TS転生悪役令嬢、仮面のヒーローになって無双する~婚約破棄されたけど気にせず闇落ちルートを回避しつつ成り上がります~ 作:折本装置
誰も出入りする気配のない宿の入口手前で、シャーレはぽつぽつと口を開く。
「二年前のことです。私と私の両親はゴレイムに襲われました。そして、両親は私の目の前で殺されました。ゴレイムは、私も殺そうとしていて、でも腰が抜けて動けなくて。今にも殺されそうってときに、アインスさんが来てくれたんです」
「それは……」
ルーナが、苦しそうな声を出す。
その顔は何かを思い出すように苦悶に満ちていた。
ジニーやアルも似たり寄ったりである。
「アインス……」
「ああ、思い出したよ。
アインスは、自分が成り代わってからの記憶であると教えてくれた。
「アインスさんは仮面と鎧を身にまとって、大鎌でゴレイムを追い払ってくれました。アインスさんは私にとって命の恩人なんです」
「その理屈で言えば、我はむしろ貴様に対して負債の方が大きいと思うぞ。貴様の家族を、守れていない」
「っ!」
アルが息を呑む音が響いた。
彼女は家族や村の仲間がゴレイムに殺され、自分だけが生き残ったということを負い目に感じている。
その虹色の目に、どのような感情がこもっているのかは付き合いの長いヴェーセルにも読み取れない。
いや、今はシャーレとアインスのやり取りの方が優先だと思考を切り替える。
ムスカたちがはらはらと心配そうに見守る中、シャーレは、少しだけ瞠目して、口を開いた。
「確かに、私の父と母は死にました。私を庇って……」
「親が子を守るのは人間であれば当然のことだ。貴様が責任を感じる必要はない」
「そうかもしれません。でも、だからこそ、私はアインスさんが両親の心を救ってくれたんだと思ってるんです」
「?」
アインスは、表情を変えないまま首をかしげる。
シャーレは、話し続ける。
「私を活かそうとした両親の思いを、アインスさんが守ってくれたんだと思っています」
「…………」
「我にその様な意識はない。ただ、死にかけている貴様を見ていられなかっただけだ」
「そうだと思います。でも、きっと両親も感謝してると思いますよ」
「貴様がそう思っているのであれば、そうなのだろう」
「私も、感謝してます。両親の心を救ってくれた、人だから!だから、私に返させてほしいんです」
シャーレは、ぐっと両手を胸の前で握っている。
ちらり、とアインスはムスカに視線を向ける。
意見を聞こうとしたのか、あるいはシャーレを説得してほしいという念を込めたのか。
「私は、この子の恩人なら構わないよ。主人にも言い含めておくさ」
「ありがとうムスカおばさん!」
「だ、そうですけどアインスはどうしますの?」
「……わかった。しばらく世話になる」
「よかった!じゃあ、おじさんに言ってカルパッチョを作ってもらいますね!」
シャーレはばたばたと奥に引っ込んでいった。
おそらくは、厨房にでも向かったのだろう。
ムスカは姪の後ろ姿を見送ってから、礼をして後を追った。
「ねえ、アインス、一つ訊いてもよくって?」
「何だ」
「アナタが、シャーレを助けるために戦ったゴレイム……取り逃がしたんですのね?」
「ああ、追い払うのに精いっぱいだった。幾度か打ち合っただけで逃げていったのだ」
「そのゴレイムの大きさはどれくらいでしたの?」
「おそらく二メートルほどか。我らと大差ない。エビと人間が混ざったような姿をしていた」
間違いない。
それこそが、アインスとヴェーセルが探しているロックゴレイムである。
「どうして、そんな大事なことを今まで黙っていたんですか?」
ルーナが、目を細めて尋ねる。
「すまない。二年前のことで記憶がおぼろげになっていた」
「本当ですか?」
「ルーナ、よしなさい。ようやっと、敵の手がかりを得られたのですからそれで良しとするべきでしょう」
「まあ、そうですね」
「いや、こちらの非だ。申し訳ない」
「アインス、もしも今後何かを思い出せたらすぐにワタクシに教えてくださいな」
「…………」
「アインス?」
ヴェーセルは、アインスの様子がおかしいことに気付いた。
目の焦点があっておらず、虚空を見つめている。
「アインス?」
「ああ、いや、何でもない」
二度目の呼びかけで気づいたのか、アインスは頭を軽く振って、こちらに向き直った。
と、ムスカとシャーレ、それに男性が一人戻ってきた。
男性とムスカは、両手に皿の乗ったトレイを抱えている。
「アインスさん!食事の準備ができましたよ!」
「ああ、わかった」
「皆さんもぜひ食べていってくださいね?ごらんのとおりガラガラですので」
「わかりましたわ!」
ムスカに言われて、ヴェーセル達も、食事に同席することになった。