするんですけどね」

「まるっきり可愛げってもんがないねあんた……!?」

 

 

 しばしの間続いたリカバリーガールとの取り止めのない会話は、扉をノックする音によって、ようやく中断された。

 

 入って来たのは、頭に軽く包帯を巻いた相澤先生だった。

 

「相澤先生! 無事でしたか……!」

「あぁ、おかげでこの通りだ」

 

 猫を思わせるゆるりとした動作でこちらに近づいてきた先生は、そのままじっとこちらを見つめる。

 普段と様子が異なる先生にややこちらの居心地が悪くなってきた頃、先生はようやく口を開いた。

 

「ありがとう、あいつらのことを守ってくれて。そして、すまなかった。お前に負担をかけすぎてしまった。お前も、守られるべき生徒のはずなのに」

 

 後悔のような感情を見せる先生に少しの間あっけに取られてしまった僕は、ハッとして手に治癒魔法を纏わせ、「失礼します」と一言ことわってから彼の頭に当てる。

 

「熱も、深刻なダメージもない……!?」

「失礼がすぎる。お前は普段俺をなんだと思ってるんだ」

「課題増やし魔神」

「お前の問題だ、馬鹿者」

「流石に冗談にしても、まずは危ないことをするなとか言われるかと」

「言って欲しいのか?」

 

 先生はこちらをジロリと睨みつけると頭をかいた。

 

「お前の実力はこちらも買ってる。それに、お前がいなければ、オールマイトと教師陣の到着までに少なくない死者が出ていたことだろう。お前がしたことは生徒としては間違っていたかもしれないが、ヒーローとして正しい。少なくとも、先に倒れた俺がそれを咎めることはできん」

「なんか照れますね」

「だが」

 

 あ、素直には照れさせてくれないんですね。

 肩を落とす僕に対して、先生は真面目なトーンで続ける。

 

「だが、忘れないでくれ。死んだらそこで終わりだ。

 ヒーローの本質は余計なお世話とはいうけどな、それは別に自己満足や自己犠牲の話じゃない。

 お前が守りたいと思うものがなんなのか、ちゃんと考えろ。

 お前を見ている奴のことを、少しだけ気にかけてやってくれ。

 これは、教師としてよりも、俺個人の頼みだ」

 

 その目は真剣そのもので、とてもではないが茶化せるようなものではなかった。

 死んだら終わり。そう語る相澤先生の目には、並々ならないものが秘められているのがわかったから。

 

 守りたいと思うものについて、相澤先生の真意はわからない。けれど、おそらくそれは、避けては通れない事柄なのだろうと、この時の僕は漠然と感じていた。

 

 

「ところで、一応確認しないとならんことがある」

 

 しばらく頭を悩ませていると、相澤先生が話題を変えた。

 

「お前ヴィジランテとして活動してたりするか?」

「ヴィジ……? いえ、バンドとかは特には」

「ヴィジュアル系バンドの通な言い方とかじゃない。その様子だと本当に知らなさそうだな……」

「誰が間抜け面ですか」

「そこまでは言ってない」

 

 先生は、一つ大きく息を吐くとヴィジランテなるものの説明をしてくれた。

 

 ヒーローが公認制となった現代社会では、許可を持たない者が公共の場で「個性」を使用した場合、それは違法行為となる。だが、世の中には治安を守るために、許可を受けていないにもかかわらず、個性を使って犯罪者に制裁を与える者や、人助けをする者がいる。

 必ずしも悪とは言い切れないものの、合法でもない。そんな彼らのことを、ヴィジランテと呼ぶらしい。

 

「なるほど、つまり脱法ヒーローと」

「しっかり法整備の中で非合法だ馬鹿者が。あと、その言い方はいろいろ語弊しかないからやめておけ」

 

 ともかく、と先生は話を一度切る。

 

「やってないんだな?」

「ないですね。というか、そういうのって本人に聞くものなんですか?」

「お前、嘘つけるタイプじゃないだろ」

「……褒められてます?」

「そうとっておけ」

 

 彼は椅子から立ち上がるとそのままガラリと扉を開ける。

 

「じゃあな。さっきの話、お前なりの答えが見つかることを期待してる」

 

 それだけ言い残すと、彼は保健室から出ていった。

 

(ウサトが溢していたという知らない人物の名前。異様なまでの戦闘慣れ。まさかと思ったが、杞憂だったか……?)

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