TS転生悪役令嬢、仮面のヒーローになって無双する~婚約破棄されたけど気にせず闇落ちルートを回避しつつ成り上がります~ 作:折本装置
聞き間違えようもない。
「ルーナっ!」
その声を聴いた瞬間、弾かれたようにヴェーセルは顔を回転させて彼女の方を見る。
そこには、ゆっくりと上半身だけを起こしたルーナがいた。
「ルーナ、ルーナ、大丈夫ですの?」
「え、ええ。ヴェーセル様、大丈夫ですよ」
手を握りしめて、顔を至近距離まで近づける。
顔を赤らめつつも、ルーナはヴェーセルの言葉には応える。
「…………」
「ローグ、どうかいたしまして?」
後から入ってきたローグがジト目でヴェーセルの方を見ている。
「いや、別に」
「別に、という顔をしているようには見えませんでしたが?」
一瞬目を向けて、しかしすぐにまた視線を戻す。
「ただ、さっきまで自分が何を言っていたのか記憶しているのか、と思っただけだとも」
「うるさいですわ」
「ヴェーセル様、大丈夫ですか?」
ゆっくりとルーナは起き上がりながら、ヴェーセルを心配する。
よほどやつれたように見えているのだろうか。
「大丈夫、とは言い難いですわね。何しろ、まだ大元のロックゴレイムを発見できていません。これでは、ヒーローにはなれません」
苦々しげに、ヴェーセルは言う。
それは、まだ結果を出せていないことの悔しさか。
あるいは、己の悍ましい本質に向き合っているゆえか。
誰かに自分を見て欲しいという自分勝手な願いのために、あらゆるものを犠牲に出来る。
できてしまう。
自分を認めて欲しいから、そう思ったから、ルーナが今病床に横たわっている。
そんなヴェーセルを見て、ルーナは何を思うのか。
怒っているのか、呆れているのか、失望したのか。
ルーナは、息を吸い込んで、口を開いた。
「優しいですね、ヴェーセル様は」
「は?」
予想だにしない言葉に、ヴェーセルは固まる。
「ずっと、握ってくださっていたのでしょう?汗ばんでいるからわかります」
言われて、ローグはちらりと視線を落とす。
確かに、ヴェーセルの
いつからそうしていたのかはわからない。
少なくとも、ローグが部屋に入った時には既に、ヴェーセルはずっとそうしていたことを確認している。
ヴェーセルも覚えていない。
ただ、手を離した記憶はなかった。
「当たり前でしょう、そんなことは」
「だって、私の不手際ですから」
「そんなことはありませんわ。ワタクシがアナタたちをつき離さなかったから」
「結果論ですよ。退避するようにヴェーセル様はおっしゃっていましたし、そうしなかったのはヴェーセル様を見ていたかった私の行動の結果で、自己責任です」
「でも、ワタクシを庇ったから、アナタは」
「それが、私の仕事ですから。危険は覚悟の上です」
「…………」
そういわれたら、何も反論できない。
もとよりヴェーセルの護衛が、彼女の仕事なのだから。
ヴェーセルとて、自分の役割を求めてヒーローとして活動しているのだから。
「ちょっといいかな」
ローグが、口をはさんできた。
「さっき、嘘だといったね。それは、どういう意味なのかな?」
「あ、ええ、だってわかり切ってるじゃないですか」
「ヴェーセル様が焦っているのは、私のせいなんですよ」
「あ」
ローグも言われて、何かに気付く。
「私が負傷したから、これ以上被害を出してはいけないと思ったんですよね?」
「…………」
ヴェーセルは、答えなかった。
なれど、その沈黙が答えだった。
「ワタクシをこれまで支えてくれたあなたが、死ぬかもしれないとなって、怖かった」
「はい」
「だから、さっさとこの事態を片付けなきゃいけないとと思って。でも、すべてが嘘というわけでもなくってよ。ワタクシは本当にヒーローでありたいと、周囲から認知されていたいと思っているのは事実なのですわ」
「ええ、それも存じています」
「ヒーローの定義は色々ありますが、ワタクシは人に認められることだと思いますわ。人々を脅かす怪物を倒せず、身内すら守れないような者を、誰がヒーローと呼ぶのでしょうか」
ルーナは、また口を開いた。
「ヴェーセル様は、ずっとヒーローです。私にとって、私達にとって」
「何を」
「ヴェーセル様が、私達を救ってくれました」
「ヒーローなんて、救いだなんて、そんなに大したものではないですわ。ただ、私にとっては必要だったから貴方たちを雇っただけのこと」
元々、未来を変えるために集めた戦力だった。
苦手な魔法を中心に、成績を上げるための家庭教師ジニーを。
護衛をさせるために、ルーナを。
諜報活動をして、それとなく学園の世論を支配するためにアルを。
それぞれ運用してきた。
「私は、孤児院に生まれました。両親がゴレイムに殺されて、それで」
「そうでしたわね」
ルーナも、アルも、ジニーも、境遇はおおよそ同じだ。
そして、そういう孤児は珍しくもなんともない。
ゴレイムがどれだけの人を殺しているか。
そして、残された者達がどれほどいるか。
少なくとも、ヴェーセルが側に置いている三人がほんの一握りに過ぎないということは確かだ。
「孤児院の生活は貧しくて、ご飯すら満足に食べられなくて、お風呂にも入れなくて、それを救ってくださったんです」
「仕事をしてもらう上での、対価を払っていただけなんですわよ」
「それでも救われましたから」
「最初は、自分の願いのために利用しようとしていた駒だった」
「はい」
「でも、一緒にいる時間が楽しかったのですわ。ルーナにいつも護衛をしてもらって、ジニーに勉強を教わって、アルとぬいぐるみで戯れて」
「はい」
「お風呂にはいったり、一緒に食事をしたり、セクハラしたり」
「はい」
「だから、もしも。アナタ達がワタクシを見てくれるなら、ワタクシを
手を握ったまま、ヴェーセルは前を向く。
「ワタクシは、ヒーローになれると思いますわ。なれる、でしょうか?」
「なれますよ。ずっと、貴方はそうなんですから」
ヒーローとは、応援して、観てくれる人がいるからヒーロー足りえる。
かつて、日曜日の朝に何も持たない少年が、画面の向こうにいるヒーローを応援していたように。
「うん、それはそうだ」
「はいい、ヴェーセル様は最高のヒーローです」
「うん?」
「あら?」
「ジニー、アル、そこにいるんですね」
「うひいっ、あの、ごめんなさい」
声と同時に、いつの間にそこにいたのか、ジニーとアルが現れる。
どうやら、ジニーの魔法で姿を隠していたらしい。
姿を隠していたのは、彼女たちなりのヴェーセルやルーナへの配慮ということか。
実際、大勢で見舞いに行くのは非常識なので、気配を消しているのは無理もない。
「あ、あの」
「?」
「ヴェーセル様は、私達にとって本当にヒーローです。だから、自分を責めないでください」
「そうだね、拾われた時からずっとそうだよ」
「ありがとう、ございますわ」
いまだ決して、問題は解決していない。
なれど、物事に立ち向かう気構えは出来た。
作ってくれた。
「さて、こうしてはいられませんわね、ヒーローとして、この事態を打破しますわ」
だから、前を向いていこうとヴェーセルは決めた。