TS転生悪役令嬢、仮面のヒーローになって無双する~婚約破棄されたけど気にせず闇落ちルートを回避しつつ成り上がります~ 作:折本装置
王太子、フィリップ・A・アルブヘイムには嫌いな人がいる。
嫌いな人間がいること自体は、普通のことだ。
ただ、この世で嫌いな人間が一人だけしかいないとしたら、それは普通だろうか。
――お初にお目にかかります、殿下。
「…………」
犯罪者よりも、嫌味な人間よりも、フィリップは幼馴染兼婚約者だったヴェーセル・グラスホッパーを嫌悪していた。
記憶にある限り、初めて二人が出会ったのは五歳のこと。
当時から、ヴェーセルは今と同じ話し方をする人だった。
早熟で、言葉遣いや礼儀作法なども完璧。
同い年であるはずなのに、ずっと年上のように見える彼女をフィリップは彼女を尊敬していた。
今になって思えば、前世の記憶があるが故の早熟なのだろうとわかるが、大人びた態度で接してくる彼女が輝いて見えた。
あるいは、初恋だったのかもしれない。
しかし、十年間、彼女はまるで変わらなかった。
幾度会っても。
食卓を囲んでも。
学び舎で、一緒に勉強をしても。
彼女は、全く変わらない。
最初はただ単に、大人びているんだろうなと思った。
早熟。
たまたま、そういう風に生まれついてしまったのだろうと。
けれど、十年以上接してきてわかった。
いや、もう一年もする頃にはわかっていた。
ヴェーセルは一度たりとも、フィリップの前に
もちろん、あくまでも二人は王族と貴族だ。
子供のころから腹芸を覚えている貴族たち、腹に一物抱えているのは当然である。
だが、それでも友人くらいになればある程度個性が見えてくるものである。
何が好きか、何が嫌いか、何をされたら喜ぶのか、哀しむのか、怒るのか。
結局は子供であり、人間なのだから。
ただ一人、ヴェーセルだけが例外的だった。
何も見えない、何もわからない。
例えば、食べ物の好みだとか、嫌いなこと、苦手なもの。
貴族としてのテンプレートで隠しきれないものが、長く付き合えば見えてくるはずなのに。
だが、彼女にはそういうものがない。
実際には、苦手なこともあったのだが、ヴェーセルは気づかれないようにジニーたちを雇うことで対策をしていた。
感情を表に出すこともない。常に、状況に応じて最適な表情と声音を取り繕ってしまう。
フィリップは全く把握していないことだが、ヴェーセルの方にも事情がある。
ヴェーセルの前世は男性であり、性的対象はあくまでも
セクハラをするのもメイドという身内に限定されており、知っているのはメイドやローグといった一部に人間のみ。
婚約を維持するため、周囲に動揺を与えないため、ヴェーセルは自分の嗜好を、心を封印してきた。
あるいは、王太子妃としては百点満点だったのかもしれない。
しかしフィリップにとってはいくら頑張っても、何をしても、絶対に追いつくことはできない遠い存在だった。
思春期と言える年齢に達していた彼にとっては、ヴェーセルが恐ろしく理解しがたい何かに見えていた。
しかして、フィリップが内心でそう思っていたとしても何も変わらない。
彼がどう思おうと、彼女が腹の内で何を考えていようと、間違いなく二人は結ばれる。
親の意向が、王族貴族としての責任が、彼らを結び付けて離さない。
彼にとっては、『仮面』などよりそちらのほうがよほど呪いに近かったのかもしれない。
◇
ヴェーセルが仮面騎兵に選ばれたのは、そんな時だった。
定期的に行われる二人のお茶会の最中のことだった。
空から降ってきた『仮面』が唐突に彼女の頭に張り付いた。
仮面騎兵の資格者は、何の前触れもなく『仮面』に選ばれる。
今迄の仮面騎兵も、みんなそのようにして選ばれてきたのだと聞いている。
ともあれ、この時点でヴェーセルは、誰かと結婚することができなくなった。
大混乱の最中お茶会が終わり、ヴェーセルが帰宅した後で、一人きりの個室でフィリップは一人ごちる。
「彼女とは、結ばれることはできない」
ぽつりと、そんな言葉が出てきた。
そんなはずはない。
どうして、そんな未練がましい言葉が出てくる。
どうして、鏡に映る自分は、そんなに悲しそうな顔をしている?
「これは、違う、これは、違う」
自分はヴェーセルが嫌いだ。
だって、愛してくれないから。
贈った愛を、返してくれないから。
「だったら、もう」
結ばれることも、愛されることもないのなら。
徹底的に壊してしまおう。
彼女が、感情的にならざるを得ないほどに。
自分が、未練を捨てられるように。
そして一週間後、フィリップはパーティにて堂々と婚約破棄を宣言した。