個性『治癒』の間違った使い方 作:のーし
雄英体育祭、本番当日。
体操服に着替えた僕たちは、割り当てられた控室にて待機していた。
わずかにだが観客たちの興奮した声と熱気がどよめきになって伝わってくる。一体何人の観客がいるのだろう。ぱっと見だけで少なくとも万の単位であることは断言できるほど、この会場は広かった。
「予選の種目って、何なんだろうな?」
「何が来ようが、対応するしかない」
「あぁ」
それぞれが会話やストレッチなど、緊張を紛らわすようにして、入場までの時間を潰している。
「あーあ、やっぱコスチューム着たかったなー!」
「公平を期すため、着用不可なんだよ」
僕の近くにいた芦戸さんや尾白くんもまた、例に漏れなかった。
芦戸さんは心底残念だという声で、体操服をつまんで見せる。せっかくの晴れ舞台なのだ。勝負服で挑みたいというのは、ヒーロー科ならば誰しもが抱いている想いなのだろう。
一方で、尾白くんは笑顔でルールについて語っていた。彼は上質な筋肉論者であると同時に武道家だ。正々堂々とした勝負が好みの彼にとって、クラスによって差異のないレギュレーションというのは好ましいものなのかもしれない。
「だからって、『競技開始時、体操着は
「君が脱いだら誰にも見つからないじゃないか……」
そこに割り込んでいったのは葉隠さんだ。さっぱりとした彼女にしては珍しく、このレギュレーションには不満があるらしい。発表された日のお昼時から、僕に文句を垂れていたくらいだ。
曰く『
『僕の治癒だって戦闘には役立たない』という正論すら、『治癒を掛けながら殴るなんて頭のおかしい使い方をしている奴が何を言う』という逆ギレによって返ってくるほどの荒みぶりである。
プンプンとやたらかわいらしく怒ってみせる葉隠さんをなんとかなだめていると、尾白くんが不思議そうな顔でこちらを眺めて口を開く。
「……? 葉隠さん、この大会のレギュレーションって確か__」
「皆、準備は出来てるか!? もうじき入場だ!」
何かを言おうとしていた尾白くんの言葉は、飯田くんのクソデカアナウンスによってかき消されてしまった。
飯田くん、今日も今日とてフルスロットルである。
その言葉に感化されたのか、控室全体にピリッとした空気が漂い始める。
始まる。皆がTVの向こうで見ていた雄英体育祭が、今度は参加者として。
「緑谷」
「轟くん……何?」
そんな中でも動くものはいた。轟くんだ。彼は、深呼吸をする緑谷くんに近づくと声をかけた。
「客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う」
「へ? うっ、うん……」
「けどお前、オールマイトに目ェ掛けられてるよな」
「っ!!」
「別にそこ詮索するつもりはねぇが……お前には勝つぞ」
突然の宣戦布告に、静かになっていた控室の視線が集中する。
トップクラスの実力者による名指しの宣戦布告。それも、言葉通り客観的に見れば格下の相手に対して。ともすれば、シンプルな威嚇行為でしかないそれに空気がざわりと揺れた。
「おいおいおい、急にケンカ腰でどうした!? 直前にやめろって……!」
「仲良しごっこじゃねぇんだ。何だっていいだろ」
たまらず仲裁に入った切島くんの手すらも苛立たし気に振り払う。
他を寄せ付けない雰囲気を出しながら、しかし攻撃的ではない。そんな孤高の一匹狼のような印象の普段の彼からすれば考えられないような行動である。
クラス全体が先ほどとは別種の凍りつくようなプレッシャーによって包まれた。
「はいはーい!」
静まり返った控室の中で、ぴょんぴょんとひとりでに跳ねる体操服。
「じゃあ、私はウサトに勝つ!」
葉隠さんだ。持ち前の明るさでそう宣言した彼女の一言によって、空気が変わった。
「いいね、それ。じゃあ、ウチは上鳴」
「うぇ!? なんで!? えと、とにかく勝つ!」
「目指すは頂のみ」
「勝ァつ!」
「一念通天! 勝つのは私ですわ!」
「全員ぶっ殺したらぁ!」
「こぉぉぉぉ……!」
彼女の言葉を皮切りに、どんどんと決意表明のようにして、全員が言葉を発した。
空気が変わっていく。
人を殺してしまえそうなほど冷え切ったものから、熱く情熱的なものへ。
その光景に思わず口の端を吊り上げる。
「はっ! 誰に言ってるの? この勝負、僕がもらうよ!」
我ながらヒーローのしていい顔ではない凄惨な笑顔を向ける。
A組の面々は気圧されそうになりながらも、それでもこちらに勝ち気な笑みを返してきた。
全員の宣言が終わったあと、うつむいていた緑谷くんがぽつりぽつりと言葉をこぼす。
「皆すごい人ばっかりだ。実力では、ほとんどの人に勝てないと思う。
——でも、皆、本気でトップを狙ってる。僕も、後れを取るわけにはいかないんだ」
じっと自分の拳を見つめていた彼が前を向く。
その顔は、決意に満ち溢れたもので。
「僕も本気で取りに行く」
静かに宣言した彼の言葉には、何か決然としたものが乗っているような気がした。
それぞれが譲れないものを抱えながら、目指すものはただ一つ。
雄英体育祭が、今、幕を開ける。
●
『ヘェイ! 刮目しなオーディエンス! 群がれマスメディア! 今年も、お前らが大好きな高校生たちの青春暴れ馬……ヒーローの卵たちが我こそはとしのぎを削る年に一度の大バトルッ! 雄英体育祭が始まディエビバディアーユーレディーッ!?』
プレゼントマイクの盛大な煽りに、会場がどよめきをもって答える。その反動は、まだ舞台袖で待機している僕たちにも充分に伝わってきた。
『一年生ステージ、生徒の入場だ!』
合図だ。薄暗い通路を進み、光さすスタジアムへと歩みを進める。
『どうせあれだろ、こいつらだろ!? 敵の襲撃を受けたにも関わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!』
『ヒーロー科1年A組だろぉぉ!?』
通路から出てきた僕たちを、大歓声が全方位から貫いた。巨大なスタジアムはほとんど隙間なく観客で埋まっている。彼らの熱狂は、地面が揺れていると錯覚してしまいそうなほどの盛り上がりを見せていた。
すごい人の数だ。こんな数の人前に出る機会なんて、ただの高校生だった頃はもちろん、リングルですらあったかどうか。本当に、ただの体育祭じゃないんだなと今更ながら実感させられる。
少しばかり緊張に身を硬くしていると、不意に肩を叩かれる。反射的にそちらを振り返れば、見えない指が僕の頬に突き刺さった。
メキョッという小気味の良い音が響き渡る。
「ゆ、指がぁ!?」
振り返ったそこには、手を抑えるポーズをする葉隠さんの姿があった。
「何をしてるんだ君は……」
「なんか緊張してるからほぐしてあげようと思ったのにぃ……!」
呆れながら手を取り、治癒魔法を掛けながら問いかければ、目に涙を浮かべて下手人がそうのたまう。
……気を遣ってくれてたのか。
「……ありがとう」
「うん! 気は晴れた?」
「おかげさまで、絶好調」
「ならよし!」
「我が国には、目の前でラブコメを始めたこの男をぶちのめしても裁く法はないと思うんだが、どう思う上鳴」
「落ち着け。競技が始まれば完璧合法だぜ、峰田」
励ましてくれた葉隠さんに笑顔を送っていれば、後ろから呪詛じみた何かが聞こえてきた。
大丈夫か……? ときおり、彼らがヒーロー志望なのか本気でわからなくなることがあるのだけど……。
『選手宣誓!』
全クラスが整列したところで、ミッドナイトがムチを鳴らして宣誓台へと上がった。その恰好はどう見ても全身タイツである。
観客の主に男性陣から、先ほどとは別の熱をもった歓声が上がる。
いいのかあれ……? 本当にいいのか……!?
「ミッドナイト先生、何ちゅう格好だ……!」
「さすが18禁ヒーロー」
「18禁なのに、高校にいていいものか……」
「いい!!」
「いやだめだろ」
青少年のいろんなもの歪めまくってるだろあれ。
見ろ、緑谷くんなんて手で顔を覆って……いや、見てるなあれ。指の隙間からちらりズムしてるな。ヒーローだからか? ヒーローだからなんだよな緑谷くん!? 隣見ろ!? 麗日さん、全然うららかじゃない表情してるぞ!?
『静かにしなさい!』
ざわめく生徒たちを、ミッドナイトがもう一度ムチを鳴らして黙らせた。いや、8割貴方よ? このざわめき、貴方が主な原因よ?
『選手代表 1-A 爆豪勝己!』
その宣言に1-Aがどよめく。幼馴染の緑谷くんですら、驚きの声を漏らしていた。瀬呂くんが、あいつ入試1位通過だったからな。と、説明をはさんでくれたものの、それでも僕らの胸中には不安が渦巻いていた。
ここまでひと月と少しではあるが、彼は嫌でも目立つ。確かに実力は十分。だが、それをもってしてもカバーしきれないほどに、彼の性格は……!
『せんせー。俺が1位になる』
静まり返ったスタジアムに、彼の大胆不敵な宣誓がしっかりと響いた。
(((絶対やると思った!!!)))
予想通りにやらかしてくれた彼に、皆開いた口がふさがらない。
「「「チョーシのんなやボケコラァ!!」」」
噴火するような勢いで、会場中からブーイングが殺到する。それは彼だけではなく、僕たちA組やヒーロー科に対してもだ。
『せめて跳ねのいい踏み台になってくれ』
やらかした張本人は、ブーイングなど意にも介さず堂々と親指で首をかき切るジェスチャーをかまし、火に油を注いでいた。
やべーよ。あいつまじでやべーよ。ホンモノだよ。
本気で、勝つことしか考えてないよあいつ……!
『さーて、それじゃあ早速第一種目行きましょう!』
「雄英って、なんでも早速だね……」
『いわゆる予選よ! 毎年、ここで多くの者が
ぴしゃり、と再度ミッドナイトがムチを鳴らせば、その背後に巨大な電子モニターが現れる。ルーレットのようにして激しく回転しているが、まさか今この瞬間に抽選しているのだろうか。いや、冗談だよね……?
僕の疑問をほっぽりだして、デンッ! という音を立てて、モニター上のルーレットが止まる。示していたのは……
『コレ! 障害物競争よ!』
それは、ある意味僕がもっとも慣れた勝負だった。救命団の馬鹿共と気の遠くなるほどの回数重ねてきた、「懐かしの」といっても差支えない競技に、僕は思わず凶悪な顔で笑ってしまうのだった。