TS転生悪役令嬢、仮面のヒーローになって無双する~婚約破棄されたけど気にせず闇落ちルートを回避しつつ成り上がります~   作:折本装置

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「彼女の過去、あるいは悔恨」

 彼の問いに対するヴェーセルの答えは。

 

 

「はあ、何を言ってるのです?当たり前でしょう。これで心が折れるとでも?」

 

 

 ヴェーセルは、今回のことを心から悔いていた。

 だが、それはあくまでも過程の話である。

 

 

「ワタクシは、確かにやり方を間違えました。ですが、それでも目的が間違っていたとは思っていませんし、目的が達成不可能になってしまったとも思えません」

 

 

 ヒーローになることができていないと思わないし、その方針を間違っていると思わない。

 ローグのように、根元から折れたわけではない。

 

 

「ワタクシは、何も変わりませんわ。ただ、目的のために悪役令嬢として、ヒーローとして戦い続けるだけですわ。ところでローグ、フィリップの様子に変わった点はなかったんですわよね?」

「ああ、それは間違いない」

 

 

 ローグの話によれば、フィリップはずっと指定の場所で軟禁中であるらしい。

 フィリップが貴族街にある監禁場所から一歩も動いていないことは、ローグも周囲を固めている騎士たちも確認していることではあるらしい。

 つまり、フィリップがロックゴレイムであるという仮説は全くの間違いであったということになる。

 

 

「だとすれば、一体誰が?やはり社会見学に参加していた人の誰か?でも、もしかしたらそこからもうすでに勘違いの可能性が?」

 

 

 わからない。

 早く、大元のロックゴレイムを殺さなくてはいけないのに。

 だというのに、まるで手掛かりがないまま振出しに戻った。

 答えが間違っているのはわかるが、どこで間違ったのかがヴェーセルにはわからない。

 

 

「早く、被害がこれ以上拡大する前に次の手を考えて手を打たないと、そもそも平民街にいたのであれば人に擬態せずにただあちこちを移動している可能性だって考えられますわ」

「おい、ヴェーセル」

「だとしたら、ゴレイムはどうやって壁を超えているの?まさか目撃者を片っ端から消しているとか?多少強引ですけれどつじつまが合う?王都全域で一斉に捜索を行う?でもいくら何でも人手が――」

 

 

 空いている左手で、がしがしと頭を掻きむしる。

 平静な人の行動では当然ないが、そんなことを気にしている余裕は当然ない。

 

 

「ヴェーセル、大丈夫か?」

 

 

 肩を叩かれて、ヴェーセルは顔を上げた。

 

 

「すみません、少し取り乱しましたわ」

 

 

 そういいつつ、なお考えようとしているらしいヴェーセルを見て、ローグはどうにかしようと話題の転換をはかる。

 

 

「君は、何のために戦っているんだ」

「なりたいんですわ、何かに」

 

 

 何の価値もない人生だったと、ヴェーセルは自分の前世を評価している。

 歴史に名を刻んだわけではない。

 とりわけ高い地位についたわけではない。

 金持ちになったわけでもない。

 誰かと心を通わせ、家庭を築いたわけでもない。

 何も為せなかった。

 それが自身のかつての人生に対しての感想である。

 輝かしい人生を送っている周囲が妬ましかった。

 家族、友人、恋人、仕事、趣味、権力、名声、なんでもない。

 ただ、何かを手に入れたかった。けれど、何を手に入れたいのかがわからない。

 だから努力することすらできず、命を終えてしまい、転生した。

 

 

「だから、王太子の婚約者になることが決まっている今の人生が、ワタクシには輝いて思えたのですわ」

 

 

 ヴェーセルの前世は男性であり、性的対象は女性である。

 その精神状態で男性の妻になることに、全く抵抗がないわけではない。

 

 

「それでもワタクシは、何かになりたくて、何かを手にしたかったから、だから結婚に対して全力を尽くしたつもりでしたわ」

 

 

 しかし、それは叶わない。

 ゲームの世界観にのっとってなのか、それとも自分が転生したことが原因なのか、  ヴェーセルは仮面騎兵ヒールに選ばれて、生殖能力を失い、婚約を破棄されてしまった。

 

 

「けれど、輝きはまだ止まらない。あくまでも、先があったのですわ」

 

 

 フィリップとアメリアによって晒し者にされ、悪役になったこと。

 仮面騎兵に変身して、ゴレイムを倒して多くの人々から賞賛されたこと。

 どちらもよかったし、どちらでもよかった。

 ヴェーセルにとって重要だったのは、名誉か汚名かではない。

 無名かそうでないのか、が彼女にとっては大切だった。

 

 

「だから、目立つようなことをしていたのか。何者か、になるために」

 

 

 誰しもが持っている、承認欲求という欲望。

 それを満たすことこそが、ヴェーセルの至上命題であり、戦う理由だった。

 王太子妃になるのも、悪役令嬢と呼ばれるのも、ヒーローとして戦うのも全ては同じこと。

 ただ、彼女が特別な存在になれればそれでいい。

 だから悪役令嬢とそしられても止めなかったのだ。

 

 

「そうですわね、だからこそ何をしてでも事態を収束を測りますわ」

「具体的に、何をするつもりなんだ?」

「人に擬態しているという前提すら怪しくなった以上、やむを得ません。ワタクシの名義で街ごと壊します(・・・・・・・)

「…………は?」

 

 

 ローグが固まった。

 

「まず、王都の住民には避難していただきます。そしてその間にワタクシとローグで検問を敷いて、外壁から逃げられないように見張ってもらって……。全員が避難し終わり次第、王都を全て焼き払いますわ(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 住民にロックゴレイムが紛れていれば『仮面』が感知する。

 王都に潜伏していれば、焦土の中、唯一動けるロックゴレイムはよく目立つだろう。

 仮面騎兵以外には壊せないからこそ、すべて壊してしまえばあぶりだせるかもしれない。

 

 

 

「だからって極端すぎる!」

「ワタクシが、すべての責任を負いますわ。ワタクシは、悪役令嬢ですもの」

「あまりにも大きな代償を払うことになる。それでも、止まるつもりはないと?」

「ありませんわよ、これはワタクシ(・・・・)の願いですので」

「…………」

 

 

 言葉に詰まる。

 自分が特別でありたい、その信念をあくまでも貫く。

 そのために、王都を燃やすと言っているのだ。

 呆れたのではない、怒っているのでもない。

 ただ、気づいて理解しただけ。

 自分に、「ローグ・ウッドペッカーというキャラクターを、彼の正しさを守る」という譲れない部分があるように。

 彼女にも、またあるいは彼にも、どうしても捨てられないものがあったのだと。

 

 

「ローグ、アナタは、前世でどんな生活をしていたの?」

「ええと、そうだねえ。私が女性だったことは話したっけ?」

「ええ、聞いていますわよ」

 

 

 前世もちであることをお互いに打ち明けあった日に、教えてもらっていた。

 

 

「普通の人生だったと思うよ?仕事して、オタ活して、友達もそれなりにいてさ」

「どうして、それで満足できるんですの?」

「?」

「ワタクシは、特別な人生が欲しかった。だって、何もなかったから」

「何も?」

「家族も、友人も、恋人もいなくて」

「…………」

「仕事をして、家に帰るだけで。かといって、自分を変える勇気すらなくて、惰性で生き続けて、ある日死んで」

 

 

 そう語る、彼女の、あるいは彼の目には何が浮かんでいるのだろうか。

 後悔だろうか、悲しみだろうか、怒りだろうか、どれも違う。

 虚無だった。光のない目だけが、ヴェーセルの前世を表している。

 

 

「そんな人生だった、何も為せない無意味な人生だった。ワタクシは、もう自分の元の名前すら覚えていない」

「そうだったのか。人によって、残っている記憶が違うんだね」

 

 

 転生者の記憶は人によって異なる。

 中には、前世の記憶をほとんど持っておらず、良くも悪くも普通の生活をしている人もいるのだとか。

 基本的に過去に執着していたものほどよく記憶に残るため、ローグは『ドラゴンライド・アルブヘイム』のストーリーや設定はひとつ残らず頭に入っている。

 ヴェーセルには、それすらない。

 特撮のヒーローなどについても、おぼろげに記憶があるだけ。

 ただ、夢幻のようなか細い「特別な何かになりたい」という願望と、それに関する記憶だけが残っているのだ。

 

 

「それだけなんだ、ワタクシにとってはそれ以外のすべてがどうでもいい。ずっと求めてきたものが手に入った」

 

 

 前世で。

 誰かの目を奪う美しい容姿が。

 人に影響を与える権力の座が。

 自分にとっての障害をはねのける圧倒的な力が。

 欲しいと思った。

 それさえあればって何度も思って、願って、嘆いて、うずくまっていた。

 

 

「ようやく手にした力なんだ。だから、ワタクシは、ワタクシでも、オレ(・・)なんかでも」

「ヴェーセル」

「特別な存在になりたいんだ……っ」

 

 

 左手を砕けそうなほどに握りしめて、目を見開いて、彼女は全身から絞り出すように声を出す。

 執念、妄念、あるいは怨念。

 そうとしか形容できないどす黒いものが、彼女の心の奥には存在している。

 嘘ではないのだろう。

 けれど、果たして、本当に。

 

 

「ヴェーセル、それは」

 

 

 彼女の主張を最後まで聞いていたローグは、ちらりとヴェーセルの右手(・・)を見てから口を挟もうとして。

 

 

「嘘ですよね」

 

 

 声がした。

 ヴェーセルでも、ローグのものでもない。

 よく知っている声が。

 

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