TS転生悪役令嬢、仮面のヒーローになって無双する~婚約破棄されたけど気にせず闇落ちルートを回避しつつ成り上がります~ 作:折本装置
それは、絶対にありえないはずのことだった。
絶対に存在してはいけないはずだ。
「どうして、そんな」
それは、端的に言えばカニの怪物だった。
巨大な鋏を二つ持ち、横にしか動けないであろう足と、甲羅を持っていた。
口からは泡を吹いており、顔全体をおおっているため、目がどこにあるのか定かではない。
土でできた、動物に擬態した怪物。
「ゴレイム……っ!」
すでに、元凶のロックゴレイムは討伐したはずだ。
コアさえ砕け散ったことを、ヴェーセルとてこの目で確認している。
なのにどうして、ここでゴレイムが暴れているのか。
「KYAKYAKYAKYA」
耳障りな哄笑が響く。
カニゴレイムが笑っていた。
そして、その傍には一人の女性がへたりこんでいた。
きっと腰が抜けてしまったのだろう。
カニは、明らかにその人を見ていて。
爪を、振り下ろそうとしていた。
「――」
思考が、空白になる。
ヴェーセルは、考えなかった。
迷っている余裕も、存在しなかった。
心が望むまま、左手を鷲掴みするような形にして、手の甲を差し出し。
「変身っ!」
『Change――bind weed』
仮面騎兵に変わると同時に、走り出した。
最速の形態である『兎』によって、コンマ一秒と経たずにヴェーセルの体をゴレイムの足元まで運んでくれる。
「たああああああああああああっ!」
「KYA?」
カニゴレイムの、敵を切ろうとする鋏を、吹き飛ばした。
弾いたのではなく、衝撃に耐えきれなくなった鋏が肩口からちぎれ飛んだのだ。
「KYAKYAKYA」
無論、すぐに再生するが、時間は稼げる。
ヴェーセルは女性をすぐさま百メートルほど離れた場所に移動させる。
「あ、ありが」
「お逃げなさいまし!」
ヴェーセルは叫びつつ、またしてもカニゴレイムの足元に戻る。
「KYAAAAAAAAAAA!」
こちらの行動を学習したのだろう。
カニゴレイムは、鋏を二本まとめてヴェーセルの方へと振り下ろしてくる。
流石に、二本同時に吹き飛ばすのは難しいだろう。
だが、逆に言えば。
「避けやすいですわね」
あっさりと、ヴェーセルはカニゴレイムの鋏を跳んでかわし、逆に蹴りを見舞って足を砕く。
「どうして、アナタ達ゴレイムがいるのかは知りませんけれども」
ヴェーセルは、覆面越しにゴレイムを睨む。
そこには、アインスに向けていたような温かい表情は微塵もない。
「人に仇なすのであれば、人であろうがゴレイムであろうが関係なくブチ殺しますわ」
低く冷たい声で、殺気を放ちながら。
しかし冷静に、如何すればより早く確実に相手を殺せるかを考えている。
「さっさと終わらせて、ルーナたちと合流いたしますわ」
ヴェーセルは、足に力を込めて、走り出した。
同時に、カニゴレイムもまた、対応する。
「KYAAAAAAAAAAAAAAAA!」
今度は、鋏ではない。
泡をまき散らす。
とっさに、ヴェーセルは回避行動をとる。
泡の正体が不明である以上、自然な対応だ。
毒物か、はたまた可燃物か。
いずれにせよ、当たらないに越したことはない。
たまたま、泡が正面にあった崩れかけた肉屋に直撃する。
レンガなどは無事だったが、肉がじゅわじゅわと音を立てて崩れていった。
ヴェーセルが纏っている仮面騎兵の装甲も、もとはと言えば神龍樹に由来する植物性の物質であり、溶解液に耐えられない可能性がある。
あるいは、土でできているゴレイムにダメージが出ないよう、土や金属だけは溶かせない仕組みになっているのか。
いずれにしても、当たらなければどうということはない。
「ふっ」
蹴りを繰り出し、カニの足をへし折っていく。
さらに背中側に回って蹴りを繰り出す。
「硬った」
背中の甲らは特に固く、彼女の蹴りでも壊せない。
「くっ」
カニゴレイムは、右側の足と鋏を使ってヴェーセルの方を向き、再度泡を噴射した。
わざわざ向き直って攻撃するあたり、背部には泡を展開できないらしい。
あるいは、そのために背中の甲羅だけは固くなっているのかもしれない。
「KYAKYAKYA」
そして、砕けた足もすぐに再生する。
「このままだとじり貧ですわね」
苛立ちを抑えられず愚痴を漏らす。
その時。
ずんっと、振動が伝わってきた。
とっさに後ろを見ると。
「は?」
ヴェーセルには、はっきりと見えていた。
崩れる建物、立ち上る煙。
そして、何よりも五メートル以上もある動物を模した怪物――ストーンゴレイムの姿が。
「二体目?いや、三体目、四体目も?」
複数のストーンゴレイムが出現して、暴れている。
それは、最悪の事態だ。
同時に、どうして『軍隊蟻』やガンドックがここに来ていないのかを理解する。
同時多発的にゴレイムが暴れているからなのだ。
「最悪ですわ……」