個性『治癒』の間違った使い方 作:のーし
第4話
僕がこの世界にやってきて既に1週間がたった。
残念ながら夢オチなどではなく、僕がこの世界に転移してきてしまったということは間違いないようだ。帰還の目途は、いまだ立っていない。
しばらくはこちらで過ごすことになりそうだ。最悪、一生このままという可能性もあるが今はおいておこう。
怖いのはローズだ。あの人なら世界ぐらい気合いで超えて帰ってこいとか言い出しかねない。というかあの超生物なら頼まなくても世界やら次元やらを引き裂いてチンタラやってる僕をぶっ飛ばしにくるやもしれない。
……ふむ、何やら寒気がしてきた。これ以上は、やめておこう。
手始めに、こちらでの生活で分かってきたことをまとめようと思う。
一つ目。ここは地球だということ。
といっても元の世界ではなく、人類が「個性」という超能力に目覚めた世界らしい。
僕の知っている世界とは少しばかり勝手がちがうようだ。
「個性」というのは、この世界における魔法のようなもの。
能力は皆バラバラで、僕の知る魔法のように属性で分けられる類のものではないらしい。
リングルがファンタジーとするなら、こちらはマーベルと言ったところか。
出来ることはある程度決まっているようで、魔法のような融通は効かないものの、何をしてくるのかがわからないという厄介さがある。
僕から言わせればどちらも五十歩百歩のびっくり世界加減だ。
二つ目。この世界には「兎里健」という人物が存在していたということ。
試験の後、僕は特に苦労することもなく自宅にたどり着いた。
自宅である。なんとこの世界には、初めから僕の自宅があった。なんなら家族も今までこの世界で生きてきた記憶も存在した。
存在しないはずの記憶があり、それを当たり前のものとして受け入れている自分自身に、僕はしばらくの間戸惑いを隠せないでいた。
あくまで体感からくる仮説だが、この世界にはもともと僕と同一な存在がいて、そいつの身体を僕が間借りしている状態らしい。
このことを考えようとすると頭が割れるように痛くなるので、最近はあまり考えないようにしている。
あ、重要なことを忘れていた。この世界の僕の身体を間借りしたことで、大幅に身体能力が低下していた。 理由は単純にこの世界の僕の鍛錬不足。筋肉が足りない……。ただのランニングが半日も持たないなんて……いつぶりだろうか。自分の身体ながらなかなか鍛えがいがありそうだ。
それでも、自分なりに身体を作ってはいたようだけど……。
あいにくと潜り抜けてきた理不尽の数が違う。なによりあの
……安心しろこの世界の僕よ。君にこの体を返すまでにはしっかりと仕上げてやるからな……!!
●
僕の不可思議な体験はさておき、この不思議な感覚にもようやく慣れてきたというタイミングで、雄英高校のオールマイトなる人物から、入試に合格したという旨のホログラムが届いた。
記憶を辿れば、なるほど確かに、僕は、雄英高校をめざしていたようだ。この世界に来たばかりの時に受けた試験がそれだった。
この世界の僕は、負けず嫌いな性格から、勉強はできたものの、個性の関係上、戦闘には向かないと考えており、雄英も人助けの試験があればあるいは……ぐらいの気持ちで受けただけのもやしっ子だったようだ。我ながら情けない根性と体をした少年である。一度鍛え直したいぐらいの軟弱者だ。
……いや、僕も中学生の頃はそんなものだったか。この精神性は、ローズに叩き込まれたものだし……。うん、大体ローズのせいだな。
ともかく、映像が届いた当時は、受けた僕自身は、記憶を掘り返すのに必死だったし、両親は、当然落ちたのだろうと思い込んでいた息子の記念受験が実は受かっていたわ、通知でいきなりトップヒーローのオールマイトが出てくるわで、見事に失神していたしと散々なものだった。
記憶の海から戻ってきたら、両親が倒れていた時は何事かと思った。……いや、ほんとに。
そんなわけで、スタートこそ静かだったものの、両親は、全力で雄英高校に進学する後押しをしてくれた。彼らにはいろんな意味で一生頭が上がらないだろう。
そうして、僕は、前の世界と合わせれば、二度目となる高校一年の春を迎えた。
●
春、それは高校生活の始まり。
……とはいうものの、別に何かが大きく変わるわけでもない。まして二度目ともなれば、なんてこともない普通の一日のはじまりだ。
強いていうなら、少しだけ気分が高揚するということぐらいだろう。
いつもより少しだけ早く起きて、日課の筋トレをしたら、朝ご飯の後、両親を起こさないように静かに家を出て、学校に向かう。
幸い、雄英高校は家からそう遠くなく、走って一時間ほどの距離にある。訓練がてら走って向かった。
想定していたタイムよりも5分ほど早く、学校に着いた。今日はずいぶん調子がいいようだ。
それにしても改めて見ても馬鹿でかいという表現が似合う学校だ。リングルの王城ぐらいある。
到着したはいいが、まだ校門は閉まっているようだ。むぅ、少し早かったかもしれない。僕は時計を確認すると、そこには、5時45分と表示されていた。
……ふむ、どうやら思っていたよりもずっと舞い上がっていたらしい。
どうしよう。あれだけカッコつけて、高校入ったぐらいじゃ今更どうともないね、みたいなモノローグしといて、実はめちゃめちゃ舞い上がってましたとか……。死ぬほど恥ずかしいんだけど。
この後、気を紛らわしたい一心で、校門が開くまで学校の周りで走り込みをした。
別に、楽しみすぎて早くきたとかじゃないから。ただ走り込みのために早めにきただけだから。
校門が開いてすぐに、学校の中に入り、自分の所属する1ーAの教室に向かった。校舎の中に入ってもどこもかしこもでかい。本当に何を想定してるんだこの学校。
6メートルほどある扉を開けて、教室に入る。当然一番乗りだ。校門を開けてもらったのも、制服姿で永遠と疾走している僕に気づいた先生が、お情けみたいな形で開けてくれただけだからね。あの生暖かい目は、僕の心に効いた。
どうやら今日は、自分で自分を制御できていない。時間もあるし走りに行きたいところだが、それで遅刻でもしたら目も当てられない。大人しく、教室内で筋トレをしておこう。
もちろん、普通に筋トレをしても構わないが、いかんせんこの世界に来てから、重りとネアを同時に失い、どうにも負荷が足りていない。なんとか、負荷を上げる術はないものか。
そして、もう一つやらなければならないことがある。魔王軍の侵攻で、僕は魔力が足りなくなるという事態に何度も見舞われた。僕自身が非常に燃費の悪い技術を使っている以上、この問題は避けられない足枷となる。何か代わりになる技術と、基本的な燃費を良くするための練習をしないと。
こちらの世界に来てから、新しい技術について色々と考えてはみたけれど、今の所これといったものは思いついていない。
今はできることをしていくのがいいだろう。考え事は、筋トレ中でも、走っている時でもできる。
ということで、目下の悩みは高負荷な筋トレメニューの作成だ。
ふと上を見上げると、天井にきらりと光るものを見つけた。
それは、何かを引っ掛けるための金具。何を取り付けるのかはわからないそれに跳躍し、ぶら下がってみる。
手応えもしっかりしてるし、変な音も鳴らない。
よし、これなら……っ
腕力と腹筋を使って体を天井と平行にさせるように起こし、そのまま、天井に体を引き寄せるように腕立て伏せを始める。
……本当にできた。
またとんでもない訓練法を生み出してしまったようだ。名付けて、逆腕立て伏せ。自分でやっといてなんだけど、本当にできるとは思わなかった。
全身に負荷がかかるし、これを集合時間まで永遠繰り返していれば、いいトレーニングになるだろう。
同時に、魔力を身体中で這い回らせるように動かす。魔力操作の基本的な訓練だけど、より滑らかに、より早くまわそうと意識し続けることで、魔力操作を洗練できる。何事も基礎があってこそ。今はまだ、魔力を体に纏わせることしかしてこなかったからぎこちなく、消費も激しいが、練習あるのみだ。
●
飯田天哉の朝は早い。
生来生真面目である彼は、不義理な真似やルールを守らないことを何よりも嫌っており、今日も今日とて、入学一日目にして、遅刻などというミスを犯さないために、早い時間帯に家を出た。……もっとも、彼もまた、どこぞの阿呆と同じように初登校ということで必要以上に早い時間に家を出たクチなわけだが。
さておき、開門の5分後に到着した彼は、自らが一番最初に登校したと信じて疑わなかったわけだが、その考えはすぐに覆されることになる。
すでに、自分の指定された前の席には、いささか姿勢の悪い女生徒が座っていたのだ。
さすが雄英。集合で僕より早い人がいるとは。と、感動するのも束の間、姿勢の悪い女生徒が彼の方に振り返った。その顔は初対面でもはっきりとわかるほどに青ざめている。
「む? どうしたんだ? 顔色が優れないようだが、体調が悪いのか?」
「い、いえ、大丈夫よ。その、突然で悪いのだけど、この学校って何か曰く付きの噂があったかしら?」
「曰く付き? いや聞いたことはないが? それより自己紹介がまだだったな。聡明中学出身、飯田天哉だ。」
「え? ああ、ごめんなさい。私は、塩ノ洲中学の蛙吹梅雨っていうの。気軽にツユちゃんって呼んで」
「ツユ……蛙吹さん。それでなぜ急にオカルトじみたことを?」
飯田が話を戻すと、蛙吹は先ほどよりかは、いくらか落ち着きを取り戻した様子で、話し始めた。
「あれは、私がこの学校に着いた時のことだわ……」
今朝は、なんだか早くに目が覚めちゃったの。
それで、せっかくだから一番早くに、学校に行ってみようと思って、開門の時間に合わせてきたのよ。
流石来るのが早すぎたみたいで、門は開いていたけど、私の他には誰もいなかったの。
そのまま一番乗りで教室について、どんな人が来るんだろうってワクワクしながら待っていたらね……どこからともなく、息遣いが聞こえてくるのよ。
でもそれっておかしな話じゃない。だって、ここに来るまで、一番最初に来たはずの私は誰もみてないし、飯田ちゃんが入ってくるまで、他の誰かが入ってくるような音もなかったのよ。
何かおかしなものでもいるんじゃないかって思うとまいっちゃって……
話しながら、恐怖感を思い出してきたのかまた青ざめ始める蛙吹。
その様子と話から、これまた青ざめる飯田。
この二人、どちらも怪談の類は大の苦手であった。
結局、二人には、この現象の原因がわからず、のちに、雄英高校の七不思議として語り継がれることになる。
怖い話もあったものですね。
ちなみに、ヒントは逆腕立て伏せです。