TS転生悪役令嬢、仮面のヒーローになって無双する~婚約破棄されたけど気にせず闇落ちルートを回避しつつ成り上がります~ 作:折本装置
「さて、せっかくですしデートと行きましょうか」
「ひとついいか?」
「何でしょう?」
アインスは、地面を軽く足で踏みつける。
無表情で抗議されるというのは、中々にシュールである。
「どうして、我とデートをするという発想になるんだ?」
「まあ、せっかくだし街を回ってみようと思いまして」
「…………」
論理的には全く筋が通っていない。
アインスとしてはあまり納得していないが、正体がバレている以上彼女は従うしかない。
「さてと、今日は何を食べましょうかね……」
オデュッセイアにおいては、やはり海産物が盛んである。
刺身、寿司、海鮮鍋、などなどとにかく食べたいものが多すぎる。
元々は、現代日本で暮らしてきた人間である。
魚料理は大好きだ。
そんなことを考えながら、街に入っていくのだった。
◇
「これはこれは、ヴェーセル・グラスホッパー様とアインス・オーキドマンティスさまですね。どうぞお通りください」
「どうもありがとう」
ガンドックの部下である『軍隊蟻』が門番を務めていたが、二人の顔を見るとすんなりと通してくれた。
まあ、仮面騎兵がまさかゴレイムだとは思ってもないのだろう。
実際、ヴェーセルも実際に確認しなくては信じられなかったはずである。
ヴェーセルが真っ先にしたことは、ルーナに電話をかけることだった。
「えっ、仮面騎兵オルクハイド様と食事に行かれるんですか?」
「ええ、そうなりますわね」
この街で最も高級な、というか貴族や有力者が滞在するために作られた旅館であるらしく、実際ヴェーセルたちに与えられた部屋は広さも家具の質もグラスホッパー家のそれとそん色ない。
他の都市に遠征した時はここまで質が良くなかった。
もしかすると、元々は観光が盛んだったのかもしれない。
そういう意味でも、今回のゴレイム騒動を解決することには意味がある。
「でも、宿に戻らないだなんて」
しかし、そんな高級旅館であるにも関わらずヴェーセルはそこにいない。
「大丈夫ですわよ、ルーナ。朝までには戻りますから、アナタ達はゆっくりしていてくださいな」
現在、ヴェーセルは公衆電話を借りて宿に電話をかけている。
電話ボックスが、この世界にはあるのだ。
最も、あるのは緑の電話ではなくて黒電話だが。
本当に、どうして黒電話なのかヴェーセルにはさっぱりわからない。
ローグに訊いても、「開発者の趣味じゃない?」としか言われなかった。
「ヴェーセル様、大丈夫ですか?」
「あら、浮気の心配ですこと?」
「いえ、怪我をされていたりしませんか?何か私にできることはありませんか?」
ルーナの声は、不安そうだった。
それは、自分のみを案じてのことではない。
離れた場所で、ヴェーセルが何をしているのかがわからないから不安なのだ。
「すみません、心配させてしまいましたわね。明日になったら、全部お話いたしますわ。その時、アナタ達にも色々手伝ってもらうつもりですの」
ヴェーセルは、ルーナを安心させるように、努めて明るくふるまった。
「わかりました、かならず帰ってきてくださいね」
「ええ、それと、アナタにはジニーとアルのことを任せますわ」
そういって、電話を切る。
これで、ルーナがむやみに自分を探して単独行動するようなことはなくなったはずだ。
きっと、大丈夫だと、彼女達なら自分の身くらいは守れるはずだと、そう信じた。
「申し訳ありません、かわいくて愛おしいメイドと話していたら、つい長くなってしまいましたわ」
「なるほど、貴様の愛人というわけか」
「ガンドックと同じこと行ってきますわね……」
ヴェーセルは辟易とした表情を浮かべる。
ちなみに、ヴェーセルの主観では愛人と言えるようなことは何もしていない、つもりである。
傍から見れば、愛人そのものであったとしてもだ。
別に愛人として迎えるのが嫌なわけではないが、そこまでのことはまだしていないという認識だった。
あえていうなら、恋愛経験が全くなかったヴェーセルは、ヘタレだったのであった。
食事処を探していて、ふと気づく。
「なんだか壊れているものが多いですわね」
駅から直接街の外にある森に入っていったので気づけなかったが、街の中に入るとかなり荒れている。
建物が、道路が、破壊されている者がちらほらみられる。
人々は、それが見慣れた光景であるかのようにふるまい、通り過ぎたり淡々と修理したりしている。
「……当然だろう。ここは、ゴレイムが現在進行形で存在している場所なんだからな」
「……そうですわね」
ヴェーセルは、ため息を吐く。
結局のところ、ゴレイムという怪物がいる限り、安寧は成り立たない。
行方不明者が出ていないと、アインスは言った。
逆に言おう、間違いなく死者は出ている。
どうしてその程度のことに気付かなかったのか。
どこかで、気づかぬふりをしていたのだろうか。
ガンドックの組織力や、アインスの戦闘能力に感動するあまり、現実を直視する機能が失われてしまったのだろうか。
アインスやガンドックをもってしても、守り切れていないということなのだと、改めて人を守ることの難しさを実感させられる。
「随分と緊張感のない奴だ。それでよくも、仮面騎兵を名乗れたものだな」
「そうですわね」
ヴェーセルはまたため息をついた。
本当に嫌になる。
まだまだ覚悟が、頭が、実力が足りていない。
けれど、出来ることをするしかない。
「ちょっと、花を買いましょうか」
「花?」
アインスは、首をかしげた。
この状況でなぜ花を買おうとするのか、疑問に思ったらしい。
ヴェーセルは、構わず菊を購入して花が置かれているところに置き、手を合わせる。
「何をしている?」
「死者には花を供えていますの。当然でしょう?」
ちなみに、ヴェーセルはアメリア・ローズマリー事件や鉱山都市崩壊事件においても犠牲者に花を手向けている。
この魔法が発達した世界においても、死者を復活させる方法はない。
ヴェーセルやローグのような転生はあるが、そもそもあれは原理すらわかっていない現象である。
死は基本的に不可逆なものであって、死ぬことは恐れられるものであり、死者は悲しみをもって弔われるものである。
ただ、アインスの態度はそれを知らないとでも言わんばかりだった。
「アナタは、花を死者に備えたことはないの?」
「ないな。我はこうして仮面騎兵になってからは、ずっと戦い詰めだったからな」
「前世では?」
ゴレイムとて、転生者には違いない。
だから、記憶を持っているのだろうと思ったのだが。
「わからない。少なくとも、我には記憶が全くといっていいほどない」
「そうなんですの?」
「ああ、我が人間であったということ自体は覚えている。だがな、どんな人間でどんな人生を送ってきたかという記憶が全くないのだ」
「それは……」
ヴェーセルも、前世の記憶総てを覚えているわけではない。
だが、それは自分自身のパーソナルに興味が持てなかったという心理的なものであって、現代日本での常識や知識などはほぼすべて残っている。
一方、アインスはそれすらもない。
死者に花を手向けるのは、子供ですら知っている常識だ。
それすらないのだとしたら、本当に生前の記憶は残っていないのだろう。
これは、ゴレイムと転生者の差なのかもしれない。
アメリアも、宝石など「綺麗なもの」への歪んだ執着心以外、人間としての部分は残っていなかった。
そして、アインスもたった一つを除いて失われている。
「人でありたいと、思っている。だが、人間というものは理解できない。感情だとか心だとか、そういうものは我にとって何も存在してはいない」
「……そうでしょうか」
ヴェーセルは、アインスの言葉に口をはさんだ。