個性『治癒』の間違った使い方 作:のーし
第27話
臨時休校明けの教室は、ソワソワと浮き足だった空気感に包まれていた。
どこか落ち着かなかったのか、皆早々に教室へとやって来た。まだHRの開始時刻から15分も前だというのに、ただ一人の例外を除いてクラスの全員が揃っている。
彼らの身に降りかかったヴィラン襲撃という大事件は、否応なくその意識を塗り替えた。当時は持てなかった実感も、時間の経過と報道によって彼らの身に刻まれ始めていた。
幸いだったのは、あの事件を経てもなお、必要以上に暗い雰囲気に沈むことがなかったことだろう。彼ら自身がもつ明るい性質も起因し、少し早めに集まったクラスメイトたちと談笑をかわすことで、彼ら自身の無意識な緊張は解きほぐされていた。
あぁ、大丈夫だ。自分たちは日常に帰還したのだと、他愛もない会話を交わす中でしかと感じていたようだった。
だが、そう簡単に完全復活とはいかないらしい。クラスのほとんどが、会話の中でチラチラと、一つだけ埋まっていない空席の方へとその視線を向かわせていた。
クラスは危うい均衡の上で平穏を保っていた。一言で崩れてしまうような、脆く儚い平穏の上に。
そしてそうした均衡は、得てして善意によって崩れ去るものだ。
「……おせーな。ウサトのやつ」
上鳴がポツリとこぼすようにして呟けば、即座に飛んできたイヤホンジャックによってその頬をしばかれる。
「デリカシーとかないのか己は!?」
「ち、ちげーよ! これは俺なりの気遣いだから!」
変にシリアスすぎるのも違うじゃん!? と、騒ぐ上鳴に対し、耳郎はイヤホンジャックを振り回しながら眉間をもむ。
「だってよ、刑事さんも大丈夫って言ってたんだぜ!? 大丈夫だよ! なぁ、そうだろ……!?」
上鳴が皆に仰ぐようにして問いかける。言葉通り、彼は彼なりに気を使った結果だったが今回は裏目に出てしまった。
クラスの中には、それに答えられるものはいなかったのだ。
判断材料が圧倒的に足りない。刑事は過労の一言でまとめていたが、到底それでは納得できないほどに、あの戦闘は苛烈だった。
加えて、いつもならクラスの中でも到着が早い方であるあの健康優良児が姿を見せないという事実が、いやに彼らの不安を煽っていたのだ。
「む、もう少しで始業だ。皆、席につけ! 朝のHRが始まるぞ!」
「ついとるついとる。ついてねーのはお前だけだ」
一度傾いた空気は、そうそう戻るものではない。
生真面目な飯田と正論を叩きつける瀬呂の掛け合いが、ほんの少しの清涼剤になる程度にはクラスの空気は重いものになっていた。
教室の静寂を打ち破るようにして、ガラリと扉が開いた。全員の視線が一気にそちらへ集中する。そこに立っていたのは……
「おはよー。誰か破けたおもりの処分法……って……知ってたり……」
「「「………………」」」
「あっ、すみません間違えました……」
破れてしまったアンクルウェイトを所在なさげに持ったウサトだった。
なんでもない様子で教室へと入ってきた彼だったが、クラスの異様な雰囲気とやけに集中する視線を感じとると、即座に撤退を決めた。
「待て待て待て! 戻ってこいウサト!?」
「本当に? これ本当に入って大丈夫なやつ?」
即座に切島がウサトを呼び戻すべく飛び出せば、彼はドアで半身を隠しながらクラスの中を覗き込む。
「「「ウサトー!!」」」
わっ! とクラスの空気が明るくなった。
無事だった。最後の一人も無事だった。欠けたような気分だった日常の、最後の1ピースが埋まったのだ。
生来のお祭り気質である彼らは、ようやっといつもの調子を取り戻したようにして、ウサトを取り囲んだ。
⚫︎
登校中に破けてしまったアンクルウェイトをそのまま捨てることもできず、時間ギリギリにクラスにたどりついた僕は、凄まじいテンションのクラスメイトたちによる歓迎を受けていた。
あまりのハイテンションについていけず、やや困惑していると、こちらに向かって駆け寄ってくる葉隠さんが見えた。
「あ、葉隠さん。おはよう」
こちらに駆け寄ってくる彼女に手を振ってみるも、彼女は一切止まる気配を見せない。
え? と止まらない葉隠さんに呆気に取られたその瞬間、彼女は体当たりと見紛うほどの勢いで、僕へと飛びついてきた。
「
「おごぉ!?」
ハグとかそんな優しいものじゃない。もはや一種の攻撃。戦闘でも通用するレベルの見事な突進だった。
彼女に怪我をさせないようにおもりを放り出し、なんとか後ろに下がりながら衝撃を逃していると、制服の襟のあたりにじわりと何かが染み出した。
「……?」
「おっしゃー! 俺たちも続けぇ!」
「心配したぞウサトくん!」
「元気そうで良かったよー!」
「復帰はえぇなぁオイ!」
「ぐえぇ!?」
そちらに気を取られていると、僕を取り囲んでいたクラスメイトたちが、そのまま押し合いへし合い飛びついてくる。
お、重い……! あまりの重さに崩れそうになる。しかもぎゅうぎゅうだから、当たりが強……オイ、今ボディ入れたの誰だ!?
「君たち」
その時だった。背後から地を這うような声が響く。
全員がブリキ人形のような挙動でそちらに振り向けば、髪を逆立て、僕が放り出したおもりを肩に担ぎ、もう片手に出席簿をぶら下げるというなかなか前衛的な格好をした相澤先生が立っていた。
雰囲気も相まって、片手に持つおもりが凶器にしか見えなかった。
「元気がいいね。良すぎて予鈴が聞こえなかったと見える」
「「「せ、先生。ご無事で何よりです……」」」
ギロリと赤く光る瞳が頬を引きつらせる僕らを射抜いた。
「俺のことはいい。気が抜けすぎだ……と言いたいところだが、今日だけは不問とする。さっさと席に戻れ」
「「「はい!」」」
僕たちは、蜘蛛の子を散らすようにして各々の席へと戻るのだった。
席に戻ってから、もう一度襟に触れる。やはり気のせいなどではなく、少しだけ湿っていた。
「…………」
泣かせちゃったかな。
襟をいじっていない方の手を握りしめる。
強くならないといけない。改めて、そう思った。
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皆がいそいそと各自の座席に戻るなか、教壇についた相澤先生はゆっくりと全員を一瞥した後、口を開いた。
「さて、無事で何よりだ。だが、気を引き締めなおせ」
「まだ戦いは終わってねぇ」
「「「!?」」」
低い声で告げられたその言葉に、にわかに教室がざわめきだす。まさか、まだヴィランが……?
「
「「「クソ学校っぽいの、来たぁああああッッ!!」」」
教室が熱狂の渦に飲まれる。全員無事だったとはいえヴィランの襲撃もあり、多少なりとも沈んでいた空気は爆発するようにしてぶち上がるのだった。